勇者パーティから追い出されたと思ったら、土下座で泣きながら謝ってきた!

蒼衣翼

文字の大きさ
256 / 885
第五章 破滅を招くもの

361 おぞましいもの

しおりを挟む
 ジリジリと鍋の上で焦がされている食材の気分を味わいながら、山間部の渓谷に侵入を果たした。
 山のなかに入ってしまうと、高低差があるため、ほぼ平地だった森のなかの河原よりはずっと影が多く、少し暑さもマシになる。

『そっち、イヤ』

 だが、山に入ってすぐに、若葉がぐずり始めた。

『そっち、嫌い』

 そっちというのは俺たちの進んでいる方向らしい。

「俺たちの目的地はこっちだ。行きたくないなら戻ればいいじゃないか。別に俺たちは拘束したりしてないぞ?」

 ドラゴンを拘束出来る人間がいたら驚くけどな。
 若葉はしばし勇者の背中をウロウロしていたが、いくら駄々をこねても俺たちが引き返さないと理解すると、突然元の大きさに戻った。

「うぎゃっ!」

 勇者が若葉に押しつぶされる。

「勇者さま!」

 聖女が悲鳴を上げるが、勇者はジタバタしているので、若葉も本気で体重をかけた訳ではなさそうだ。
 そしてブチブチッ! と草を千切るような音と共に、さらなる勇者の悲鳴が上がる。

「いてぇっ!」
『少しちょーだい』

 若葉が勇者の髪を咥えて食いちぎったのだ。
 食ってから言うな、聞いてから実行しろ。
 そう思ったが何か言うよりも早く、勇者の黄金の髪をムシャムシャした若葉は空へと飛び立った。

「ギャォオオ!」

 そして一声雄叫びを上げると、どこかへと姿を消した。

「いてて……」
「見せてみろ」

 勇者が頭を押さえているので、皮でも剥けてしまったのかと思って見てみたが、そこまで無茶はしていないようだった。
 何本かは引っこ抜いたのだろうが、ハゲるほどではなかったようだ。
 それはよかったのだが、髪が半ばから揃えずに断ち切られた形となってしまい、勇者の髪型は酷い有様となってしまった。

「浮浪児のようになったな」
「あのやろう!」

 派手な装備やマントを失い、ボサボサの揃ってない髪型になってしまった勇者は、もはやとても勇者には見えない。
 見た目からすると街の片隅で腹を空かして獣のような目をしている浮浪児や、冒険者に成り立てで全く稼げてない若手のようだった。

「去ってくれたのはよかったが、なんでアルフの髪を食ったのやら」

 一瞬、とうとう若葉が勇者を食ったのかと思って焦ったが、髪だけだったのでほっとした気持ちもある。

「くそっ、今度会ったら覚えてやがれ!」

 言葉遣いも街の不良少年のようなので、見た目と合っている。
 
「髪には魔力が溜まりやすいと言いますから勇者さまの魔力をつまみ食いするみたいな気持ちだったのかもしれませんね。若葉ちゃんがいないと、少し、寂しくなります」

 聖女は意外と若葉がお気に入りだったようだ。

「俺は気が楽になったけどな。しかし、若葉が行くのを嫌がるとか、この先になにがあるのやら」

 黒のドラゴンだけならあんな反応はしないだろうしな。

「ダスター!」

 まるでドラゴンのことを考えたのがわかったようなタイミングで、メルリルが警告の声を上げる。

「ドラゴンが、あの黒いドラゴンがこっちに向かって来ます!」
「っ! ミュリア!」
「お任せください。みなさまわたくしの近くに! 『神と愛し子に堅牢なるゆりかごを』」

 聖女が全員の位置を確認した後、素早く神璽みしるしに手を触れ、聖句を唱える。
 そしてその後すぐに周囲が突然暗くなった。
 結界があるからか、いや、結界があってもなおと言うべきか、先日よりは薄くだが体を押さえつけるようなプレッシャーが上空から降り注ぐ。
 ゴウゴウと何かが頭上で鳴り響き、気持ちが深く沈み込む。
 どのくらい経ったか、時間としてみればほんの僅かな間だったはずだ。
 暑い日差しが戻り、周囲が静けさに包まれても、しばらくは口を開く気力もなかった。

「……大丈夫か? みんな」
「平気だ」

 何かに腹を立てたような勇者の声が返る。

「今回はなんとか大丈夫でした」
「平気とまでは言えないけどね」

 聖騎士とモンクが返事を返す。

「うっ、精霊メイスの気配が消えてしまいました。気持ちが悪い……」
「メルリルは少し休んでろ」
「はい」

 ドラゴンによって消し飛ばされたのか食われたのかわからないが、精霊と常に接触をしているメルリルにとって、その消失はかなり堪えるようだ。
 荷物のなかから毛布を取り出してそこに座らせる。

