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第三章 神と魔と

170 魔法と機械

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 ねじ巻き機構というのは大陸の東の技術で、他に蒸気機関などが盛んに使われているらしい。
 まぁこの知識に関しては学者先生の受け売りだが、実際に動いている機械とか呼ばれるこのカラクリものを見たのは初めてだ。
 四角くて平べったいその機械が何をしているのか確認しようとしたところで、誰かがメルリルのベッドに近づいて来るのが見えた。

「どうも。あなたがこの女性の付き添いの方ですか?」
「はい。ダスターと言います。彼女はメルリル。あなたが彼女の担当のええっと、治療師の方でしょうか?」
「はい。アッサムと言います。よろしく。私は治療師というよりも施術師ですね」
「教会の?」
「それは実は少し複雑で、この保養所に勤める施術師は、還俗した者なんです」
「え? 施術師にも還俗があるんですか?」

 還俗するのは聖女や聖人だけだと思っていたので俺は驚いた。
 その俺の驚きに苦笑しながら、アッサムというその初老の男性施術師は説明してくれる。

「誤解があるようですが、聖女や聖人の場合は制度としての還俗で、私たち教会に奉仕をする者の還俗は自主的なものなのです」
「教会で神に仕える仕事というのは一生のものかと思っていました」
「そういう人ももちろんいますよ。ですが、教会に所属する間は外に家族を持つことが出来ません。そういった事情で還俗する者もいるのです」
「神よりも愛を選ぶということですか?」

 俺の言葉にアッサム師はハハハと笑った。
 
「そんな情熱的な話ではありませんよ。まぁですが、そうですね。世界のことよりも身近な人の手を取りたかったということですね。教会に残った者からすれば私など愚かで矮小なこころざしの者ということになるでしょうが」
「人の営みも大切でしょう。神との盟約もそもそも人の営みを守るためのものだったはずです」
「ふふ、あなたは存外博識ですね。勇者さまの影響ですか?」
「勇者さまたちのこともわかっているんですね。どうもあまりにも普通に対応されたので、もしかしたらわかってないのかもと思ってしまいました」
「まさか。ここで働いている者の大半は教会出身者です。あの紋章を見間違えるはずもありません。ましてや聖女さまの神璽みしるしを。……さあ、余計な話はここまでにして、お連れの方、メルリルさんでしたか? 診てみますね」
「はい。よろしくお願いします」

 俺は出来る限り丁寧に礼をしてメルリルの眠るベッドから退いた。
 アッサム師は左手をメルリルの額の上にかざす。
 その手の甲に花を象った紋章が浮かび上がる。
 その手から水の波紋のように広がった魔力がメルリルの体のあちこちに波及し、応えるように小さな波紋が新たに起こる。
 聖女の降り注ぐ光の雨のような魔法とは違う癒やしの魔法だ。

「ふむ。疲労に伴って体内で悪さをしていた病の元はこれでほぼ力を失ったと思います。後は疲労を取るだけですから、目が覚めたら宿泊場所のほうに移って頂いてもよろしいですよ。勇者さま方なら個室に泊まっていただくでしょうし、それならそちらのほうがゆっくりできますからね」
「ありがとうございます」
「それでは……」

 そう言って役目を終えて立ち去ろうとするアッサム師を俺は呼び止める。

「すみません。少し聞きたいことがあるんですが」
「はい?」
「その、あれはねじ巻き機構の機械ってやつですよね? 何をしているんでしょうか?」
「ああ、凄いですね。あれが何か看破したのはあなたが初めてかもしれません。大体の方は魔道具と思うんですよ。あれは大陸東から入って来たもので、床の小さなゴミを片付けているのです。病気の患者さんにはそういったものが毒になりますからね」
「なるほど。でも、どうしてねじ巻き機なんですか?」

 アッサム師は少しいたずらっぽく笑った。

「さすがの勇者のお付きの方でもおわかりになりませんでしたか。あなたは魔力が見えますか?」
「はい」
「それではこの部屋の床や壁に目を凝らしてみてください」
「ん?」

 俺は言われた通り多くのベッドが並ぶ部屋の床や壁をじっくり見る。すると、なんとなく見ていたときには気づかなかった魔力の流れがあることに気づいた。

「これは」
「この部屋には繊細な癒やしの魔法が掛かっているのです。決して効果の大きなものではありませんが、それでも患者さんの負担を軽くすることが出来ます。ただこのせいでここで魔道具を使うと魔法に干渉してしまうので使えないのですよ」
「なるほど。そういう使い方もあるんですね」

 俺は改めてアッサム師に深々と礼をした。
 アッサム師はそれに軽く返礼をすると、他の患者のほうへと向かった。
 しかしこの規模の魔法陣を維持し続けるとはとんでもない施設だな。
 どういう仕組みになっているのか気になるが、今はメルリルのほうに集中しよう。
 施術師による治療で体が楽になったのか、メルリルの額に浮かんでいた汗はすっかり引いていた。
 ふと、うっすらと目を開ける。

「ダスター」
「ここにいるぞ」
「……ごめんなさい」
「だから謝るなって。それに結果的にあのいけ好かない神殿騎士と早々に別れることが出来たのはメルリルのおかげだ。そう考えれば礼を言う必要があるな。ありがとう」
「ふふっ、ダスターったら」
「あー、お二人さん」

 俺たちがごくごく私的な会話を交わしているところに、別の声が割り込んだ。
 よく聞く訳ではないが、知っている声だ。

「あ、これはモンク殿」
「嫌味? テスタでいいよ。おじゃまして悪かったね」
「いや、こっちこそ悪かった」

 そこにいたのはモンクだった。
 メルリルに集中しすぎて彼女の接近に気づかなかった俺は、つい照れ隠しで他人行儀な呼び方になってしまっていた。決してわざとではないぞ。

「メルリルが大丈夫そうなら部屋を教えておこうと思ったんだけど、どう?」
「ああ」
「私は大丈夫だから行って」
「ん、ああ」

 無防備なメルリルを一人で残すのは不安だったが、よくよく考えれば無力な患者ばかりの場所である。
 無駄に心配するのは過保護に過ぎるか。
 アッサム師はメルリルが目覚めれば移動していいとは言ったが、さすがにもう少し休んでおくべきだろう。

「じゃあ、ちょっと行って来る。またすぐに来る」
「はい」

 にっこりと笑ったメルリルを残して、俺はモンクの後に続いた。
 メルリルから離れたことで、ふと、フォルテはどうしているかと気になった。
 と、なぜか保養所の屋根にフォルテがいるのがわかり、その目線からの風景が見える。

「ん?」

 風景が重なって、一瞬足元が怪しくなった。

「大丈夫? おっさん。って、ダスター師匠か」
「……おっさんのほうがマシかな」
「ぷっ、変なの」

 モンクに笑われた。
 だが勇者は弟子になってしまったから仕方ないが、他は俺の弟子じゃないからな。
 それだけは断固主張するぞ。
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