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第六章 その祈り、届かなくとも……
459 奇跡はいつも起こるべくして起こるのだ
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「次!」
「っ、剣など抜かせなければなんとういうこともない!」
実体化した巨大な角を持つシカのような精霊が恐ろしい速度で突進して来る。
「ピャウ」
それをフォルテが翼のひと打ちでかき消した。
同時に俺が相手の身体から精霊を剥がす。
「次!」
「極限まで鍛え上げたこの肉体は、精霊に頼り切ったものではないぞ!」
男が構えると、身につけていた服がビリビリと千切れ飛ぶ。
大変見苦しい。
これなら最初から上半身を脱いでいる鷹のダックのほうがマシだろう。
その言葉通り「星降り」の剣で精霊を切り離した後も全くその力強さが失われることはなかった。
俺はさっと身を躱すと、剣の柄で見苦しい姿の男の顎を打ち上げる。
この部分だけは鍛えようがないからな。
男はドサリと倒れた。
「次!」
「これならどうだ!」
じゃらりと金属で編まれた紐を手にした男は、その紐の端にある先の尖った硬そうな金属の塊を振り回した。
そして舞台のギリギリから攻撃して来る。
なかなか工夫された中距離用の武器だ。
「ピャ!」
それを躱すとフォルテが足下に注意するように呼びかけて来た。
相手の武器を避けた場所に、いきなりぼこりと穴が開く。
落とし穴だ。
なるほど土の精霊の加護か。
俺はフォルテの力で半分浮いたような状態で剣を振るって精霊を引き剥がした。
「なんと!」
「次!」
舞台を眺める両方の崖の上で、各部族の者達が理解が追いついていないといった顔で一連の戦いを眺めている。
「つ、次は……夜の月」
順番を決める巫女達は戸惑いながらも次に決まった部族を読み上げた。
というか、この戦い、本来は勝ち抜き制ではなくてランダムにぶつかり合って、残った者同士をまた組み合わせるという方式らしいのだが、勝ち抜き戦にして俺の疲れを待つという形に誰かが変えたらしい。
俺としてはそのほうが面倒がなくていいけどな。
「我が部族は棄権する!」
「な、なんだと!」
「祭事をないがしろにするのか!」
次の相手らしい戦士が棄権を申し出る。
他の部族のお偉いさんらしい連中がその戦士を罵倒した。
その罵倒に小揺るぎもせずに戦士は続ける。
「負けるのはいい。戦いで死ぬのも仕方のないことだろう。しかし精霊紋を絶たれるのは我らにとっては部族の生命線を絶たれるのと同じこと。精霊紋の引き継ぎも出来ず豊かな地で暮らせないなら我らは滅びるしかない。我が力は部族の繁栄のためのもの。精霊も許してくれるはずだ!」
「なんと身勝手な!」
「お待ちを!」
棄権した戦士を罵る者達を年老いた巫女が止めた。
「神聖なる戦いでは勝負は戦士の間にて決するのが決まり。その者の棄権を認めるかどうかは対戦者に委ねられる。異邦の戦士よ、あれなる戦士の棄権を認めるか、否か?」
そう尋ねられた。
俺は棄権を申し出た戦士を見る。
俺より少し若いぐらいか。
おそらく家族持ちだろう。
神聖な戦いを棄権するのがどういう意味を持つのか俺にはわからないが、大変な決断と言える。
「認める。あの者は戦士として正しい判断をした。俺は彼を尊敬する」
周囲から「おお……」と、唸るような声が響いた。
棄権した戦士が膝を突き、両手を前に突き出して俺に向かって頭を垂れる。
「異邦の戦士よ。正しい判断とはなんぞや?」
白ひげの老人がどこか楽しげに俺に尋ねた。
この爺さん食わせ者だな。
