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第五章 破滅を招くもの

398 海王:数多くの不安材料

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 ウルスを追いかけていたらしい男たちは、少し離れたところに駐めてあった蒸気機関の車、ああいや、この国では自動馬車と言うんだっけか? に乗り込んでどこかへと走り去った。
 特徴的な自動馬車だ。
 この国の自動馬車はとにかく派手で、ピカピカに磨かれた煙突が三本から五本ほどついているわ、客車部分に金箔を貼っているわと鳥の雄が羽根を競うような派手さがあるのだが、男たちの乗っていた自動馬車は、やや平たいシンプルな形で、煙突は黒塗りのものが一本あるだけだった。
 俺としては好感度が高い。

 車は大きな建物と壁の多い高級住宅街のような場所へと走り去り、そこで見失った。
 俺のいる場所は高いとは言え、塔の二階部分だ。たとえ目に魔力を乗せていてもあまり遠くまで詳細に見通すのは難しい。

 一方でウルスのほうは入った建物から出て来る様子は全くなかった。
 これはあれだな。
 一部の連中が使う、追手を撒くときの手法の一つ、通り抜けってやつだ。
 建物に入ったふりをして別の出口から出たのだろう。

「お待たせいたしました」
「お、もういいのか?」

 ベンチに座って窓からウルスのことを確認していたら、それなりに時間が経ったらしい。
 ッエッチが通信とやらを終えて戻って来た。

「まぁ伝言を保存してもらって届けてもらうだけですからね。基本は手紙とそう変わりません。私から出来ることは今のところここまでですね。あ、それと……」

 ッエッチが俺の手に見覚えのある財布を押し付けて来た。

「これを預かっておいてください」
「いや、これはお前の金だろ。今後何があるかわからないんだ。自分のものは自分で持っておいたほうがいい」
「何があるかわからないからこそです」

 ッエッチは微笑んだ。

「何か私たちに危機的状況が訪れたとして、それを解決出来るのは師匠やアルフたちでしょう。そしてその際に手元にお金があれば取れる手段も広がります。そうですね。これは私が自分の身を守るための投資とお考えください」
「言っていることはわからんでもないけどよ。金があれば取れる手段が広がるというのはッエッチも同じだろ。少しは持っていたほうがいいぞ」

 俺の言葉にッエッチは自分の服のボタンを示す。

「非常用の軍資金はまだ残っていますから」

 こいつは穏やかながら結構頑固だな。
 仕方ない。
 金はッエッチがあるべき場所に戻るまで預かっておくということで手を打たせてもらおう。
 実際今は全く資金がない状態だ。

「じゃあ、一応預かっておくが。必要になったら言えよ」
「はい」

 ウルスの様子も気になるし、俺たちは途中で持ち帰ることの出来る食べ物を仕入れて公園へと戻った。
 なんだかんだ言ったくせにこの買物でさっそくッエッチの財布が役に立ったことは言うまでもないだろう。
 ほんと、手持ちがないときに粋がっても無意味ってことだな。

 公園の入り口の守衛に公園内で火を使ってもいいか? と尋ねたら、野外で調理したり宿泊したり出来るエリアがあることを教えてもらった。
 専用の建物を利用すると料金が発生するが、それ以外は無料なのだそうだ。
 ついでにこの公園の成り立ちも聞いた。
 昔国に大きな貢献をした大金持ちがこの街でのんびり過ごすために作った庭園を一般開放したものなのだそうだ。
 世の中には理解を超える金持ちがいるもんだな。

 休憩場所としていた野外劇場の席では腹を空かせた子どもたちが待ちわびていた。
 俺たちを待たずに何か作るかどうか相談していたらしい。
 ダブらないでよかった。

「パンに野菜や肉を挟んだものを買って来たから食べよう。ウルスは戻ってるか?」
「さっき戻って来て、用を足して来るって言ってあっちへ行った。無料で利用出来る公衆トイレという施設があるんだって。何人か一緒に行ったみたい」

