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第三章 神と魔と
213 風の導き
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大聖堂に向かう装備を整えるための最後の街、フォールクは、静かな砂色の街といった印象だ。
これまでの大公国の街が鮮やかで美しい街ばかりだったので、その枯れた色合いが余計に目についてしまう。
フォールクの東の端にある教会は、大聖堂に及ぶべくもないが、それでも歳月を重ねた重厚なもので、最初の教会とも呼ばれている。
「祝福の荒野を渡る前に、教会に顔を出しておくか?」
教会から大聖堂へは、メッセージを伝える手段がある。
ここで顔を出しておけば大聖堂側は準備万端整えて勇者の到着を待ち構えることになるだろう。
また、巡礼者はこの教会で守り札を購入し、荒野を踏破するのが習わしだった。
この守り札がないと、道に迷うとも言われている。
だからこそ、俺は勇者にここの教会に寄るかどうかを確認したのだ。
「別にいいだろ。相手は俺が来ることはもう知っている訳だし」
「まぁそうだな」
確かに呼びつけられて来ているのだ、事前に神殿騎士からの報告も行っているはずだ。
あえて教会に顔を出す必要はないのかもしれない。
「そのほうが相手も慌てるだろうしな」
「そっちが本音か」
大聖堂に対していい印象のない勇者は、いかにして相手を困らせてやるかということを考えているようだ。
子どもっぽすぎる考え方だが、実際、予告なしに到着するメリットはある。
相手に完璧な準備をさせないという消極的なメリットではあるが。
相手は勇者たちが来るのは知っているが、いつ来るのかはわからないので、待ち構えるにも限度がある。
もしなんらかの罠が準備されている場合には、出来るだけ相手の思惑を外してやるほうがいい。
まぁ大聖堂が勇者に対してそこまでするとは思わないが、魔物の毒にあたったときに強行手段を取ろうとした前科もある。
用心に越したことはないだろう。
俺たちはそれぞれ手分けして荷物を補充すると、全員が騎乗して風吹き荒れる祝福の荒野へと踏み出した。
祝福の荒野には特に道はないのだが、ただひたすらまっすぐ進むだけで必ず大聖堂に到着する。
信心深い者はそれを奇跡と呼ぶが、どう考えてもおかしい現象に、周囲の砂嵐を起こしているのは大聖堂側であると考える向きもあった。
自分たちに都合の悪い相手を通さない鉄壁の壁を風によって作っているのではないかという疑惑である。
なんと言っても大聖堂は魔法の元締めなのだ。
むしろそう考えるほうが自然だろう。
しばし進み、俺と供に馬上にあるメルリルに尋ねた。
「風避け頼めるか?」
「はい」
メルリルは、砂が降り注ぐなか、小さく詩を唄い始める。
やがて俺とメルリルの周囲が穏やかになり、メルリルの声がより強く響き出す。
霞んで見えにくかった前方の勇者たちの姿がくっきりと見えるようになり、風の音がさらに遠ざかった。
「おお、凄いな」
聖騎士が一息ついてそう言いながら、深く被っていたフードを上げる。
馬にしがみつくようにしていた聖女も体を起こしてほっとしたように振り向いた。
俺たちの周囲と、離れた場所とが、まるで切り取った風景同士を無理やりつなげたほどに違う。
その光景をどう言ったらいいのだろう。
透明なガラスというものがあるとしたら、その向こうで砂が渦巻いているのを眺めているような感じというのが一番しっくり来るかもしれない。
メルリルは特に声を張り上げることもせず、意味を掴みにくい詩を滔々と唄い上げ、余韻を残して唄い終わる。
「精霊の意思が整っていたのでとても楽でした。普通の嵐の場合には騒がしい風を整えるところから始める必要があるのだけど」
「噂は本当だってことだな」
勇者がニンマリと笑った。
大聖堂の秘密の一端を確信出来たのがうれしいのだろう。
「ただ、風は導きの意思を持っていたので、その風を遮ったことで逆に道がわからなくなってしまうかも?」
メルリルが不安そうに言う。
なるほど、俺たちに吹き付ける風や砂が届かなくなったのはいいが、見通しの悪いのは変わらない。
しかもその砂嵐が魔法による導きであったなら、導きを失くした状態で周囲が見えないまま進むこととなる。
メルリルが不安になるのも仕方あるまい。
「いや、それは大丈夫だろう。この光を辿っていけばいいんだし」
「光?」
俺の言葉に、メルリルが不思議そうに尋ねた。
「魔法の光だ。魔光っていうやつかな。強力な魔物が放つような輝きが砂嵐を透かして見える」
「え? 本当に? 俺はなんとなくこっちっていうのはわかるけど、光ってやつは見えないな」
「はい。わたくしも勇者さまと同じです」
俺の言葉に、勇者と聖女が不思議そうに言った。
勇者は魔力を見る訓練を始めたばかりだからな、まぁ気配がわかるのなら問題ないか。
「とりあえず先へ進もう。あまりメルリルに負担をかけたくないし、さっさと到着したほうがいいだろう」
「気は進まないがな」
勇者がため息をついて馬を進ませる。
嫌なことは早く済ませたほうが楽だぞ、勇者。俺だって行きたくないんだからな。
