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第32話 流れ落ちて、こぼれ落ちて。

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「ほら、キミは都合よく兎羽と恋人関係になれたんだろう? 随分と良い思いをしたんじゃないのかね?」
「ち、違う……あれは俺が本心から彼女を……」
「違わないね。キミはこの世界のアイテムを使って、彼女を手に入れた。自分の使える手札で戦っている私と、どう違うというのだ?」

 否定したかったが、言葉が出て来ない。
 確かに俺は、この世界でも兎羽のことを愛することができた。それは間違いのない事実だ。

 でも……でも……ッ。


「……それでも、俺はお前とは違う」
「ほう? では聞かせてくれないか。キミは一体、どこが違うと言うのかな? ん? 答えてみたまえ」
「……俺はお前と違って、ちゃんと兎羽さんの気持ちを考えながら行動してきたつもりだ」
「ははは。これはまた、面白いことを言うものだ。……笑わせてくれる」

 玄間は腹を抱えて笑い始めた。
 なんなんだコイツは。こんなにも人の神経を逆撫でするような言動ばかり取りやがって。

 俺は拳を握り締め、怒りを堪えるのに必死だった。コイツだけは絶対に許せない。

「いい加減にしろよ」
「なんだ。貴様もタカヒロと同じく、私に説教をしようというのか? 創造主である、この私に! ははは!!」
「創造主だからって関係ねぇ。兎羽が好き? だったら彼女のことを一番に考えて行動するのが惚れた男の甲斐性ってモンだろうが!! テメェにそれができてるって胸張って言えんのかよ!!」

 俺は声を荒げて玄間に怒鳴り散らした。

 だが玄間の態度は変わらない。むしろさらに高笑いし始めた。


「はははははは!!! 何を言っているんだキミは。私は常に彼女に対して誠実であったぞ」
「……どの口が言うんだか」
「もちろん、全てだ。彼女の要望に応え、彼女を愛し、彼女が望むことは全て叶えてきた。彼女にとって私は、理想の男性像そのものだよ」
「…………」

 ダメだこりゃ。もう会話にならない。

 俺は呆れ果てて何も言い返す気が起きなかった。


「さぁ、話は終わりだ。やはりキミにはここで消えてもらおう」

 そう言って、玄間は拳銃を取り出した。……やっぱり、俺を殺すつもりなのか。


「この世界で死ねば、現実でも死ぬ。私を怒らせなければ、生命維持装置でもう少しだけ生かしてやっても良かったのだが……すでに兎羽のデータは十分に取れた」
「ふん。お前の思い通りになるぐらいなら死んだ方がマシさ」
「クハハハ!! 強がりはよしたまえ」

 玄間はこちらへ近寄ると、あざけるような笑みを浮かべながら俺を見下ろした。


「次に世界をリセットしたときにはもう、兎羽は私を愛するように設定してある。そうだ、今度はマコトの目の前で私が兎羽を抱くところを見せてやろう」
「この、外道め……」
「何とでも言うがいいさ。キミの代わりに兎羽を幸せにしてやるから、安心してゲームオーバーを迎えるといい」

 玄間は銃口を俺に向け、躊躇なく引き金を引いた。パンと乾いた音が部屋に響き渡る。俺は覚悟を決めて目を閉じた。


 ――だが、痛みはなかった。

 恐る恐る目を開けると、目の前には玄間ではなく兎羽の姿があった。

 彼女は両手を広げて、俺を守ってくれていた。銃弾は兎羽の背中に当たり、ゆっくりと倒れていく。


「う、嘘だ!! そんな……」
「あぁ、よかった……無事、だったんだね」

 慌てて彼女の元に駆け寄ると、兎羽は俺の顔を見て微笑んだ。その顔からは、恐怖など微塵も感じられない。


「どうしてここに来たんだ……どうして俺なんかを庇ったんだよ!」
「えへへ。そんなの……マコトを守るために決まっているじゃない。わ、たし……いつも守ってもらって、ばっかりで……」
「そんなこと……自分が撃たれちゃったら意味がないだろ!」

 俺のせいで兎羽が……。
 あぁ、なんてことだ。結局、俺は兎羽を傷つけることしかできなかった! くそ! くそくそくそくそくそ! 畜生がァ!!

