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第三章 神と魔と
169 保養所
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保養所には多くの人がいたが、その人数から考えれば驚くほど静かだった。
俺たちがゆるめの段差の階段を上り、どこが入り口かわからない広い間口のオープンな正面に足を踏み入れると、さわさわという静かなざわめきが広がった。
ざわめきまで静かとは恐れ入る。
「申し訳ありません、馬はこちらには……」
教会のものとはおもむきの違うローブの女性が近寄って来て馬を連れた俺たちに注意した。
「馬寄せが見当たらなかったので、それと病人がいるのだが」
身分の高い相手じゃないのなら俺が対応する。
なんとなくそれが自然の流れとなっていた。
「それなら馬房に案内させます。病気の方はご自分で動けますか?」
「ありがたい。少しは動けるが、あまり無理はさせたくない」
「わかりました。それでは病気の方はこちらに。付き添いの方以外は馬房と宿舎をご案内します」
わかりやすい指示だ。
「はい。……クルスすまないが」
「承ります」
聖騎士クルスは騎士としても最上級の礼をしてみせると勇者たちと共に馬を引いて行った。
勇者がごねたようだが、珍しくここでは騒がないように聖女に注意されて諦めようだ。
俺はメルリルを抱き上げた。
「あ、きゃあ!」
「あ、すまん。ひとこと言うべきだったな」
「あ、いいえ」
俺たちの様子を優しい微笑みを浮かべて眺めていた女性が、ふと、俺の肩にいるフォルテに気づく。
「あの、申し訳ありません。動物は屋内には入れません」
「う、む」
正確にはフォルテは動物とは言えないのだが、そんなことを押し問答する訳にもいかないだろう。
「フォルテ、すまんが、外で待っていてくれるか?」
「クゥ~」
「頼む」
「ピッ!」
少しごねたがなんとか納得してくれたようだ。
ほんと、すまんな。
「賢い鳥さんですね」
「ああ、使役獣なんで」
「なるほど」
納得したらしい女性は俺たちを奥へと案内してくれた。
この保養所の建物は入り口が大きなホールとなっていて、そこら中にさまざまな見た目の人間が座ったり寝転がったりしていた。
ほとんどが明らかに貧民だ。
「彼らは?」
「治療費を払えない方々です。奉仕を行うことで治療を受けるため、奉仕作業の募集を待っているのです。この広間に寝泊まりするならお金はいりませんし、ここの床は下にお湯が通っている関係で温かいので外で寝るよりもずっとマシなのです」
「奉仕でも治療が受けられるのか。でも病人は奉仕作業は出来ないだろう?」
「治療が終わってからでも大丈夫ですから」
「ほう」
かなり良心的な仕組みらしい。
最初にこの仕組みを作った聖人さまはかなり慈愛にあふれた方だったんだろうな。
女性はそのまま広間を突っ切り、布で仕切られた奥の部屋へと向かう。
もしかしてこの建物、ドアがないのか?
明るい廊下を歩き、その先にまた布で仕切られた部屋がある。
その布を割ってなかへと進むと、目前に衝立があった。
衝立をぐるりと回り込むと、そこにはずらりとベッドが並べられた空間が広がっている。
うわあ、ここでまとめて治療を受けるのか。ベッドがあるというだけでこの場所の特異性がわかる。
うちの街にある治療所はもっと狭く、患者の泊まり込みは出来ない。継続して治療を行う必要がある場合には、治療師か教会の施術師を家に呼ぶ必要があった。
そういった一般的な治療施設と違い、保養所はその名の通り宿のように泊まり込みで治療が出来る施設という訳だ。
そのたくさんあるベッドもほとんどが埋まっているが、わずかな空きがある場所へ案内される。
「あの、私そこまで具合が悪い訳じゃ……」
メルリルがその様子に恐れを抱いたのか、急に抵抗を始めた。
「いや、聖女さまが休まないと駄目だと言ってただろ?」
「そうですよ。自分で自分の状態を決めてはいけません。ベッドが必要ないようならちゃんと別の部屋に移しますから、今はきちんとお休みください」
俺と保養所の女性との二人がかりで言われて、メルリルも不承不承ではあったが、小さくうなずいてベッドに体を沈める。
そして、すぐに眠りに落ちた。
これはよほど疲れていたか。
「疲労が激しいようですね。疲労というのは軽んじる方が多いのですけれど、放置していると体がどんどん壊れてしまうこともあるのです。気をつけてあげてくださいね」
「ありがとうございます」
「それでは後ほど担当が伺いますので今はごゆっくりお休みください」
そう言って、染めないままの麻のローブの女性はゆっくりとした足取りでその場を立ち去った。
あの女性、明らかに勇者や聖女に気づいていたのに何も言わなかったな。大したもんだ。
そういえばと、俺は思い出してブーツを脱いでみた。床が温かいという話が気になったのだ。
「おお、本当だ、あったかい」
患者のベッドも石で出来ていて、その上に木枠のようなものをはめ込んで藁を詰め込んでいるようだった。
ベッドの下に手を突っ込んでみるとほんのり温かい。
と、俺は奇妙なものに気づいた。
床の上を何かが行ったり来たりしているのだ。
四角く平べったい箱のようなもので、よくよく耳を澄ましてみると小さなキリキリという金属音がしている。
