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第五章 破滅を招くもの
399 海王:公園のキャンプエリア
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「おお、立派な竈だな。こっちには水が出る洗い場もあるのか」
広々とした野外の料理場と洗い場に驚きを感じる。
さきほどまでいた野外劇場と同じで、ここも壁はないが屋根はあるので、雨が降っても使用出来るようになっていた。
まぁ雨が降ったら無理してでも宿泊施設を借りるしかないだろうが。
「こんにちは、もしかしてあの子どもさんたちの引率の方ですか?」
竈の確認をしていると、見知らぬ男性が声を掛けて来た。
背後には女性が一人と十歳前後の子どもたちが二人いる。
家族だろうか?
「ええ、そのようなものです」
「いいですね、私たちは家族ですが、クラブの仲間同士での合宿は、仲間意識が高まりますし、お互いの意外な面を知ってより深い付き合いになるきっかけにもなりますからね。私も若い頃は少年野外訓練クラブの仲間と合宿キャンプをしたものです。あの頃の仲間とは今も友人関係が続いているのですよ」
「は、はぁ……」
まずい言っていることが半分もわからない。
とりあえずこの男性も子どもの頃に集団野営をした経験があるということはわかったが。
野外訓練ということは軍隊の予備隊かなにかだろうか?
「あなた」
背後の女性がたしなめるような声を出す。
「あっ、はは、申し訳ない。つい思い出してしまって。実は私たちも今夜はここでキャンプをするのですよ。仲良くしていただけると嬉しいです」
「いや、こちらこそよろしくお願いします」
そうだ、ついでにいろいろ聞いてみるか。
「ちょっとお伺いしますが。この竈に使う焚き木はどこにあるのでしょうか?」
「ああ、管理棟がわからなかったのですね。ここからちょっと離れていますからね。そっちに小道があるでしょう?」
「あ、はい」
「その小道を右に行くと管理棟で、左に行くとバンガローがあります」
「ありがたい。助かりました」
「いえいえ。それでは私たちはこれからテントを張るので失礼しますね」
親切な家族が手を振って去って行く。
それを見送って、俺はウルスを探した。
ウルスは一人木に寄りかかって手元を覗き込んでいる。
あれはあの魔宝石か。
予知に集中しているならあまり動揺させないように声をかけないとな。
「……ウルス」
「ん? ああ、ダスターか」
ウルスはため息をついた。
「何か見えたか?」
「ん~、とりとめもない感じだな。だがまぁ家には戻れるようだ。ひと安心と言ったところか」
家……か。
「よかったら付き合ってくれないか? 管理棟とやらに焚き木があるらしい」
「お、そうだな。ああ、それとテントと毛布の貸し出しを頼もう。それぐらいなら金を調達出来たし」
「いいのか?」
「俺だって魔物じゃないぞ、あの子たちを可哀想だとは思っているんだ。よかったら身の振り方ぐらい考えてやると言ったのも本当の気持ちだ」
俺の言葉に何を感じ取ったのか、ウルスが言い訳がましいことを言う。
というか、自分自身でも自分を嫌な奴だと思っているのかもしれない。
「他人のことよりもお前自身が大丈夫か? 今日ッエッチと買い出しに出たときにお前を見かけたぞ。人に追われているようだったが」
「ちっ」
俺の問いにウルスは小さく舌打ちした。
「見られてたのか。言っただろう。俺はライバルに陥れられたんだってな。実は俺のとこの商会は海王独自の技術を開発提供している会社なんだ。技術を独占したい北冠の商会に目の敵にされていてな。しかもどうも俺の予知について知られちまったみたいなのさ」
「ああ、なるほどな。お前は自分の会社を予知で有利な立場にして儲けて来たって訳だ」
「……悪いか」
「いや、別に悪くはないが」
