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第2章 最初のお供は犬耳のアイツ

2-1 桃太郎の玉を狙うモノ

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 むかーしむかし。太陽もすっかり落ちた、とある山の中。
 刀を腰に下げた男が、焚火たきびの前でひとりやかましく食事をしておりました。


「ん~、柴熊しばくまうんめェ~!! やっぱ柴熊のステーキは最ッ高だわマジで。コレさえあれば野菜なんて喰わなくても生きていけるわ。マジうめぇ。がぶっ! むしゃむしゃ……」

 ジュウジュウと音が立つほどまで焼いた石の上に、血の滴った肉塊をいくつも置いては焼き続ける。
 当然、箸なんて便利なモノは無い。その辺の枝を串代わりにして焼けた肉塊ステーキを片っ端から平らげていく男。
 辺りには肉の焦げたジューシーな香りが立ち込めており、通常ならば腹の空かせた猛獣共が押し寄せてきそうな雰囲気だ。


 しかし男はあたりを少しも警戒していないような気楽さで、目の前に山積みされた肉をひたすらに食べる、食べる。

 とはいえ、この男は別にただの死にたがりな馬鹿では無い。
 すでにこの辺りの山は彼が掌握しているので、外敵に警戒する必要が無いだけなのである。
 それは普段から柴狩しばかりと称し、長年彼が彼の育ての親と共にこの山々の生態系のトップに立ち続けてきた成果だ。



 とまぁ、メシを食いながらこんな自分語りをやっている俺の名は……知っての通り、桃太郎だ。
 こんな名前だが、伝説の英雄である異界の勇者おじいさんと、救世の姫巫女おばあさんに育てられた紛れもない強者つわものである。

 少なくとも、この森の中に俺の敵となりうるヤツは居ない。
 ――のはずなのだが。どうやら俺のお楽しみを邪魔したい輩がやってきたようだな。


「……森の中で不意打ちをしてェんなら、落ち葉が立てる音に気をつけな」

 俺は手に持っていた肉串を刀に変え、背後から近寄ってきた人物の喉元にその切っ先を突き付ける。それも襲撃者に背を向けたままで。

「……ッ!?」
「おおっと、動くなよ? 少しでも怪しい動きをしたら、森のケモノ達に豪華な晩メシをやることになる。……それはテメーも嫌だろォ?」

 刀が血のような色をした焚火の炎でユラユラと紅く輝く。
 暗闇の中の襲撃者はそれを見て、刃物を突きつけられた喉をゴクリ、と鳴らした。

「お前さんの目的は何だ? 俺様か、それとも……」


 ――カチャリ。
 音を立てながら刀を更に急所に近付けてやると、襲撃者は観念したかのようにおそるおそる口を開いた。

「……くよ」
「んっ?」

 なんだ? 
 この声質は女みてぇだな。もしや俺が持ってる宝玉ほうぎょく狙いの盗賊か?
 ……にしてはやり口が素人シロウトだが。


「……くが欲しいのよ!!」
「は? ちゃんと聞こえるように言えよ! 突き殺されてェのか!?」


 はっきりしない物言いにイラっとした俺はさらに刀を近付けて脅しにかかる。
 少しでも下手な真似したら薪としてたき火にくべてやる。


「いやっ、やめてよ!! だから言ってるじゃない……それよッ! 貴方の股間にあるその美味しそうなお肉の棒が欲しいのよぉっ! あぁもう、我慢できないっ!」
「に、肉棒!? っておい、やめろ!!」

「じゅぽっ!! んんんっ、おいひぃ! 汁が出てきて口から溢れちゃうっ!」
「言い方ァ! 頼むから誤解招くような表現やめてェ!?」

「ちょっと筋があるけど最高……って、なにこのおっきなタマタマ!!」
「あうとーっ!! それ以上はアウトだから!!」 


 いきなり来て滅茶苦茶をやりやがって、すっかり緊迫したムードがなくなってしまったぜ。
 腰に下げていた宝玉のことは知らなかったみたいだし、盗賊の類では無さそうだ。
 

 俺は股間で人の柴熊の肉串を貪っているこのメスガキを掴みあげる。

 そこには闇に溶けるように黒い衣装ドレスを着た、10歳くらいの金髪少女だった。
 そしてその頭にはフサフサだがへにょん、と情けなく折れた犬耳が生えている。

「獣の耳……まさかお前。化身、族か??」

 コクリ、と頷いたのはこの島国では滅多に目にすることのない、身体に動物の特徴を持つ化身族けしんぞくの女の子。
 ぱっと見では良い所のお嬢様みたいな気品のある見た目をしているが。


「いったい突然やってきて……いったい何者なんだよ、お前は……」


 初めてみる美少女を前に、先ほどまでイキっていた男の姿はもはや無くなっていた。
 桃太郎、推定18歳。
 年寄りばかりの田舎で老夫婦に育てられた彼に、女性経験なぞ皆無かいむだった。
 当然、童貞ピュアピーチである。


