Straight Flash

市川 電蔵

文字の大きさ
39 / 44

Scene 39

しおりを挟む
学院の野球部は夏の甲子園大会県予選ベスト4進出を僅差で逃した。全校応援の生徒たちを引率して左沢線に乗るべく、球場から駅への道を歩いている時に、俺の携帯に電話が入った。知らない番号だ。
「はい石川です」
「アイ?久しぶり。塚本です」
JET BLACKが所属する音楽事務所、株式会社BBミュージック代表取締役社長の塚本真也からの電話だった。
「塚本さ…社長、ご無沙汰してます」
手振りで佐藤さんに電話を続けることを伝え、俺は生徒たちの列からはずれて道端に立ち止まる。
「石川先生だよね今は」
電話の向こうで塚本社長が笑った。
「ははは、なんとか」
「ミギから聞いてるよ、生徒にプロ志望の子がいるって。写真も見たよ」
「えぇ、東京へ行って彼を社長にぜひ紹介したいと思って。学校が夏休みの間、お時間いただけないか連絡しようと思ってました」
社会人生活3ヶ月程度だが、学院でレクチャーを受けて大人の話し方ができるようになっている俺。
「アイが…いやごめん、石川先生が見込んだんなら才能は問題ないでしょ。写真見る限りルックスも満点。面接しなくても即内定だって」
塚本社長が愉快そうに笑った。俺は電話を耳に当てたまま何度もお辞儀をして礼を述べる。携帯を耳にあててお辞儀を繰り返すサラリーマンを見て、昔はバッカじゃねーのと思ったものだが、今その気持がよくわかった。
「ありがとうございます!でもやはり、本人を見ていただきたいです。いつご都合よろしいです?」
「あぁその件。俺がそっち行くから。イシカワ・インベスターズの社長に誘われててさ。一回山形に遊びに行こうって」
「マジすか?」
思わず昔の地が出た。五兵衛さんもなにか動いているのか。
「マジマジ。当然ミギたちも連れてくよー。来週の土曜いいかなぁ?」
「は、はい!ありがとうございます!お待ちしてます!」
俺は大声でまた礼をいい、何度もお辞儀を繰り返した。
「んじゃ、来週会えるの楽しみにしてるよ、アイ」
塚本社長は先輩ミュージシャンの声になってそう言い、電話を切った。俺は携帯を握りしめ、その場でガッツポーズを繰り返す。駅を目指して歩く学院の生徒たちが俺を見てクスクス笑う。
「先生、何してんの?」
厚化粧の五十嵐の声だった。振り返るとちょうど三連星と彼女たちが歩いてくるところだ。履歴書の写真のために、金髪をバッサリ切って丸坊主にしたばかりの西川もいる。
「西川、やったぞ、BBの塚本社長が会いに来てくれるってよ!」
俺は西川の肩を叩いて叫んだ。
「内定だってよ内定、ミギたちも来るってさ」
西川は最初ぽかんとしていたが、事態が飲み込めると飛び上がって喜んだ。
「いづだっす?いづ来てけんなだっす?」
「来週の土曜だって、くわしいことはまたな」
西川のことも嬉しいが、俺は正直ミギやキタ、リョータロー、そしてコトブキと再会できることが嬉しかった。
「先生、ありがとう…」
大泉は号泣し始める。背の高い沖津が背の低い大泉を優しく抱いてやる。
「先生、すごいね」
沖津が優しい目で俺を見る。
「すごくないよ、西川の才能は見るもんが見ればすぐわかる」
「内定第一号か、良かったな富士男。先生、どうもなっす」
秋葉は鷹揚に西川に話しかけ、俺にも目礼した。
「センセってやっぱミュージシャンなのぉ」
五十嵐が突っ込みようのないコメントを出す。
「五十嵐、厚化粧だとカミさんにいいつけるぞ」
「これは日焼け防止」
五十嵐が明るく笑う。
「…石川先生」
それまで黙っていた國井がはじめて口を開く。驚いたことにはじめて俺を先生と呼んだ。
「…富士男を気にかけてくれて、どうも。見捨ててると思ってたよ、あんたら教師は」
「見捨てる?西川を?こんな才能のあるヤツほっとくわけ無いだろうが!」
高揚した気分のまま、俺は國井に告げた。國井の目が少し険しさを薄める。
生徒たちを引率して学校へ戻り、俺は理事長室へ行く。
「理事長、西川富士男の就職のための面接の日程が決まりました。来週土曜、彼が就職を希望している株式会社BBミュージックの社長が、こちらへ来てくださって面接してくださるそうです。電話では内定とおっしゃってましたが」
理事長は書類に目を落としたまま俺の報告に頷く。
「株式会社イシカワ・インベスターズの石川社長、それとJET BLACKのメンバーも同行してくるそうです」
「よかった、さすが五兵衛さんうまくやってくれたわ。部屋は余ってるし、みんなうちに泊まってもらお」
理事長は顔を上げ、母に戻ってにっこり笑った。それにしても裏でなにか動いていたとは。
「面接はここの音楽室で行いましょう。夏休みに入りますから、少々大きな音を出しても許可します。先方へのご連絡や場所のセッティングをしなさい」
理事長に戻った母がまた書類に目を落とした。

