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第27話 金の亡者が亡者じゃなかった頃の話
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※三人称視点です。
あるところに、ジャトレという名の孤児が居た。
いつ親に捨てられたのか、彼には分からない。ふと自我というものに気付いた時には、自分と同じ薄汚れた格好をした子供たちと一緒に麦粥を啜っていた。
その食事も貧相なもので、与えられるのは一日にたった一度だけ。時には食事が無い日すらあった。
孤児院の本来の管理者は、地元の貴族である。しかしもう何年も前から金銭による支援は途切れてしまっていた。
代わりに、かつてこの孤児院で育った少女が街で日銭を稼いでいる。
だが一日に稼げるのは精々、銅貨が数枚程度。それだけでは十数人の子供たちを育てるには明らかに足りない。
それでも孤児たちは隙間風が吹くあばら家で空腹に耐えながら、明るく元気に暮らしていた。
住む家と兄弟たち、そして母親代わりの少女が居るだけで、彼らは十分に幸せだったのだ。
ジャトレも、その貧困生活に不満は無かった。生活は飢えていても、心までは飢えていなかった。むしろ家族を支えたいという純粋な気持ちさえ、彼の中で育まれつつあった。
ある程度成長した彼は、少女と一緒に街まで出向くようになる。
共に仕事を貰っては、働く彼女を徐々に助けるようになった。
人の糞尿の清掃や、冒険者の使い走り、貴族の家の草むしりなど。大抵の人が嫌がることでも、できることは何でもやった。
心無い住民たちからは汚いものを見るような目で見られたり、時には騙されタダ働きをさせられることもあった。
それでも彼は兄弟と彼女を助けるために、身を粉にして働き続けた。
彼の観察力の高さや、状況の把握能力、そしてダンジョンのトラップ解除といった様々な技能が身についたのは、この時の経験によるものが大きいだろう。
こうして次第に彼は、金の稼ぎ方というものを覚えていった。
この頃はまだ純粋だった彼は、いつしか将来に希望を持つようになった。
一人前の男になったあかつきには、彼女を隣りで支えながら孤児院で一生を過ごす……そんなささやかで、とても優しい夢だった。
しかしある時、孤児たちの心の支えであった少女の姿が忽然と消えた。
誰を頼れば良いのか分からず、慌てふためく兄弟たち。
そして空腹に泣きわめく幼子。
唯一の保護者である彼女が居なくなったのだから、こうなってしまうのも当然だ。
残った子供たちの中で、当時最年長だったのはジャトレ少年である。
責任感の強い彼は孤児院を飛び出し、消えた彼女の行方を追った。
仕事場も、酒場も。
普段は彼女が絶対に行かない場所さえも、隅々まで探し回った。
やがて日が暮れ、探せる場所も遂に尽きてしまった。それでも彼女を見つけることはできなかったのである。
仕方なく、今度は仕事で世話になっている者達を訪ねることにした。
元々彼らを紹介したのは彼女だ。当然、面識もある。もしかしたら、一人ぐらいは行方を知っている人がいるかもしれない。
だがどういうわけか、誰も喋りたがらない。頑なに口を開こうとしないのだ。
頭を下げ、懇願し――。
これを夜中まで続けることでようやく、小さな手掛かりを得ることができた。
彼女が消えた日、最後に訪れていた場所が判明したのだ。
ジャトレは走った。
彼女が居るであろう、とある屋敷へと。
彼女が最後に訪れていたのはなんと、名目上では孤児院を支援している貴族の家だったのである。
だが彼は、彼女に会うことができなかった。
屋敷の前に居る門番に止められ、敷地の中に入れさせてもらえなかったのだ。
いくら孤児院の子であると訴えても、門番はこんな薄汚い者を主人に会せるわけにはいかないとの一点張りだった。
さらにはニヤついた顔で、「そんな少女は知らない」「以後屋敷には近付くな」と乱暴に放り出される始末。
賢いジャトレ少年は絶望した。
貴族に彼女を奪われたのだと、察してしまったのである。
慈善事業だなんだと言っていても。
孤児院は結局、貴族が自分好みの女を養殖するための、ただの人間牧場だったのである。
これ以上しつこく喰い付けば、恐らく彼もタダでは済まされないだろう。
どうすることもできず、少し離れた場所で恨めしそうに貴族の屋敷を睨むだけ。
「キミはあの孤児院の子?」
そんな彼に、背後から声を掛ける人物が居た。
「……だれ?」
声のした方に振り返ってみる。
するとそこにいたのは、ジャトレと同じ年の頃の少女だった。
「あのお姉さん。孤児院の支援をしてくれって、自分を売りに来たわよ」