 夜更けに突然こんな森の中に現れた美少女を、俺はオドオドとしながらもなんとか焚火の前に座らせた。
 ちなみに彼女の手には新たに焼きあがったばかりの柴熊の串焼きが握られている。
 くそう、俺の晩飯が……。

「本当に……食べていいの?」
「はい、どうぞどうぞ! たくさん食べて! あ、特製の香草ハーブ入りの塩もあるけど使う??」

 山で採取した香草でこしらえた秘伝の調味料をかけた絶品串焼き。
 それを小さな口でハムハムと可愛く食べていく少女。

 犬耳が嬉しそうにピコピコと動いているので、もしかしたらお気に召してくれたのかもしれない。
 それを見てほっとしたが……どうしてこの可憐な少女がここにいるのかという疑問に思い至った。

「た、食べ終わったらでいいんだけどよ。なんでおま……お姫さんみたいな女がこんな夜に森の中へ?」

 まだ年頃の女性相手に話す口調がどうにも定まらない。
 それを聞いて色々と察した少女は、口元についた油を指で拭ってからニコっと笑うと、食べかけの串焼きを握ったままで話し始めた。

「ふふふん、驚きなさい! 私の名前はルナティック=ウルフハウンド。由緒正しきフォークロア王国の侯爵令嬢よ!」


 ババーン、と効果音が出てきそうな勢いで自慢気に自己紹介をするルナティック嬢。
 そんなに胸を張ってもまったく大きく見えない膨らみが、なんとも言えない哀愁が漂わせている。


 ――ていうか、いきなり知らねぇ国名出てきたんですけど。
 俺の名前なんて、桃太郎よ?
 なに急にオシャレなワード出してくれちゃってるの?
 田舎育ち馬鹿にしてるの??

「それで? 貴方のお名前は?」

 よっぽどお腹が空いていたのだろう。
 お腹も無事に満たされてすっかりご機嫌になったルナティックという少女は満面の笑みを浮かべながら、未だ困惑中の俺に名前を聞いてきた。
 どうしよう……この流れで俺のダサい名前なんか言いたくないんだけど。

「も、桃太郎」
「モゥモー=テイロー? ふぅん? なんだか変わったイントネーションね。でも優しそうで素敵なお名前よ?」

 悪気などまるで感じられない、純粋で真っ直ぐな瞳を俺に向けてそう答えたルナティック。
 この島国の古代語を使った名前だし、外の国出身である彼女には何が変なのかは分からないのかもしれない。

「はぁああぁ……。やっぱりこの時代に桃太郎ってオカシイだろォがよ……いったい何を考えてこんな名を付けたんだよ、あのババァは」
「ば、ばばぁ?」

「あぁ、なんでもねぇよ。気にすんな。いや、俺のことはピーチ=ジョー。ジョーとでも呼んでくれ」
「分かったわ、テイロー。貴方には特別に私のことルナって呼ぶのを許してあげる!」

 ――だめだコイツ、全然人の話聞いてねぇ。
 でもニッコニコしながらまた肉串食べ始めてるし、必死になって細かく訂正するのもなんだかなぁ。

「もっしゃもっしゃもっしゃ。もしゃ? もっしゃもっしゃもっしゃ。」


 ていうか俺のメシを食べ尽くす気か?
 胸も無いぺったんこチビのくせして、いったいどこにそんなに肉が入っていくんだ!?


「……はぁ。まぁいいよ、テイローで。それより、なんでそのフォーク、ロア? そこのお嬢様がこんな森の中にいんだよ?」

 この森は柴熊を始めとした凶暴なケモノ達が跋扈ばっこしている。
 とてもじゃないが目の前のか弱い貴族令嬢サマが夜のお散歩にうろつくような場所じゃあない。

「え、えへへへ。じ、実はね?」


 気まずげな表情に変わった彼女は残りの肉串を食べながら、ここまでのいきさつを訥々とつとつと語ってくれた。

 その内容は……うん。中々に壮絶な内容だった。
 なんでも、彼女は化身族の国であるフォークロア王国の王子様と婚約をしていたらしい。
 だが……その国の信仰する教会に所属する聖女様とやらが、ルナと王子様の仲を邪魔してきたんだと。


「ホントに酷いのよ~? あの子ったら急に私のことを王国に災厄をもたらす魔女だとか、悪役令嬢だなんて言い出したの!! 挙句の果てには王様を暗殺しようと企てたとか言って婚約破棄させるわ、国からは追い出すわで……」

 そして実家の公爵家からは勘当させられ、国外追放させられたらしいルナ。
 更には彼女を殺そうとしたのか、教会の追手まで現れる始末だったそうだ。

「あわてて森の中にあった遺跡に逃げ込んだの。そうしたら怪しいスイッチがあって、その。気付いたらここに……ねっ?」
「ね? って言われても……ま、まさか。お前、そのあからさまに危ないスイッチを押しちまったのか!?」
「てへぺろりんちょ!」


 ――スパーン!!