その夜、俺はミギに電話をかけた。こちらからかけるのは本当に久しぶりだ。
「アイ、おまえからの着信は十ヶ月ぶりだぞ。いくら振った相手でもひどい話だ」
ミギは冗談めかして言うが、たしかに俺はミギを振って雪江を取ったのだ。
「はは、こないだも言ったけど、脱退した身じゃあね、お久しぶり~って軽く電話するわけにも行かないと思ってさ」
周りでは俺が知らない曲が演奏されている。新曲の練習中だろう。
「こないだ言った通りだ、アイは創立メンバー、VIPだ。いつでも俺の携帯を鳴らしていい」
「新曲か」
「うん、デビューアルバムは昔からのと新曲と半々」
「いい感じだね」
「新曲はほとんどコトブキが書いてる。あいつ、あんなだけど才能のカタマリ」
あんな、というのはコトブキの普段の表情が指名手配の殺人犯のような凶悪犯顔であることだろう。
「やっぱ俺が抜けて正解だ」
俺は笑いながら答えた。
「…また俺を怒らすのか、アイ」
「冗談だ冗談」
ミギが切れかかったので俺は慌ててフォローする。
「社長がわざわざこっちに来てくれるんだってな、ありがとう」
あらめて本題に入る。
「俺は社長に写メ見せただけだよ。アイの一番弟子がプロ志望なんだって、って言って」
「ミギが言ってくれたならぜんぜん違うもんな。ありがとう本当に。俺が言うのもなんだけど、そいつ、モノになると思うんだよ」
「メンバーにも写メ見せてやったよ。リョータローなんか女の子がかわいいかわいいしかいわねぇんでやんの」
ミギが大笑いする。
「言っとくけどその二人、将来を誓い合ってるから」
ミギがいっそう楽しそうに笑った。
「来週の土曜、来てくれるってな。大変だろうけど頼むよ。社長にはメールでスケジュール送っておくから」
「山形って、初めてだな。ツアーは西の方から回ってるから。下見だな下見」
「新幹線で来るのか」
「バカ、そんなカネ出ねぇよ、ツアーバンで行くよ」
ミギからのメールに添付された写真に写ったワンボックスだろう。
「ホント悪い」
「気にするな、リョータローも免許取ったから、全員で運転してるんだ。コトブキはもとから免許持ちだし」
そういえば俺はまだ運転免許を持っていない。
「アルバムはいつ発売なんだ?」
「クリスマスの予定。JETからお前と雪江ちゃんへのクリスマスプレゼントだ」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜

来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、 疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。 無愛想で冷静な上司・東條崇雅。 その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、 仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。 けれど―― そこから、彼の態度は変わり始めた。 苦手な仕事から外され、 負担を減らされ、 静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。 「辞めるのは認めない」 そんな言葉すらないのに、 無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。 これは愛? それともただの執着? じれじれと、甘く、不器用に。 二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。 無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

処理中です...