「ドラゴンはもう去ったみたいですけど、念の為もう少し結界はこのままにしておきますね」
「頼む」

 黒のドラゴンが営巣地に戻って行ったのか。
 若葉はそれを感じて嫌がった?
 いや、それなら黒のドラゴンが来たときも嫌がったはずだ。
 そもそも若葉は黒のドラゴンの気配を読んで向こうにいることを教えてくれていたし、ドラゴンと嫌な気配とやらは別と考えたほうがいいか。

 しばらく休憩を取って、再び進み始める。

「フォルテ、さっきドラゴンがいた場所はわかるか?」
「キュ!」

 わかるらしい。
 フォルテは若葉がいなくなっても様子が変わらないな。
 寂しくないのかな?
 いや、友達という感じではなかったか。
 しばらく進むと、何か異様な臭いを感じて足を止める。

「なんだ? この臭い」
「師匠! 川の上流を!」

 勇者の声に目をやると、川の上流から何かが流れて来るのが見えた。
 ソレが近づくほどに異臭が強烈になる。

「メルリル、臭いを避けられるか?」
「ごめんなさい。今、動かせるほど精霊メイスが回復していない」
「そうか、仕方ないな。みんな、布を湿らせて鼻にあてるんだ。それでだいぶマシになるはずだ」
「わかった」
「はい」

 俺の言葉に勇者と聖女が返事を返し、聖騎士とモンクは無言でうなずいてすぐに実行する。
 それぞれが持っている水袋でマントの端やシャツの襟元を濡らして鼻を覆った。
 そして、川を流れて来たソレを目にすることになる。

「ぐぅっ」
「ひぃっ!」

 勇者が吐きそうな顔をして、モンクが悲鳴を上げて飛び退く。
 聖女はその場にペタンと座り込んだ。
 聖騎士はさすがというか、逆にソレに近づいて行く。
 
「おぞましい……」

 メルリルはふらふらとソレから離れた。
 マントで鼻を覆っても、その突き刺すような異臭が感じられる。
 川には赤黒い塊がいくつか、周囲を赤く染めながら流れていた。
 形はよくわからない。
 丸みを帯びているモノ、グズグズに溶けてボコボコと泡立っているモノ、そのなかにあって、一つだけ異彩を放つ存在がある。
 それは手だ。
 明らかに人の手と思えるものが、ぐちゃぐちゃになったおぞましいモノと繋がって突き出ていた。
 まるでその塊が元は人であったと主張しているかのように。
 しかもその手は俺のものよりもふた周り程小さかった。

「ゲボッ!」

 とうとうたまらず勇者が吐いている。

「人間、でしょうか? 私は断ち切られた人体を幾度か見たことがありますが、コレは全く違う。いえ、同じ部分もありますが、同じと言ってしまっては人への冒涜になってしまう気がします」

 異臭に耐えて、冷静にソレを観察していた聖騎士がそう言った。

「これが、若葉が、……ドラゴンすら嫌がったものの正体なのかな?」

 思わず発した問いに、当然ながら答える者はいなかった。
しおりを挟む
感想 3,670

あなたにおすすめの小説

友人(勇者)に恋人も幼馴染も取られたけど悔しくない。 だって俺は転生者だから。

石のやっさん
ファンタジー
パーティでお荷物扱いされていた魔法戦士のセレスは、とうとう勇者でありパーティーリーダーのリヒトにクビを宣告されてしまう。幼馴染も恋人も全部リヒトの物で、居場所がどこにもない状態だった。 だが、此の状態は彼にとっては『本当の幸せ』を掴む事に必要だった 何故なら、彼は『転生者』だから… 今度は違う切り口からのアプローチ。 追放の話しの一話は、前作とかなり似ていますが2話からは、かなり変わります。 こうご期待。

国外追放ですか? 承りました。では、すぐに国外にテレポートします。

樋口紗夕
恋愛
公爵令嬢ヘレーネは王立魔法学園の卒業パーティーで第三王子ジークベルトから婚約破棄を宣言される。 ジークベルトの真実の愛の相手、男爵令嬢ルーシアへの嫌がらせが原因だ。 国外追放を言い渡したジークベルトに、ヘレーネは眉一つ動かさずに答えた。 「国外追放ですか? 承りました。では、すぐに国外にテレポートします」

お前は家から追放する?構いませんが、この家の全権力を持っているのは私ですよ?

