89 / 96
エピローグ
89 電気街
しおりを挟む
それから俺は、週に一度レオナルドと二人でお茶をするようになった。
レオナルドは俺のことならなんでも知りたがった。どんな食べ物が好きか、趣味はなにか、普段はどう過ごしているか、などなど。それでいて俺が話したがらないことには無理に触れようとしなかった。特に両親については何も聞かれなかったから、きっと俺の身辺調査をしたのだと思う。事件のことも知っているに違いない。レオナルドの立場上、下手な人間を近づかせるわけにはいかないのだろう。俺自身には後ろ暗いところはないのでそれは別に構わない。
俺が健康のためにジムへ通って体を鍛えている、という話をすると、レオナルドは興味深そうに頷いた。
「体を鍛えるのはいいことだな。私も鍛錬を積んではいるが……この世界では剣術を役立てることはできそうにない」
「一応剣道とかフェンシングとかならあるけど」
「しかし銃撃から依澄を守るとなると剣では心許ない。魔法もこの世界では使えないし……」
「銃撃されるほどの恨みは買ってないし、日本じゃ撃たれる心配もそうそうないから別に守ってくれなくていいよ」
俺がそう言うとレオナルドはしゅんとしてしまう。
レオナルドの自認はあくまでアルティメット・ドラゴンのレナードだ。一般常識はこの一年である程度身につけたが、ミロから言わせると「紀元前からタイムスリップしてきた人を相手にしているようでした」とのことだった。
お騒がせセレブの珍妙なお遊び――にしては、あまりにも手が込んでいる。もう何度かレオナルドと顔を合わせているが、人柄は誠実だし、俺への気遣いは相当なものだ。わざわざ奇妙な嘘をついて俺を騙す意味もない。かといってゲームの世界からやってきたなどという荒唐無稽な話を信じられるわけがないのだが。
レオナルドの目下の心配事は、体の元の持ち主であるレオナルド・ロンバルディの家族のこと。神の思し召しとはいえ、レオナルドの死体を乗っ取る形になってしまった。言葉も通じなくなってしまって、心労をかけているに違いない。せめて通訳を介さず、直接会話ができるようにとイタリア語を勉強している最中だとか。家族を案じるレオナルドの眼差しには真実味があった。
「それにしても、レオは本当に日本語が堪能だよね」
「そうかな? 私は共通語を話しているだけなのだけれど……複雑な文字などを書くのは苦手だな。でも『依澄』という漢字は書けるようになった」
「別に俺の名前なんて書けなくてもいいのに」
「私が覚えたかったんだ。依澄のことならなんでも知りたい」
そう囁くレオナルドの眼差しは熱っぽい。もう何度か顔を合わせているが、レオナルドは俺に対する好意を隠そうとしなかった。最初は同席していたミロも「私はお邪魔なようなので」と言って席を外すようになってしまった。二人きりにされても困る。
しかしレオナルドはどこまでも善良だった。全幅の信頼がこもった無垢な瞳は、まるで人懐こいゴールデン・レトリバーのよう。鋭い牙を持ちながら、決して人を噛まないと確信させる情の厚さ。出会った当初は警戒していた俺も気が抜けて、そのうちお茶だけではなく、ちょっとした観光にも付き合うようになった。
✧
「この世界の文明は本当にすごいな!」
秋葉原電気街に連れてくると、レオナルドは周囲の様子を夢中になって眺めていた。平日の昼間なのでそれほど混雑していないが、通行人はほとんどみんなすれ違いざまにレオナルドを見ていた。外見が派手なレオナルドは、外出するときには必ず帽子とサングラスを装着している。それでもお忍びのセレブ感が滲み出ている。レオナルド本人は気にすることなく観光に興じていた。
大通りを見学した後で、駅前の大型家電量販店を上から順に巡っていく。レオナルドは大型テレビに感激し、ステレオ装置に「すごい音楽家だ」と賛辞を送り、ロボット掃除機を見て「使用人が職を失うのでは」と本気で心配していた。
俺はフロアを移動するごとに周囲を見渡し、一定距離を保ってついてくる屈強な青年たちの姿を確認した。そんな俺を見て、レオナルドは申し訳なさそうに眉根を下げた。
「すまない。彼らは気配の殺し方があまり上手くないんだ」
「――ああ、別に気にしてるわけじゃなくて、むしろありがたいなと思って」
