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第4話 すべてを奪われた男
しおりを挟むリオンを連れて向かった先は、屋敷の中にある私の部屋だった。
「なんだ、この物置は。こんな場所に連れてきてどうする気だ?」
リオンが怪しげな顔をする。
そりゃそうよね。だって掃除用具や使わなくなった家具が置いてある、窓もない殺風景な部屋なのだから。
「ここは私の部屋の中よ。貴方の言う通り、元々は物置部屋だったけどね。さて、リオン。貴方は今、どんな状況に置かれているか分かる?」
「これが貴族令嬢の部屋? にわかには信じがたいが……いや、そういうことか」
そこまで言うとリオンの顔色が変わり、観念したように自分の服を脱ぎだした。
え、待ってどういうこと? どうして突然脱いだの!?
「ちょっとリオン!? 貴方、急にどうしたの!?」
「分かってる。お前も姉と同様、俺に恥をかかせたいってことなんだろう?」
「待って、なんのこと!?」
「俺が裸で踊っているところを見て笑いたいのだろう? いいさ、俺にはもう失うものはない」
いや違うって! そういうことじゃないって!! 思わずツッコミそうになるが、なんとか思い留まる。
きっと彼は姉に受けた仕打ちのせいで、被害妄想が強くなっているに違いない。
「違うの、リオン。そうじゃなくて……」
「ふっ、お前だって知っているはずだ。俺が今までどんな仕打ちを受けてきたのかを」
「えっと。私は知らないわ」
ごめんなさい。本当は全部知っています。
姉には大事な剣を奪われ、勝手に売られたり。
チャールズがする剣舞の相手を、棒切れひとつで相手をさせられたり。
商人の息子であるセザンには、計算が遅いと馬鹿にされたり。
パヴェルには、雑草と同じ名の“ダンデリオン”とあだ名をつけられたり。
伯爵子息である彼からすれば、格下というべき相手から屈辱的な扱いをされる日々を送っていたと聞いている。
アンジェリカお姉様は、そんなリオンが反抗的な目を向けてくるのが最高に楽しいとも言っていた。
だけどそれを今ここで正直に話せば、彼の心を傷つけてしまうかもしれない。それは絶対に避けたい。なので私は敢えてシラを切ることにした。
「ともかく、私はお姉様とは違うわ。貴方に酷いことを強要するつもりなんて無いの」
「ふんっ、どうだかな。そうやって油断させておいて、俺を追い詰めるのがこの家の人間のやり口なんだろ?」
まぁ確かに、私がリオンの立場なら同じことを考えるかも。
そう考えると反論はできない。
それに姉の言動を思い返すと、なおさら否定することもできないのよね。このまま説得を続けたところで、逆効果にしかならないかしら……。
「ふっ、まぁいいさ。剣を奪われ、家族も家も失った……どうせ俺には何も残されていないんだ。この身がどうなったところで、なにも構いやしない……」
まずい、リオンの目のハイライトが消えている。心がボキボキに折れて、自暴自棄になっちゃったみたい。もう、お姉様も何てことをしたのよ。
「聞いて、リオン。貴方には私の仕事の手伝いと、護衛をしてもらいたいだけなの」
「……好きにすればいい。どうせ俺は替えのきく手足さ。姉から妹に頭が変わったところで、俺の立場に大した変わりはない」
「う、うーん。まあいいわ。じゃあ早速だけど、この書類にサインしてくれる?」
「書類だと? ……これは俺の所有権に関する契約? ははっ、やはりお前も姉と同類だな」
リオンは差し出された紙を見て、そんな感想を漏らした。簡単に言えば『リオンはシャーロットの所有物となる』という内容のものが書かれている。だからあながち彼の言っていることも間違ってはいない。
「良いだろう。だがどれだけ落ちぶれようと、俺はこの手を悪事に染めるつもりはないからな」
リオンは覚悟を決めたように告げると、自分の名前をサインする。これで契約成立だ。
「もちろん、それでいいわ。これからよろしくね、リオン」
私はその契約書を大事に抱きしめる。するとリオンは不思議そうな顔を浮かべた。
「随分嬉しそうだな。まさかこんな紙切れ一枚で、俺のことを縛り付けられたとでも?」
「ええ、そう思っているわ」
「……ふんっ。お前が何を考えているかは知らんが、何でも思い通りに行くと思うなよ」
リオンは呆れながらも私に注意を促す。彼はこの契約書の効力をあまり信じていないみたい。
しかしこの紙は私にとって、何よりも大事なものなのだ。
「さて、あとは私が頑張るだけね」
こうして私とリオンの新しい生活が始まった。
最初こそ疑惑の目を向けてきたリオンも、私の真面目な仕事ぶりを見て素直に手伝うようになってきた。
隙あれば脱いで剣術のトレーニングをしてしまうのが玉に瑕だけど、衰えていた体を取り戻したいと熱弁する彼に何も言えず「護衛に支障がなければ」という条件で許可することにした。
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