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第3話 悪魔のような天使
しおりを挟む当時十六歳だった私たち姉妹は、王城で開かれたお茶会から帰ろうとしていた。そこで事件は起きた。
『もう、どうしてシャーロットはわたくしのすることに一々文句を言うのよ!』
些細なことで癇癪を起こしたアンジェリカお姉様が、私を平手で叩こうとした。そこで助けてくれたのが当時のリオンだった。
『おい。いくら女同士だからって、手を上げるのは良くないぞ』
颯爽と現れた彼は紳士らしく姉を窘めた。
『ちょっと、アンタ誰よ……へぇ?』
そして姉は彼に興味を示す。
今まで自分を叱りつけた者はいなかった。そう、実の親でさえも。
周りは自分の言うことを何でも聞く者ばかりだった姉にとって、リオンという存在が珍しく映ったんだと思う。
だから姉は、リオンが自分に屈する姿を見たいと願ってしまったのだ。
『貴方、ご実家に病弱な妹さんがいるんですってね? 治療に高額なお薬が必要らしいじゃないの』
後日、アンジェリカお姉様はリオンを我が家に呼び出して、彼にそう囁いた。
『それにご実家のモカフェル伯爵家。事業はわたくしの家との商取引で成り立っているとか……』
『人を急に呼び出しておいて、何の話だ? こちらは別に、お前と世間話をするつもりは無いのだが』
『あら、そう邪険にしないでくださる? 同じ商売のタネを分け合う……いわば、運命共同体でしょう? わたくしたち、とぉっても仲良くなれるような気がしない?』
『はぁ? なにを……まさかっ!? 俺を脅す気なのか!?』
『うふふっ。察しの良いワンちゃんは好きよ? 是非ともわたくしと、オトモダチになりましょう』
ニンマリと笑うアンジェリカお姉様。そしてすでに蜘蛛の巣に掛かっていたことを、ここでようやく自覚するリオン。
こうして姉はリオンから牙を奪い、代わりに首輪をかけることに成功した。
リオンも実家や妹の治療費を天秤にかけられてしまっては、逆らうことはできなかった。
そして彼の人生をさらに地獄に突き落とす出来事があった。それは先ほど、姉が彼を捨てたときのこと。
「おい、『もう要らない』ってどういうことだ! お前が自分の傍にいれば、妹の治療費を援助してくれるって言ったんじゃないか!」
それまで大人しく従っていたリオンも怒り心頭で、姉に詰め寄った。
だけど彼女は悪びれもなくこう答えた。
「――なんのことかしら? っていうか貴方、妹なんていたの?」
その言葉を聞いた瞬間、遂にリオンがキレた。
「ふざけんな!! 約束が違うだろ!!」
怒り狂ったリオンが姉の胸倉を掴んだところで、彼は他の男たちによって取り押さえられてしまった。
彼にとって最大の心の拠り所だった、最愛の妹のことも裏切られた。床に這いつくばりながら絶望の表情を浮かべるリオンに対して、姉は冷たく言い放つ。
「はぁ、まったく。貴方みたいな役立たずはもう必要ないわ。ほら、さっさと出て行ってちょうだい。目障りだわ」
「そんな……それじゃあ妹は……実家の経営は……」
「さぁ? 妹共々、とっくにこの世から消えているんじゃない? ふふっ。その顔を見れただけでも、アンタを飼い続けた甲斐があったわ。あははははっ!!」
そうして彼は愛する人や帰る家も失い、私たち侯爵家に復讐心を燃え上がらせることになった。
かつて私を救ってくれた頃の彼はもう、どこにもいない。
私が姉の横暴を止められなかったせいで、彼は大切なものを奪われてしまったのだから。
彼がこの屋敷に来てから二年もの間、私はずっと罪悪感に襲われていた。だけどそれももう終わり。今こそ、私は彼を救わなければならない。
「ねぇ、リオン。ちょっと私についてきてくれる?」
「……は? 何を言ってるんだ?」
リオンが眉間にシワを寄せながら私を見る。
やっぱり怖い。でもここで引いちゃダメなんだ。私にはリオンを幸せにする義務があるのだから。
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