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第五章 破滅を招くもの

439 死闘

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 振動している地面の上を走るのは思っていたよりも辛い。

「きゃあ!」
「ミュリア!」

 普通に転がるよな。
 抱えたままではどうにもならないので聖女とモンクも、そしてメルリルも一緒に走っていたが、さすがに無理があるようだった。

「ミュリア、テスタ、すまないがメルリルと一緒に結界のなかでしのいでいてくれ! 奴の動きが止まったら援護を頼む!」

 勇者が聖女達に頼む。
 この先、仲間を庇いながら戦うことは出来ないという判断だろう。

「っ、そんな! ……いえ、わかりました。ご武運を!」
「おう、まぁすぐに大人しくさせてやるから待ってろ!」

 頼もしいな。
 勇者らしくて頼りになるぞ!
 というかこの状態で魔力もなしに俺たちについて来ている聖騎士も凄い。
 俺はこのメンバーの足手まといにならずに戦えるのか?
 不安しかないぞ。

「師匠、例の技で胴体をぶった切れないか?」

 勇者がいきなり無茶振りして来た。

「無理だ、体も意識も全く安定しないし。それに……」

 言い淀んだ俺を勇者が見つめる。

「この、天守山の主とやらの体のなかに、底なしの闇のようなものを感じる。あらゆる攻撃が吸い込まれてしまいそうで、断ち切れるイメージが湧かない」
「ちぇ、楽をしようとしても駄目か」

 俺の言葉を勇者が軽口で返して来た。
 今の情報も敵に怯える理由にはならないのだろう。

「一応『星降りの剣』なら斬れるかもしれないんだが、胴体じゃ大してダメージにならないかもしれないしな。頭を拝むまで出し惜しみをしておく」
「あ、それいいな。俺も出し惜しみするぜ!」
「お二人は余裕ですね」

 聖騎士が呆れたように言った。
 いやいや、魔力ないのに揺れを相殺するように駆けているお前さんの動きも凄いよ。

「まぁ悲嘆に塗れながら戦うというのも格好悪いしな」

 俺は強がってそう答える。
 勇者は足場を最小限にしてバランスを取る訓練がさっそく活かされた形だ。
 地面が揺れ動こうとびくともしていない。
 一緒にいて頼もしさまで感じる。

 俺は必死で魔力操作をして駆け抜けているので実際は余裕なんぞないんだがな。

「師匠の言う通りだ。たかだかヘビの化物が少しデカくなっただけだろ。こんなのを恐れる理由がないな」

 勇者がちょっと調子に乗って笑い飛ばした。
 調子に乗りやすいのが勇者の問題点だが、こういう場合には士気が上がるので前向きな発言はありがたい。

「あー、前にデカいヘビと戦いましたよね」
「お、そう言えば昔山越えするときにそんなのがいたなぁ」

 ん~君たちちょっと気を抜き過ぎじゃないですかね。
 全く敵を怖れないのはいいが、気を抜きすぎるのもマズいぞ。
 適度な緊張感は持っておいたほうがいい。

「気を引き締めろ! そろそろ山頂近くのようだぞ」

 全てを白く覆っていた朝霧が太陽の光に追われて散って行く。
 その日の光に照らされて、山のシルエットが浮かび上がった。
 山頂にて光を弾いているのは、尖った山の頂きではなく、ひどく人じみた顔を持つ巨大は蛇の頭だった。

『ほう、ここまで来るとは。それなりに力があるようだな。いいぞ。近頃は新鮮味のある食事が取れなくて味気ない思いをしていたものよ。小さくとも、中身が詰まっているのなら食べ甲斐もある』
「けっ、誰がお前などの飯になるか! 勇者アルフがその傲慢を討ち取ってみせる!」
『ほう、勇者を名乗るか。クァッハッハッ! 活きがいいな。その物怖じのなさに免じて我も名乗ろうぞ。我が名はシンイチロウ・アカガネ。この世界では意味なき名ではあるが、我の唯一残った証でもあるものだ。光栄に思うがいい』
「思うかクソ野郎!」

 勇者の口が汚い。

 しかし待て、アカガネだと? 何か聞き覚えのある響きだ。
 この世界では珍しい……そうか、勇者の名前だ。
 アルフの正式な名は確か、……アルフレッド・セ・ピア・アカガネだったか? 
 偶然か? いや、こいつはこの世界と言った。
 ということはもしかして初代の勇者と同じ世界から来たのかもしれない。
 勇者の名前は初代勇者から引き継がれている。
 初代勇者は異界から魂のみを呼んだんだったか。
 その世界の名前がアカガネ? 異界では誰もが名乗る名前なのだろうか?

