109 / 885
第三章 神と魔と
214 麗しき大聖堂
しおりを挟む
砂嵐の荒野を抜けた先にあるその光景に、旅人はただただ言葉を失う。
周囲の白茶けたなにもない風景から、いきなり緑溢れる豊穣の地へと切り替わるのだ。
その変化はあまりにも劇的だ。
壁も門もない、開かれた土地に、鮮やかな緑と花々。そして水面に光を散らした湖がある。
その湖の中央。そこには大きな島があり、まるで湖の主のような白亜の建物が鎮座していた。
それこそが、この大陸の多くの国に影響を及ぼしている教会の総本山である大聖堂だ。
「乾いた土地を突っ切って来た身としては、目に沁みる光景だな」
「きれい。まるで夢のなかのよう」
俺の呟きに、答えた訳でもないのだろうが、メルリルがそう独白した。
「そういう効果を狙ってるんだろ」
勇者はにべもない。
「まぁしかし、巡礼者が絶えない理由はわかるな。荒野でどれほど苦しんだとして、いや、荒野で苦しい思いをして乗り越えた先にここに辿り着くからこそ、生涯の思い出になる」
俺の言葉に勇者は嫌悪感をあらわにした。
「人を騙すのは得意だからな」
「勇者、ここは言わば敵地です。そういう物言いは控えましょう」
珍しく聖騎士が勇者に意見する。
というか、聖騎士の大聖堂に対するスタンスが以前とかなり変わったように思えた。
やはり仲間のモンクであるテスタの苦しみの人生を聞いたからだろうか。
「大聖堂には、世の人々のために己を捧げた人もたくさんいる。全てを一緒にしては、ダメ」
そんな男性陣に聖女が釘を差した。
「わかってる」
「申し訳ありません、聖女さま」
勇者と聖騎士はバツが悪そうに謝った。
「さて、行くか。気は進まないがな。アルフ、ここからはお前が先導してくれよ。俺はいないものとして扱って欲しい」
「キュー」
「……わかった」
俺と、俺の頭上にいるフォルテの言葉に勇者はうなずく。
フォルテは気配を消して、完全に帽子のふりをする気満々のようだ。
「わ、私も、ダスターと一緒に目立たないようにしています」
メルリルが落ち着かなく耳と尻尾をパサパサ動かしている。
落ち着け、大丈夫だ。まだ何も起こってないからな。
俺はそんな気持ちを込めて、メルリルの背中をポンポンと軽く叩いた。
そして馬を降りる。
メルリルも俺に続いて慌てて馬から降りた。
その顔が上気して赤い。
かなり興奮しているようだ。ダメ押しのように、大丈夫だからなという意味を込めて手を握った。
「あ……」
メルリルは小さく声を漏らし、ちらっと俺を見ると、赤い顔のまま微笑んだ。
少しは落ち着いたかな?
「オホン!」
勇者がわざとらしい咳払いをした。
「気を引き締めて行くぞ」
馬上からそう告げた勇者に、全員が無言で首肯する。
荒らすことの許されない緑の楽園には、ところどころに神殿騎士が配置され、特別に許された一画に小さな町がある。
その町の建物も、海から持ち込んだ貝殻と、荒野の岩を特殊な製法で混ぜて作られた建材で継ぎ目なく塗り固められ、壁にはところどころに虹色の輝きを持つ貝の破片がきらめいている。
全体的に角の少ない建物ばかりの、丸っこいその建物群は、伝説の妖精郷のように幻想的ですらあった。
勇者は外套を脱ぎ捨て、紋章の入ったマントを晒して進む。
神殿騎士や、滞在している人々がポツポツと勇者の存在に気づきはじめ、大聖堂へと続く大きな橋へと駆け出す騎士の姿も見えた。
勇者はそれら全てが目に入っていないかのようにまっすぐ前のみを見てゆっくりと大聖堂へと近づいて行く。
やがて、大聖堂から神殿騎士が数騎現れ、橋の中央近くでかち合った。
「勇者殿、相待たれよ」
純白の神殿騎士が進み出た。
いや、あれは、胸に血のような赤い紋章を描く鎧、大聖堂の聖騎士だ。
とんでもない大物が最初から出て来たな。
「俺の行手を遮るか?」
勇者が底冷えのする感情の見えない声で告げた。
