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第三章 神と魔と
211 大公国での事件の顛末
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「お待たせして申し訳なかった」
俺たちが美味い茶と茶請けを楽しんでいると、領主さまからお声がかかった。
どうやら仕事が一段落ついたらしい。
シェルナイタ氏が領主さまの斜め手前に立ち、深く一礼した。
「いえ、過分なおもてなしをいただきました。ありがたいことです」
俺も立ち上がって一礼する。
「どうぞお座りください」
「ありがとうございます」
着席した俺は、今回の件の説明から開始した。
「実はここから少し南に、森のなかに建つ立派なお屋敷があるのですが、先日の嵐の日、私どもはそこに雨宿りに立ち寄りました」
領主はうなずき、シェルナイタ氏は「ほう」と相槌を打った。
「そこで、その館を管理している者が、地下にさらって来た人たちを捕らえて非合法に奴隷として取引していると知り、私どもも襲われるに至り、それを撃退し、囚われていた人たちを開放したのです。この辺りの詳しい話は、昨夜衛兵詰め所にて説明し、犯人も留置してもらっています」
「ふむ。テオス、確認を」
領主さまが指示を出し、扉の両脇に立っていた騎士の一人がうやうやしく礼をして外へと出て行く。
領主さまを守る騎士が一人になったが大丈夫なのだろうか? まぁ勇者と聖騎士とモンク相手に騎士が一人でも二人でも意味がない訳だが。
「ここまでならば、私どもはただ報告するだけでそのまま立ち去ってもいい内容だったのですが、実はこいつらが捕らえていた者のなかに、大連合の女性と子どもがいまして」
領主さまの眉がぴくりと動く。
外交問題になると思ったのかもしれない。
「近隣からさらわれた者たちはそのまま家まで送るのも容易だったのですが、この者たちに関しては私どもではどうにも出来ません。実は大聖堂からの呼び出しで向かっている途中なのです」
領主さまの眉間のシワが深くなった。
「そこで、できればその者たちを無事に家まで送り届けていただけないかと思いまして。この、不埒者どもの私財を使って」
俺がそう言うと同時に、聖騎士が小さいがかなり重い箱をテーブルの上に乗せる。
それは家探しのときに見つけた、連中の金だった。
そのままにしておくと連中の仲間に回収される恐れがあるし、衛兵に届けると没収されてしまう。
そこでここに持ち込んだのだ。
「なるほど、危害を加えた者の財産を使って被害者を救済するのは道理ではあるな」
俺たちに向かって一礼したシェルナイタ氏が箱を受け取ろうとしてその重さに一瞬よろめく。しかし、ぐっと持ち直し、その箱を領主さまの執務机に音を立てずに置いた。
そしてゆっくりと箱を開け、安全を確認した後で開いた箱を領主様の前まで移動する。
「かなり多いようだが、残った分は本来の処置に従って没収ということでいいのかな? いや、本来の処置とすればあなた方がそのまま収得しても問題はないが」
「いえ、そのような重いものを持ったまま移動するのは厳しいですからね」
俺の軽いジョークに領主さまも少し笑った。
「それで、その被害者たちはどちらに?」
「実はこの国に不案内な私どものために、ここまで、共に囚われていたこの国の女性が道案内をしてくれまして。今はその女性の親族の家で預かってもらっています」
「了解した。名前と場所を教えて頂けるかな?」
「はい」
俺は最初から用意していた被害者たちの名前と住居を記載し、彼らのアフターケアを依頼する正式な文書を渡した。署名は勇者と聖女が連名でしている。
その書面をシェルナイタ氏が受け取り、少し大げさなほどにうやうやしく掲げながら領主さまに渡す。
受け取って書面を見た領主さまは小さくため息と吐いた。