 俺の問いにメルリルが答える。
 公衆トイレというのは常設の野外便所なんだそうだ。
 そういう施設も無料で利用出来るってことはこの国はかなり豊かなんだな。

 とりあえず待つ間、水の魔具で手巾を湿らせて子どもたちの手を拭ってやる。
 メルリルと勇者たちと年長組とで手分けして子どもたちの世話を焼いていると、問題のウルスと、ネスさんとアカネとサギリの姉弟が戻って来た。
 すでに洗い場で手を洗って来たという彼らに食事を渡し、全員が食べているとこで今後の話をする。

「ウルス、信頼出来る相手とやらとは連絡はついたのか?」
「それが、忙しいらしくてな。確約を取り付けるのは無理だった。だが、うちの商会に連絡は出来たから明日には目処がつくと思う。そっちはどうだったんだ?」

 ウルスは戻って来たときに俺とッエッチが連れ立って出かけたということは聞いたらしいが、何をしに行ったのかは知らないはずだ。
 これは探りを入れているな。

「ああ、なんとか手持ちの物を売って少しは金にすることが出来たよ。だけど食料はともかく宿泊は厳しいかな。幸い守衛に聞いたところ、ここには野営用の施設があるらしいんで、ウルスのほうのアテが外れたんならそこを利用するのもいいかなと思っている」

 俺の言葉にッエッチはこちらに視線を動かしたが、特にリアクションは取らなかった。
 ほんと、頭がいい少年だ。

「ああ、キャンプ施設か。子ども時代利用したことがあったな」

 ウルスは懐かしそうに目をすがめて呟いた。
 うーん、ウルスの言動に悪意は感じられないんだが、どうも全部を信じて預けることが出来ない不安があるんだよな。
 申し訳ないがッエッチの金のことや通信のことはしばらく伏せさせてもらおう。

 軽い食事の後、全員でぞろぞろと野営施設とやらがあると聞いた場所に移動する。
 なんと言うか、総勢十七人もの人間がいっぺんに動くと目が届かないところがないか不安になるな。
 軍隊とか何千何百という人間を統率する連中はいったいどうしているんだろう。心から尊敬する。

「あの……」

 移動中に赤ん坊を故郷に残して来たネスさんが話しかけて来た。
 この人、もう子どもを産んでいるから大人っぽいんだが、年を聞いたら十九歳とか勇者と同い年でびっくりした。
 よく考えたら勇者が子どもっぽいだけの話のような気もする。

「どうしました?」
「私にあの子たちの面倒を見させてはいただけないでしょうか?」
「あの子たち、とは?」
「アカネちゃんとサギリくんです。同じ天杜あめもり出身ですし、あの子たち、少し、他人との交流が苦手なようなので……」
天杜あめもり出身と言えばあとブッカもいますが」
「もちろん、あの子をのけ者にするという意味ではありません。ただ、あの二人には誰か大人がついていたほうがいいと思うのです」

 アカネとサギリは合成魔獣キメラにされていた姉弟だ。
 そのときのショックが残っているのか、極端に口数が少なく、本来の年齢よりも幼く感じられる。
 そう言えばさっき一緒に便所に行っていたっけ。

「その、さきほどトイレに一緒に行ってましたよね」
「そうなんです。実はあの二人、着衣のまま出してしまっていて、それを誰にも伝えることが出来なかったみたいで……」

 なるほどネスさんの懸念がわかった。
 どうも俺はそういう細かいフォローがうまくないな。

「わかりました。お願いします。ほかの子どもたちにもそれとなく伝えて子ども同士でもフォロー出来るようにしておきましょう」
「ありがとうございます」

 ネスさんはホッとしたように笑顔になった。
 そういう顔をしていると、本来の年齢の若々しさが感じられるな。

 それにしても、ウルスのことも気になるし、子どもたちの精神的な疲労もそろそろ限界だろう。
 ッエッチは家に帰れそうだからいいとして、帰れない子たちはどうするかなぁ。
 こっちには教会もないし、魔人としてまた捕まったらせっかく逃したのに無意味になってしまう。
 そもそも東にあるはずの世界崩壊の兆しを探るための勇者一行の旅のサポートをするだけのはずだったんだが、……どんどん面倒事が増えている気がする。
 どうしてこうなった?
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