生贄の姫と黄昏の国

宵待 ふた

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Episode.1 目覚めた先

◇13

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「体調はどうだ」
「良く、なりました」
「そうか」

短い会話。静かな空間に、食器の音だけが響く。

──落ち着かない。

五日ぶりにあった王は、こちらをちらりと見た後「座れ」と一言促し、そのあと二言三言話すだけだった。
彼とどう接すれば良いのか掴めていないティアシェとしては、その方が安心して食事ができる……はずだったのだが。

どういうわけか、視線を感じて仕方がない。
セラ、フィスからの視線に、そのほかの侍従たちからの視線。
そして、変わらずの無表情で意図が読めない王からの視線。
好奇心、嫌悪……色々と視線の理由を挙げてみるがどれにも当てはまらないような気がしてならない。
冷やかしではなく純粋な興味、ともすれば気遣うような暖かな視線に感じて、彼女を更に混乱させた。

ついこの間まで一人で黙々と食べていた彼女にとってそれはどこか落ち着かないもので。だからと言って、嫌なわけではないのだが。

そんなどこか不思議な気持ちに苛まれた朝食を終えると、シュバルツが書類を差し出した。
「調べておいた」と。
首を軽く傾げつつもそのまま受け取って、内容を見る。

「…これ」
「二人共、こちらの国に移り住んで家庭を持っていた」

報告書、と書かれたその書類にはメアリとアマーリエについての詳細が書かれていた。
アマーリエは六年前、メアリは四年前に、エルフェリル帝国へ移住。
その後、伴侶を見つけ、結婚。
アマーリエには子供もできたと、その報告書には書いてあった。

──良かった。巻き込まれてなかった。

ほう、と安堵のため息を漏らした後、書類から視線を上げシュバルツに礼を言うべく口を開いた。

「ありがとうございます、陛下」

王が、無言でこちらを見る。

「……」
「………陛下?」
「前にもそう呼んでいたが」

陛下ではなくシュバルツと、そう呼べ。

言われた瞬間、思考が軽く止まった。

シュバルツ。
それは、王の名前。
身分がほぼないティアシェが、おいそれと呼んで良いものではないはずだ。

「呼んでも、大丈夫なのですか」
「私が良いと言っているのだから、大丈夫に決まっているだろう?」

何を戸惑う必要がある、と。
ことりと首を傾げた。
確かにシュバルツ本人が言えばいいのかもしれないが……でも、本当に?

「えぇ、と」
「短くしてルツでもいいが」

短く。ルツと。

「……」
「どうした。呼んでみろ」

──本当に、本当に大丈夫なのでしょうか?

そう、ティアシェが考えている間も真紅の双眸はこちらを見ていた。
視線から、名前を呼ばないという選択肢はないと何となく分かってしまって。

分かりました、と頷くしかなかった。

「では、シュバルツ…陛下、と」
「……」

真紅の双眸が、不満だと言うように細められる。

───幾らか名前を呼ぶ応酬をした結果「ルツさま」と呼ぶ事になった。

やっと目元が緩んだのが、その呼び方だったので、それが気に召したのだろう。

「これからはそう呼べ」

ほとんど今まで無表情だったシュバルツが、少しだけ口角を上げた気がした。
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