「失礼ながら、勇者殿と聖女さまの名が記してある依頼に応じるに、金銭を受け取るのは憚られる」
え? そんなに勇者と聖女の署名は重いのか。失敗したかもしれないな。
「被害者のために使えば依頼に応えた結果として受け取られるのでは?」
「他者の評価ではない。我が矜持の問題だ。しかし固辞するのもまた失礼であろう。あいわかった。被害者たちそれぞれの失われた生活を補償した後に余った分は教会に寄進させていただく」
「は、お気を使わせてしまい。申し訳なく思います」
「よせ。貴殿に謝らせてしまっては私の立つ瀬がない。それとこのコインは返しておく」
いらないと言いたいところだが、この年若い領主さまにこれ以上の負担を課す訳にもいかないだろう。
その後、旅に役立つものまで頂いて、俺たちは役所から丁寧に送り出されたのだった。
帰りしな、途中で被害者女性の親戚の家に立ち寄る。
おどおどした家の人に、宿代わりに使ってしまった謝罪と、宿泊費に色をつけた金銭を渡し、後から衛兵か役人が彼女たちを迎えに来ることを言いおいて立ち去った。
家の主人の後ろから女性たちと少年が手を振って見送ってくれた。
かなり元気になっているようで何よりだ。
「さて、かなり寄り道してしまったな」
「全然問題ないだろ」
俺は大聖堂の呼び出しにかなり遅れてしまったことに今更ながら気が重くなった。
例によって勇者はどこ吹く風だが、絶対に相手は怒っているはずだ。
その怒らせたであろう相手が、大聖堂の実質トップである導師と来た。
うわー、今からでも別行動にしたほうがいいような気がするな。
連中だって勇者一行に何か直接的な意趣返しをしたりは出来ないだろうけど、ただの従者たる俺やメルリルにとっては厳しい敵陣のなかに飛び込むようなものだ。
「あー、アルフ」
「大丈夫だ。師匠に何かするようなことがあれば、相手が誰だろうとこの世から葬り去ってやるから」
「やめろ、まずは話し合え」
勇者の物騒な宣言に、なんで俺の考えがわかったという驚きと、どんだけ過激なんだという危機感が沸き起こる。
ああ、絶対無事にすまないよな。
俺たちが美味い茶と茶請けを楽しんでいると、領主さまからお声がかかった。
どうやら仕事が一段落ついたらしい。
シェルナイタ氏が領主さまの斜め手前に立ち、深く一礼した。
「いえ、過分なおもてなしをいただきました。ありがたいことです」
俺も立ち上がって一礼する。
「どうぞお座りください」
「ありがとうございます」
着席した俺は、今回の件の説明から開始した。
「実はここから少し南に、森のなかに建つ立派なお屋敷があるのですが、先日の嵐の日、私どもはそこに雨宿りに立ち寄りました」
領主はうなずき、シェルナイタ氏は「ほう」と相槌を打った。
「そこで、その館を管理している者が、地下にさらって来た人たちを捕らえて非合法に奴隷として取引していると知り、私どもも襲われるに至り、それを撃退し、囚われていた人たちを開放したのです。この辺りの詳しい話は、昨夜衛兵詰め所にて説明し、犯人も留置してもらっています」
「ふむ。テオス、確認を」
領主さまが指示を出し、扉の両脇に立っていた騎士の一人がうやうやしく礼をして外へと出て行く。
領主さまを守る騎士が一人になったが大丈夫なのだろうか? まぁ勇者と聖騎士とモンク相手に騎士が一人でも二人でも意味がない訳だが。
「ここまでならば、私どもはただ報告するだけでそのまま立ち去ってもいい内容だったのですが、実はこいつらが捕らえていた者のなかに、大連合の女性と子どもがいまして」
領主さまの眉がぴくりと動く。
外交問題になると思ったのかもしれない。
「近隣からさらわれた者たちはそのまま家まで送るのも容易だったのですが、この者たちに関しては私どもではどうにも出来ません。実は大聖堂からの呼び出しで向かっている途中なのです」
領主さまの眉間のシワが深くなった。
「そこで、できればその者たちを無事に家まで送り届けていただけないかと思いまして。この、不埒者どもの私財を使って」