「力を持つ者が、何のために力を得たのかということだ」
「ふむ。あの者は部族の繁栄と答えたな。だが、ここで戦った誰もが同じではないか? 彼らは部族の代表としておのが部族の繁栄のために戦ったのだよ」
「少し違うな。これは他者から奪うための戦いだ」
「ほう……」
白ひげの老人はますます楽しげに尋ねた。
「そなたがそうしているようにか?」
「そうだ。他者から奪う者はいつか他者から奪われる。当たり前のことだろう?」
「ふむ……精霊の力は奪い合いに使うものではないと言われるか?」
「精霊の力は世界の命脈の力でもある。言うなればこの世界を支えるエネルギーだ。それを借りていながら、世界を変えるでも自分たちの暮らしを変えるでもなく、単に欲望のために争う力として使う。愚かに過ぎるだろ」
「ふむ……」
白ひげの老人は何やら深くうなずいて、膝を突いた。
「我らの愚かさをお諌めに参られたか。若者を苦しませ続ける不甲斐ない年寄りをお叱りくださりありがとうございます」
おいおい。
そういうのはやめろ。
崇め奉られるのはごめんだぞ。
「く、口ではなんとでも言える! だがこの貧しい荒野で暮らすには、どうしても選別が必要なのだ! そも、風舞う翼こそが、十年以上も豊かな聖地を独占して、ぬくぬくと暮らしていたではないか!」
やせ細った老人が憎々しげに怒鳴った。
周囲にも彼に同調する雰囲気がある。
「だから年若い巫女を騙して、強き戦士に毒を盛ったか?」
俺の言葉に、一瞬やせ細った老人とその周囲のいくつかの部族が怯んだ。
なるほどあいつらか。
「そうか、とうとうそんな愚かしいことが起きてしもうたか……」
白いひげの老人ががっくりと肩を落とす。
「そ、そんなよそ者の言葉を信じるのか?」
痩せた老人が自身にかけられた疑惑を振り払うように白いひげの老人を責めた。
「黙るのだ」
白ひげの老人が静かに発した言葉に、ざわざわとしていた者達がシンと静まった。
「この大祭礼では強き者こそが正しい。それが精霊のおぼしめしじゃ。もし不満があるのならそなたがかの戦士と戦うがよい」
「そ、そんな……」
「それにの、みな気づいているのだろう? あの偉大な異邦の戦士は我らから精霊を奪いはしても命は取らなかった。生きていればやり直すことは出来る。そう仰せなのだ」
あ、この爺さん、俺を利用して一気にこの国の膿を出してしまうつもりだな。
まぁいいか。
俺もずっとここにいる訳でもなし、少々派手に担ぎ上げられても特に問題はないだろう。
「で、でも」
一人の少女が走り出て訴えた。
「大精霊様! この荒野で豊かなのはこの聖地だけ。多くの者は乾き苦しんでいるのです! 人は苦しければ自分よりも豊かな者を憎むもの。私達は争い合うしか道がない!」
泣きながら叫んだ。
衣装はミャアのものとよく似ている。
おそらくは彼女もまた巫女なのだろう。
「言っただろう。何のための力だ、と。地を穿ち、岩を断つその力、ただ戦うためのものなのか?」
俺の問いに、少女は両手を掲げて叫んだ。
「道を! 道をお示しください! 大精霊様!」
「クルルルルルルッ!」
「フォルテ?」
少女の声に周囲の魔力がざわりとうごめくのを感じた。
それをフォルテが打ち払うように力を放つ。
青い輝きが聖地を覆った。
「地鳴り?」
ゴゴゴゴゴゴッ! という音が地の底から響いた。
悲鳴と叫び声、人々は抱き合い、互いを庇い合うか、他人を押しのけて逃げ出そうとする。
俺も不安定な地面を蹴って、メルリルのところに下がると、何があってもいいようにその手を取った。
「水が!」
崖の遥か下にチョロチョロと水が流れているのが見えた。
やがてそれが水かさを増し、深い谷を埋めていく。
崖の奥のほうからドドドドドッという滝のような音が響く。