少女は強気な物言いで、ジャトレにそう告げた。
キツそうな目付きと、艶のある金髪。着ている服も見るからに上等そう。この少女はどこかのお嬢様のようだ。
彼女が何者なのかはさておき。
ジャトレには、彼女の言った“自分を売る”という意味が分からなかった。
その言葉の意味をそのまま取るならば、彼女は自分からこの屋敷へと足を運んだということになる。
ポカンと口を開けている彼を見て、少女は少し言いにくそうに口を開いた。
「孤児院をやってるの……私のお父様なの」
「は? それって……」
「ごめんなさい。身売りなんてしなくても、本来は我が家でキチンと支援をするべきだったのに……そ、それなのに……わ、私のお父様が……」
既に少女のセリフには、さっきまでの気勢など失われている。
震えた声で絞り出すように答えるも、彼女は最後まで言葉を継ぐことができずにいた。
だがその意味をようやく理解したジャトレは彼女に近寄ると、荒々しく両肩に掴みかかった。
「アイツを返せよ!! お前ら金持ちはいつもそうだ! 僕たち弱い者から、そうやって何もかも奪っていく!!」
普段の優しい彼なら決して見せないであろう、憤怒の表情。烈火のごとく、目の前の少女へと吼えついた。
片や金髪の少女は、他人のそんな感情を向けられたことが今まで無かったのだろう。ヒッ、と言って身体を硬直させてしまった。
「お前は貴族の娘なんだろ! 父親に言ってアイツを返すよう今すぐ説得しろよ! なぁ!!」
「ご、ごめんなさい……ごめん、なさい……っ!!」
おそらく、彼女が父を説得をすることは不可能だろう。
血の繋がった親といえど、貴族の当主と娘というのは力関係が段違いなのがこの国では当然なのだ。
せいぜい政略結婚の駒程度にしか思われず、ロクに愛情も注がれないということもザラである。
それは貴族の屋敷で雑用をこなしていたジャトレにも、うっすらと分かっていた。
しかしそれとこれとは話が別である。
大人に金をだまし取られようが、暴力を振るわれようが、彼は無言で耐えてきた。
だが家族が奪われるのを許容するなど、断じて許されない。
「ふぐっ……わ、私がどうにかするから……いつか、お父様を説得できるぐらい、強くなるから……ゆ、許して……っ!!」
「そんなこと信じられるか!! お前ら貴族なんて、絶対に信用するもんかっ!! 家族は僕自身が護ってやる……僕の宝物は、もう誰にも奪わせたりなんかさせない!!」
あるところに、ジャトレという名の孤児が居た。
いつ親に捨てられたのか、彼には分からない。ふと自我というものに気付いた時には、自分と同じ薄汚れた格好をした子供たちと一緒に麦粥を啜っていた。
その食事も貧相なもので、与えられるのは一日にたった一度だけ。時には食事が無い日すらあった。
孤児院の本来の管理者は、地元の貴族である。しかしもう何年も前から金銭による支援は途切れてしまっていた。
代わりに、かつてこの孤児院で育った少女が街で日銭を稼いでいる。
だが一日に稼げるのは精々、銅貨が数枚程度。それだけでは十数人の子供たちを育てるには明らかに足りない。
それでも孤児たちは隙間風が吹くあばら家で空腹に耐えながら、明るく元気に暮らしていた。
住む家と兄弟たち、そして母親代わりの少女が居るだけで、彼らは十分に幸せだったのだ。
ジャトレも、その貧困生活に不満は無かった。生活は飢えていても、心までは飢えていなかった。むしろ家族を支えたいという純粋な気持ちさえ、彼の中で育まれつつあった。
ある程度成長した彼は、少女と一緒に街まで出向くようになる。
共に仕事を貰っては、働く彼女を徐々に助けるようになった。
人の糞尿の清掃や、冒険者の使い走り、貴族の家の草むしりなど。大抵の人が嫌がることでも、できることは何でもやった。
心無い住民たちからは汚いものを見るような目で見られたり、時には騙されタダ働きをさせられることもあった。
それでも彼は兄弟と彼女を助けるために、身を粉にして働き続けた。
彼の観察力の高さや、状況の把握能力、そしてダンジョンのトラップ解除といった様々な技能が身についたのは、この時の経験によるものが大きいだろう。
こうして次第に彼は、金の稼ぎ方というものを覚えていった。
この頃はまだ純粋だった彼は、いつしか将来に希望を持つようになった。
一人前の男になったあかつきには、彼女を隣りで支えながら孤児院で一生を過ごす……そんなささやかで、とても優しい夢だった。
しかしある時、孤児たちの心の支えであった少女の姿が忽然と消えた。
誰を頼れば良いのか分からず、慌てふためく兄弟たち。
そして空腹に泣きわめく幼子。
唯一の保護者である彼女が居なくなったのだから、こうなってしまうのも当然だ。
