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第四章 世界の片隅で生きる者たち

301 動くなら最速で

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 魔人収容施設から逃げ出したという亡命者の本は、東方の国が魔力持ちをどう扱うかを知るにはとても参考になったが、一つ大きな課題も残した。
 教会の力が弱い東方に正面から堂々と乗り込むには、勇者パーティもうちのパーティも魔力持ちが多すぎて危険だということだ。
 せっかく渡航許可証を取ったんだが、船で行くのはトラブルの予感しかしない。
 そこでこの亡命者と同じルートを使うという提案をした訳だが、ドラゴンにしがみついたか、引っ掛けられたかして帝国近くまで運ばれたらしい亡命者は、当然ながら自分が辿ったルートなど覚えていないようだった。
 本のなかには『魔物に攻撃をしかけた後は何も記憶がなく、気づいたら見知らぬ荒野だった』とある。
 彼はふらふらと荒野をさまよい、遠くに見えた壁を目指して歩き、帝国に辿り着いたのだ。

「この亡命者の辿り着いた場所が東門と呼ばれる帝国の東の外れだったらしい」
「俺たちが入国したのが西の門だから丁度反対側だな」

 俺の説明に勇者が確かめるように言う。
 帝国では普通に地図が販売されているので、とても助かる。
 地図を床に広げた状態で俺たちはルートの検討をしていた。
 しかし残念なことにこの地図は帝国内部だけの地図なので、東門の先は記されていない。

「これは専門家に聞くしかないな」
「専門家?」

 俺の言葉に勇者は訝しげだが、メルリルはすぐにわかったようで、少しだけ苦笑を浮かべていた。
 あの強烈な夫婦を思い出していたのだろう。

「ああ、話しただろ。ドラゴン研究者の夫婦がいるって。この亡命者を運んだのが黒のドラゴンだと仮定した場合、彼らなら行動範囲を理解しているはずだ」
「なるほど研究者なら確かにわかるだろうな。で、師匠」

 そこまで言って、勇者は俺をまっすぐに見た。
 なんだ、恐ろしく真剣な顔だ。
 何か懸念があるのだろうか?

「今回は俺を連れて行ってくれるんだろうな!」
「あ、ああ。というか、今回は全員で行こうと思う。準備は大事だが、俺たちはこの都に長居し過ぎた。ちょっと嫌な予感がするんだ。ルートを確定したらすぐに動き出したい」

 あー、また別行動と思ったのか。
 しかしそれがそんなに真剣になるようなことか?
 まぁいいけどな。

「そ、そうか。師匠と一緒に行動するなら俺に否やはないぞ」

 行動基準がそれでいいのか?

「ご懸念はあの皇女殿下ですか?」
「ん~それもある。ただしそれだけでもないけどな。工場の人さらいのゴタゴタとか、それなりに鼻が利く奴がいたら俺たちについて探り出す頃合いなんじゃないかと思って、な」

 聖騎士にうなずきながら俺は感じていることを言葉にした。
 ただ、言葉に出来ない部分もある。
 冒険者として度々俺の命を救ってくれたいわゆる勘という奴だ。
 ジワジワと足元に汚泥が押し寄せて来るような、そんな予感だ。

「そうだな。何事も早く動いたほうが有利だ。やれることはさっさとやってしまおう」
「ああ」

 勇者の言葉を合図に、俺たちは行動を起こした。

 ── ◇ ◇ ◇ ──

「まぁいらっしゃい。運がいいわね、明日からフィールドワークに出るところだったのよ」

 再び訪れた俺を、大地人の女性、パスダ女史は歓迎してくれた。
 やや大人数であることも、「あらあらお客さんがいっぱいね」と、至極嬉しそうに受け入れてくれる。
 ほんと、この人はムードメーカーだな。

「失礼します」

 俺と共に全員がそれぞれのやり方で挨拶をしながら家におじゃまする。
 さすがに入り口近くにある部屋では全員収まるのが難しいということで、パスダ女史は俺たちを奥にある資料室へと案内してくれた。

「いいんですか? 大事な資料がある場所なのでは?」
「ふふ、この家で片付いている広い部屋となるとあそこしかないの。大丈夫よ。研究者仲間とか大勢で集まるときにはいつもあそこを使っているのよ」
「へえ」

 言いながら通りすぎる通路や、少し開いた扉から見える部屋などは、さまざまな本や書類、何かわからない道具や石や木の枝などで溢れていて、なるほどこれは大変だなと思う。
 メルリルも勇者たちも不思議なわけのわからない品々を珍しそうにキョロキョロと見ながらぞろぞろと後に続く。

「あ、あ、愛しい人! どこへ行ってたんだい? 君がいないと僕はドラゴンに食われた魔物のように、この世から跡形もなくなくなってしまうよ!」

 どうやら目的の部屋らしき場所に到着すると、いきなり森人の男性であるエリエルが妻のパスダに抱きついた。
 そして立て続けにまくしたてる。
 初めて彼と会う勇者たちは皆ポカーンとしていた。

「ちょっと強烈な個性の持ち主だが、ドラゴン研究者としては凄い人だからな。失礼はするなよ」
「あ、ああ」

 さすがの勇者も毒気を抜かれたように素直にうなずく。

「まったくあなたったら。お客さんだって言ったでしょうに。ほら、このあいだ来てくださったダスターさんとそのお仲間さんたちよ」
「お、お、覚えているぞ! 青のドラゴンの盟約者だ! ほうほう! やあ、盟約の鳥くんは特に変わりはないようだね。おおっ? その紋章! そちらにいらっしゃるのはもしかして今代の勇者さまではありませんか? やっぱり! そうだ! おっ! 勇者さま、そのお仲間とお揃いの篭手はドラゴン素材だね! 素晴らしい! これはよほどの職人が作ったものに違いない、ダスター氏の装備もそうだけど、惚れ惚れする出来栄えだね! ぜひ、僕にも紹介してくれないだろうか? いや、大丈夫、秘密は守るよ? ドラゴン装備を作れる職人は、だいたい世間から隠れているからねぇ」

 よくもまぁそこまでしゃべることがあるよなと、逆に感心してしまうぐらいにまくし立てるエリエル氏の洗礼を受けて、俺は久しぶりと言うかわずか三日振りというか、もう会わないと思っていたドラゴン研究者の二人との再会を果たしたのであった。
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