399 / 885
第六章 その祈り、届かなくとも……
504 大連合を旅するための心得
しおりを挟む
無事の山越えを祝って、山に向かって酒を撒き、神の導きに礼をする。
それが山岳の民の習わしだ。
俺たちは全員モル少年と共にその儀式を行い、そして別れを告げた。
「これが達成報酬だ」
俺たちの代表として勇者がモル少年に手渡す。
受け取ったモル少年は金額を見て首をかしげた。
「多くね?」
「いい仕事をしたらそれに応じた報酬を渡すのは当然だろ」
勇者よ、もっと素直に「助かったありがとう」と言えないのか。
「へえ、それはうれしいな。ありがとうよ」
あ、相手に言われてやがる。
勇者はちょっと戸惑ったような顔をしたが、すぐにまた無表情に戻った。
「あと、これは報酬とは別の礼だ」
それはカ・ミラス神国で買った糸を聖女が指を使って編んだ小さな飾りだった。
「へ?」
モル少年は虚を突かれたような顔になる。
「ミュリアが、ずっと助けられてばかりだったからと。それには災い避けの魔法がかかっている。獣の毛から作った糸を媒体にしたものだからそう長くは持たないが、一応糸が切れるまでは効果があるはずだ」
「は、こんなとんでもないのもらえないぜ」
「それはわたくしの気持ちです。わたくしの気持ちは受け取れないとおっしゃいますか?」
勇者に言われてそのものの価値に気づいたモル少年は受け取りを固辞しようとしたが、それを見た聖女が哀しそうに尋ねた。
勇者が眉をひそめてモル少年に耳打ちする。
「お前、断ったらゆるさないからな。勇者の呪いを侮るな?」
「うひっ! あ、ああ、ありがとう聖女様」
モル少年は勇者の脅しにおののきながらも、聖女に少し赤くなった顔で礼を言った。
いい少年だな。
それに比べて勇者よ。
何も悪いことをしていない一般人を脅すな。
聞こえているからな。
そんなこんなで山へと戻るモル少年を見送った俺たちは、とりあえず近くの岩の上で地図を広げた。
「モルに確認したところ、今俺たちがいるのは多分ここだ」
「大連合の北側中央辺りか。このまま南下すればど真ん中に出るな。しかしこの地図。街が市場のある場所しか描かれてないがどういうことだ?」
勇者の言う通り、大連合の街はちょうどミホム王国と二翼国の国境に近い位置の東にある交易のための市場がある場所しか記されていない。
「大連合の民は俺たちと感覚が違うんだ。彼らは土地を所有しない。一時的に留まる場所はあっても、定住はしないということだ。この市場の場所は俺たちの感覚からすると街なんだが、彼らからすると単なる市場が開かれている場所というだけらしい。ここも都合が悪くなったら移動することもあるそうだ」
「……なんか究極の平野人って感じだな」
「確かに平野人としての在り方では、彼らの在り方が一番自然なのかもしれないな」
俺と勇者がそんな会話を交わしていると、聖女がおずおずと手を挙げた。
東でしばらく過ごしてからは、みんな何か言うときに手を挙げるようになってしまったな。
「ミュリア、仲間なんだから意見は自由に言っていいんだぞ?」
「あ、はい! 申し訳ありません」
俺が軽く注意すると、聖女はあわあわと慌て、横でモンクがムッとした。
いや、ムッとするんじゃなくてお前が言うべきことなんだぞ?
聖女が絡むとモンクはときどき過保護になる。
小さい頃に亡くなったという妹さんと重ねているんだろうなとは思うが、そういうのは本人のためによくないぞ。
「あのですね。大聖堂で噂に聞いただけ、ですので、間違っているかもしれないのですが、大連合には大きなオアシスがあって、そこには定住者の街があるということでした」
「大きなオアシス? それは知らなかったな」
聖地のことだろうか?