残った子供たちの中で、当時最年長だったのはジャトレ少年である。
責任感の強い彼は孤児院を飛び出し、消えた彼女の行方を追った。
仕事場も、酒場も。
普段は彼女が絶対に行かない場所さえも、隅々まで探し回った。
やがて日が暮れ、探せる場所も遂に尽きてしまった。それでも彼女を見つけることはできなかったのである。
仕方なく、今度は仕事で世話になっている者達を訪ねることにした。
元々彼らを紹介したのは彼女だ。当然、面識もある。もしかしたら、一人ぐらいは行方を知っている人がいるかもしれない。
だがどういうわけか、誰も喋りたがらない。頑なに口を開こうとしないのだ。
頭を下げ、懇願し――。
これを夜中まで続けることでようやく、小さな手掛かりを得ることができた。
彼女が消えた日、最後に訪れていた場所が判明したのだ。
ジャトレは走った。
彼女が居るであろう、とある屋敷へと。
彼女が最後に訪れていたのはなんと、名目上では孤児院を支援している貴族の家だったのである。
だが彼は、彼女に会うことができなかった。
屋敷の前に居る門番に止められ、敷地の中に入れさせてもらえなかったのだ。
いくら孤児院の子であると訴えても、門番はこんな薄汚い者を主人に会せるわけにはいかないとの一点張りだった。
さらにはニヤついた顔で、「そんな少女は知らない」「以後屋敷には近付くな」と乱暴に放り出される始末。
賢いジャトレ少年は絶望した。
貴族に彼女を奪われたのだと、察してしまったのである。
慈善事業だなんだと言っていても。
孤児院は結局、貴族が自分好みの女を養殖するための、ただの人間牧場だったのである。
これ以上しつこく喰い付けば、恐らく彼もタダでは済まされないだろう。
どうすることもできず、少し離れた場所で恨めしそうに貴族の屋敷を睨むだけ。
「キミはあの孤児院の子?」
そんな彼に、背後から声を掛ける人物が居た。
「……だれ?」
声のした方に振り返ってみる。
するとそこにいたのは、ジャトレと同じ年の頃の少女だった。
「あのお姉さん。孤児院の支援をしてくれって、自分を売りに来たわよ」
少女は強気な物言いで、ジャトレにそう告げた。
キツそうな目付きと、艶のある金髪。着ている服も見るからに上等そう。この少女はどこかのお嬢様のようだ。
彼女が何者なのかはさておき。
ジャトレには、彼女の言った“自分を売る”という意味が分からなかった。
その言葉の意味をそのまま取るならば、彼女は自分からこの屋敷へと足を運んだということになる。
ポカンと口を開けている彼を見て、少女は少し言いにくそうに口を開いた。
「孤児院をやってるの……私のお父様なの」
「は? それって……」
「ごめんなさい。身売りなんてしなくても、本来は我が家でキチンと支援をするべきだったのに……そ、それなのに……わ、私のお父様が……」
既に少女のセリフには、さっきまでの気勢など失われている。
震えた声で絞り出すように答えるも、彼女は最後まで言葉を継ぐことができずにいた。
だがその意味をようやく理解したジャトレは彼女に近寄ると、荒々しく両肩に掴みかかった。
「アイツを返せよ!! お前ら金持ちはいつもそうだ! 僕たち弱い者から、そうやって何もかも奪っていく!!」
普段の優しい彼なら決して見せないであろう、憤怒の表情。烈火のごとく、目の前の少女へと吼えついた。
片や金髪の少女は、他人のそんな感情を向けられたことが今まで無かったのだろう。ヒッ、と言って身体を硬直させてしまった。
「お前は貴族の娘なんだろ! 父親に言ってアイツを返すよう今すぐ説得しろよ! なぁ!!」
「ご、ごめんなさい……ごめん、なさい……っ!!」
おそらく、彼女が父を説得をすることは不可能だろう。
血の繋がった親といえど、貴族の当主と娘というのは力関係が段違いなのがこの国では当然なのだ。
せいぜい政略結婚の駒程度にしか思われず、ロクに愛情も注がれないということもザラである。
それは貴族の屋敷で雑用をこなしていたジャトレにも、うっすらと分かっていた。
しかしそれとこれとは話が別である。
大人に金をだまし取られようが、暴力を振るわれようが、彼は無言で耐えてきた。
だが家族が奪われるのを許容するなど、断じて許されない。
「ふぐっ……わ、私がどうにかするから……いつか、お父様を説得できるぐらい、強くなるから……ゆ、許して……っ!!」
「そんなこと信じられるか!! お前ら貴族なんて、絶対に信用するもんかっ!! 家族は僕自身が護ってやる……僕の宝物は、もう誰にも奪わせたりなんかさせない!!」
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