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Crush on you
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ひとりだ。
アイツがいなくなってから、ひとりの意味が変わってしまった。
ひとり、というのは、こんなにも孤独なのか。
在ったはずのものが欠けた「独り」
二人だったはずのものが
「一人」になってしまった。
もう俺は二度と満ち足りた「ひとり」には戻れない。飽きたのは俺じゃなくてお前だろ?
結局、アイツとはそのまま会えなくなった。年下の友人が数日後に聞かせてくれた顛末はアイツの短期留学だった。どこかの国に旅立ってしまったヤツに何を言えばいいのか、追いかけることも出来ず、メッセージを送ることすら出来ず、結局臆病になってしまった俺はそのまま関係が消滅していくことを選んだ。
何もなかった、と思うしかなかった。
ひとりきりの冬が終わった。
春になって専攻が分かれて顔を合わせる可能性もなくなって、友人づてに帰国したことを知らされてもどうする気も湧かなかった。
なのに運命はいつだって突然試練を打ち立てる。
「ひさしぶり」
あんまりフラットな声だったから思わず振り返ってしまった。何事もなかったように笑うお前の顔に、俺はどんな表情を返したんだろう。
キャンパスを歩いていた。梅雨時の空は当然雨模様で、ビニ傘をさしてヘッドホンをしながら歩いていたから何の物音も聞こえなかった。突然、傘がバウンスして水滴が目の前でザッザッと落下していく。ぶつかった気配もしなかったのに、と慌てて振り返ってみるとそこにアイツが立っていた。水色の傘をさして、長く伸びた髪を風に揺らしながら何も変わらない穏やかな笑顔で立っていた。
一瞬であの夏の記憶が蘇る。
あの夏、お前に触れて触れられて毎日がどこまでも甘い蜜に浸されてた檻の中で生きていた、あのどろりとした息苦しさに突然襲われる。息が詰まる。
スローモーションのように伸びてきた傘と同じ色のシャツが、傘と傘の隙間に降る雨で濡れていく。水滴が浸み込んで色が濃くなって肌に張り付いていく青をじっと目で追っていた。
「元気そうでよかった」
ふわりと浮かべた微笑みはあの日のままで、まるで俺たち二人の間には過去なんか存在しなかったみたいだ。当たり前にトモダチの顔をする図太さに腹が立つどころか感心した。
そうか、お前はその道を選ぶのか。
そして、俺にもそれを強要するんだな。
謝られたかったのか、無視されたかったのか、俺自身決めかねて戸惑っていた。少なくとも今みたいに出逢いから何もかもやり直そうとする言葉の裏に臆病な狡猾さが滲んでいたのなら、怒りも詰りも出来ただろう。
だけど、あの夏を記憶から抹消したみたいに真っ直ぐな瞳を向けられたら、縋れるものなんか何もない。
「ああ、久しぶり」
結局俺が返したのはトモダチの言葉だった。
その日、俺はひとりの部屋で花を吐いた。
花を吐く奇病の話は聞いていた。
でもまさか自分が罹患するとは思いもしなかった。
思い知らされたのはトチ狂った俺の恋心。
あの夏が来るまでは、俺の中のアイツは唯のトモダチだった。誰よりも近くて誰よりも特別な、唯のトモダチ。なのに、あの夏が終わる頃にはトモダチは消えて飼い主になった。そして突然消えた残像はぶつけようのない恨み辛み憎しみを連れ去って穏やかな日常に溶けていった。このまま忘れられたら、そう思ったのに。
どうして、俺は、アイツに意味もなく
恋なんかしてしまったんだろう。
ストックホルムではあるだろう。監禁されたなんて特殊な事件が起これば精神状態に異常をきたしてもおかしくない。だけど、もうあれから季節は幾つも巡っていて、その間だって普通に生活出来てただろ。なんで、今更。
こみ上げる花の噎せ返る匂い。喉が塞がる。
センチメンタルな花を吐くなんて病はもっと可愛らしくて美しい女のコなんかが似合う代物で、俺なんか、こんな俺なんかが罹っていいモンじゃない。
こぽり。こぽり。吐き出す花は可憐な姿で最初から死んでいる。咲いたそばから萎れて枯れてゴミ箱行きだ。名も知らぬ花もあれば俺ですら見覚えのある花まで、種々雑多色とりどりのラインナップで出現するけれど、どれもこれも全部ゴミだ。伝えられない想いは無かったことと同じだから。
最初に手を出したのはアイツの方だった。
与えられた激情に溺れて流された後で、一方的に奪われた。傷跡はまだ鮮血を流している。
アイツがいなくなってから、ひとりの意味が変わってしまった。
ひとり、というのは、こんなにも孤独なのか。
在ったはずのものが欠けた「独り」
二人だったはずのものが
「一人」になってしまった。
もう俺は二度と満ち足りた「ひとり」には戻れない。飽きたのは俺じゃなくてお前だろ?
