Straight Flash

市川 電蔵

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Scene 32

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週が明け、その週の木曜が始業式である。始業式のあと新任教師紹介があり、俺と小川が紹介された。俺の紹介時には、生徒たちの間に若干のざわつきがあった。狭い田舎町のこと、俺が石川家の婿養子であることはだいぶ広まっているのだろう。
壇上から生徒たちをざっと見回すと、例の三人がひときわ目立つ。後ろのほうに、長身でがっちりした体格のリーゼント、細身で総金髪のオールバック、背がいくぶん小さくて茶色の髪を逆立てた奴らがいる。でかいのが秋葉、金髪が西川、ツンツン頭が國井だろう。秋葉が丈の長い学ラン、西川と國井は丈の短い学ランをまとい、それぞれ図太いズボンでキメている。俺の通っていた高校はブレザーだったので、このファッションセンスはわからない。
俺は彼らに三連星というニックネームを付けてやった。國井が俺を睨みつけているのが、壇上からでも明確にわかった。リョータローなら殴りに行っているところだなどと思い、壇を降りる。
「あれが國井たち、ですな」
壇を降りながら小川が話しかけてきた。
「俺だって高校生だったのはほんの四、五年前だけど、なんかかわいいね高校生」
俺は正直な感想を述べた。彼らとそんなに年齢は変わらないはずなのだが、理事長の言うように「んぼこ」にしか見えない。子供が精一杯大人のふりをしているだけなのだ。ちょっとした縁で就職と結婚をしてしまった俺は、大人になってしまったのだなと思った。
「そう言われればそうですな。私も実は同じことを思いました。年を取ったのかな」
「んなこと言ってると、佐藤さんとかに怒られるよ、若いもんが何を言うかって」
小声で会話しながら、俺と小川は職員席に戻る。
学院は3年間組替えは行われず、文系と理数系に分かれたカリキュラムで授業を行う。俺は佐藤さんに付き従い、新入生のクラスの副担任になる。小川の方も東海林さんに付いて新入生クラスだ。軽音部に顔を出さない限り、三連星との接触はしばらくないだろう。
午後からは入学式が行われ、俺と同じ新入生を迎え入れる。新入生は本当に子供としか思えず、俺は苦笑した。俺も昔はこうだったのだろうななどと思い、心を新たにする。
ベテラン教師の佐藤さんは一年一組、国立文系コースの担任で、俺も副担任としてこの組を担当することになる。もっとも、学院の独特な制度により、出席や成績の管理などは管理部が集中して行うし、部活や生活指導は指導部が行う。教師は授業だけを行い、管理部や指導部からの事務連絡をするが、担任する三十数人の生徒のメンタルケアも重要な仕事だ。俺はなにやらやる気が出てきた。
入学式後に、新入生が教室に集合する。ほとんどが地元の子供達であり、昔からの知り合いばかりと見えて、教室内は大騒ぎである。佐藤さんが少し大きな声で静粛にと呼びかけ、ようやく教室は静かになる。
「寒河江中央学院高校へようこそ。このクラスを担任する佐藤誠司です。担当は社会科、世界史です。本来、学院は三年間クラス替えがなく担任も替わりませんが、私は君たちが三年に上がる年に定年を迎えます」
佐藤さんはかしこまった席では流暢に標準語のイントネーションをあやつる。
「副担任の石川さん、入学式でも紹介がありましたが、あなた達と同じ新人です。二学期からは彼に担任を変更しますので、彼と三年間いっしょに頑張ってください」
佐藤さんが俺に目で合図する。挨拶をしろということだ。
「ご紹介いただきました、石川愛郎です。同じく担当は社会科、世界史です。私もこの間大学を卒業したばかりの教師一年生、皆さんと同じです。一緒に頑張りましょう」
教壇の横で、俺は生徒たちに深々と頭を下げる。生徒たちも頭を下げているのが空気の動きで伝わってきた。
「なお石川さんは新婚です」
佐藤さんが余計なツッコミを入れ、生徒たちがざわつく。
「ハイ」
一人の女子が手を挙げる。佐藤さんが名簿を見ながら名前を確かめる。
「菅野美依、なにか」
菅野という生徒は物怖じせずに立ち上がる。
「石川先生は石川宗家のお婿さんですか?」