いや、遠目でもわかった。
平たい台地が何重にも重なったようなこの聖地のなかで、ひときわ高い台地の側壁に滝が出来ている。
俺たちはその奇跡のような光景に、ただ呆然と見入るだけだった。
「っ、剣など抜かせなければなんとういうこともない!」
実体化した巨大な角を持つシカのような精霊が恐ろしい速度で突進して来る。
「ピャウ」
それをフォルテが翼のひと打ちでかき消した。
同時に俺が相手の身体から精霊を剥がす。
「次!」
「極限まで鍛え上げたこの肉体は、精霊に頼り切ったものではないぞ!」
男が構えると、身につけていた服がビリビリと千切れ飛ぶ。
大変見苦しい。
これなら最初から上半身を脱いでいる鷹のダックのほうがマシだろう。
その言葉通り「星降り」の剣で精霊を切り離した後も全くその力強さが失われることはなかった。
俺はさっと身を躱すと、剣の柄で見苦しい姿の男の顎を打ち上げる。
この部分だけは鍛えようがないからな。
男はドサリと倒れた。
「次!」
「これならどうだ!」
じゃらりと金属で編まれた紐を手にした男は、その紐の端にある先の尖った硬そうな金属の塊を振り回した。
そして舞台のギリギリから攻撃して来る。
なかなか工夫された中距離用の武器だ。
「ピャ!」
それを躱すとフォルテが足下に注意するように呼びかけて来た。
相手の武器を避けた場所に、いきなりぼこりと穴が開く。
落とし穴だ。
なるほど土の精霊の加護か。
俺はフォルテの力で半分浮いたような状態で剣を振るって精霊を引き剥がした。
「なんと!」
「次!」
舞台を眺める両方の崖の上で、各部族の者達が理解が追いついていないといった顔で一連の戦いを眺めている。
「つ、次は……夜の月」
順番を決める巫女達は戸惑いながらも次に決まった部族を読み上げた。
というか、この戦い、本来は勝ち抜き制ではなくてランダムにぶつかり合って、残った者同士をまた組み合わせるという方式らしいのだが、勝ち抜き戦にして俺の疲れを待つという形に誰かが変えたらしい。
俺としてはそのほうが面倒がなくていいけどな。
「我が部族は棄権する!」
「な、なんだと!」
「祭事をないがしろにするのか!」
次の相手らしい戦士が棄権を申し出る。
他の部族のお偉いさんらしい連中がその戦士を罵倒した。
その罵倒に小揺るぎもせずに戦士は続ける。
「負けるのはいい。戦いで死ぬのも仕方のないことだろう。しかし精霊紋を絶たれるのは我らにとっては部族の生命線を絶たれるのと同じこと。精霊紋の引き継ぎも出来ず豊かな地で暮らせないなら我らは滅びるしかない。我が力は部族の繁栄のためのもの。精霊も許してくれるはずだ!」
「なんと身勝手な!」
「お待ちを!」
棄権した戦士を罵る者達を年老いた巫女が止めた。
「神聖なる戦いでは勝負は戦士の間にて決するのが決まり。その者の棄権を認めるかどうかは対戦者に委ねられる。異邦の戦士よ、あれなる戦士の棄権を認めるか、否か?」
そう尋ねられた。
俺は棄権を申し出た戦士を見る。
俺より少し若いぐらいか。
おそらく家族持ちだろう。
神聖な戦いを棄権するのがどういう意味を持つのか俺にはわからないが、大変な決断と言える。
「認める。あの者は戦士として正しい判断をした。俺は彼を尊敬する」
周囲から「おお……」と、唸るような声が響いた。
棄権した戦士が膝を突き、両手を前に突き出して俺に向かって頭を垂れる。
「異邦の戦士よ。正しい判断とはなんぞや?」
白ひげの老人がどこか楽しげに俺に尋ねた。
この爺さん食わせ者だな。
「力を持つ者が、何のために力を得たのかということだ」
「ふむ。あの者は部族の繁栄と答えたな。だが、ここで戦った誰もが同じではないか? 彼らは部族の代表としておのが部族の繁栄のために戦ったのだよ」
「少し違うな。これは他者から奪うための戦いだ」
「ほう……」
白ひげの老人はますます楽しげに尋ねた。
「そなたがそうしているようにか?」
「そうだ。他者から奪う者はいつか他者から奪われる。当たり前のことだろう?」
「ふむ……精霊の力は奪い合いに使うものではないと言われるか?」
「精霊の力は世界の命脈の力でもある。言うなればこの世界を支えるエネルギーだ。それを借りていながら、世界を変えるでも自分たちの暮らしを変えるでもなく、単に欲望のために争う力として使う。愚かに過ぎるだろ」
「ふむ……」
白ひげの老人は何やら深くうなずいて、膝を突いた。
「我らの愚かさをお諌めに参られたか。若者を苦しませ続ける不甲斐ない年寄りをお叱りくださりありがとうございます」
おいおい。
そういうのはやめろ。
崇め奉られるのはごめんだぞ。
「く、口ではなんとでも言える! だがこの貧しい荒野で暮らすには、どうしても選別が必要なのだ! そも、風舞う翼こそが、十年以上も豊かな聖地を独占して、ぬくぬくと暮らしていたではないか!」
やせ細った老人が憎々しげに怒鳴った。
周囲にも彼に同調する雰囲気がある。
「だから年若い巫女を騙して、強き戦士に毒を盛ったか?」
俺の言葉に、一瞬やせ細った老人とその周囲のいくつかの部族が怯んだ。
なるほどあいつらか。
「そうか、とうとうそんな愚かしいことが起きてしもうたか……」
白いひげの老人ががっくりと肩を落とす。
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「そ、そんな……」
「それにの、みな気づいているのだろう? あの偉大な異邦の戦士は我らから精霊を奪いはしても命は取らなかった。生きていればやり直すことは出来る。そう仰せなのだ」
あ、この爺さん、俺を利用して一気にこの国の膿を出してしまうつもりだな。
まぁいいか。
俺もずっとここにいる訳でもなし、少々派手に担ぎ上げられても特に問題はないだろう。
「で、でも」
一人の少女が走り出て訴えた。
「大精霊様! この荒野で豊かなのはこの聖地だけ。多くの者は乾き苦しんでいるのです! 人は苦しければ自分よりも豊かな者を憎むもの。私達は争い合うしか道がない!」
泣きながら叫んだ。
衣装はミャアのものとよく似ている。
おそらくは彼女もまた巫女なのだろう。
「言っただろう。何のための力だ、と。地を穿ち、岩を断つその力、ただ戦うためのものなのか?」
俺の問いに、少女は両手を掲げて叫んだ。
「道を! 道をお示しください! 大精霊様!」
「クルルルルルルッ!」
「フォルテ?」
少女の声に周囲の魔力がざわりとうごめくのを感じた。
それをフォルテが打ち払うように力を放つ。
青い輝きが聖地を覆った。
「地鳴り?」
ゴゴゴゴゴゴッ! という音が地の底から響いた。
悲鳴と叫び声、人々は抱き合い、互いを庇い合うか、他人を押しのけて逃げ出そうとする。
俺も不安定な地面を蹴って、メルリルのところに下がると、何があってもいいようにその手を取った。
「水が!」
崖の遥か下にチョロチョロと水が流れているのが見えた。
やがてそれが水かさを増し、深い谷を埋めていく。
崖の奥のほうからドドドドドッという滝のような音が響く。
いや、遠目でもわかった。
平たい台地が何重にも重なったようなこの聖地のなかで、ひときわ高い台地の側壁に滝が出来ている。
俺たちはその奇跡のような光景に、ただ呆然と見入るだけだった。
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