俺がそう言うと同時に、聖騎士が小さいがかなり重い箱をテーブルの上に乗せる。
それは家探しのときに見つけた、連中の金だった。
そのままにしておくと連中の仲間に回収される恐れがあるし、衛兵に届けると没収されてしまう。
そこでここに持ち込んだのだ。
「なるほど、危害を加えた者の財産を使って被害者を救済するのは道理ではあるな」
俺たちに向かって一礼したシェルナイタ氏が箱を受け取ろうとしてその重さに一瞬よろめく。しかし、ぐっと持ち直し、その箱を領主さまの執務机に音を立てずに置いた。
そしてゆっくりと箱を開け、安全を確認した後で開いた箱を領主様の前まで移動する。
「かなり多いようだが、残った分は本来の処置に従って没収ということでいいのかな? いや、本来の処置とすればあなた方がそのまま収得しても問題はないが」
「いえ、そのような重いものを持ったまま移動するのは厳しいですからね」
俺の軽いジョークに領主さまも少し笑った。
「それで、その被害者たちはどちらに?」
「実はこの国に不案内な私どものために、ここまで、共に囚われていたこの国の女性が道案内をしてくれまして。今はその女性の親族の家で預かってもらっています」
「了解した。名前と場所を教えて頂けるかな?」
「はい」
俺は最初から用意していた被害者たちの名前と住居を記載し、彼らのアフターケアを依頼する正式な文書を渡した。署名は勇者と聖女が連名でしている。
その書面をシェルナイタ氏が受け取り、少し大げさなほどにうやうやしく掲げながら領主さまに渡す。
受け取って書面を見た領主さまは小さくため息と吐いた。
「失礼ながら、勇者殿と聖女さまの名が記してある依頼に応じるに、金銭を受け取るのは憚られる」
え? そんなに勇者と聖女の署名は重いのか。失敗したかもしれないな。
「被害者のために使えば依頼に応えた結果として受け取られるのでは?」
「他者の評価ではない。我が矜持の問題だ。しかし固辞するのもまた失礼であろう。あいわかった。被害者たちそれぞれの失われた生活を補償した後に余った分は教会に寄進させていただく」
「は、お気を使わせてしまい。申し訳なく思います」
「よせ。貴殿に謝らせてしまっては私の立つ瀬がない。それとこのコインは返しておく」
いらないと言いたいところだが、この年若い領主さまにこれ以上の負担を課す訳にもいかないだろう。
その後、旅に役立つものまで頂いて、俺たちは役所から丁寧に送り出されたのだった。
帰りしな、途中で被害者女性の親戚の家に立ち寄る。
おどおどした家の人に、宿代わりに使ってしまった謝罪と、宿泊費に色をつけた金銭を渡し、後から衛兵か役人が彼女たちを迎えに来ることを言いおいて立ち去った。
家の主人の後ろから女性たちと少年が手を振って見送ってくれた。
かなり元気になっているようで何よりだ。
「さて、かなり寄り道してしまったな」
「全然問題ないだろ」
俺は大聖堂の呼び出しにかなり遅れてしまったことに今更ながら気が重くなった。
例によって勇者はどこ吹く風だが、絶対に相手は怒っているはずだ。
その怒らせたであろう相手が、大聖堂の実質トップである導師と来た。
うわー、今からでも別行動にしたほうがいいような気がするな。
連中だって勇者一行に何か直接的な意趣返しをしたりは出来ないだろうけど、ただの従者たる俺やメルリルにとっては厳しい敵陣のなかに飛び込むようなものだ。
「あー、アルフ」
「大丈夫だ。師匠に何かするようなことがあれば、相手が誰だろうとこの世から葬り去ってやるから」
「やめろ、まずは話し合え」
勇者の物騒な宣言に、なんで俺の考えがわかったという驚きと、どんだけ過激なんだという危機感が沸き起こる。
ああ、絶対無事にすまないよな。
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