『愚か者め!』

 巨大な頭が恐ろしいスピードで動いた。
 魔力を込めた目で追えるギリギリだ。
 追えるだけで俺には避けることすら出来ない。

「破邪!」

 勇者が迫る牙を弾き返す。
 突進と共に吹きかけられた禍々しい気も、勇者の剣が大半を吹き飛ばした。
 だが、大半が吹き飛ばされたにもかかわらず、その禍々しい気が体から熱を奪う。

「ぐぅっ、クルス、大丈夫か?」
「いや、さすが天上の戦い。凡人たる私の付け入る余地はなさそう、です、ね」

 真っ青になりながら、聖騎士が強がって笑った。
 実際、これは俺たちにどうこう出来る戦いじゃなさそうだ。
 勇者の足を引っ張らないようにしないとな。

「ピャッ!」

 そのとき、自分を忘れるな! という激しい憤りの感情と共に、フォルテが俺のなかに入った。
 あ、いや、忘れていた訳じゃないぞ。

 その途端、周囲の全てに対する認識が書き換わる。
 俺は思わずくらりとして膝をついた。

「ダスター殿!」
「いや、大丈夫。ただの人間が神に挑もうって言うんだ。少々無茶ぐらいしないとな」

 これまで、俺はフォルテを完全に受け入れたことはなかった。
 それはフォルテの存在があまりにも異質すぎたからだ。
 一種の力として受け入れることは可能でも、その存在全てを受け入れてしまえば、俺自身の在り方すら変わってしまいそうで、恐ろしかったのだ。

 だが、今はそうも言っていられない。

「ふうううううう!」

 身体が燃えるように熱い。
 背中に、人間にはあるはずのない羽根の感触があり、俺はそれを使うことが出来る。

『面白い、面白いな! 小さな羽虫に過ぎぬとも見るべきものはある。だが、そういう強者が絶望に沈んでこそ、我の楽しみもあるというものよ』

 ゴゴゴゴゴゴッ! ともの凄い地鳴りが響き、山の全ての表面から蛇体が解けるように宙に舞った。
 一つ一つが山のような蛇体の一部が単純な物量で俺たちを押しつぶさんとする。
 小手先では全く対処のしようがない攻撃だった。

「クルス!」
「私のことは構わないでください! 信じた正義を貫くのが勇者なのですから!」

 まるでボール遊びのように何度も弾き飛ばされた聖騎士がぐしゃりと地面に叩きつけられる。
 まさか死んで……いや、聖騎士はちゃんと大盾を構えていた。
 あの盾はドラゴンの鱗で出来ている。なまなかなことでは破壊されることはない。
 それに聖騎士の装着している装備のかなりの部分がドラゴン素材製だ。
 たやすくあの守りを貫ける攻撃は有り得ない。

「きさま! 人をもてあそぶのもいいかげんにしろ! きさまのせいでどれだけの人間の人生が狂わされたか! どれだけの人間が無残に死んで行ったか。その無念を我が剣に込めて貴様に味あわせてやる!『神無かみなり轟け! 我が剣に!』」

 勇者の全身が光輝く。
 細く青白い光の線が縦横無尽に広がった。
 そして、邪神に真っ直ぐ突っ込んで行く。

『愚か! どれだけ強い攻撃だろうと見えているものは防ぐことが出来る!』

 バリバリバリッ! と、天地を光の柱が貫いた。
 何かが焼けたような臭いが広がり、強い光に眩んだ目がなかなか回復しない。

「っつ!」

 やっと光が収まったなかに見た光景はまさに絶望。
 空に足場を作る力を失った勇者が落下して行き、巨大な邪神はほぼ無傷のように見えた。

「うそ……だろ?」
『なになに、楽しそう! 僕も混ぜて!』

 気力が根こそぎ奪われたような気分のところに、無邪気で楽しげな声が飛び込んで来た。
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