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第六章 その祈り、届かなくとも……
475 宴はひっそりと華やかに
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年越し祭の輿は道場のほうから出すらしい。
祝い年の子もミハル以外に三人ほどいて、衣装も道場伝統のものがあるとか。
そこで、祭り当日はミハルには道場で祝ってもらい、俺たちとの祝い事はミュリアと一緒に先に済ませようということになった。
養女問題に関してはまだミハルは決めかねているようだが、一生の問題なのだからじっくり悩むべきだろう。
ボードンと奥さんも焦らせるつもりはないようだしな。
「聖女様に私などからお祝いをしてもいいのでしょうか?」
ミハルが困惑したような顔で言った。
「誰かが自分のことを祝ってくれるというのはうれしいものじゃないか? だいたいミハルも一緒に祝われる訳だから、ミュリアが一方的に祝うだけになったらそれこそ肩身が狭いだろう?」
「う、うう。そ、うですね」
想像したのか、ミハルは胃の辺りを押さえている。
「な、なにか考えてみます。幸い、道場仲間に女の子も多いので、その、私ではわからないところを教えてもらいます」
「それがいい」
人は頼られるとうれしいものだ。
その道場仲間の女の子たちも遠い場所から来たミハルに戸惑っているかもしれないが、そうやって頼られていれば段々打ち解けて行く。
人と人とはただ近くにいるだけではなかなか打ち解けないが、一緒に何かをした経験があると強い仲間意識が生まれる。今後ミハルがここでやっていくつもりなら大事なことだろうと思う。
大聖堂から年越しの日程の発表があり、町が一挙に賑わい出した頃、俺たちはひっそりと身内だけの祝いの席を設けた。
それは例の宿泊房の前の庭で、申し訳ないことにこの日、貸し切りにしてもらったのだ。
いや、別に俺たちがそう申し込んだ訳じゃない。
最初は部屋でそれこそひっそりと行う予定だったのだが、聖女の祝い年の衣装の話を世話役のノルフェイデさんにしたところ、何やら大々的になってしまったのである。
「お邪魔はしませんから」
ニコニコ笑顔で少し離れた場所に席を設けた聖者様とそのお付きの方々に戦慄しつつ、俺たちは開き直って庭の中心の四阿をメインの場所として座を設けた。
この状況に最も緊張したのはミハルだろう。
ただ、ミハルは聖者という存在がどれだけ偉いのかということを知らないので、知らない高貴な雰囲気の大人の女性がいるということに緊張しているだけとも言える。
あと、大聖堂に驚きつつも、そのほとんどが開放的なことにもまた、驚いていた。
「橋を渡ってすぐの大きくてきれいな建物に、誰でも入れて、食事も振る舞ってもらえるって本当ですか?」
「ああ、巡礼で来た平民があちこちにゴロゴロ寝ていたりするぞ。あそこもわりと混沌としているよな。実は、大聖堂ってのはあの建物の名前なんだそうだ。この島全体も大聖堂って呼ばれているけどな」
「へ、へえ」
ミハルはよくわかっていない様子だ。
そりゃあそうか。
知らない神様とその盟約と盟約を守る者達とか、東方の人間からしてみれば訳のわからないものに違いない。
「ここ、すごくきれいですね」
水路が巡り、その水面にはきれいな植物が浮いていて、地面も建物も全て特別な石材で白く造られている。
大聖堂の誇る最も美しい庭だからな。
「今は水面には葉っぱばかりだが、花が咲く季節はもっときれいだぞ。水のなかにはひらひらした魚もいるし」
「あ、ほんとだ!」
どうやら魚には気づいていなかったようだ。
ぼーっと水のなかを覗き始めた。
「いや、今はほら、お前たちの祝いの宴だから、主役らしくそこのベンチに大人しく座っておけ」
ミハルをミュリアの隣に突っ込む。
二人で並んでいるとミハルが姉でミュリアが妹の姉妹のようだが、実はミュリアのほうが一つ年上なんだよなぁ。
全然そうは見えないが。
二人共にきれいに織られたレースのベールを被り、厄除けの花を象った飾りが頭上に施されている。
見事な花の刺繍に飾られたドレスを着て、輿のように仕立てられたベンチに腰掛けていた。
「それじゃあ、始めるか?」
勇者たちに目をやると、かるく笑顔でうなずいた。
メルリルも緊張した面持ちで、料理などが乗ったワゴンの傍らに立っている。
俺は勇者に目で合図をした。
「あー、ミュリア、ミハル、二人が無事に祝い年を迎えたこと、そして、新しい年に実りを得ることを祝おう。神も魔も、そして当然世界も、俺たちにとって敵ではない。敵は常に目の前の選択にある。自分の心を偽るな。豊かな実りを得るには、それ相応の強さが必要なのだから」
