Straight Flash

市川 電蔵

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Scene 18

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その日、徳永家ご一行様は石川家に宿泊する。結納の席で供された仕出し料理の残りと、飯と漬物の夕飯である。石川家はたしかに名家なのだが、雪江にしてもこの家族にしても、決しておごっているわけではなく、生活はむしろ質素である。
義父を兄と慕う軍兵衛さんが居残っているが、石川家に投宿する五兵衛さんは外に飲みに出た。
場にならって親父はめずらしく日本酒をちびちび飲んでおり、顔を赤くしている。前橋の伯父さんはもとから酒好きなので、にこにこしながら盃を重ねている。義父の方も、目に見えて上機嫌だ。
「んだもんで、石川家ってのは女系家族なのよっす、前橋のアニキ」
義父は前橋の伯父さんを「前橋のアニキ」と呼び始めた。
「ほう、すると石川のお父さんは婿さんなんかい」
伯父さんはだいぶ山形弁に慣れたらしく、ほぼ会話が成立している。というか、伯父さんも上州訛りがきつくなってきた。
「26んどぎに家のオヤズとアニキがらよばっで、石川さむごいげ、一言で終わりよ」
「あら、イヤだったの?」
義母が標準語の発音で艶っぽく笑う。
「寒河江で、石川のお姫様ばしゃね野郎なのいねっだな。あのような美人が俺の」
義父はそこまで言うと真っ赤になってうつむいてしまった。押しの強い政治家が普段の義父の顔だが、義母にベタぼれしていることは最初からバレバレだった。
「私もお父さんが婿に来てくれる、って知った時は嬉しかったよ。すごく逞しくって、ハンサムで、このあたりじゃ有名人だったんだから」
義母はにっこり笑って義父にしなだれかかる。義父はますます赤くなり、座が大笑いになった。
「でもね、ホントお父さんは、私たちが中学から高校の頃の地元のアイドルみたいな感じね。岡村先輩は成績優秀だから、偏差値トップの山形の霞城高校に通ってたの。寒河江駅に毎朝女の子が集まって、左沢線に乗る岡村先輩を見てたんだから」
「あーそれ櫻乃のママからも聞いたぁ。ヨリチカ・ファンクラブがあったんだってぇ。櫻乃のママ、お父さんと話すときは目がうるうるしちゃってたもん」
雪江もまぜっかえす。そういえば、義父は俳優で言えば渡辺謙のような感じで、いかつい雰囲気ではあるがなかなかの美男子なのだ。
「いや、じづは昔それはきいてたげど、俺らの高校はおなごどつぎあってだなてゆたら、軟弱者扱いさっだんだっけ。んだげずーっと無視しったなだ」
「お父さんは、私が中3のときにはもう仙台の大学に行ったから、もう幻のアイドルになっちゃったのよね。私が東京の女子大に行くのと入れ違いに卒業して帰ってきて、私が卒業して寒河江に戻って、たしか1年かそこらで決まったのよ」
「俺はもう先生のとこで秘書やってだがんなぁ」
義父がようやく落ち着いたらしく、前橋の伯父さんに酌をしながら言った。先生、というのはたぶん山形県選出の自由国民党の国会議員とかだろう。
「菊江は本気で嬉し泣きしたからねぇ、岡村頼親先輩がお婿になってくれる、って」
義祖母が音もなく俺の側に現れ、そう言いながら酌をしてくれた。
「いや、俺だてうれすいごどはうれすいかったんだ、本気でよ。んだげっと、どうにもオヤズだげはおっかねぇがった。おらえの先生ばハナタレ小僧扱いだっけ」
「あたりまえだよ、今野なんざ。あれの親父だってうちの人の前じゃ脂汗たらして直立不動さね。石川が自由国民党を支持する、って言っただけでここいらの票が全部自由国民党に流れるんだ」
義祖母が穏やかに笑う。
「先代は私にも雪江にも、当然おばあちゃんにもベタベタだったけどね。女性に甘いのが石川家の男なのかしらね」
義母が俺をちらりと見て、雪江に語りかける。
「当たり前でしょ、私にべた惚れよ、ね、あーくん!」
少し酔っている雪江が俺にぴったり寄り添って笑う。俺の両親も前橋の伯父さんも兄貴も、優しく笑った。
「ウチは男系ですねぇ。兄貴のとこも男2人、ウチも男2人、私自身も兄貴と2人だし」
親父がお袋の方を向いて笑いかける。
「ホント、むさ苦しいったらないですわ」
お袋も笑う。
「失礼ですけど、お兄様は、ご結婚のご予定は?」
義母がさらりと兄貴に問いかける。
「いや、お恥ずかしい話ですが、まったくモテませんで」
兄貴がめずらしく明るく笑って言った。俺たち兄弟はまったく顔が似ておらず、俺がどちらかと言うと親父似、兄貴はお袋に似ている。若いころは親父の勤務する商社の美人事務員として、親父以外からもプロポーズを何度か受けたというお袋は、たしかに不細工な顔立ちはしていない。そのお袋に似ている兄貴は、高校時代に結構な数のバレンタインチョコレートを貰うくらいはモテていたはずだ。当時小学校高学年だった俺にたくさんチョコをくれた記憶がある。実際背は俺よりも数センチ高く、太っているわけでも髪が薄いわけでもない。