「これはもしかして、ねじ巻き機構というやつか?」
俺は石の床の上をゆっくりと移動するその物体に、強く興味を引かれるのを感じた。
俺たちがゆるめの段差の階段を上り、どこが入り口かわからない広い間口のオープンな正面に足を踏み入れると、さわさわという静かなざわめきが広がった。
ざわめきまで静かとは恐れ入る。
「申し訳ありません、馬はこちらには……」
教会のものとはおもむきの違うローブの女性が近寄って来て馬を連れた俺たちに注意した。
「馬寄せが見当たらなかったので、それと病人がいるのだが」
身分の高い相手じゃないのなら俺が対応する。
なんとなくそれが自然の流れとなっていた。
「それなら馬房に案内させます。病気の方はご自分で動けますか?」
「ありがたい。少しは動けるが、あまり無理はさせたくない」
「わかりました。それでは病気の方はこちらに。付き添いの方以外は馬房と宿舎をご案内します」
わかりやすい指示だ。
「はい。……クルスすまないが」
「承ります」
聖騎士クルスは騎士としても最上級の礼をしてみせると勇者たちと共に馬を引いて行った。
勇者がごねたようだが、珍しくここでは騒がないように聖女に注意されて諦めようだ。
俺はメルリルを抱き上げた。
「あ、きゃあ!」
「あ、すまん。ひとこと言うべきだったな」
「あ、いいえ」
俺たちの様子を優しい微笑みを浮かべて眺めていた女性が、ふと、俺の肩にいるフォルテに気づく。
「あの、申し訳ありません。動物は屋内には入れません」
「う、む」
正確にはフォルテは動物とは言えないのだが、そんなことを押し問答する訳にもいかないだろう。
「フォルテ、すまんが、外で待っていてくれるか?」
「クゥ~」
「頼む」
「ピッ!」
少しごねたがなんとか納得してくれたようだ。
ほんと、すまんな。
「賢い鳥さんですね」
「ああ、使役獣なんで」
「なるほど」
納得したらしい女性は俺たちを奥へと案内してくれた。
この保養所の建物は入り口が大きなホールとなっていて、そこら中にさまざまな見た目の人間が座ったり寝転がったりしていた。
ほとんどが明らかに貧民だ。
「彼らは?」
「治療費を払えない方々です。奉仕を行うことで治療を受けるため、奉仕作業の募集を待っているのです。この広間に寝泊まりするならお金はいりませんし、ここの床は下にお湯が通っている関係で温かいので外で寝るよりもずっとマシなのです」
「奉仕でも治療が受けられるのか。でも病人は奉仕作業は出来ないだろう?」
「治療が終わってからでも大丈夫ですから」
「ほう」
かなり良心的な仕組みらしい。
最初にこの仕組みを作った聖人さまはかなり慈愛にあふれた方だったんだろうな。
女性はそのまま広間を突っ切り、布で仕切られた奥の部屋へと向かう。
もしかしてこの建物、ドアがないのか?
明るい廊下を歩き、その先にまた布で仕切られた部屋がある。
その布を割ってなかへと進むと、目前に衝立があった。
衝立をぐるりと回り込むと、そこにはずらりとベッドが並べられた空間が広がっている。
うわあ、ここでまとめて治療を受けるのか。ベッドがあるというだけでこの場所の特異性がわかる。
うちの街にある治療所はもっと狭く、患者の泊まり込みは出来ない。継続して治療を行う必要がある場合には、治療師か教会の施術師を家に呼ぶ必要があった。
そういった一般的な治療施設と違い、保養所はその名の通り宿のように泊まり込みで治療が出来る施設という訳だ。
そのたくさんあるベッドもほとんどが埋まっているが、わずかな空きがある場所へ案内される。
「あの、私そこまで具合が悪い訳じゃ……」
メルリルがその様子に恐れを抱いたのか、急に抵抗を始めた。
「いや、聖女さまが休まないと駄目だと言ってただろ?」
「そうですよ。自分で自分の状態を決めてはいけません。ベッドが必要ないようならちゃんと別の部屋に移しますから、今はきちんとお休みください」
俺と保養所の女性との二人がかりで言われて、メルリルも不承不承ではあったが、小さくうなずいてベッドに体を沈める。
そして、すぐに眠りに落ちた。
これはよほど疲れていたか。
「疲労が激しいようですね。疲労というのは軽んじる方が多いのですけれど、放置していると体がどんどん壊れてしまうこともあるのです。気をつけてあげてくださいね」
「ありがとうございます」
「それでは後ほど担当が伺いますので今はごゆっくりお休みください」
そう言って、染めないままの麻のローブの女性はゆっくりとした足取りでその場を立ち去った。
あの女性、明らかに勇者や聖女に気づいていたのに何も言わなかったな。大したもんだ。
そういえばと、俺は思い出してブーツを脱いでみた。床が温かいという話が気になったのだ。
「おお、本当だ、あったかい」
患者のベッドも石で出来ていて、その上に木枠のようなものをはめ込んで藁を詰め込んでいるようだった。
ベッドの下に手を突っ込んでみるとほんのり温かい。
と、俺は奇妙なものに気づいた。
床の上を何かが行ったり来たりしているのだ。
四角く平べったい箱のようなもので、よくよく耳を澄ましてみると小さなキリキリという金属音がしている。
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