何か途中に不穏な言葉が混じっていたが、勇者による祝詞なので問題ないだろう。
なかなか立派な祝詞だ。
勇者も成長したな。
ワゴンを押してベンチの横につけたメルリルがその覆いを取って乗っているものをテーブルに並べる。
酒壺、焼き菓子、卵を包んだ肉料理。
年越し祭らしい内容だ。
主役の二人は打ち合わせ通りそれぞれ酒壺と切り分けた焼き菓子を持って各人の席を回り、それを配って行く。
果実酒は土を焼いて作られた杯に、焼き菓子は木を削って作られた皿に、最初のひと口が全員に行き渡ると、二人の言葉で宴が始まる。
「大地から実りを」「森から恵みを」
そして皆がそれぞれひと口ずつ酒と焼き菓子を口にした。
「美味い!」
「ふわっ、これがお酒ですか? お酒ってもっと苦いものだと思ってました」
「いやいや、師匠が作ったから美味いんだぞ?」
最初の儀式が終わればあとは好き勝手に飲み食いが始まる。
ただし酒と焼き菓子はミュリアとミハルに分けてもらわないと口に出来ないけどな。
「ああいう大型の暖炉型の窯は始めて使ったが、すごいな。外側がパリッと焼けて、なかは果物のみずみずしさが残っている。自分で作っておいてなんだが、これは本当に美味いな」
「美味しい。びっくりした。確かバターとハチミツを少し使ってたと思ったけど」
「ああ、ここだとバターが豊富にあるし、ちょっと香りがいいハチミツがあったから使ってみた」
さすが大聖堂だけあって、材料が豊富にある。
普段は従者の控室の調理場の棚に入っているものでも高そうな材料は避けるんだが、今回は祝いということで、気になっていたものを使わせてもらったのだ。
バターは普通の油よりも香りが焼き菓子向きだし、ハチミツは酒に漬かった果物と相性がいい。
「お酒もこんなに変わるものだなんて、果物を漬ける前のお酒も飲んでみたけど、全然違う」
「口当たりが柔らかいだろ? 使う果物にもよるが、香りと口当たりが段違いだからな」
「師匠、この料理、薄い肉に卵が包まれてるのか。なんで卵に味がついてるんだ?」
「いいからお前は食っとけ」
食いながらしゃべる勇者をたしなめて、俺も料理の出来を吟味する。
うん、ちゃんと味が染みているな。
茹でた卵を前日からタレに漬け込んでいたんだ。
肉も別に漬け込んでいた。
辛くなりすぎないかと思ったが、丁度よかった。
串に刺してこれも暖炉窯で焼いたのだ。
聖女はいそいそと酒と菓子と料理を取り分けると、聖者様たちのほうへとおすそ分けに行った。
自分たちには構わないようにと聖者様は言っていたが、そりゃあ無理な話だよな。
祝い年の子もミハル以外に三人ほどいて、衣装も道場伝統のものがあるとか。
そこで、祭り当日はミハルには道場で祝ってもらい、俺たちとの祝い事はミュリアと一緒に先に済ませようということになった。
養女問題に関してはまだミハルは決めかねているようだが、一生の問題なのだからじっくり悩むべきだろう。
ボードンと奥さんも焦らせるつもりはないようだしな。
「聖女様に私などからお祝いをしてもいいのでしょうか?」
ミハルが困惑したような顔で言った。
「誰かが自分のことを祝ってくれるというのはうれしいものじゃないか? だいたいミハルも一緒に祝われる訳だから、ミュリアが一方的に祝うだけになったらそれこそ肩身が狭いだろう?」
「う、うう。そ、うですね」
想像したのか、ミハルは胃の辺りを押さえている。
「な、なにか考えてみます。幸い、道場仲間に女の子も多いので、その、私ではわからないところを教えてもらいます」
「それがいい」
人は頼られるとうれしいものだ。
その道場仲間の女の子たちも遠い場所から来たミハルに戸惑っているかもしれないが、そうやって頼られていれば段々打ち解けて行く。
人と人とはただ近くにいるだけではなかなか打ち解けないが、一緒に何かをした経験があると強い仲間意識が生まれる。今後ミハルがここでやっていくつもりなら大事なことだろうと思う。
大聖堂から年越しの日程の発表があり、町が一挙に賑わい出した頃、俺たちはひっそりと身内だけの祝いの席を設けた。
それは例の宿泊房の前の庭で、申し訳ないことにこの日、貸し切りにしてもらったのだ。
いや、別に俺たちがそう申し込んだ訳じゃない。
最初は部屋でそれこそひっそりと行う予定だったのだが、聖女の祝い年の衣装の話を世話役のノルフェイデさんにしたところ、何やら大々的になってしまったのである。
「お邪魔はしませんから」
ニコニコ笑顔で少し離れた場所に席を設けた聖者様とそのお付きの方々に戦慄しつつ、俺たちは開き直って庭の中心の四阿をメインの場所として座を設けた。
この状況に最も緊張したのはミハルだろう。
ただ、ミハルは聖者という存在がどれだけ偉いのかということを知らないので、知らない高貴な雰囲気の大人の女性がいるということに緊張しているだけとも言える。