俺がそう答えると、意外だったのか少し目を見開いて肩を落とした。
「北冠の連中からしてみれば、魔人が力を使って自分たちの商売を邪魔しているということになる。そりゃあ目に仇にされることは最初からわかっていた。だから俺も早々に第一線から退いて会長職についていた訳だ」
「なぁ、あんたが予知を使えることを知っている人間は多いのか?」
「まさか、切り札だぞ? それに予知で仕事をしていると思われると信用にも響くからな。ほんの数人だけだ」
「誰があんたを売ったのかわかっているのか?」
俺の言葉にウルスは目を剥き、荒々しく答えた。
「おい、まさか俺の身内を疑っているのか?」
「じゃあどっからバレたんだよ」
「……あまりにも予想が当たるからおかしいと思った奴が密告したんだろう」
「ふーん」
これ以上は俺が外からどうこう言っても無駄だろう。
ウルスは信頼していた相手にしか能力を明かしていない。
信頼していた相手を疑うというのは痛みを伴うことだ。
理解していても、なかなかそこへ目を向けることが出来ない。
ましてや他人がそれを指摘すれば、怒りを覚えて、余計に庇うようになるだろう。
ウルス自身が解決するべき問題だが、残念なことにそこに全員の安全がかかっているとなるとこっちとしても考えるべきことがある。
それ以降は特に話すことなく、俺たちはテントと毛布と、ついでに大鍋を借りて、焚き木と食器類と芋を購入して戻った。
「役割分担は理解したか?」
「はーい!」
子どもたちから元気な声が上がる。
「じゃあ、テントを張る組、芋を剥く組、それぞれ取りかかれ!」
「おー!」
なんだかんだ言って楽しそうなのはいいことだ。
俺は大人数用に借りて来た鍋を竈に置いて水を注ぐ。
水の魔具を使えば簡単なのだが、水の魔具の水は味がないので料理に向いてないんだよな。
ここの洗い場の水を味見してみたんだが、硬すぎない甘味のある水だったのでこっちを使うことにした。
「何を作るんですか?」
ネスさんが尋ねて来る。
「管理棟でここで作ったという芋を格安で販売していたので、その芋と、悪くなりそうなので燻製肉を使い切ろうと思います。岩塩と薬味ペーストを使ってスープを作りましょう。人数が多いときはスープが一番です」
料理はメルリルとネスさんと俺が担当する。
「もったいないですね。燻製肉は焼いたほうが美味しいのに」
ネスさんが残念そう言う。
「まぁ焼いたら全員に配れるほどの量がないですからね」
「じゃあみんながお肉で喧嘩をしないように燻製肉は小さく切っておきますね」
「よろしく」
クスクスと笑うネスさんにナイフを渡して燻製肉の下処理を任せる。
「ダスター、私は?」
「メルリルは芋の皮むきを子どもたちに教えてやってくれ。ナイフが初めての子もいるからよろしくな。フォルテも危なくないように見ててやれよ」
「はい!」
「ピュイ!」
そんなこんなで野営の準備も終わり、暗くなる前に食事になった。
食事に取り掛かる前にさっき会った家族から果物の差し入れをいただいたので、お返しにチーズを一切れ渡すと、とても喜ばれた。
果物は子どもたちもフォルテも大喜びしていたのでありがたかったが、交換レートを考えると絶対俺たちのほうが得をしているんだよな。
申し訳ない。
遠慮をしない子どもたちと争うように晩飯を食い、仲のいい組み合わせで振り分けたテントに突っ込んで毛布を渡して眠らせる。
危険はないらしいのだが、俺は一応夜番をすることにした。
半分寝ていればある程度疲れも取れるからな。
だが、夜中に勇者が起きて来て、夜番を代わると言った。
「寝てていいんだぞ? ここは人に管理された場所だ。危険などない」
「なら師匠はどうして起きてるんだよ」
「俺は冒険者の性質ってやつさ。半分はどうしても起きているからな」
「ピャー、クー」
頭の上でフォルテがご機嫌で寝息を立てているのが唯一の障害である。
「師匠。ッエッチに聞いたんだが、あいつの国はどうも北の国々にそうとう腹を立ててるらしいぞ」
