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Scene 33
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生徒たちとの対面も終わり、俺はさっさと帰宅する。帰宅すると祖母が夕飯の支度をしている。
「手伝うよ。学生時代ずっと居酒屋でバイトしてたから、運ぶのは得意」
「おや、ありがどさまなぁ。あーくんが好きそうなものはこしゃわんねげど」
祖母は俺の前での江戸弁を放棄している。入籍した俺を正式に身内と認めたためだ。
「俺は別に洋食が好きってわけじゃないし。雪江が作る料理がすごく和風なんで最初驚いたけど」
「雪江なのんぼこんどぎがら台所の手伝いしったけさげ」
「居酒屋から貰ってくる残り物もあったんで、ホント食うことだけは困らなかったな」
「雪江さは米やら味噌やら野菜やらいろいろ送ったっけ」
「お世話になりました」
石川家は俺を婿、いや息子として扱ってくれていることが嬉しかった。俺が子供の頃、徳永家で味わったことのある優しげな家庭の雰囲気が戻ってきたようだった。中途半端にグレた俺だけが、家庭の温かみに勝手に背を向けていたのだ。それを思い出させてくれたのは、同棲時代の雪江の手料理なのだった。
質素な夕餉が出来上がる頃、両親と雪江が帰宅した。石川家が食卓につく。
「お父さんも時間が不規則だし、私も遅くなる時があるし、うちは夕飯は各自取るようにしてるんだ」
母が飯をかきこみながら話す。どうも母は、基本は標準語で話すようだ。相手によって方言を使う。
「東京さ出張するごども多いすな」
父もモリモリ飯を食う。
「みんな揃って夕飯、ってのは休みの日くらいね」
同棲している頃から感じていたことだが、雪江はけっこう大食漢だ。ふたりで暮らしているのに、大型の炊飯器を使っていた。
「俺とばあちゃんで夕飯食うことが多くなるかな」
俺もペースに巻き込まれてモリモリ食ってしまう。
「んだら、二人で仲良く食うべな、あーくん」
祖母はさすがに少食で、食後の茶をすすりながら笑う。
「どうだった、一組」
母が漬物だけで三杯目の飯を食いながら俺に尋ねる。
「一年生はホント子供ですね、可愛らしいっす」
俺は三杯目を辞退し、飯碗に茶を注いで答える。
「菅野、日塔、鈴木って女の子三人組に、石川先生は宗家の婿ですかって質問されましたわ」
「菅野は元町の昭一んとこの長女だな。日塔は本楯の真の長女、鈴木は栄町の洋介の次女だな。中学校でいつも一緒だった三人だ」
父がすらすらと答える。この人の頭のなかには、選挙区のすべての家の名簿が入っているというのか。
「お父さん、議会の教育関連の委員長だから、市内すべての公立学校に足繁く通ってるの」
雪江が小さくごちそうさまといい、飯碗に茶を注ぐ。そもそも雪江がそうしていたから俺も食後の飯碗に茶を注いで飲むようになったのだ。なんでも、禅寺の食事の作法のひとつで、石川家の作法にもなっているとかで、茶で飯碗を洗うのだ。たしかに、あとの洗い物は楽になる。俺は石川家の作法を先にひとつ習得していたわけだ。
「あの娘たち、なかなか成績もいいからね。気にかけてあげてあーくん」
母も飯碗に注いだ茶をすすりつつ言った。
「はい」
茶を飲み干して夕飯が終わり、俺の教師としての初日が終わった。
「手伝うよ。学生時代ずっと居酒屋でバイトしてたから、運ぶのは得意」
「おや、ありがどさまなぁ。あーくんが好きそうなものはこしゃわんねげど」
祖母は俺の前での江戸弁を放棄している。入籍した俺を正式に身内と認めたためだ。
「俺は別に洋食が好きってわけじゃないし。雪江が作る料理がすごく和風なんで最初驚いたけど」
「雪江なのんぼこんどぎがら台所の手伝いしったけさげ」
「居酒屋から貰ってくる残り物もあったんで、ホント食うことだけは困らなかったな」
「雪江さは米やら味噌やら野菜やらいろいろ送ったっけ」
「お世話になりました」
石川家は俺を婿、いや息子として扱ってくれていることが嬉しかった。俺が子供の頃、徳永家で味わったことのある優しげな家庭の雰囲気が戻ってきたようだった。中途半端にグレた俺だけが、家庭の温かみに勝手に背を向けていたのだ。それを思い出させてくれたのは、同棲時代の雪江の手料理なのだった。
質素な夕餉が出来上がる頃、両親と雪江が帰宅した。石川家が食卓につく。
「お父さんも時間が不規則だし、私も遅くなる時があるし、うちは夕飯は各自取るようにしてるんだ」
母が飯をかきこみながら話す。どうも母は、基本は標準語で話すようだ。相手によって方言を使う。
「東京さ出張するごども多いすな」
父もモリモリ飯を食う。
「みんな揃って夕飯、ってのは休みの日くらいね」
同棲している頃から感じていたことだが、雪江はけっこう大食漢だ。ふたりで暮らしているのに、大型の炊飯器を使っていた。
「俺とばあちゃんで夕飯食うことが多くなるかな」
俺もペースに巻き込まれてモリモリ食ってしまう。
「んだら、二人で仲良く食うべな、あーくん」
祖母はさすがに少食で、食後の茶をすすりながら笑う。
「どうだった、一組」
母が漬物だけで三杯目の飯を食いながら俺に尋ねる。
「一年生はホント子供ですね、可愛らしいっす」
俺は三杯目を辞退し、飯碗に茶を注いで答える。
「菅野、日塔、鈴木って女の子三人組に、石川先生は宗家の婿ですかって質問されましたわ」
「菅野は元町の昭一んとこの長女だな。日塔は本楯の真の長女、鈴木は栄町の洋介の次女だな。中学校でいつも一緒だった三人だ」
父がすらすらと答える。この人の頭のなかには、選挙区のすべての家の名簿が入っているというのか。
「お父さん、議会の教育関連の委員長だから、市内すべての公立学校に足繁く通ってるの」
雪江が小さくごちそうさまといい、飯碗に茶を注ぐ。そもそも雪江がそうしていたから俺も食後の飯碗に茶を注いで飲むようになったのだ。なんでも、禅寺の食事の作法のひとつで、石川家の作法にもなっているとかで、茶で飯碗を洗うのだ。たしかに、あとの洗い物は楽になる。俺は石川家の作法を先にひとつ習得していたわけだ。
「あの娘たち、なかなか成績もいいからね。気にかけてあげてあーくん」
母も飯碗に注いだ茶をすすりつつ言った。
「はい」
茶を飲み干して夕飯が終わり、俺の教師としての初日が終わった。
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