あと、大聖堂に驚きつつも、そのほとんどが開放的なことにもまた、驚いていた。
「橋を渡ってすぐの大きくてきれいな建物に、誰でも入れて、食事も振る舞ってもらえるって本当ですか?」
「ああ、巡礼で来た平民があちこちにゴロゴロ寝ていたりするぞ。あそこもわりと混沌としているよな。実は、大聖堂ってのはあの建物の名前なんだそうだ。この島全体も大聖堂って呼ばれているけどな」
「へ、へえ」
ミハルはよくわかっていない様子だ。
そりゃあそうか。
知らない神様とその盟約と盟約を守る者達とか、東方の人間からしてみれば訳のわからないものに違いない。
「ここ、すごくきれいですね」
水路が巡り、その水面にはきれいな植物が浮いていて、地面も建物も全て特別な石材で白く造られている。
大聖堂の誇る最も美しい庭だからな。
「今は水面には葉っぱばかりだが、花が咲く季節はもっときれいだぞ。水のなかにはひらひらした魚もいるし」
「あ、ほんとだ!」
どうやら魚には気づいていなかったようだ。
ぼーっと水のなかを覗き始めた。
「いや、今はほら、お前たちの祝いの宴だから、主役らしくそこのベンチに大人しく座っておけ」
ミハルをミュリアの隣に突っ込む。
二人で並んでいるとミハルが姉でミュリアが妹の姉妹のようだが、実はミュリアのほうが一つ年上なんだよなぁ。
全然そうは見えないが。
二人共にきれいに織られたレースのベールを被り、厄除けの花を象った飾りが頭上に施されている。
見事な花の刺繍に飾られたドレスを着て、輿のように仕立てられたベンチに腰掛けていた。
「それじゃあ、始めるか?」
勇者たちに目をやると、かるく笑顔でうなずいた。
メルリルも緊張した面持ちで、料理などが乗ったワゴンの傍らに立っている。
俺は勇者に目で合図をした。
「あー、ミュリア、ミハル、二人が無事に祝い年を迎えたこと、そして、新しい年に実りを得ることを祝おう。神も魔も、そして当然世界も、俺たちにとって敵ではない。敵は常に目の前の選択にある。自分の心を偽るな。豊かな実りを得るには、それ相応の強さが必要なのだから」
何か途中に不穏な言葉が混じっていたが、勇者による祝詞なので問題ないだろう。
なかなか立派な祝詞だ。
勇者も成長したな。
ワゴンを押してベンチの横につけたメルリルがその覆いを取って乗っているものをテーブルに並べる。
酒壺、焼き菓子、卵を包んだ肉料理。
年越し祭らしい内容だ。
主役の二人は打ち合わせ通りそれぞれ酒壺と切り分けた焼き菓子を持って各人の席を回り、それを配って行く。
果実酒は土を焼いて作られた杯に、焼き菓子は木を削って作られた皿に、最初のひと口が全員に行き渡ると、二人の言葉で宴が始まる。
「大地から実りを」「森から恵みを」
そして皆がそれぞれひと口ずつ酒と焼き菓子を口にした。
「美味い!」
「ふわっ、これがお酒ですか? お酒ってもっと苦いものだと思ってました」
「いやいや、師匠が作ったから美味いんだぞ?」
最初の儀式が終わればあとは好き勝手に飲み食いが始まる。
ただし酒と焼き菓子はミュリアとミハルに分けてもらわないと口に出来ないけどな。
「ああいう大型の暖炉型の窯は始めて使ったが、すごいな。外側がパリッと焼けて、なかは果物のみずみずしさが残っている。自分で作っておいてなんだが、これは本当に美味いな」
「美味しい。びっくりした。確かバターとハチミツを少し使ってたと思ったけど」
「ああ、ここだとバターが豊富にあるし、ちょっと香りがいいハチミツがあったから使ってみた」
さすが大聖堂だけあって、材料が豊富にある。
普段は従者の控室の調理場の棚に入っているものでも高そうな材料は避けるんだが、今回は祝いということで、気になっていたものを使わせてもらったのだ。
バターは普通の油よりも香りが焼き菓子向きだし、ハチミツは酒に漬かった果物と相性がいい。
「お酒もこんなに変わるものだなんて、果物を漬ける前のお酒も飲んでみたけど、全然違う」
「口当たりが柔らかいだろ? 使う果物にもよるが、香りと口当たりが段違いだからな」
「師匠、この料理、薄い肉に卵が包まれてるのか。なんで卵に味がついてるんだ?」
「いいからお前は食っとけ」
食いながらしゃべる勇者をたしなめて、俺も料理の出来を吟味する。
うん、ちゃんと味が染みているな。
茹でた卵を前日からタレに漬け込んでいたんだ。
肉も別に漬け込んでいた。
辛くなりすぎないかと思ったが、丁度よかった。
串に刺してこれも暖炉窯で焼いたのだ。
聖女はいそいそと酒と菓子と料理を取り分けると、聖者様たちのほうへとおすそ分けに行った。
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