いや、聖地はオアシスというよりも複雑な地形によって生み出された多彩な環境の土地という感じだった。
確かに豊かだが、大きなオアシスと呼ぶには居住出来る場所が狭すぎる。
「それはどこにあるかわかるか?」
「あ、はい。ええっと、確か大連合の真ん中辺り、聖地の裾野に広がっていると聞いたことがあります」
「聖地の裾野?」
俺は驚いて思わずメルリルを見た。
メルリルも驚いたように俺を見返している。
そして聞いたことがないということを示して首を左右に振った。
うーん。
俺たちが大連合の聖地で風舞う翼の部族と一緒にいた間はほとんど軟禁状態だったし、移動も聖地のなかだけだった。
だから聖地の外にそういうものがあったとしても、俺たちが知らないことはおかしくはない。
だが、それはおかしいのだ。
そんな豊かで広大な土地があるのなら、彼らがあれほど争う必要はなかった。
聖地と広大なオアシスと、多くの部族で全てを分け合うことは無理としても、自由に利用出来るようにするだけで全然違うはずだ。
豊かな水場が聖地にしかないからこそ、奸計によってまだ幼いとも言える少女が犠牲になったのだから。
「とりあえず、聖地まで行ってみるか」
「師匠。大連合の民は聖地によそ者を近づけないと言うぞ。大丈夫か? まぁいざとなれば俺が……イテッ!」
俺は物騒なことを言い出そうとした勇者を殴ると、宣言した。
「別に聖地に入る訳じゃない。そのオアシスがあるかどうか見てみるだけだ。とは言え、先に市場に寄って食料とかを買い揃えたほうがいいだろう」
まだ山越えのために用意した食料が五日分以上残っているのだが、もしオアシスがなかった場合戻りの分の食料が足りなくなる怖れがあった。
「わかった。まずは市場だな」
勇者がうなずき、行動は決まった。
いろいろと疑問はあるが、何事も確かめるまではわからないものだ。
それが山岳の民の習わしだ。
俺たちは全員モル少年と共にその儀式を行い、そして別れを告げた。
「これが達成報酬だ」
俺たちの代表として勇者がモル少年に手渡す。
受け取ったモル少年は金額を見て首をかしげた。
「多くね?」
「いい仕事をしたらそれに応じた報酬を渡すのは当然だろ」
勇者よ、もっと素直に「助かったありがとう」と言えないのか。
「へえ、それはうれしいな。ありがとうよ」
あ、相手に言われてやがる。
勇者はちょっと戸惑ったような顔をしたが、すぐにまた無表情に戻った。
「あと、これは報酬とは別の礼だ」
それはカ・ミラス神国で買った糸を聖女が指を使って編んだ小さな飾りだった。
「へ?」
モル少年は虚を突かれたような顔になる。
「ミュリアが、ずっと助けられてばかりだったからと。それには災い避けの魔法がかかっている。獣の毛から作った糸を媒体にしたものだからそう長くは持たないが、一応糸が切れるまでは効果があるはずだ」
「は、こんなとんでもないのもらえないぜ」
「それはわたくしの気持ちです。わたくしの気持ちは受け取れないとおっしゃいますか?」
勇者に言われてそのものの価値に気づいたモル少年は受け取りを固辞しようとしたが、それを見た聖女が哀しそうに尋ねた。
勇者が眉をひそめてモル少年に耳打ちする。
「お前、断ったらゆるさないからな。勇者の呪いを侮るな?」
「うひっ! あ、ああ、ありがとう聖女様」
モル少年は勇者の脅しにおののきながらも、聖女に少し赤くなった顔で礼を言った。
いい少年だな。
それに比べて勇者よ。
何も悪いことをしていない一般人を脅すな。
聞こえているからな。
そんなこんなで山へと戻るモル少年を見送った俺たちは、とりあえず近くの岩の上で地図を広げた。
「モルに確認したところ、今俺たちがいるのは多分ここだ」
「大連合の北側中央辺りか。このまま南下すればど真ん中に出るな。しかしこの地図。街が市場のある場所しか描かれてないがどういうことだ?」
勇者の言う通り、大連合の街はちょうどミホム王国と二翼国の国境に近い位置の東にある交易のための市場がある場所しか記されていない。
「大連合の民は俺たちと感覚が違うんだ。彼らは土地を所有しない。一時的に留まる場所はあっても、定住はしないということだ。この市場の場所は俺たちの感覚からすると街なんだが、彼らからすると単なる市場が開かれている場所というだけらしい。ここも都合が悪くなったら移動することもあるそうだ」
「……なんか究極の平野人って感じだな」
「確かに平野人としての在り方では、彼らの在り方が一番自然なのかもしれないな」
俺と勇者がそんな会話を交わしていると、聖女がおずおずと手を挙げた。
東でしばらく過ごしてからは、みんな何か言うときに手を挙げるようになってしまったな。
「ミュリア、仲間なんだから意見は自由に言っていいんだぞ?」
「あ、はい! 申し訳ありません」
俺が軽く注意すると、聖女はあわあわと慌て、横でモンクがムッとした。
いや、ムッとするんじゃなくてお前が言うべきことなんだぞ?
