勇者パーティから追い出されたと思ったら、土下座で泣きながら謝ってきた!

蒼衣翼

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第四章 世界の片隅で生きる者たち

262 列車を楽しもう3

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 金属で出来た螺旋階段を上がった先には広々としたサロンがあった。
 案内の人によると、列車の走りが安定したら例の黒煙も出なくなるのでそのときには天窓を開けてさらに開放感を味わうことが出来るらしい。
 天窓が開いてなくても、両サイドの窓硝子がかなり大きく、少し高い位置からの景色は素晴らしかった。
 しかしあれだな、この国の硝子凄い透明なんだがどうなっているんだろう。
 以前硝子職人と話をしたことがあるんだが、硝子は材料の成分によってどうしても青っぽかったり緑っぽかったりするらしい。
 上手い職人はこの成分を調整して、彩りの違う色硝子を作って美しい飾り窓を仕上げる訳だが、それでも透明は無理だと言っていた。
 そんな不思議な透明の硝子に少し触れてみる。
 ここの窓はさすがに嵌め込みで開かない仕様のようだ。
 ひんやりとしていて、個室の窓の手触りとかなり違うな。

 サロンはかなり贅沢な造りだ。
 見るからにふかふかの大きなソファーと、バカでかいクッションがいくつも並んでいて、なぜか部屋の中央には風呂? いや、池か? が造られていた。
 案内人によるとサロンは温かいので水遊びが出来るらしい。
 意味がわからない。
 端のほうにカウンターがあり、担当のもてなし係がいて、注文に応じて好きな飲み物を作ってくれるとのことだった。
 個室がせまい分、ここで存分にのびのび過ごして欲しいということか。

 俺たちは本を持ち込んで読書会とやらを行うこととなっていた。
 いや、俺は嫌だったんだが、ほかの連中が楽しそうだったので、反対しなかったんだ。
 まぁ教養のあるやつらだし、そういうのが楽しいのかもしれない。
 俺にはちょっと理解出来ないがな。

「……そのとき、世界に光が降り注ぎ、四方から小鳥たちのさえずりが響いた。私は悟ったのだ、世界はこの出会いのために存在していたのだと……」

 淡いピンク色のソファーを占拠して、女性陣が詩集の朗読会を始めていた。
 ミュリアが美しい澄んだ声で、朗々と言葉を紡ぐと、それだけで人の心を動かす力がある。
 詩の内容もなにか素晴らしいものなのだろうが、俺には訳がわからないものでしかないので、内容には感動出来ないが、歌うように読み上げる彼女の声だけでもまぁ悪くはない。
 おまけに。

「……闇は今開かれ……た? ……あ、愛する人の眼差し……ええっと、まなこが我を見た瞬間、に? ……」

 聖女やモンクに教わりながら、たどたどしくも詩を読むメルリルの声がやわらかく響く。
 いいな、これ。

「師匠、これ。英雄譚の八」

 女性陣のふんわりとした雰囲気に心をなごませていると、全然和みのない声がかかる。
 女性たちの座るソファーからやや離れた灰色のやわらかな椅子にそれぞれ一人ずつ陣取った男連中も、本を積んでそこから選んだものを読むという、本来なら静かな読書会を開いていたのだ。
 しかし、勇者は黙っているということをぜずに、自分が読ませたいものを俺に勧めて来るので辟易していた。

「毒の沼が広がって村人が病に倒れたときに、そこに訪れた勇者が悪しき魔法使いのしわざと看破して村を救う話。こないだの大公国の特権騎士ホーリーアイの間抜けを成敗した話とそっくりだろ」
「いや、サーサム卿は別に黒幕じゃなかっただろ。変な噂は流すなよ」

 大公国の特権騎士ホーリーアイであるエンデ……ええっと、なんとかサーサム卿は、自国の研究者がよその国でしでかした危険な実験の後始末をしていたのであって、決して悪い魔法使いではない。
 あの後大公国に入ったときには彼のくれたコインが大いに役に立った。
 会ったときにはかなり限界に近い状態だったせいか行動がおかしかったが、国元では間違いなく英雄なのだと感じたな。
 それにしてもああいう後始末をして回らなければならないのでは英雄というのも大変だ。
 まぁそれを言えば、この勇者さまだって同じようなものか。
 神の盟約によって運命を捻じ曲げられて、世の歪みを正す運命を押し付けられたのだから、気の毒と言えば気の毒ではある。

「じゃあこれは、英雄譚の十。ドラゴンとの戦い」
「いくら勇者でもドラゴンと戦ったら死ぬだろ。それ、絶対後付の創作だよな」
「俺なら勝つぞ!」
「かなりヤバかっただろうが」

 そう言えば、勇者たちがドラゴンと対峙して危なかったときに、俺、なんかフォルテのなかに飲み込まれたというか、俺がフォルテを飲み込んだというか、なんかそんな感じになって、羽が生えたんだよな。
 おかしなことにあのとき、それが全く変なことだとは思わなかった。
 こう、出来るのが当然みたいな感じがして後から考えると気持ちが悪かったな。
 俺の使う剣技の「断絶の剣」は、長年修行した結果使えるようになった技だ。
 だからこそ、体が覚えていて、ほとんど意識せずに使うことも出来る。
 そのことはおかしいとは思わない。
 しかしフォルテと出会ったのはほんのこの間、まだ一年も経ってないんだぞ。
 出来ることと出来ないことを俺が知るよしもないのに、当たり前のように受け入れている自分が気持ち悪い。
 まぁドラゴンのやることだから人間の尺度で考えちゃいかんのだろうが、あの青いドラゴンに踊らされているようで腹が立つんだよな。

 俺はそんなことを考えたせいか、フォルテをしげしげと眺めてしまった。
 まるで青い宝石を薄く削って重ねたような羽毛を持つ大きな鳥の姿は、一見して作り物じみている。
 フォルテを頭や肩に止まらせた俺を見た人間のほとんどが、フォルテを帽子か襟飾りと思ってしまうのも仕方ないだろう。
 だが、フォルテはただの作り物でも、ただの鳥ですらない。人間のような意思と個性があるのだ。
 そしてそれはあの青いドラゴンとも明らかに違うものだ。

「ピャ?」

 すやすやと眠っていたフォルテが、何かを感じたように目を覚まして俺を見上げる。

「まぁお前が悪い訳じゃないしな」

 そう言って撫でてやると首をかしげながらも、また寝る体勢に丸まった。
 と、羽毛のなかに突っ込みかけた頭をふと上げて、フォルテが天井を見上げる。

「キュッ、キュ、キャウ!」
「なんだと?」

 見れば地平線の彼方から雲が一直線に流れて来ていた。
 凄い速さだ。

「おい、あれ」
「ん? あ、噂をしたところにやって来るとは、聞こえたかな?」
「お客さま?」

 もてなし係の女性が、固まったように視線を外に向ける俺たちに不思議そうに声をかけた。

「ドラゴンだ」
「えっ!」

 俺たちの言葉に半分笑ったような引きつった顔でその女性も外を見る。
 列車が震える。
 空気が振動して大きな影が地上に落ちた。
 キラキラと輝く姿ははるか上空にあって、影だけでも大きいが、本来の巨体と比べるとかなり小さく見える。

「白か」
「雲でよく見えないが、黒や赤じゃないな」

 思わず封印した武器を握って緊張していた俺たちだったが、色を確認してホッとする。
 そんな俺たちを気にも留めずにドラゴンの影はほぼ一瞬で通り過ぎた。
 青い空に一本の線のような白い雲だけを残して。
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