教室内のざわつきがまた大きくなる。この年頃の女の子と言うのは、こういうことに興味津々なのだろう、女子の話し声のほうが多い。佐藤先生がまた目で合図する。
「えー、すぐにわかることですし、隠すつもりもありません。私は石川宗家の婿です」
キャーと歓声が起こる。菅野が続けた。
「んだら、東京がら来たの、先生」
菅野は軽い訛りが抜けていないようだ。櫻乃よりは数十段マシなレベルだが。
「生まれ育ちは埼玉の所沢です。大学はたしかに東京ですが、町田でした」
所沢てライオンズの本拠地だべ、と男子も言い出す。
「はいはい、そういう話はまたホームルームとかでな」
佐藤さんが場を押しとどめ、諸々の事務連絡をする。俺もところどころメモを取りながら、生徒たちを観察した。
制服は、男子がまったく普通の黒い詰め襟である。女子は東京近辺でもよく見かける、紺ブレザーにチェックのスカートだ。女子の制服とあわせて男子もブレザーの制服である場合が多いが、おそらく女子の制服だけ近頃変更したものか。
男子は國井たちのような変形学生服を着ているものはおらず、女子のスカートも常識的な長さである。上級生もほとんど同じで、三連星が浮いて見えるのもわかる。かなりおとなしい学校のようで、あのオニシロウ店長が在籍していたとは信じられない程だ。
佐藤さんの事務連絡が終わり、クラスに解散が告げられると早速さっきの菅野という生徒とその友達二人が俺のもとに駆け寄ってくる。
「菅野、と」
俺は名簿に目を落とす。さん付けしそうになり、生徒は姓で呼び捨て、を思い出してあやうくとどまった。
「日塔です」
「鈴木です」
二人がすかさず答える。珍しい名字と珍しくない名字のカップリングか。
「あぁ、日塔美優、珍しい名字」
「みゆうではなくみゆ、日塔はこの辺では珍しくないです」
「全国で珍しぐない鈴木ばディスったんねのー」
クラスには鈴木姓の女子生徒が二人いる。
「鈴木、二人いるね」
「美緒のほうですー」
みいにみゆにみおとは、どれがどれかわからなくなりそうだ。
「うちらの間では、雪江様と櫻乃様はあこがれの人だったんだっけー」
リーダー格らしい菅野が言う。
「雪江様、短大卒業と同時に結婚したて聞いて、ショックだった」
日塔が続ける。すこしぶっきらぼうな、男っぽいしゃべり方をするが声は高めだ。
「雪江様の婿殿が学院の先生になるって、受験のどぎ聞いたんだー」
鈴木がまくし立てる。子供だがみな可愛らしい顔立ちをしている。俺はなんだか優しい気持ちになった。
「んで、こんな男でショックだったか?」
傍らで佐藤さんがにこやかな顔で俺達を眺める。
「櫻乃様が、しぇーおどごだじぇ、って言ってたし」
「確認した」
「許すべしたー」
彼女たちはミニ三連星としよう。
「トールパインには、君らだけで行ったらイカンぞ。酒を出す店に生徒だけで行くのは禁止だ。指導部が飛んでくるぞ」
佐藤さんが釘を刺す。
「家族で行ってますから大丈夫でーす」
菅野が明るく答えた。
「櫻乃様は店長とラブラブだし、雪江様も婿取ったし、楽しみがなくなった」
日塔がぼやく。君らはいったい雪江と櫻乃の何を楽しんでいたのか。
「先生、櫻乃様のことおべっだの?」
三人の中では鈴木が一番訛りが強いようだ。それでも櫻乃よりずっと訛っていない。
「寒河江に来て初めてできた友達が、オーナーと店長とサクラちゃんだ」
サクラちゃんだってーとミニ三連星が嬌声を上げた。
「カミさんの親友だもの、そりゃ親しくするわな」
「はいはい、三人とも解散。おらだは職員室さ戻るんだ、また今度な」
佐藤さんが助け舟を出して、ようやくミニ三連星から解放され、並んで歩いて職員室へ向かう。
「いや、すごいですね、子供って」
俺は正直な感想をもらす。
「石川さんは、あんます子供と接したことないべな」
佐藤さんが訛りを戻して言う。
「大学の時、高校の軽音部にOBとして顔出して、指導したことはありましたがね」
「まぁ一年生なのほんて子供もいいとごだがら、あんますむぎになんな」
「ホントそう思いましたわ」
徳永愛郎でもなくJET BLACKのアイでもなく、石川愛郎としての新しい生活が始まった。
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