結局、アイツとはそのまま会えなくなった。年下の友人が数日後に聞かせてくれた顛末はアイツの短期留学だった。どこかの国に旅立ってしまったヤツに何を言えばいいのか、追いかけることも出来ず、メッセージを送ることすら出来ず、結局臆病になってしまった俺はそのまま関係が消滅していくことを選んだ。
何もなかった、と思うしかなかった。
ひとりきりの冬が終わった。
春になって専攻が分かれて顔を合わせる可能性もなくなって、友人づてに帰国したことを知らされてもどうする気も湧かなかった。
なのに運命はいつだって突然試練を打ち立てる。
「ひさしぶり」
あんまりフラットな声だったから思わず振り返ってしまった。何事もなかったように笑うお前の顔に、俺はどんな表情を返したんだろう。
キャンパスを歩いていた。梅雨時の空は当然雨模様で、ビニ傘をさしてヘッドホンをしながら歩いていたから何の物音も聞こえなかった。突然、傘がバウンスして水滴が目の前でザッザッと落下していく。ぶつかった気配もしなかったのに、と慌てて振り返ってみるとそこにアイツが立っていた。水色の傘をさして、長く伸びた髪を風に揺らしながら何も変わらない穏やかな笑顔で立っていた。
一瞬であの夏の記憶が蘇る。
あの夏、お前に触れて触れられて毎日がどこまでも甘い蜜に浸されてた檻の中で生きていた、あのどろりとした息苦しさに突然襲われる。息が詰まる。
スローモーションのように伸びてきた傘と同じ色のシャツが、傘と傘の隙間に降る雨で濡れていく。水滴が浸み込んで色が濃くなって肌に張り付いていく青をじっと目で追っていた。
「元気そうでよかった」
ふわりと浮かべた微笑みはあの日のままで、まるで俺たち二人の間には過去なんか存在しなかったみたいだ。当たり前にトモダチの顔をする図太さに腹が立つどころか感心した。
そうか、お前はその道を選ぶのか。
そして、俺にもそれを強要するんだな。
謝られたかったのか、無視されたかったのか、俺自身決めかねて戸惑っていた。少なくとも今みたいに出逢いから何もかもやり直そうとする言葉の裏に臆病な狡猾さが滲んでいたのなら、怒りも詰りも出来ただろう。
だけど、あの夏を記憶から抹消したみたいに真っ直ぐな瞳を向けられたら、縋れるものなんか何もない。
「ああ、久しぶり」
結局俺が返したのはトモダチの言葉だった。
その日、俺はひとりの部屋で花を吐いた。
花を吐く奇病の話は聞いていた。
でもまさか自分が罹患するとは思いもしなかった。
思い知らされたのはトチ狂った俺の恋心。
あの夏が来るまでは、俺の中のアイツは唯のトモダチだった。誰よりも近くて誰よりも特別な、唯のトモダチ。なのに、あの夏が終わる頃にはトモダチは消えて飼い主になった。そして突然消えた残像はぶつけようのない恨み辛み憎しみを連れ去って穏やかな日常に溶けていった。このまま忘れられたら、そう思ったのに。
どうして、俺は、アイツに意味もなく
恋なんかしてしまったんだろう。
ストックホルムではあるだろう。監禁されたなんて特殊な事件が起これば精神状態に異常をきたしてもおかしくない。だけど、もうあれから季節は幾つも巡っていて、その間だって普通に生活出来てただろ。なんで、今更。
こみ上げる花の噎せ返る匂い。喉が塞がる。
センチメンタルな花を吐くなんて病はもっと可愛らしくて美しい女のコなんかが似合う代物で、俺なんか、こんな俺なんかが罹っていいモンじゃない。
こぽり。こぽり。吐き出す花は可憐な姿で最初から死んでいる。咲いたそばから萎れて枯れてゴミ箱行きだ。名も知らぬ花もあれば俺ですら見覚えのある花まで、種々雑多色とりどりのラインナップで出現するけれど、どれもこれも全部ゴミだ。伝えられない想いは無かったことと同じだから。
最初に手を出したのはアイツの方だった。
与えられた激情に溺れて流された後で、一方的に奪われた。傷跡はまだ鮮血を流している。
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