聖女が絡むとモンクはときどき過保護になる。
小さい頃に亡くなったという妹さんと重ねているんだろうなとは思うが、そういうのは本人のためによくないぞ。
「あのですね。大聖堂で噂に聞いただけ、ですので、間違っているかもしれないのですが、大連合には大きなオアシスがあって、そこには定住者の街があるということでした」
「大きなオアシス? それは知らなかったな」
聖地のことだろうか?
いや、聖地はオアシスというよりも複雑な地形によって生み出された多彩な環境の土地という感じだった。
確かに豊かだが、大きなオアシスと呼ぶには居住出来る場所が狭すぎる。
「それはどこにあるかわかるか?」
「あ、はい。ええっと、確か大連合の真ん中辺り、聖地の裾野に広がっていると聞いたことがあります」
「聖地の裾野?」
俺は驚いて思わずメルリルを見た。
メルリルも驚いたように俺を見返している。
そして聞いたことがないということを示して首を左右に振った。
うーん。
俺たちが大連合の聖地で風舞う翼の部族と一緒にいた間はほとんど軟禁状態だったし、移動も聖地のなかだけだった。
だから聖地の外にそういうものがあったとしても、俺たちが知らないことはおかしくはない。
だが、それはおかしいのだ。
そんな豊かで広大な土地があるのなら、彼らがあれほど争う必要はなかった。
聖地と広大なオアシスと、多くの部族で全てを分け合うことは無理としても、自由に利用出来るようにするだけで全然違うはずだ。
豊かな水場が聖地にしかないからこそ、奸計によってまだ幼いとも言える少女が犠牲になったのだから。
「とりあえず、聖地まで行ってみるか」
「師匠。大連合の民は聖地によそ者を近づけないと言うぞ。大丈夫か? まぁいざとなれば俺が……イテッ!」
俺は物騒なことを言い出そうとした勇者を殴ると、宣言した。
「別に聖地に入る訳じゃない。そのオアシスがあるかどうか見てみるだけだ。とは言え、先に市場に寄って食料とかを買い揃えたほうがいいだろう」
まだ山越えのために用意した食料が五日分以上残っているのだが、もしオアシスがなかった場合戻りの分の食料が足りなくなる怖れがあった。
「わかった。まずは市場だな」
勇者がうなずき、行動は決まった。
いろいろと疑問はあるが、何事も確かめるまではわからないものだ。
31
あなたにおすすめの小説
お前には才能が無いと言われて公爵家から追放された俺は、前世が最強職【奪盗術師】だったことを思い出す ~今さら謝られても、もう遅い~
志鷹 志紀
ファンタジー
「お前には才能がない」
この俺アルカは、父にそう言われて、公爵家から追放された。
父からは無能と蔑まれ、兄からは酷いいじめを受ける日々。
ようやくそんな日々と別れられ、少しばかり嬉しいが……これからどうしようか。
今後の不安に悩んでいると、突如として俺の脳内に記憶が流れた。
その時、前世が最強の【奪盗術師】だったことを思い出したのだ。
【一話完結】断罪が予定されている卒業パーティーに欠席したら、みんな死んでしまいました
ツカノ
ファンタジー
とある国の王太子が、卒業パーティーの日に最愛のスワロー・アーチェリー男爵令嬢を虐げた婚約者のロビン・クック公爵令嬢を断罪し婚約破棄をしようとしたが、何故か公爵令嬢は現れない。これでは断罪どころか婚約破棄ができないと王太子が焦り始めた時、招かれざる客が現れる。そして、招かれざる客の登場により、彼らの運命は転がる石のように急転直下し、恐怖が始まったのだった。さて彼らの運命は、如何。
【完結】魔王を倒してスキルを失ったら「用済み」と国を追放された勇者、数年後に里帰りしてみると既に祖国が滅んでいた
きなこもちこ
ファンタジー
🌟某小説投稿サイトにて月間3位(異ファン)獲得しました!