「ずいぶん仲良くなったんだな。そんな突っ込んだ話までしているのか?」
「ああ、あいつの名前はもう一つあって、そっちのほうが呼びやすいというのも聞いた」
「へえ」
「あいつ、水棲人との混血なんだってさ」
俺は驚いて勇者を見た。
そこまで立ち入った話をしているのか。
「べ、別にッエッチも隠してた訳じゃないんだぞ、話す機会がなかっただけで」
なぜか庇うようなことを言い出した。
仲がいいな。
「いや、それは構わないさ。プライベートに深く関わることを知る必要はないしな。それにしても、あまり水棲人っぽくはないな。と言っても俺も水棲人はあまり詳しく知らんが、隠れ里でちょっと見ただけだし」
「混血は片親の特徴が出やすいんだってさ。そのせいで平野人として問題なく暮らせるって言ってた」
「なるほどな」
勇者は眉をひそめて口をしばらくつぐむ。
やがて思い切ったように口を開いた。
「師匠俺はさ、危険な魔物から人間を助けるのが勇者なんだって思ってたんだ。でも、もし、人間同士の争いに関わることになったら、それは勇者と呼べるのかな?」
俺たちの国では勇者は政治に関わることを許されない。
もちろん国同士の戦争なんぞには絶対に参加させられない。
勇者は特定の人間に肩入れしてはならないからだ。
「ん~。難しいな。お前はさ、誰かが誰かをひどく苦しめていたらそれを止めたいと思うか?」
「それは当然思うぞ」
「相手を殺すことになっても? 盗賊なんかだったらそうなるよな」
「悪い奴は死ねばいいって思ってはいる。だけど、人を殺すことは簡単にものごとを解決しようとすることだとは承知はしているぞ」
俺は改めて勇者を見る。
ここにいるのは人々の勝手な理想を詰め込まれて勇者にさせられた、まだ大人になりきれない一人の青年だ。
「冒険者は現実主義者が多い。理想を追う奴は愚か者だと言われる」
「……ああ」
「でもな、誰もが心の奥では理想が叶ったらいいと思ってはいるんだ。綺麗ごとで生きられるならそのほうがいい」
「……そうかな」
「無理をする必要はないさ。お前は勇者である前に一人の人間でもある。俺からしてみれば前途ある若者の一人だな。勇者にこだわる必要はない。真の勇者になれとか言っておいてなんだがな。……そうだな。どうしても何かを選ぶ必要があるときは、お前がカッコイイと思うほうを選べばいいさ」
雰囲気が重くなりかけたので、俺はわざと笑いながらそんな風に言った。
「……格好いいほう」
勇者は面食らったような顔をした後になにやら悩むように膝の間に頭を突っ込むと、しばらくして寝息を立て始める。
お前、夜番の交代に来たんだよな?
「うくくっ……」
なぜだかわからないが、ツボに入ったらしい。
俺はそれからしばらく笑い続け、笑いすぎて腹が痛くなってしまったのだった。
広々とした野外の料理場と洗い場に驚きを感じる。
さきほどまでいた野外劇場と同じで、ここも壁はないが屋根はあるので、雨が降っても使用出来るようになっていた。
まぁ雨が降ったら無理してでも宿泊施設を借りるしかないだろうが。
「こんにちは、もしかしてあの子どもさんたちの引率の方ですか?」
竈の確認をしていると、見知らぬ男性が声を掛けて来た。
背後には女性が一人と十歳前後の子どもたちが二人いる。
家族だろうか?
「ええ、そのようなものです」
「いいですね、私たちは家族ですが、クラブの仲間同士での合宿は、仲間意識が高まりますし、お互いの意外な面を知ってより深い付き合いになるきっかけにもなりますからね。私も若い頃は少年野外訓練クラブの仲間と合宿キャンプをしたものです。あの頃の仲間とは今も友人関係が続いているのですよ」
「は、はぁ……」
まずい言っていることが半分もわからない。
とりあえずこの男性も子どもの頃に集団野営をした経験があるということはわかったが。
野外訓練ということは軍隊の予備隊かなにかだろうか?