「そういや、兄貴に彼女がいるって聞いたこと無いわな」
俺もめずらしく兄貴に話しかけた。兄貴が大学に入学した頃から、俺達兄弟はほとんど会話をしていないような気がする。べつに嫌っているつもりはないのだが、俺よりもお勉強ができて爽やかな容姿の兄貴に、俺は劣等感を抱いていたのだ。
「おまえだって、雪江さんと出会うまで彼女いたのかよ」
雪江がその言葉に敏感に反応し、俺を見据える。
「…いない」
雪江がガッツポーズを取った。その姿にまた笑いが起こる。
「おまえ、ギターばっかりだったもんな」
兄貴は、なんだかんだ言って俺を見守っていたのだ。俺はずっとギターを弾くことに熱中していたため、女のことを考えることを忘れていた。初体験は大学に入ってミギたちとバンドを結成した後、女遊びが大好きなリョータローが勝手にあてがったくれた女とだった。雪江との出会いも似たようなものだが。
「お兄様はあーくんとまったく似てないから、モテると思う」
雪江が身も蓋もないコメントを発する。
「なんてのかな、女性と何の話していいかわからないんですよ、男ばっかりの中で暮らしてきたし、高校は男子高で大学も男だらけ学部で」
兄貴がまじめに答える。
「それに市役所には、おばさんしかいないし」
「私の知り合い、紹介しましょうか?」
雪江は真面目な顔で兄貴に語りかける。兄貴がさすがにしどろもどろになった。
「い、いやその何と言うか」
「大学で仲のいい子が、たしか埼玉から通ってきてたような…」
「いや、雪江さんの大学みたいなお嬢様学校の子とか無理でしょ…」
「別にウチはお嬢様学校じゃありませんわよ?タマに政治家の娘とか大企業の社長の娘いますけど」
雪江がさらりと言う。政治家の娘はたしかにここにいるわけだが。
「一度、東京でお会いしましょう?ね、決まり」
やはり雪江も義母と同じように、強引に話を決めるところがある。兄貴は呆然としていた。
「道郎、良かったわね」
お袋がにこにこしながら兄貴と雪江を見比べる。
「あんつぁ、しぇがったな、ユキのともだづだば美人に決まてんべ」
軍兵衛さんが完全に酔っ払いになって兄貴の背中を叩く。
「おらえの嫁なんど、こだなだはげ」
軍兵衛さんは自分の顔を両手で押さえて、顔をねじ曲げてみせた。
「おばちゃんなのすばらすぐ美人だどれよー」
雪江はネイティブの山形弁で返す。
「おまえしゃねがらゆうんだ、あいづなの俺より力強いんだじぇ、格闘術なのWACだど思わんねっけ」
「WACってのは女性自衛官ね、おんちゃんたちは職場結婚なのよ」
雪江が注釈を加えたとき、大柄な女性が居間に入ってきた。
「誰がWACでねぇってが、父ちゃん」
女性は軍兵衛さんの背後に回ると、するするっと軍兵衛さんの右腕に両腕を絡め、がっちりとホールドした。軍兵衛さんが絶句する。
「いづまでもあんつぁの家で酒飲んでいんなって、いづでもゆてんべよ、父ちゃん!」
たしかに大柄で筋肉質な女性だとは思ったが、軍兵衛さんの奥さんは非常に美人だ。
「姉さん、ほんてごめんなぁ、いつもいつもごっつぉなてばりいでよぉ」
奥さんは軍兵衛さんの腕を極めながら義母に謝る。
「さすかえないづぅ、おらえのお父さんだてなにがていうど左沢さ行ってごっつぉなてっどれー」
義母がにこにこして返答する。
「われがった、われがった母ちゃん、参った」
軍兵衛さんがギブアップして、奥さんをタップするとようやく関節技がほどかれた。奥さんは居住まいを正し、あらためて徳永家に挨拶をする。
「左沢石川の翔子と申します、これからもよろしくお願い申し上げます」
これまたきれいな標準語の発音で挨拶した奥さんは、丁寧に頭を下げた。頭をあげると俺の顔をまじまじと見て、雪江に話しかける。
「うわーしぇーおどごだったらやー、雪江ちゃん、しぇーおどご見つけでいがったったらよぉ」
「んだべ、おばちゃん、んだべ?おばちゃんもこいなおどごすぎだべ、ほんて」
「わがっか?おばちゃん、お父ちゃんみでなの、じづは好みでねっけのよ~んだってお父ちゃんだば俺ど結婚してけねど死ぬてゆうはげ、仕方ないっけんだぁ」
翔子さんの言葉に、皆が爆笑した。山形弁がわからない徳永家も、何を言っているのかニュアンスで理解できたのだろう。
軍兵衛さんが腕をさすりながらも赤くなって照れている。義父と同様、妻にベタぼれしているのだろう。
「お父ちゃん、ほれ、帰んべはぁ」
軍兵衛さんは背が低い方ではないが、夫婦並ぶと、明らかに翔子さんが背が高い。軍兵衛さんは翔子さんに手を引かれて帰っていった。
「いつも翔子ちゃんが迎えに来るのよ」
義母がくすくす笑いながら標準語で答える。
「株式会社左沢石川組の専務なのよ、翔子ちゃんは。軍兵衛さんはあんまり人相良くないし、無愛想なトコあるから、営業とかは翔子ちゃんの仕事」
いろんな意味で最強の営業ウーマンだろう。
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