「い、いったぁ~い! なにそのハリセン!? いったい何処から出したのよっ?? いきなり頭を叩くなんて酷い!」
「こォの馬鹿犬が! そんな怪しげな遺跡の仕掛けなんて作動させたら何が起こるか分んねェだろうがよ!?」

 この世には宝物だけではなく、様々な悪しき者を古代遺跡や施設に封印していたりするのだ。
 それを興味本位や盗掘目的で荒した結果、その土地が丸々吹っ飛んだなんて話だってある。

「お前、よくそんなんで『災厄をもたらす魔女って言われたの』なんて深刻そうな声で言えたよな!? おもくそ事実じゃねーか!」
「く、くぅ~ん」

 ――しまった。ジジイから身体の芯にまで覚え込まされた異世界風ツッコミが出ちまった。
 ルナは再び涙目になりながら、ハリセンで叩かれた頭を抱えている。

「と、とにかく。ルナは追手から逃げてここに迷い込んだんだんだな? それで……帰り方は分かるのか?」
「……まったく分からないわ。こっちの森には遺跡にあったようなスイッチなんて無かったし、転移魔法なんて高度な魔法はさすがの私でも魔力が足りなくて使えないから……」
「ん? おいおいおい。ルナさんよ、今なんて?」

 ちょっと待って、なんか今俺がいる世界にあっちゃいけないワードが聞こえた気がする。
 何が? と言われても困るし俺としてもスルーしたいけど、しちゃマズい雰囲気がプンプンしやがるぜ……。

「だから、転移魔法なんてそれこそ伝説の英雄レベルの魔法使いじゃないと「魔法って実在すんの!?」使えない……え? えぇ、あるけど?」


 ルナは何を当たり前のことを言ってるのかしら、と呟きながら腰のホルダーから短杖たんじょうを取り出す。

 魔法を発動させるための呪文なのだろう。彼女は念じるように「ウワキフ=ライデイ」と唱えた。
 すると、杖の先からガスバーナーの様に『ボボボッ!』と炎が噴き出したではないか。

「ま、マジかよ。こんなおとぎ話みたいなことってアリなの? 寺子屋の裸之辺ラノベ絵巻でも見たことないんですけど」
「ふふふ。すっごいでしょ!? 私はこれでも国では一番の魔女だったのよ! 王城の外壁だって一撃でバコーンだったんだから!」

 ちっぱいを精いっぱい強調するかのように胸を張って威張っているが、コイツやっぱり災厄の魔女じゃねーか。
 つーか、聖女様はコイツを追放してグッジョブだったんじゃね?


「まぁ私がここへ来たのはそういうことだったのよ。……ところでテイローはなぜここに? SSSギルドでも追放された? それとも今流行りのスローライフ?」
「ちげーよ! だからどこの裸之辺絵巻だっつーの。それに俺も好きでここに居るわけじゃねェ」

 たしかに最近そういう話が流行っていたが、俺は知威徒チートなんて持ってなんかねぇし、ちゃんと理由があってここにいる。
 間違ってもどっかの誰かさんみたいに罠を発動させてなんかいない。


「なぁに? 勇者召喚モノなら読んだことがあるし、もう遅いわよ~?」
「違っ……いや、違くはないのか?? まぁ、楽しい話じゃねェんだが……」

 かくかくしかじかと、俺はルナに事情を説明していく。
 たき火のパチパチという音を聞きながら、俺が拾われてから別れるまでの全てを。

 そして彼女は俺がデザートに取っておいた秘蔵の干し柿を食べながら、滂沱ぼうだの涙を流していた。

「いや、同情して泣くならデザート食うのは後にしておけよ」
「だってぇ、だってぇ……」

 グスグスとえずきながら「しょっぱ甘……」とムシャムシャと柿をむさぼるルナ。
 ……本当に同情しているのかコイツ?

「むぐむぐ。むぐっ! よし、決めたわ! 私もテイローの旅についていってあげる!」
「お、それは助か……え? っはぁぁあああぁあ!?」

 右手で作ったこぶし(柿入り)を天に突き上げながら、仁王立ちで勝手なことを言い始めるルナ。

「テイローの復讐を手伝ってあげるって言っているのよ。魔法使いの私にかかれば、所詮ツノの生えた程度のモンスターなんてイチコロよ!」
「い、いや。気持ちはありがてェが、ルナみたいなか弱い女の子が――『チュドォーン!!!!』戦、力に……え?」

 ルナを心配するセリフを吐いている途中で、向こうに見える山の中腹がいきなり大爆発を起こして吹っ飛んだ。
 そしてその犯人と思われる人物は――俺の隣で杖を右手でフリフリしながらニヤニヤしている。
 どうやら、あの大惨事を引き越したのはやはりコイツルナらしい。

「これで私が役に立つってお分かり?」
「はい……末永くお世話になります……」

 あの爆発を起こした魔法が飛び出したと思われる杖の先をツイッとコチラに向けてそう言われたら、魔法なんて防ぐ手立ての無い俺がお断りなぞ出来るわけがないだろう。
 いろいろとツッコミたい心を押し殺し、俺はただただ口を閉じてコクコク頷くのであった。



 ――こうして桃太郎は幸運にも可愛くて強力な犬耳魔法少女と出会い、強力な助っ人とすることができましたとさ。 
 ……めでたし、めでたし?
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