「あなた」
背後の女性がたしなめるような声を出す。
「あっ、はは、申し訳ない。つい思い出してしまって。実は私たちも今夜はここでキャンプをするのですよ。仲良くしていただけると嬉しいです」
「いや、こちらこそよろしくお願いします」
そうだ、ついでにいろいろ聞いてみるか。
「ちょっとお伺いしますが。この竈に使う焚き木はどこにあるのでしょうか?」
「ああ、管理棟がわからなかったのですね。ここからちょっと離れていますからね。そっちに小道があるでしょう?」
「あ、はい」
「その小道を右に行くと管理棟で、左に行くとバンガローがあります」
「ありがたい。助かりました」
「いえいえ。それでは私たちはこれからテントを張るので失礼しますね」
親切な家族が手を振って去って行く。
それを見送って、俺はウルスを探した。
ウルスは一人木に寄りかかって手元を覗き込んでいる。
あれはあの魔宝石か。
予知に集中しているならあまり動揺させないように声をかけないとな。
「……ウルス」
「ん? ああ、ダスターか」
ウルスはため息をついた。
「何か見えたか?」
「ん~、とりとめもない感じだな。だがまぁ家には戻れるようだ。ひと安心と言ったところか」
家……か。
「よかったら付き合ってくれないか? 管理棟とやらに焚き木があるらしい」
「お、そうだな。ああ、それとテントと毛布の貸し出しを頼もう。それぐらいなら金を調達出来たし」
「いいのか?」
「俺だって魔物じゃないぞ、あの子たちを可哀想だとは思っているんだ。よかったら身の振り方ぐらい考えてやると言ったのも本当の気持ちだ」
俺の言葉に何を感じ取ったのか、ウルスが言い訳がましいことを言う。
というか、自分自身でも自分を嫌な奴だと思っているのかもしれない。
「他人のことよりもお前自身が大丈夫か? 今日ッエッチと買い出しに出たときにお前を見かけたぞ。人に追われているようだったが」
「ちっ」
俺の問いにウルスは小さく舌打ちした。
「見られてたのか。言っただろう。俺はライバルに陥れられたんだってな。実は俺のとこの商会は海王独自の技術を開発提供している会社なんだ。技術を独占したい北冠の商会に目の敵にされていてな。しかもどうも俺の予知について知られちまったみたいなのさ」
「ああ、なるほどな。お前は自分の会社を予知で有利な立場にして儲けて来たって訳だ」
「……悪いか」
「いや、別に悪くはないが」
俺がそう答えると、意外だったのか少し目を見開いて肩を落とした。
「北冠の連中からしてみれば、魔人が力を使って自分たちの商売を邪魔しているということになる。そりゃあ目に仇にされることは最初からわかっていた。だから俺も早々に第一線から退いて会長職についていた訳だ」
「なぁ、あんたが予知を使えることを知っている人間は多いのか?」
「まさか、切り札だぞ? それに予知で仕事をしていると思われると信用にも響くからな。ほんの数人だけだ」
「誰があんたを売ったのかわかっているのか?」
俺の言葉にウルスは目を剥き、荒々しく答えた。
「おい、まさか俺の身内を疑っているのか?」
「じゃあどっからバレたんだよ」
「……あまりにも予想が当たるからおかしいと思った奴が密告したんだろう」
「ふーん」
これ以上は俺が外からどうこう言っても無駄だろう。
ウルスは信頼していた相手にしか能力を明かしていない。
信頼していた相手を疑うというのは痛みを伴うことだ。
理解していても、なかなかそこへ目を向けることが出来ない。
ましてや他人がそれを指摘すれば、怒りを覚えて、余計に庇うようになるだろう。
ウルス自身が解決するべき問題だが、残念なことにそこに全員の安全がかかっているとなるとこっちとしても考えるべきことがある。
それ以降は特に話すことなく、俺たちはテントと毛布と、ついでに大鍋を借りて、焚き木と食器類と芋を購入して戻った。
「役割分担は理解したか?」
「はーい!」
子どもたちから元気な声が上がる。
「じゃあ、テントを張る組、芋を剥く組、それぞれ取りかかれ!」
「おー!」
なんだかんだ言って楽しそうなのはいいことだ。
俺は大人数用に借りて来た鍋を竈に置いて水を注ぐ。
水の魔具を使えば簡単なのだが、水の魔具の水は味がないので料理に向いてないんだよな。
ここの洗い場の水を味見してみたんだが、硬すぎない甘味のある水だったのでこっちを使うことにした。
「何を作るんですか?」
ネスさんが尋ねて来る。
「管理棟でここで作ったという芋を格安で販売していたので、その芋と、悪くなりそうなので燻製肉を使い切ろうと思います。岩塩と薬味ペーストを使ってスープを作りましょう。人数が多いときはスープが一番です」