 悔しくて、情けなくて仕方がなかった。
 俺は兎羽を抱きしめながら、涙を流した。


「あぁ……マコトの匂い……すごく落ち着く」

 段々と兎羽の目に力が失われようとしていく。


「そんなバカな……私の作り上げた兎羽が……」

 いつの間にか玄間が隣に立っていた。呆然とする玄間は倒れ伏す兎羽を見下ろして、信じられないと声を震わせる。


「ちがう……私以外の男を守るなんて、そんなプログラムは作っていないのに……」
「いや、違うだろ。お前は間違っている」
「なに?」
「確かにお前は兎羽を作り上げたのかもしれない。でも、それはお前の思い通りになる人形を作ったに過ぎない。……違うか?」
「……何が言いたい?」

「俺が知っている兎羽はいつだって、自分の意志を持っていた。それはお前が作った偽物なんかじゃない、本物だ。本物の、俺の恋人だ!!」

 そうだ。俺が知る限り、兎羽は強い女性だ。誰よりも強くて、優しい。そして、俺のことを愛してくれている。そんな彼女を俺は愛しているんだ。

 他の誰でもない、この世界でただ一人。俺だけが、彼女を愛していい権利があるんだ。


「は、ははっ。はははは……認めない。私は認めないぞ、こんなこと。そうだ、こんな世界は間違っている。作り直さねば……もう一度、私の手で。兎羽を手に入れるために……」

 玄間はブツブツと独り言を呟きながら、ゆらりと自分の机の方へと歩いていく。そして机の上に置いてあった拳銃を取った。


「お、おい。お前、何をする気なんだ……?」
「決まってるじゃないか。リセットボタンを使うのだよ」
「リセットって、まさかお前……ッ」
「はは。はははは! そうだ! この世界を一度ゼロに戻し、最初からやり直すのだ! はは! はははははは!!」

 狂っている。
 コイツは狂ってやがる!


「やめろ! やめるんだ! 玄間!!」
「やめないよ。この世界の創造主であるこの私が決めたことに、間違いはないのだから」

 必死で叫ぶが、玄間の耳には届いていないようだった。

 玄間は自身のこめかみに銃口を向けた。その手にある拳銃は震えていた。
 それでも玄間は躊躇することなく――奴は引き金を引いてしまった。

 パンっと乾いた音が部屋に響く。それと同時に、玄間の身体が崩れ落ちた。

「……」

 玄間の意識はすでになかった。
 死んだんだ。自ら命を絶った。


「最後まで勝手しやがって、このクソ野郎が……」

 俺は床に転がった拳銃を拾い上げた。これが、これさえなければ……。


「マコ、ト……」
「おい、大丈夫か!?」

 兎羽の身体を抱き上げると、彼女の目は閉じかけていた。


「ごめん……なさい……私、もう……ダメみたい」
「何を言ってんだよ! これから一緒に幸せになろうって約束したばかりだろうが! 諦めんなよ!」
「ふふ……マコトは、優しいね」
「当たり前だろ! 俺が好きなのはお前だけだ! 他の誰かを愛するつもりなんて、毛頭ないんだよ!」
「……嬉しい」

 兎羽は目を細めて笑みを浮かべた。
 まるで幸せそうな顔をしていた。

「ねぇ、最後に一つだけ……お願いを聞いてくれるかな?」
「馬鹿! 最後なんて言うなよ!」
「聞いてほしいの。これは……私の最後のワガママ」
「……わかったよ」
「ありがとう」

 そう言った兎羽の顔には、涙の跡があった。


「キス、してほしい……」
「あぁ……」

 俺は兎羽の顔に手を添えて唇を重ねた。すると、兎羽の目からは大粒の涙が流れ出した。


「大好き……マコトのこと、愛してる」
「俺も好きだ。愛してるよ、兎羽」
「えへへ。こっちでは初めて、ちゃんと名前呼んでくれたね」

 俺が現世での呼び名を口にすると、彼女は唇を震わせながら微笑んだ。

 どうやら現実とゲームの中の彼女が繋がったみたいだ。


「あぁ……兎羽、愛してる」
「私も……マコトを愛してる」
「あぁ……」
「……」
「兎羽……? 兎羽! 兎羽! 返事をしろ! 兎羽!!」

 俺の叫び声が部屋中に響いたが、兎羽からの返事はなかった。
 腕の中で、兎羽は静かに目を閉じていった。


「認めねぇ。こんな糞エンドなんて絶対に……! 俺は玄間のようには、簡単に諦めねぇぞ!!」

 俺は兎羽を抱きしめたまま、涙を流した。

 悔しくて、悲しくて仕方がなかった。
 どうしてこんなことになったんだ。なんで、兎羽が死ななきゃいけないんだ。

 俺がもっと早くに、玄間を止めていれば……。
 そんな後悔が頭の中を巡る。

 だが、いくら悔やんでも兎羽は帰ってこない。どんどんと彼女の体から血が流れ落ちていく。いやだ、死なないでくれ。


「(今の自分が打てる手はなんだ? この世界で俺ができることは……)」

 莉子や宇志川との出会い、そして兎羽との生活が走馬灯のように脳裏を駆け巡る。


「そうだ……。あるじゃないか。俺にしかできないことが!!」

 俺しか知らない、俺だけが持っているものが。


―――――――― 
いつもご覧くださり、誠にありがとうございます!
遂に次回で最終話となります!!
どうぞよろしくお願いいたします。
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