レオナルドが外出する際には、常にボディガードが張り付いている。俺たちに気を使って離れてはいるが、何かあれば即座に駆けつけられる距離にいるし、時折鋭い視線を寄越してくる。
俺が外出時に周辺を警戒するのはもはや癖のようなものだ。
――俺は与党の公認候補者だった父を訴えた。当選確実と言われていた父は逮捕され、野党が議席を獲得した。そのために立場が危うくなった者もいるだろう。俺に対して報復を考える者がいたとしてもおかしくはない。実際に怪文書を受け取ったこともある。二度ほど引っ越した。それ以降は平穏無事だが、今でも警戒心が抜けず、もはや被害妄想の域だ。俺はそんな自分に内心でため息をついて、心配そうに様子を伺うレオナルドに向けて微笑んだ。
「実は、外出するときはいつも、少しだけ怖かったんだ。でもレオと一緒にいると安心するよ」
「――そうか、それならよかった」
俺の言葉に、レオナルドは嬉しそうに微笑んだ。実際にはボディガードの存在が心強いんだけれど、それは言わないでおいた。
レオナルドは俺のことならなんでも知りたがった。どんな食べ物が好きか、趣味はなにか、普段はどう過ごしているか、などなど。それでいて俺が話したがらないことには無理に触れようとしなかった。特に両親については何も聞かれなかったから、きっと俺の身辺調査をしたのだと思う。事件のことも知っているに違いない。レオナルドの立場上、下手な人間を近づかせるわけにはいかないのだろう。俺自身には後ろ暗いところはないのでそれは別に構わない。
俺が健康のためにジムへ通って体を鍛えている、という話をすると、レオナルドは興味深そうに頷いた。
「体を鍛えるのはいいことだな。私も鍛錬を積んではいるが……この世界では剣術を役立てることはできそうにない」
「一応剣道とかフェンシングとかならあるけど」
「しかし銃撃から依澄を守るとなると剣では心許ない。魔法もこの世界では使えないし……」
「銃撃されるほどの恨みは買ってないし、日本じゃ撃たれる心配もそうそうないから別に守ってくれなくていいよ」
俺がそう言うとレオナルドはしゅんとしてしまう。
レオナルドの自認はあくまでアルティメット・ドラゴンのレナードだ。一般常識はこの一年である程度身につけたが、ミロから言わせると「紀元前からタイムスリップしてきた人を相手にしているようでした」とのことだった。
お騒がせセレブの珍妙なお遊び――にしては、あまりにも手が込んでいる。もう何度かレオナルドと顔を合わせているが、人柄は誠実だし、俺への気遣いは相当なものだ。わざわざ奇妙な嘘をついて俺を騙す意味もない。かといってゲームの世界からやってきたなどという荒唐無稽な話を信じられるわけがないのだが。
レオナルドの目下の心配事は、体の元の持ち主であるレオナルド・ロンバルディの家族のこと。神の思し召しとはいえ、レオナルドの死体を乗っ取る形になってしまった。言葉も通じなくなってしまって、心労をかけているに違いない。せめて通訳を介さず、直接会話ができるようにとイタリア語を勉強している最中だとか。家族を案じるレオナルドの眼差しには真実味があった。
「それにしても、レオは本当に日本語が堪能だよね」
「そうかな? 私は共通語を話しているだけなのだけれど……複雑な文字などを書くのは苦手だな。でも『依澄』という漢字は書けるようになった」
「別に俺の名前なんて書けなくてもいいのに」
「私が覚えたかったんだ。依澄のことならなんでも知りたい」
そう囁くレオナルドの眼差しは熱っぽい。もう何度か顔を合わせているが、レオナルドは俺に対する好意を隠そうとしなかった。最初は同席していたミロも「私はお邪魔なようなので」と言って席を外すようになってしまった。二人きりにされても困る。
しかしレオナルドはどこまでも善良だった。全幅の信頼がこもった無垢な瞳は、まるで人懐こいゴールデン・レトリバーのよう。鋭い牙を持ちながら、決して人を噛まないと確信させる情の厚さ。出会った当初は警戒していた俺も気が抜けて、そのうちお茶だけではなく、ちょっとした観光にも付き合うようになった。
✧
「この世界の文明は本当にすごいな!」