進むごとに気が重くなる。
途中で休憩を挟み、夜は聖女とメルリルとが交代して安全な場所を確保して休みながら、俺たちが大聖堂に到着したのは丸二日後のことだった。
これまでの大公国の街が鮮やかで美しい街ばかりだったので、その枯れた色合いが余計に目についてしまう。
フォールクの東の端にある教会は、大聖堂に及ぶべくもないが、それでも歳月を重ねた重厚なもので、最初の教会とも呼ばれている。
「祝福の荒野を渡る前に、教会に顔を出しておくか?」
教会から大聖堂へは、メッセージを伝える手段がある。
ここで顔を出しておけば大聖堂側は準備万端整えて勇者の到着を待ち構えることになるだろう。
また、巡礼者はこの教会で守り札を購入し、荒野を踏破するのが習わしだった。
この守り札がないと、道に迷うとも言われている。
だからこそ、俺は勇者にここの教会に寄るかどうかを確認したのだ。
「別にいいだろ。相手は俺が来ることはもう知っている訳だし」
「まぁそうだな」
確かに呼びつけられて来ているのだ、事前に神殿騎士からの報告も行っているはずだ。
あえて教会に顔を出す必要はないのかもしれない。
「そのほうが相手も慌てるだろうしな」
「そっちが本音か」
大聖堂に対していい印象のない勇者は、いかにして相手を困らせてやるかということを考えているようだ。
子どもっぽすぎる考え方だが、実際、予告なしに到着するメリットはある。
相手に完璧な準備をさせないという消極的なメリットではあるが。
相手は勇者たちが来るのは知っているが、いつ来るのかはわからないので、待ち構えるにも限度がある。
もしなんらかの罠が準備されている場合には、出来るだけ相手の思惑を外してやるほうがいい。
まぁ大聖堂が勇者に対してそこまでするとは思わないが、魔物の毒にあたったときに強行手段を取ろうとした前科もある。
用心に越したことはないだろう。
俺たちはそれぞれ手分けして荷物を補充すると、全員が騎乗して風吹き荒れる祝福の荒野へと踏み出した。
祝福の荒野には特に道はないのだが、ただひたすらまっすぐ進むだけで必ず大聖堂に到着する。
信心深い者はそれを奇跡と呼ぶが、どう考えてもおかしい現象に、周囲の砂嵐を起こしているのは大聖堂側であると考える向きもあった。
自分たちに都合の悪い相手を通さない鉄壁の壁を風によって作っているのではないかという疑惑である。
なんと言っても大聖堂は魔法の元締めなのだ。
むしろそう考えるほうが自然だろう。
しばし進み、俺と供に馬上にあるメルリルに尋ねた。
「風避け頼めるか?」
「はい」
メルリルは、砂が降り注ぐなか、小さく詩を唄い始める。
やがて俺とメルリルの周囲が穏やかになり、メルリルの声がより強く響き出す。
霞んで見えにくかった前方の勇者たちの姿がくっきりと見えるようになり、風の音がさらに遠ざかった。
「おお、凄いな」
聖騎士が一息ついてそう言いながら、深く被っていたフードを上げる。
馬にしがみつくようにしていた聖女も体を起こしてほっとしたように振り向いた。
俺たちの周囲と、離れた場所とが、まるで切り取った風景同士を無理やりつなげたほどに違う。
その光景をどう言ったらいいのだろう。
透明なガラスというものがあるとしたら、その向こうで砂が渦巻いているのを眺めているような感じというのが一番しっくり来るかもしれない。
メルリルは特に声を張り上げることもせず、意味を掴みにくい詩を滔々と唄い上げ、余韻を残して唄い終わる。
「精霊の意思が整っていたのでとても楽でした。普通の嵐の場合には騒がしい風を整えるところから始める必要があるのだけど」
「噂は本当だってことだな」
勇者がニンマリと笑った。
大聖堂の秘密の一端を確信出来たのがうれしいのだろう。
「ただ、風は導きの意思を持っていたので、その風を遮ったことで逆に道がわからなくなってしまうかも?」
メルリルが不安そうに言う。
なるほど、俺たちに吹き付ける風や砂が届かなくなったのはいいが、見通しの悪いのは変わらない。
しかもその砂嵐が魔法による導きであったなら、導きを失くした状態で周囲が見えないまま進むこととなる。
メルリルが不安になるのも仕方あるまい。
「いや、それは大丈夫だろう。この光を辿っていけばいいんだし」
「光?」
俺の言葉に、メルリルが不思議そうに尋ねた。
「魔法の光だ。魔光っていうやつかな。強力な魔物が放つような輝きが砂嵐を透かして見える」
「え? 本当に? 俺はなんとなくこっちっていうのはわかるけど、光ってやつは見えないな」
「はい。わたくしも勇者さまと同じです」
俺の言葉に、勇者と聖女が不思議そうに言った。
勇者は魔力を見る訓練を始めたばかりだからな、まぁ気配がわかるのなら問題ないか。
「とりあえず先へ進もう。あまりメルリルに負担をかけたくないし、さっさと到着したほうがいいだろう」
「気は進まないがな」
勇者がため息をついて馬を進ませる。
嫌なことは早く済ませたほうが楽だぞ、勇者。俺だって行きたくないんだからな。
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