その気質をよく知る俺ですら全身に寒気が走るほどの凄みがあった。
大聖堂の聖騎士の後ろに続く神殿騎士たちが思わず身構えたのを責めることは出来ないだろう。
「まさか! そのようなこと考えもいたしませぬ。しかしながら、この門を守る者として、用向きを尋ねる役目があるのです。ひとえにお役目、お許しを頂きたい」
「ゆるそう」
勇者の言葉に騎士たちの緊張がやや緩む。
「それで、勇者殿にはいかような用向きで?」
「聞いていないのか? 俺は世を安んじる旅の途中で大聖堂の呼び出しを受け、急遽駆けつけたというのに」
よく言う。
急遽どころか寄り道しまくりだったけどな。
しかし、勇者の呼び出しが周知されていないのは変な話だ。
対する大聖堂の聖騎士も同じように感じたのか、驚きを見せた。
そして、配下の者に指示を出し大聖堂へと向かわせる。
「で、俺は進んでいいのか?」
「もちろん。この大聖堂には神の御子を遮るいかなる存在もありませぬ」
ふっ、と勇者はその大聖堂の聖騎士の言葉を嗤った。
「ならばなぜ道を譲らぬ?」
「失礼を、いたしました」
大聖堂の聖騎士はただちに下馬すると、端へと寄って道を開ける。
ほかの神殿騎士たちも彼に倣った。
そうやってずらりと並んだ純白の騎士たちの目前を通り抜ける羽目に陥り、俺の心臓は激しく動揺し、うるさいほどの鼓動を鳴らした。メルリルの手も震えている。
到着早々からこれか。
もうすでに帰りたい気分になっている俺がいた。
周囲の白茶けたなにもない風景から、いきなり緑溢れる豊穣の地へと切り替わるのだ。
その変化はあまりにも劇的だ。
壁も門もない、開かれた土地に、鮮やかな緑と花々。そして水面に光を散らした湖がある。
その湖の中央。そこには大きな島があり、まるで湖の主のような白亜の建物が鎮座していた。
それこそが、この大陸の多くの国に影響を及ぼしている教会の総本山である大聖堂だ。
「乾いた土地を突っ切って来た身としては、目に沁みる光景だな」
「きれい。まるで夢のなかのよう」
俺の呟きに、答えた訳でもないのだろうが、メルリルがそう独白した。
「そういう効果を狙ってるんだろ」
勇者はにべもない。
「まぁしかし、巡礼者が絶えない理由はわかるな。荒野でどれほど苦しんだとして、いや、荒野で苦しい思いをして乗り越えた先にここに辿り着くからこそ、生涯の思い出になる」
俺の言葉に勇者は嫌悪感をあらわにした。
「人を騙すのは得意だからな」
「勇者、ここは言わば敵地です。そういう物言いは控えましょう」
珍しく聖騎士が勇者に意見する。
というか、聖騎士の大聖堂に対するスタンスが以前とかなり変わったように思えた。
やはり仲間のモンクであるテスタの苦しみの人生を聞いたからだろうか。
「大聖堂には、世の人々のために己を捧げた人もたくさんいる。全てを一緒にしては、ダメ」
そんな男性陣に聖女が釘を差した。
「わかってる」
「申し訳ありません、聖女さま」
勇者と聖騎士はバツが悪そうに謝った。
「さて、行くか。気は進まないがな。アルフ、ここからはお前が先導してくれよ。俺はいないものとして扱って欲しい」
「キュー」
「……わかった」
俺と、俺の頭上にいるフォルテの言葉に勇者はうなずく。
フォルテは気配を消して、完全に帽子のふりをする気満々のようだ。
「わ、私も、ダスターと一緒に目立たないようにしています」
メルリルが落ち着かなく耳と尻尾をパサパサ動かしている。
落ち着け、大丈夫だ。まだ何も起こってないからな。
俺はそんな気持ちを込めて、メルリルの背中をポンポンと軽く叩いた。
そして馬を降りる。
メルリルも俺に続いて慌てて馬から降りた。
その顔が上気して赤い。
かなり興奮しているようだ。ダメ押しのように、大丈夫だからなという意味を込めて手を握った。
「あ……」
メルリルは小さく声を漏らし、ちらっと俺を見ると、赤い顔のまま微笑んだ。
少しは落ち着いたかな?
「オホン!」
勇者がわざとらしい咳払いをした。
「気を引き締めて行くぞ」
馬上からそう告げた勇者に、全員が無言で首肯する。
荒らすことの許されない緑の楽園には、ところどころに神殿騎士が配置され、特別に許された一画に小さな町がある。
その町の建物も、海から持ち込んだ貝殻と、荒野の岩を特殊な製法で混ぜて作られた建材で継ぎ目なく塗り固められ、壁にはところどころに虹色の輝きを持つ貝の破片がきらめいている。
全体的に角の少ない建物ばかりの、丸っこいその建物群は、伝説の妖精郷のように幻想的ですらあった。
勇者は外套を脱ぎ捨て、紋章の入ったマントを晒して進む。
神殿騎士や、滞在している人々がポツポツと勇者の存在に気づきはじめ、大聖堂へと続く大きな橋へと駆け出す騎士の姿も見えた。
勇者はそれら全てが目に入っていないかのようにまっすぐ前のみを見てゆっくりと大聖堂へと近づいて行く。
やがて、大聖堂から神殿騎士が数騎現れ、橋の中央近くでかち合った。
「勇者殿、相待たれよ」
純白の神殿騎士が進み出た。
いや、あれは、胸に血のような赤い紋章を描く鎧、大聖堂の聖騎士だ。
とんでもない大物が最初から出て来たな。
「俺の行手を遮るか?」
勇者が底冷えのする感情の見えない声で告げた。
その気質をよく知る俺ですら全身に寒気が走るほどの凄みがあった。
大聖堂の聖騎士の後ろに続く神殿騎士たちが思わず身構えたのを責めることは出来ないだろう。
「まさか! そのようなこと考えもいたしませぬ。しかしながら、この門を守る者として、用向きを尋ねる役目があるのです。ひとえにお役目、お許しを頂きたい」
「ゆるそう」
勇者の言葉に騎士たちの緊張がやや緩む。
「それで、勇者殿にはいかような用向きで?」
「聞いていないのか? 俺は世を安んじる旅の途中で大聖堂の呼び出しを受け、急遽駆けつけたというのに」
よく言う。
急遽どころか寄り道しまくりだったけどな。
しかし、勇者の呼び出しが周知されていないのは変な話だ。
対する大聖堂の聖騎士も同じように感じたのか、驚きを見せた。
そして、配下の者に指示を出し大聖堂へと向かわせる。
「で、俺は進んでいいのか?」
「もちろん。この大聖堂には神の御子を遮るいかなる存在もありませぬ」
ふっ、と勇者はその大聖堂の聖騎士の言葉を嗤った。
「ならばなぜ道を譲らぬ?」
「失礼を、いたしました」
大聖堂の聖騎士はただちに下馬すると、端へと寄って道を開ける。
ほかの神殿騎士たちも彼に倣った。
そうやってずらりと並んだ純白の騎士たちの目前を通り抜ける羽目に陥り、俺の心臓は激しく動揺し、うるさいほどの鼓動を鳴らした。メルリルの手も震えている。
到着早々からこれか。
もうすでに帰りたい気分になっている俺がいた。
20
あなたにおすすめの小説
お前には才能が無いと言われて公爵家から追放された俺は、前世が最強職【奪盗術師】だったことを思い出す ~今さら謝られても、もう遅い~
志鷹 志紀
ファンタジー
「お前には才能がない」
この俺アルカは、父にそう言われて、公爵家から追放された。
父からは無能と蔑まれ、兄からは酷いいじめを受ける日々。
ようやくそんな日々と別れられ、少しばかり嬉しいが……これからどうしようか。
今後の不安に悩んでいると、突如として俺の脳内に記憶が流れた。
その時、前世が最強の【奪盗術師】だったことを思い出したのだ。
【一話完結】断罪が予定されている卒業パーティーに欠席したら、みんな死んでしまいました
ツカノ
ファンタジー
とある国の王太子が、卒業パーティーの日に最愛のスワロー・アーチェリー男爵令嬢を虐げた婚約者のロビン・クック公爵令嬢を断罪し婚約破棄をしようとしたが、何故か公爵令嬢は現れない。これでは断罪どころか婚約破棄ができないと王太子が焦り始めた時、招かれざる客が現れる。そして、招かれざる客の登場により、彼らの運命は転がる石のように急転直下し、恐怖が始まったのだった。さて彼らの運命は、如何。
【完結】魔王を倒してスキルを失ったら「用済み」と国を追放された勇者、数年後に里帰りしてみると既に祖国が滅んでいた
きなこもちこ
ファンタジー
🌟某小説投稿サイトにて月間3位(異ファン)獲得しました!