秋葉原電気街に連れてくると、レオナルドは周囲の様子を夢中になって眺めていた。平日の昼間なのでそれほど混雑していないが、通行人はほとんどみんなすれ違いざまにレオナルドを見ていた。外見が派手なレオナルドは、外出するときには必ず帽子とサングラスを装着している。それでもお忍びのセレブ感が滲み出ている。レオナルド本人は気にすることなく観光に興じていた。
大通りを見学した後で、駅前の大型家電量販店を上から順に巡っていく。レオナルドは大型テレビに感激し、ステレオ装置に「すごい音楽家だ」と賛辞を送り、ロボット掃除機を見て「使用人が職を失うのでは」と本気で心配していた。
俺はフロアを移動するごとに周囲を見渡し、一定距離を保ってついてくる屈強な青年たちの姿を確認した。そんな俺を見て、レオナルドは申し訳なさそうに眉根を下げた。
「すまない。彼らは気配の殺し方があまり上手くないんだ」
「――ああ、別に気にしてるわけじゃなくて、むしろありがたいなと思って」
レオナルドが外出する際には、常にボディガードが張り付いている。俺たちに気を使って離れてはいるが、何かあれば即座に駆けつけられる距離にいるし、時折鋭い視線を寄越してくる。
俺が外出時に周辺を警戒するのはもはや癖のようなものだ。
――俺は与党の公認候補者だった父を訴えた。当選確実と言われていた父は逮捕され、野党が議席を獲得した。そのために立場が危うくなった者もいるだろう。俺に対して報復を考える者がいたとしてもおかしくはない。実際に怪文書を受け取ったこともある。二度ほど引っ越した。それ以降は平穏無事だが、今でも警戒心が抜けず、もはや被害妄想の域だ。俺はそんな自分に内心でため息をついて、心配そうに様子を伺うレオナルドに向けて微笑んだ。
「実は、外出するときはいつも、少しだけ怖かったんだ。でもレオと一緒にいると安心するよ」
「――そうか、それならよかった」
俺の言葉に、レオナルドは嬉しそうに微笑んだ。実際にはボディガードの存在が心強いんだけれど、それは言わないでおいた。
43
あなたにおすすめの小説
異世界魔物大図鑑 転生したら魔物使いとかいう職業になった俺は、とりあえず魔物を育てながら図鑑的なモノを作る事にしました
おーるぼん
ファンタジー
主人公は俺、43歳独身久保田トシオだ。
人生に疲れて自ら命を絶とうとしていた所、それに失敗(というか妨害された)して異世界に辿り着いた。
最初は夢かと思っていたこの世界だが、どうやらそうではなかったらしい、しかも俺は魔物使いとか言う就いた覚えもない職業になっていた。
おまけにそれが判明したと同時に雑魚魔物使いだと罵倒される始末……随分とふざけた世界である。
だが……ここは現実の世界なんかよりもずっと面白い。
俺はこの世界で仲間たちと共に生きていこうと思う。
これは、そんなしがない中年である俺が四苦八苦しながらもセカンドライフを楽しんでいるだけの物語である。
……分かっている、『図鑑要素が全くないじゃないか!』と言いたいんだろう?
そこは勘弁してほしい、だってこれから俺が作り始めるんだから。
※他サイト様にも同時掲載しています。
転移先で辺境伯の跡継ぎとなる予定の第四王子様に愛される
Hazuki
BL
五歳で父親が無くなり、七歳の時新しい父親が出来た。
中1の雨の日熱を出した。
義父は大工なので雨の日はほぼ休み、パートに行く母の代わりに俺の看病をしてくれた。
それだけなら良かったのだが、義父は俺を犯した、何日も。
晴れた日にやっと解放された俺は散歩に出掛けた。
連日の性交で身体は疲れていたようで道を渡っているときにふらつき、車に轢かれて、、、。
目覚めたら豪華な部屋!?
異世界転移して森に倒れていた俺を助けてくれた次期辺境伯の第四王子に愛される、そんな話、にする予定。
⚠️最初から義父に犯されます。
嫌な方はお戻りくださいませ。
久しぶりに書きました。
続きはぼちぼち書いていきます。
不定期更新で、すみません。
病み墜ちした騎士を救う方法
無月陸兎
BL
目が覚めたら、友人が作ったゲームの“ハズレ神子”になっていた。
死亡フラグを回避しようと動くも、思うようにいかず、最終的には原作ルートから離脱。
死んだことにして田舎でのんびりスローライフを送っていた俺のもとに、ある噂が届く。
どうやら、かつてのバディだった騎士の様子が、どうもおかしいとか……?