「勇者カナタよ、お前はもう用済みだ。この国から追放する」
魔王討伐後一年振りに目を覚ますと、突然王にそう告げられた。
魔王を倒したことで、俺は「勇者」のスキルを失っていた。
信頼していたパーティメンバーには蔑まれ、二度と国の土を踏まないように察知魔法までかけられた。
悔しさをバネに隣国で再起すること十数年……俺は結婚して妻子を持ち、大臣にまで昇り詰めた。
かつてのパーティメンバー達に「スキルが無くても幸せになった姿」を見せるため、里帰りした俺は……祖国の惨状を目にすることになる。
※ハピエン・善人しか書いたことのない作者が、「追放」をテーマにして実験的に書いてみた作品です。普段の作風とは異なります。
※小説家になろう、カクヨムさんで同一名義にて掲載予定です
友人(勇者)に恋人も幼馴染も取られたけど悔しくない。 だって俺は転生者だから。
石のやっさん
ファンタジー
パーティでお荷物扱いされていた魔法戦士のセレスは、とうとう勇者でありパーティーリーダーのリヒトにクビを宣告されてしまう。幼馴染も恋人も全部リヒトの物で、居場所がどこにもない状態だった。
だが、此の状態は彼にとっては『本当の幸せ』を掴む事に必要だった
何故なら、彼は『転生者』だから…
今度は違う切り口からのアプローチ。
追放の話しの一話は、前作とかなり似ていますが2話からは、かなり変わります。
こうご期待。
没落した貴族家に拾われたので恩返しで復興させます
六山葵
ファンタジー
生まれて間も無く、山の中に捨てられていた赤子レオン・ハートフィリア。
彼を拾ったのは没落して平民になった貴族達だった。
優しい両親に育てられ、可愛い弟と共にすくすくと成長したレオンは不思議な夢を見るようになる。
それは過去の記憶なのか、あるいは前世の記憶か。
その夢のおかげで魔法を学んだレオンは愛する両親を再び貴族にするために魔法学院で魔法を学ぶことを決意した。
しかし、学院でレオンを待っていたのは酷い平民差別。そしてそこにレオンの夢の謎も交わって、彼の運命は大きく変わっていくことになるのだった。
※2025/12/31に書籍五巻以降の話を非公開に変更する予定です。
詳細は近況ボードをご覧ください。
国外追放ですか? 承りました。では、すぐに国外にテレポートします。
樋口紗夕
恋愛
公爵令嬢ヘレーネは王立魔法学園の卒業パーティーで第三王子ジークベルトから婚約破棄を宣言される。
ジークベルトの真実の愛の相手、男爵令嬢ルーシアへの嫌がらせが原因だ。
国外追放を言い渡したジークベルトに、ヘレーネは眉一つ動かさずに答えた。
「国外追放ですか? 承りました。では、すぐに国外にテレポートします」
【収納∞】スキルがゴミだと追放された俺、実は次元収納に加えて“経験値貯蓄”も可能でした~追放先で出会ったもふもふスライムと伝説の竜を育成〜
あーる
ファンタジー
「役立たずの荷物持ちはもういらない」
貢献してきた勇者パーティーから、スキル【収納∞】を「大した量も入らないゴミスキル」だと誤解されたまま追放されたレント。
しかし、彼のスキルは文字通り『無限』の容量を持つ次元収納に加え、得た経験値を貯蓄し、仲間へ『分配』できる超チート能力だった!
失意の中、追放先の森で出会ったのは、もふもふで可愛いスライムの「プル」と、古代の祭壇で孵化した伝説の竜の幼体「リンド」。レントは隠していたスキルを解放し、唯一無二の仲間たちを最強へと育成することを決意する!
辺境の村を拠点に、薬草採取から魔物討伐まで、スキルを駆使して依頼をこなし、着実に経験値と信頼を稼いでいくレントたち。プルは多彩なスキルを覚え、リンドは驚異的な速度で成長を遂げる。
これは、ゴミスキルだと蔑まれた少年が、最強の仲間たちと共にどん底から成り上がり、やがて自分を捨てたパーティーや国に「もう遅い」と告げることになる、追放から始まる育成&ざまぁファンタジー!
辺境伯家次男は転生チートライフを楽しみたい
ベルピー
ファンタジー
☆8月23日単行本販売☆
気づいたら異世界に転生していたミツヤ。ファンタジーの世界は小説でよく読んでいたのでお手のもの。
チートを使って楽しみつくすミツヤあらためクリフ・ボールド。ざまぁあり、ハーレムありの王道異世界冒険記です。
第一章 テンプレの異世界転生
第二章 高等学校入学編 チート&ハーレムの準備はできた!?
第三章 高等学校編 さあチート&ハーレムのはじまりだ!
第四章 魔族襲来!?王国を守れ
第五章 勇者の称号とは~勇者は不幸の塊!?
第六章 聖国へ ~ 聖女をたすけよ ~
第七章 帝国へ~ 史上最恐のダンジョンを攻略せよ~
第八章 クリフ一家と領地改革!?
第九章 魔国へ〜魔族大決戦!?
第十章 自分探しと家族サービス
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。