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第五章 破滅を招くもの

400 海王:襲撃

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 夜明け前に勇者を殴って起こす。

「ししょう……よばん……」

 ぼーっとしながら何かむにゃむにゃ言っていたのを引っ張って行って割当てのテントに戻した。

「ありがとうございます」
「起きてたのか」

 勇者のテントには聖騎士とッエッチが一緒に割当てられていて、ッエッチは毛布を被って寝ているが、聖騎士はずっと起きていたようだった。
 しゃっきりとした様子でテントの入り口で待ち受けていた。

「私もご一緒すると申し出たのですが、いいと言われたので」
「なら寝てればいいだろうに、律儀だな」
「主の意向に応えるのも、主をお待ちするのも騎士の誉ですから」
「やれやれ、ほら、アルフ、なんか言ってやれよ」
「クルスは生真面目なんだよ。聖騎士だからな」
「はい」

 まぁ本人が満足そうだからいいけどな。
 俺には主持ちの気持ちとかはよくわからん。
 だが、まぁ聖騎士はそもそも騎士になりたかったんだろうし、これはこれで一つの幸福ってやつなのかもしれないな。

 三人のテントから離れて周囲を見る。
 夜明け前だが、既に太陽の影響を受けて空は明るい。
 前途を祝福しているようでもあり、警告しているようでもあった。

 軽く朝食を取ると、昨日親切にしてもらった家族に全員がお礼を言って公園を後にする。

「国内線の列車に乗り換えて東の港街に向かう」

 ウルスが言った。

「そこが我がイズー商会の本社がある場所だ。そこでなら俺の権限が大きいからいろいろ便宜を計ることも出来る」
「列車の料金はかなりになるんだろう? 大丈夫か?」
「国際線と比べて国内線は格安なんだ。子どもは大人の半額で乗車出来るしな」 
「へえ、サービスがいいな」
「当然だ。我が海王は貴族とかの特権階級のいない民衆の国だ。全ての法が民のためにある」
「特権階級がいないというのは言い過ぎではありませんか?」

 ウルスの自慢げな説明にッエッチが口を挟んだ。

「あなたがたの自治区にはそれぞれその地の名士がいて、指導者に選ばれるのはほぼ必ずその家の人間と聞いています。貴族とほとんど変わらないではありませんか?」
「ほとんど、だろ。そりゃあ政治には金が必要だから金持ちが中心になるのは仕方のない話だ。坊やだってそこらへんはわかっているんじゃないか?」
「それは、そうですけど」
「重要なのは、ちゃんと民衆が口出しすることが出来る制度があるってことなんだよ。この東部六国のなかで我が国だけに選挙がある。変化の期待出来ない他国とはものが違うんだよ」

 ウルスは自信満々ッエッチの指摘を退けた。
 ッエッチは不満気だが、ウルスの言葉に言い返すことはしないようだ。

「ウルス、お前、大人気なくないか?」
「あ? そのひよっこはもう十分大人だろ。それ相応に扱ってやっているんだよ。ダスター、あんたのほうが過保護だと俺は思うね。人は十四、五になれば自立出来る。自分の言葉に責任を持つのは当然だろ」
「俺はそういう突き放した理屈は好きじゃないんだ。経験の足りない子どもたちをいきなり今日から大人だと放り出して死なせる連中にはずっとムカついて来たからな。まぁでも確かに自分の言葉に責任を持つべきというあんたの言い分は正しいよ」

 俺はウルスのしたり顔を横目にッエッチに目をやった。

「すみません」
「いや、謝るようなことじゃないだろう。お前とウルスの考え方が違うってだけだろ。世の中をいろんな角度で見れるってのは一つの才能さ。俺はそういう奴が大きなことをやり遂げるんだと思うよ」

 そう言って、背中を軽く押してやる。
 ッエッチはびっくりしたように俺を見て、少しはにかんだように微笑んだ。

「私が大きなこと成し遂げるように見えますか?」
「ああ。俺からしたら眩しいぐらいだ」
「師匠、俺は!」

 今度は横から勇者が話に入って来た。
 そういうところが子どもっぽいんだぞ?

「お前は大きなことを成し遂げないといけないんだろうが! 見えるとか見えないとかそういう問題じゃねえよ」
「いや、師匠から見た感じでどうなんだってことをさ」
「俺の目が神さまより優れてる訳ねーだろ。……まぁ大物だよ、お前は」

 仕方なく言ってやると、ふふんと胸を張ってッエッチを伴って集団の先にさっさと歩いて行く。
 お前ら行き先わかってるのか?

「はぁ」
「あー確かにお前の言う通り、まだ大人扱いしていい連中じゃねえなあいつらは」

 ウルスが同情するように言ったのだった。
 うるさいわ。

 さて、国内線の駅とやらに到着したが、ここまでウルスを追っていた連中の姿は見えなかった。
 ウルスが向かう先をはっきりと知っているなら俺でもリスクの大きい街中での襲撃は避けるだろう。

「ミュリア、すまん」
「きゃ、はい?」

 物珍しげに駅のなかをキョロキョロ見回していた聖女に話しかけたら驚かれてしまった。

「脅かしてすまんな。もし何かアクシデントがあったら子どもたちを中心に守って欲しい。ネスさん以外の大人は自分のことは自分で出来るからな。ネスさんは双子にかかりっきりだし、子ども組と行動を共にするだろうし」
「……わかりました。お師匠さまは何かが起きるとお思いなのですね?」
「はっきりとはわからないが、トラブルメーカーがいるからなぁ」

 俺はちらりとウルスを見た。
 現地の人間なのだから頼りになるはずなんだが、物事を悪化させる種火となりそうな予感しかしない。

「もし何かあったらウルスの言っていた『渦潮うずしお』という街の駅で待ち合わせしよう。乗車券は持っているな? これはッエッチから預かった金だ。ミュリアに預けておく。何かあったら勇者とッエッチと相談して方針を決めるようにしてくれ。勇者からは絶対に離れるな。あいつが勝手なことをしようとしたら弱き者を助けるのが勇者だろうと脅してやれ」

 俺の言葉に聖女は不安そうな顔になったが、すぐに微笑んでみせた。

「わかりました。そのときはわたくしが具合が悪い振りをして引き止めます」
「さすが俺たちの聖女さまだ頼りになるな」

 横でごほんと咳払いが聞こえる。

「私も聞いてるんだけど」
「テスタは絶対にミュリアを守るだろ?」
「当然」
「なら別に言うべきことはないさ」

 モンクはニィッと笑うと、グローブに包まれた拳と拳を打ち合わせる。

「東方の連中は生白いからもの足りないけどね」
「いや、大立ち回りをしろって話じゃないからな?」

 一気に不安になって来たぞ。

「私はダスターと一緒に行くから!」

 メルリルがぎゅっと腕にしがみついて来る。
 うーん、正直メルリルも勇者一行と一緒に行動して欲しかったんだが、まぁ今更か。

「わかってる。頼りにしてるさ」
「はい!」
「ピャッ!」
「お前も頼りにしてるぞ。だから髪を引っ張るな! イテェだろうが!」

 周囲にいる人間のほとんどに魔力がないので、気配を感じることは出来ない。
 しかし、視線や流れに逆らう動きというものはどうしたって目立つものだ。

「おい、ウルス。なにか見えないか?」

 俺はウルスに歩み寄り、子どもたちから距離を取るように誘導する。

「ん? わかるか? 嫌な予感がしてるんだよな。今朝石を見てたんだが、真っ暗な場所にいる自分が見えたよ。棺桶かな?」

 ウルスはそう言ってハハハと笑った。
 笑いごとじゃないだろうが。

「家には帰れるんだろう?」
「ああ、そっちははっきりとした予知だった。そこは大丈夫だ。だからまぁそんなに心配していないんだが」

 ふいに、バシッ! という何かが破裂したような音が響いた。
 俺はとっさにウルスの腕を掴んで転がる。

「メルリル!」
「大丈夫!」

 子どもたちのほうを見ると、こっちへ来ようとしている勇者を聖女が説得しようとして、その隙にモンクが勇者の脇腹に拳を叩き込んで無力化してしまった。そして半ば担がれるように勇者は引きずられて行く。
 聖女の回復があるとは言え、あれは痛そうだな。
 子どもたちはッエッチとミハルと聖騎士が周囲を囲んで乗り場のほうへと誘導している。

 よし、大人数を庇いながら敵を迎撃するという最悪の事態は免れたようだ。
 さてさて、相手の狙いはまぁウルスだろうが、生かしたまま捕らえたいのか、殺したいのか、それによって対応が変わって来るぞ。
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