「勇者カナタよ、お前はもう用済みだ。この国から追放する」
魔王討伐後一年振りに目を覚ますと、突然王にそう告げられた。
魔王を倒したことで、俺は「勇者」のスキルを失っていた。
信頼していたパーティメンバーには蔑まれ、二度と国の土を踏まないように察知魔法までかけられた。
悔しさをバネに隣国で再起すること十数年……俺は結婚して妻子を持ち、大臣にまで昇り詰めた。
かつてのパーティメンバー達に「スキルが無くても幸せになった姿」を見せるため、里帰りした俺は……祖国の惨状を目にすることになる。
※ハピエン・善人しか書いたことのない作者が、「追放」をテーマにして実験的に書いてみた作品です。普段の作風とは異なります。
※小説家になろう、カクヨムさんで同一名義にて掲載予定です
友人(勇者)に恋人も幼馴染も取られたけど悔しくない。 だって俺は転生者だから。
石のやっさん
ファンタジー
パーティでお荷物扱いされていた魔法戦士のセレスは、とうとう勇者でありパーティーリーダーのリヒトにクビを宣告されてしまう。幼馴染も恋人も全部リヒトの物で、居場所がどこにもない状態だった。
だが、此の状態は彼にとっては『本当の幸せ』を掴む事に必要だった
何故なら、彼は『転生者』だから…
今度は違う切り口からのアプローチ。
追放の話しの一話は、前作とかなり似ていますが2話からは、かなり変わります。
こうご期待。
没落した貴族家に拾われたので恩返しで復興させます
六山葵
ファンタジー
生まれて間も無く、山の中に捨てられていた赤子レオン・ハートフィリア。
彼を拾ったのは没落して平民になった貴族達だった。
優しい両親に育てられ、可愛い弟と共にすくすくと成長したレオンは不思議な夢を見るようになる。
それは過去の記憶なのか、あるいは前世の記憶か。
その夢のおかげで魔法を学んだレオンは愛する両親を再び貴族にするために魔法学院で魔法を学ぶことを決意した。
しかし、学院でレオンを待っていたのは酷い平民差別。そしてそこにレオンの夢の謎も交わって、彼の運命は大きく変わっていくことになるのだった。
※2025/12/31に書籍五巻以降の話を非公開に変更する予定です。
詳細は近況ボードをご覧ください。
国外追放ですか? 承りました。では、すぐに国外にテレポートします。
樋口紗夕
恋愛
公爵令嬢ヘレーネは王立魔法学園の卒業パーティーで第三王子ジークベルトから婚約破棄を宣言される。
ジークベルトの真実の愛の相手、男爵令嬢ルーシアへの嫌がらせが原因だ。
国外追放を言い渡したジークベルトに、ヘレーネは眉一つ動かさずに答えた。
「国外追放ですか? 承りました。では、すぐに国外にテレポートします」
【収納∞】スキルがゴミだと追放された俺、実は次元収納に加えて“経験値貯蓄”も可能でした~追放先で出会ったもふもふスライムと伝説の竜を育成〜
あーる
ファンタジー
「役立たずの荷物持ちはもういらない」
貢献してきた勇者パーティーから、スキル【収納∞】を「大した量も入らないゴミスキル」だと誤解されたまま追放されたレント。
しかし、彼のスキルは文字通り『無限』の容量を持つ次元収納に加え、得た経験値を貯蓄し、仲間へ『分配』できる超チート能力だった!
失意の中、追放先の森で出会ったのは、もふもふで可愛いスライムの「プル」と、古代の祭壇で孵化した伝説の竜の幼体「リンド」。レントは隠していたスキルを解放し、唯一無二の仲間たちを最強へと育成することを決意する!
辺境の村を拠点に、薬草採取から魔物討伐まで、スキルを駆使して依頼をこなし、着実に経験値と信頼を稼いでいくレントたち。プルは多彩なスキルを覚え、リンドは驚異的な速度で成長を遂げる。
これは、ゴミスキルだと蔑まれた少年が、最強の仲間たちと共にどん底から成り上がり、やがて自分を捨てたパーティーや国に「もう遅い」と告げることになる、追放から始まる育成&ざまぁファンタジー!
辺境伯家次男は転生チートライフを楽しみたい
ベルピー
ファンタジー
☆8月23日単行本販売☆
気づいたら異世界に転生していたミツヤ。ファンタジーの世界は小説でよく読んでいたのでお手のもの。
チートを使って楽しみつくすミツヤあらためクリフ・ボールド。ざまぁあり、ハーレムありの王道異世界冒険記です。
第一章 テンプレの異世界転生
第二章 高等学校入学編 チート&ハーレムの準備はできた!?
第三章 高等学校編 さあチート&ハーレムのはじまりだ!
第四章 魔族襲来!?王国を守れ
第五章 勇者の称号とは~勇者は不幸の塊!?
第六章 聖国へ ~ 聖女をたすけよ ~
第七章 帝国へ~ 史上最恐のダンジョンを攻略せよ~
第八章 クリフ一家と領地改革!?
第九章 魔国へ〜魔族大決戦!?
第十章 自分探しと家族サービス
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。