料理はメルリルとネスさんと俺が担当する。
「もったいないですね。燻製肉は焼いたほうが美味しいのに」
ネスさんが残念そう言う。
「まぁ焼いたら全員に配れるほどの量がないですからね」
「じゃあみんながお肉で喧嘩をしないように燻製肉は小さく切っておきますね」
「よろしく」
クスクスと笑うネスさんにナイフを渡して燻製肉の下処理を任せる。
「ダスター、私は?」
「メルリルは芋の皮むきを子どもたちに教えてやってくれ。ナイフが初めての子もいるからよろしくな。フォルテも危なくないように見ててやれよ」
「はい!」
「ピュイ!」
そんなこんなで野営の準備も終わり、暗くなる前に食事になった。
食事に取り掛かる前にさっき会った家族から果物の差し入れをいただいたので、お返しにチーズを一切れ渡すと、とても喜ばれた。
果物は子どもたちもフォルテも大喜びしていたのでありがたかったが、交換レートを考えると絶対俺たちのほうが得をしているんだよな。
申し訳ない。
遠慮をしない子どもたちと争うように晩飯を食い、仲のいい組み合わせで振り分けたテントに突っ込んで毛布を渡して眠らせる。
危険はないらしいのだが、俺は一応夜番をすることにした。
半分寝ていればある程度疲れも取れるからな。
だが、夜中に勇者が起きて来て、夜番を代わると言った。
「寝てていいんだぞ? ここは人に管理された場所だ。危険などない」
「なら師匠はどうして起きてるんだよ」
「俺は冒険者の性質ってやつさ。半分はどうしても起きているからな」
「ピャー、クー」
頭の上でフォルテがご機嫌で寝息を立てているのが唯一の障害である。
「師匠。ッエッチに聞いたんだが、あいつの国はどうも北の国々にそうとう腹を立ててるらしいぞ」
「ずいぶん仲良くなったんだな。そんな突っ込んだ話までしているのか?」
「ああ、あいつの名前はもう一つあって、そっちのほうが呼びやすいというのも聞いた」
「へえ」
「あいつ、水棲人との混血なんだってさ」
俺は驚いて勇者を見た。
そこまで立ち入った話をしているのか。
「べ、別にッエッチも隠してた訳じゃないんだぞ、話す機会がなかっただけで」
なぜか庇うようなことを言い出した。
仲がいいな。
「いや、それは構わないさ。プライベートに深く関わることを知る必要はないしな。それにしても、あまり水棲人っぽくはないな。と言っても俺も水棲人はあまり詳しく知らんが、隠れ里でちょっと見ただけだし」
「混血は片親の特徴が出やすいんだってさ。そのせいで平野人として問題なく暮らせるって言ってた」
「なるほどな」
勇者は眉をひそめて口をしばらくつぐむ。
やがて思い切ったように口を開いた。
「師匠俺はさ、危険な魔物から人間を助けるのが勇者なんだって思ってたんだ。でも、もし、人間同士の争いに関わることになったら、それは勇者と呼べるのかな?」
俺たちの国では勇者は政治に関わることを許されない。
もちろん国同士の戦争なんぞには絶対に参加させられない。
勇者は特定の人間に肩入れしてはならないからだ。
「ん~。難しいな。お前はさ、誰かが誰かをひどく苦しめていたらそれを止めたいと思うか?」
「それは当然思うぞ」
「相手を殺すことになっても? 盗賊なんかだったらそうなるよな」
「悪い奴は死ねばいいって思ってはいる。だけど、人を殺すことは簡単にものごとを解決しようとすることだとは承知はしているぞ」
俺は改めて勇者を見る。
ここにいるのは人々の勝手な理想を詰め込まれて勇者にさせられた、まだ大人になりきれない一人の青年だ。
「冒険者は現実主義者が多い。理想を追う奴は愚か者だと言われる」
「……ああ」
「でもな、誰もが心の奥では理想が叶ったらいいと思ってはいるんだ。綺麗ごとで生きられるならそのほうがいい」
「……そうかな」
「無理をする必要はないさ。お前は勇者である前に一人の人間でもある。俺からしてみれば前途ある若者の一人だな。勇者にこだわる必要はない。真の勇者になれとか言っておいてなんだがな。……そうだな。どうしても何かを選ぶ必要があるときは、お前がカッコイイと思うほうを選べばいいさ」
雰囲気が重くなりかけたので、俺はわざと笑いながらそんな風に言った。
「……格好いいほう」
勇者は面食らったような顔をした後になにやら悩むように膝の間に頭を突っ込むと、しばらくして寝息を立て始める。
お前、夜番の交代に来たんだよな?
「うくくっ……」
なぜだかわからないが、ツボに入ったらしい。
俺はそれからしばらく笑い続け、笑いすぎて腹が痛くなってしまったのだった。
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