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第三章 神と魔と

168 保養地ズベッグ

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 タシテの東の端、身分け山の麓にその街はある。
 ズベッグと呼ばれるその街は、大聖堂へと向かう巡礼者の合流地であり、また、治り難い病を持つ者の保養地でもあった。
 温泉と呼ばれる地熱で熱せられた湯が泉のように湧き出す奇跡の地であり、多くの病に悩む者を癒やして来た実績がある。
 ズベッグとはそもそもこの地を拓いた聖人の名だ。

 という話を街のあちこちで聞かされた。
 そして、病人がいるなら保養所を利用するといいということも教えてくれる。
 街の住人は穏やかで愛想のいい者が多い。
 目につくのは老人が多いのも特徴だ。
 どうも巡礼に来た者や、療養に来た者がそのまま住み着くことが多いようで、そのため信心深かったり、体にガタが来る年頃の老人が増えるとのことだった。

 引退した後にこういう場所で働くのもいいかもしれないな。
 正直、俺の人生は殺伐としすぎているような気がしているところだ。

「ズベッグという昔の聖人も、もしかしてま……辺境伯の血筋なのか?」

 俺が尋ねると聖女がコクンとうなずいた。
 辺境伯の血統から魔力の多い者は大聖堂に引き取られて聖女や聖人としての教育を受けることになっている。
 辺境伯の血筋は魔王の子孫だから膨大な魔力持ちが多く出るので、有名な聖女や聖人はほぼ同じ血統ということになるようだ。
 他に魔力の多い血統と言えばミホムの王家だが、まさか王家の血筋を幼い頃から大聖堂に拉致する訳にもいかないだろうし、まぁそうなるよな。

「そうか、だからここを知ってたのか」
「うん」

 と、今度は声に出して答える。
 聖女としての役割を果たすときにはあんなに高圧的で凛とした風情であるのに、普段の聖女は引っ込み思案の少女でしかない。そのせいで聖女モードのときは本気で神が降臨しているようにも見える。だが、あれもまた、ミュリアの本質の一つだとなんとなくわかっていた。むしろガッチガチの義務感や使命感のせいで、普段は自分を表に出せないのかもしれない。

「キュッ、キュ!」

 頭の上で帽子のふりをするのに飽きたフォルテが肩に乗り、温泉地独特の臭いに興味津々だ。
 嫌いじゃないらしい。
 そう言えばドラゴンは火山が好きと聞いたことがある。
 あの青のドラゴンももしかして火山を見に来てたのかな?

「メルリルどんな感じだ?」

 街に入る前に一度休憩を取ったときにメルリルには湯に溶かしたくるみ人参の根の粉末を飲ませた。
 滋養にいいと言われる民間薬である。雷獣が棲む雷鳴山に自生している植物だ。

「なんだかふわふわした感じがします。あったかいです」
「効いて来ているようだな」
「師匠、怪しい薬じゃないよな」

 俺はバカな茶々を入れる勇者を片手で殴り、入り口近くの店で聞いた保養所を探す。

「痛い」

 うそつけ。

 道なりに進むと、やがてでかい教会の建物が見えて来る。
 凄いな、こんな立派な教会は見たことがない。
 さすがに大聖堂とは比べるべくもないが、どこか小国の王宮ぐらいには匹敵するんじゃないか?

「ここの教会は大聖堂直轄なんだ。立派なのはそのせいだね」

 モンクがそう教えてくれた。
 
「来たことあるのか?」
「聖女さまのお供で。あ、ミュリアさまじゃないよ。別の聖女さまの還俗前の最後のお仕事でね。私が今のミュリアさまよりも小さいぐらいの頃の話だ」
「ほう」

 聖女や聖人は子どもを授かることが出来る時期が来ると還俗する。
 最初の徴があった一年後に引退するとのことだからそのときの話だろう。

「なかなか豪華だし、わたしは大聖堂よりもここのほうが色合いも統一していて好きかな。大聖堂は代々の導師や聖者の好みが反映されてなんかごちゃごちゃしてるし」
「なるほどね」

 よく考えるとモンクとこれだけ長くしゃべったのは初めてじゃないかな?
 モンクはだいたい超然と構えていて滅多に会話に加わることがない。
 少しエキゾチックな雰囲気のある美人だが、いかんせん、目元に険がありすぎた。
 どうも男嫌いなんじゃないかと思っていたのだが、今は普通に話してくれるな。
 プロポーションがよすぎる少女なので旅の途中でも何度となく男どもからちょっかいを掛けられていたのだが、視線と威圧でそのほとんどを追い払っていた。
 まぁ拳を振るう事態になったら、相手の命の心配をしなけりゃならんので、平和的に解決しているとも言える。

「あ、あそこでは?」

 聖騎士が教会の隣の建物を示した。
 その先には豪華さはないが、石造りのがっちりとした大きな建物がある。
 大きな癒やしの樹を描いた旗が掲げられていた。

「確かに、聞いていた特徴と一致するな」

 俺たちはちらりと教会を横目に見ながらその保養所へと向かったのだった。
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