水垣するめ
恋愛
「アリス、お前をこのアトキンソン伯爵家から追放する」 「はぁ?」 静かな食堂の間。 主人公アリス・アトキンソンの父アランはアリスに向かって突然追放すると告げた。 同じく席に座っている母や兄、そして妹も父に同意したように頷いている。 いきなり食堂に集められたかと思えば、思いも寄らない追放宣言にアリスは戸惑いよりも心底呆れた。 「はぁ、何を言っているんですか、この領地を経営しているのは私ですよ?」 「ああ、その経営も最近軌道に乗ってきたのでな、お前はもう用済みになったから追放する」 父のあまりに無茶苦茶な言い分にアリスは辟易する。 「いいでしょう。そんなに出ていって欲しいなら出ていってあげます」 アリスは家から一度出る決心をする。 それを聞いて両親や兄弟は大喜びした。 アリスはそれを哀れみの目で見ながら家を出る。 彼らがこれから地獄を見ることを知っていたからだ。 「大方、私が今まで稼いだお金や開発した資源を全て自分のものにしたかったんでしょうね。……でもそんなことがまかり通るわけないじゃないですか」 アリスはため息をつく。 「──だって、この家の全権力を持っているのは私なのに」 後悔したところでもう遅い。

お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます

菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。 嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。 「居なくていいなら、出ていこう」 この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし

【一話完結】断罪が予定されている卒業パーティーに欠席したら、みんな死んでしまいました

ツカノ
ファンタジー
とある国の王太子が、卒業パーティーの日に最愛のスワロー・アーチェリー男爵令嬢を虐げた婚約者のロビン・クック公爵令嬢を断罪し婚約破棄をしようとしたが、何故か公爵令嬢は現れない。これでは断罪どころか婚約破棄ができないと王太子が焦り始めた時、招かれざる客が現れる。そして、招かれざる客の登場により、彼らの運命は転がる石のように急転直下し、恐怖が始まったのだった。さて彼らの運命は、如何。

ネグレクトされていた四歳の末娘は、前世の経理知識で実家の横領を見抜き追放されました。これからはもふもふ聖獣と美食巡りの旅に出ます。

☆ほしい
ファンタジー
アークライト子爵家の四歳の末娘リリアは、家族から存在しないものとして扱われていた。食事は厨房の残飯、衣服は兄姉のお下がりを更に継ぎ接ぎしたもの。冷たい床で眠る日々の中、彼女は高熱を出したことをきっかけに前世の記憶を取り戻す。 前世の彼女は、ブラック企業で過労死した経理担当のOLだった。 ある日、父の書斎に忍び込んだリリアは、ずさんな管理の家計簿を発見する。前世の知識でそれを読み解くと、父による悪質な横領と、家の財産がすでに破綻寸前であることが判明した。 「この家は、もうすぐ潰れます」 家族会議の場で、リリアはたった四歳とは思えぬ明瞭な口調で破産の事実を突きつける。激昂した父に「疫病神め!」と罵られ家を追い出されたリリアだったが、それは彼女の望むところだった。 手切れ金代わりの銅貨数枚を握りしめ、自由を手に入れたリリア。これからは誰にも縛られず、前世で夢見た美味しいものをたくさん食べる生活を目指す。

没落した貴族家に拾われたので恩返しで復興させます

六山葵
ファンタジー
生まれて間も無く、山の中に捨てられていた赤子レオン・ハートフィリア。 彼を拾ったのは没落して平民になった貴族達だった。 優しい両親に育てられ、可愛い弟と共にすくすくと成長したレオンは不思議な夢を見るようになる。 それは過去の記憶なのか、あるいは前世の記憶か。 その夢のおかげで魔法を学んだレオンは愛する両親を再び貴族にするために魔法学院で魔法を学ぶことを決意した。 しかし、学院でレオンを待っていたのは酷い平民差別。そしてそこにレオンの夢の謎も交わって、彼の運命は大きく変わっていくことになるのだった。 ※2025/12/31に書籍五巻以降の話を非公開に変更する予定です。 詳細は近況ボードをご覧ください。

辺境伯家次男は転生チートライフを楽しみたい

ベルピー
ファンタジー
☆8月23日単行本販売☆ 気づいたら異世界に転生していたミツヤ。ファンタジーの世界は小説でよく読んでいたのでお手のもの。 チートを使って楽しみつくすミツヤあらためクリフ・ボールド。ざまぁあり、ハーレムありの王道異世界冒険記です。 第一章 テンプレの異世界転生 第二章 高等学校入学編 チート&ハーレムの準備はできた!? 第三章 高等学校編 さあチート&ハーレムのはじまりだ! 第四章 魔族襲来!?王国を守れ 第五章 勇者の称号とは~勇者は不幸の塊!? 第六章 聖国へ ~ 聖女をたすけよ ~ 第七章 帝国へ~ 史上最恐のダンジョンを攻略せよ~ 第八章 クリフ一家と領地改革!? 第九章 魔国へ〜魔族大決戦!? 第十章 自分探しと家族サービス

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。