※欠損表現有。本編が始まるのは実質中盤頃です
秘匿された第十王子は悪態をつく
なこ
BL
ユーリアス帝国には十人の王子が存在する。
第一、第二、第三と王子が産まれるたびに国は湧いたが、第五、六と続くにつれ存在感は薄れ、第十までくるとその興味関心を得られることはほとんどなくなっていた。
第十王子の姿を知る者はほとんどいない。
後宮の奥深く、ひっそりと囲われていることを知る者はほんの一握り。
秘匿された第十王子のノア。黒髪、薄紫色の瞳、いわゆる綺麗可愛(きれかわ)。
ノアの護衛ユリウス。黒みかがった茶色の短髪、寡黙で堅物。塩顔。
少しずつユリウスへ想いを募らせるノアと、頑なにそれを否定するユリウス。
ノアが秘匿される理由。
十人の妃。
ユリウスを知る渡り人のマホ。
二人が想いを通じ合わせるまでの、長い話しです。
虚ろな檻と翡翠の魔石
篠雨
BL
「本来の寿命まで、悪役の身体に入ってやり過ごしてよ」
不慮の事故で死んだ僕は、いい加減な神様の身勝手な都合により、異世界の悪役・レリルの器へ転生させられてしまう。
待っていたのは、一生を塔で過ごし、魔力を搾取され続ける孤独な日々。だが、僕を管理する強面の辺境伯・ヨハンが運んでくる薪や食事、そして不器用な優しさが、凍てついた僕の心を次第に溶かしていく。
しかし、穏やかな時間は長くは続かない。魔力を捧げるたびに脳内に流れ込む本物のレリルの記憶と領地を襲う未曾有の魔物の群れ。
「僕が、この場所と彼を守る方法はこれしかない」
記憶に翻弄され頭は混乱する中、魔石化するという残酷な決断を下そうとするが――。
辺境伯は嵌められた元令息から目が離せない
コムギ
BL
冤罪により、辺境の地へ追いやられた元侯爵令息ユベール。
だが彼は、あまりのことに気を病んで――はいなかった。
野山を駆け回り、虫を捕まえ、草花をスケッチし、のんびり釣りをする。
それはすべて、侯爵家の令息として縛られていた頃には許されなかった自由だった。
そんな生活から一年。
冤罪を証明できそうだと、幼なじみの王太子から報せが届く。
――王都へ戻れる。
それは同時に、あの窮屈で冷たい場所へ戻るということでもあった。
迷うユベールの前に現れたのは、これまで静かに見守るだけだった辺境伯ラドヴァン。
「ならば、ずっとここにいろ」
「俺と婚約すればいい」
不器用に、しかし真っ直ぐに差し伸べられた手。
優しく(時に暑苦しく)包囲してくる辺境伯と、元侯爵令息の恋物語。
※他サイトにも掲載しています。
拝啓、目が覚めたらBLゲームの主人公だった件
碧月 晶
BL
さっきまでコンビニに向かっていたはずだったのに、何故か目が覚めたら病院にいた『俺』。
状況が分からず戸惑う『俺』は窓に映った自分の顔を見て驚いた。
「これ…俺、なのか?」
何故ならそこには、恐ろしく整った顔立ちの男が映っていたのだから。
《これは、現代魔法社会系BLゲームの主人公『石留 椿【いしどめ つばき】(16)』に転生しちゃった元平凡男子(享年18)が攻略対象たちと出会い、様々なイベントを経て『運命の相手』を見つけるまでの物語である──。》
────────────
~お知らせ~
※第3話を少し修正しました。
※第5話を少し修正しました。
※第6話を少し修正しました。
※第11話を少し修正しました。
※第19話を少し修正しました。
※第22話を少し修正しました。
※第24話を少し修正しました。
※第25話を少し修正しました。
※第26話を少し修正しました。
※第31話を少し修正しました。
※第32話を少し修正しました。
※第33話を少し修正しました。
────────────
※感想(一言だけでも構いません!)、いいね、お気に入り、近況ボードへのコメント、大歓迎です!!
※表紙絵は作者が生成AIで試しに作ってみたものです。
その捕虜は牢屋から離れたくない
さいはて旅行社
BL
敵国の牢獄看守や軍人たちが大好きなのは、鍛え上げられた筋肉だった。
というわけで、剣や体術の訓練なんか大嫌いな魔導士で細身の主人公は、同僚の脳筋騎士たちとは違い、敵国の捕虜となっても平穏無事な牢屋生活を満喫するのであった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる