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第六章 その祈り、届かなくとも……
547 東砦でのひと悶着
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「勇者殿!」
砦に到着したとたん速攻バレた。
そりゃあそうだよな。
熱の山の噴火からどのくらいだっけ? 一年経ってないんじゃないか? そのぐらいじゃ兵士の移動もほとんど進んでいないだろうし、勇者の顔を知っている人間だらけだろう。
砦を通過しない方法がなかった訳でもないが、とんでもない遠回りになる。
後ろ暗いところがあるのでもない限りそんなことはする必要がない。
つまりそんな行動をしたら後ろ暗いところがあるのではないか? と、勘ぐられてしまうことにもなりかねないのだ。
ただ嫌だというだけで依頼主に不利益を生じさせる訳にはいかないだろう。
「ええっと、どうしてザクト師と勇者殿がご一緒に?」
「それは私から説明しよう」
説明を面倒くさがってそっぽを向いている勇者を思いやったのか、学者先生が代わりに説明してくれた。
「勇者殿は世の安寧のために世界を巡っておられるが、ちょうど大連合内で学術的調査を行っていた私と行き会ってな。道中老人の一人旅では危なかろうと同行してくださったのだよ。お優しいお方だ」
お優しいお方なのは学者先生のほうだな。
勇者の立場を少しでもよくしようと護衛に雇ったのではなくて勇者たちが自主的に護衛をしてくれたということにしようとしてくれているのだ。
「おお、そうでしたか。我らの砦でも昨年熱の山が火を噴いたときに、物乞い連中まで庇護せよとおっしゃいましたよ。まったくさすがは勇者殿、お優しいことだと我々も言い合っていたものです」
「物乞い連中とはなんだ!」
せっかく学者先生が持ち上げてくれた勇者像だったが、ものの一瞬で崩壊した。
兵士の言葉がむかついたらしい。
「彼らは陛下の許可を持って熱の山の麓に住んでいる大地人たちだ。確かにこの国の民ではないが、彼らの技術はこの国の益にもなっているはずだ」
勇者の言葉に発言した兵士も引っ込みがつかなくなったのか、言い募る。
「しかし、我らが御大将が慈悲をもって砦に受け入れてやったのに、対価も払わずただ飯を食い、酒を飲む。平野の民とは違い大地人たちは感謝の心を知らぬ。さらには我らが神を敬う術も知らぬ。あのような者たちを物乞いと呼んで間違っているとは思えません」
「我らの正しさがほかの全てに通じると思うな。それは正義の押し付けに過ぎない」
「なんと、そのような言いよう、いかに勇者殿とは言え、聞き逃しは出来ませぬ!」
いかん、お互いに熱くなって後戻りが出来なくなっている。
「あの、申し訳ありません、兵隊様」
一歩前に出ようとした兵士の横から滑り込むように膝をついて頭を下げる。
片手で相手の左膝を掴んで動きを封じた。
「な、なんだ、下郎、触るな!」
「兵隊様。言いにくいことなのですが、どうもお偉いさんがもういらっしゃるのではないでしょうか? あまり騒ぎを起こされると、その、雇われた立場の俺にもとばっちりがですね……」
「う、む?」
兵士は足を動かそうとするが、まったく動かないことに慌てたようだった。
さもありなん。
俺は決してものすごい力で足を掴んでいる訳ではないが、足の腱の一部を抑え込んで足が動かせないようにしているのだ。
「ほら、兵隊様、後ろに」
「なに?」
最初は適当に言っていた言葉だが、根拠がない訳ではない。
通行する者が貴族である場合、砦の責任者が挨拶をするのが習わしだ。
いずれ顔を出すのは必然だった。
「何をしておる?」
そこにほかの兵士を割って姿を現したのは俺よりも少しだけ年上に見える堂々とした体格の騎士殿だった。
場所柄この砦に配属されるのは高位の貴族のはずだ。
どのくらい偉いか知らないが、間違いなくこの兵士が逆らえる相手ではないだろう。
「は、あ、あの……」
案の定兵士は頭が冷えたらしく、しどろもどろし始める。
「これは、砦の主様でしょうか?」
「そうだが、貴様は?」
「これは差し出口を申し訳ありません。俺はしがない冒険者でダスターと申します。お耳汚しですが、覚えていただければ幸いです」
「ふん。冒険者の名などいちいち覚えてはおられん」
「それは当然でしょうな。……まぁ俺のことはどうでもいいんですが、俺の雇い主殿が早々に陛下にご報告に上がりたいとのことなので、よろしくお願いしますよ」
「ほう冒険者風情でも一時の主のことを思いやるか。うむ、なかなか立派な心掛けだ。お前たち何をしている。さっさと仕事をせぬか」
「は、あの……それがザクト師に勇者殿が同行されていまして……」
勇者と揉めた兵士ではなく、もう少し上の立場らしい兵士が報告する。
「ほう?」
砦の主たる貴族はもはや俺のことなど頭の片隅にもないという改まった表情を勇者に向けた。
「これは勇者殿、先日はお世話になりもうした。教会に話を通していただいたおかげで多くの避難民も助かりました。皆、勇者殿に感謝しておりましたぞ」
「……そうか」
「ほほう、なかなか立派なお顔になって来られた。よい戦いを経験されたのでしょう。うらやましいことです」
「っ、……戦いがうらやましいとはどういうことだ?」
いかん、こいつまた揉めそうになっているぞ。
「勇者様……」
「む? し……」
「勇者様、約束をなさったのでしょう? 学者先生を無事にお送りすると。失礼ですが、俺は勇者様の従者として差し出口をさせていただきますよ?」
忘れてないだろうな? 偉い奴の前では俺を従者として扱うという約束を。
「う、ぬ……そうだった。……ザクト師。その、申し訳ない」
「いえいえ。気になどしていませんよ。勇者殿はお若く理想をお持ちだ。しかし理想というものは他者にはなかなか理解されないものです。砦主殿もそういった経験はございますでしょう?」
「うむ。確かに若い頃は理想を抱く。柔軟性に欠けてはいたが、それはそれで大事なものだ。……さすがは知者と評されるザクト師、おっしゃられることが深いですな」
「いや、私などまだまだです。さて、もし問題がなければ王都のほうへ出立をしたいのですが?」
「おお、申し訳ない。……どうだ、確認は終わったのか?」
「はっ、問題ありません」
確認係の兵士の報告を受けて砦の主がうなずく。
というか、確認が終わったから最後の挨拶に砦の主が呼ばれて出て来たのだから当たり前の話なんだけどな。
「うむ。それでは、陛下によしなに」
「おおもちろん。このような重要な砦を任されている方らしい立派な対応をしていただいたと伝えさせていただきます」
「いやいや、そのような功名を望んだようにおっしゃられると困ります。きっちりと仕事をしていたとお伝えいただけば十分です」
「ではそのように」
やれやれ、学者先生がそつなく対応してくれたおかげでうまく収まったな。
砦に到着したとたん速攻バレた。
そりゃあそうだよな。
熱の山の噴火からどのくらいだっけ? 一年経ってないんじゃないか? そのぐらいじゃ兵士の移動もほとんど進んでいないだろうし、勇者の顔を知っている人間だらけだろう。
砦を通過しない方法がなかった訳でもないが、とんでもない遠回りになる。
後ろ暗いところがあるのでもない限りそんなことはする必要がない。
つまりそんな行動をしたら後ろ暗いところがあるのではないか? と、勘ぐられてしまうことにもなりかねないのだ。
ただ嫌だというだけで依頼主に不利益を生じさせる訳にはいかないだろう。
「ええっと、どうしてザクト師と勇者殿がご一緒に?」
「それは私から説明しよう」
説明を面倒くさがってそっぽを向いている勇者を思いやったのか、学者先生が代わりに説明してくれた。
「勇者殿は世の安寧のために世界を巡っておられるが、ちょうど大連合内で学術的調査を行っていた私と行き会ってな。道中老人の一人旅では危なかろうと同行してくださったのだよ。お優しいお方だ」
お優しいお方なのは学者先生のほうだな。
勇者の立場を少しでもよくしようと護衛に雇ったのではなくて勇者たちが自主的に護衛をしてくれたということにしようとしてくれているのだ。
「おお、そうでしたか。我らの砦でも昨年熱の山が火を噴いたときに、物乞い連中まで庇護せよとおっしゃいましたよ。まったくさすがは勇者殿、お優しいことだと我々も言い合っていたものです」
「物乞い連中とはなんだ!」
せっかく学者先生が持ち上げてくれた勇者像だったが、ものの一瞬で崩壊した。
兵士の言葉がむかついたらしい。
「彼らは陛下の許可を持って熱の山の麓に住んでいる大地人たちだ。確かにこの国の民ではないが、彼らの技術はこの国の益にもなっているはずだ」
勇者の言葉に発言した兵士も引っ込みがつかなくなったのか、言い募る。
「しかし、我らが御大将が慈悲をもって砦に受け入れてやったのに、対価も払わずただ飯を食い、酒を飲む。平野の民とは違い大地人たちは感謝の心を知らぬ。さらには我らが神を敬う術も知らぬ。あのような者たちを物乞いと呼んで間違っているとは思えません」
「我らの正しさがほかの全てに通じると思うな。それは正義の押し付けに過ぎない」
「なんと、そのような言いよう、いかに勇者殿とは言え、聞き逃しは出来ませぬ!」
いかん、お互いに熱くなって後戻りが出来なくなっている。
「あの、申し訳ありません、兵隊様」
一歩前に出ようとした兵士の横から滑り込むように膝をついて頭を下げる。
片手で相手の左膝を掴んで動きを封じた。
「な、なんだ、下郎、触るな!」
「兵隊様。言いにくいことなのですが、どうもお偉いさんがもういらっしゃるのではないでしょうか? あまり騒ぎを起こされると、その、雇われた立場の俺にもとばっちりがですね……」
「う、む?」
兵士は足を動かそうとするが、まったく動かないことに慌てたようだった。
さもありなん。
俺は決してものすごい力で足を掴んでいる訳ではないが、足の腱の一部を抑え込んで足が動かせないようにしているのだ。
「ほら、兵隊様、後ろに」
「なに?」
最初は適当に言っていた言葉だが、根拠がない訳ではない。
通行する者が貴族である場合、砦の責任者が挨拶をするのが習わしだ。
いずれ顔を出すのは必然だった。
「何をしておる?」
そこにほかの兵士を割って姿を現したのは俺よりも少しだけ年上に見える堂々とした体格の騎士殿だった。
場所柄この砦に配属されるのは高位の貴族のはずだ。
どのくらい偉いか知らないが、間違いなくこの兵士が逆らえる相手ではないだろう。
「は、あ、あの……」
案の定兵士は頭が冷えたらしく、しどろもどろし始める。
「これは、砦の主様でしょうか?」
「そうだが、貴様は?」
「これは差し出口を申し訳ありません。俺はしがない冒険者でダスターと申します。お耳汚しですが、覚えていただければ幸いです」
「ふん。冒険者の名などいちいち覚えてはおられん」
「それは当然でしょうな。……まぁ俺のことはどうでもいいんですが、俺の雇い主殿が早々に陛下にご報告に上がりたいとのことなので、よろしくお願いしますよ」
「ほう冒険者風情でも一時の主のことを思いやるか。うむ、なかなか立派な心掛けだ。お前たち何をしている。さっさと仕事をせぬか」
「は、あの……それがザクト師に勇者殿が同行されていまして……」
勇者と揉めた兵士ではなく、もう少し上の立場らしい兵士が報告する。
「ほう?」
砦の主たる貴族はもはや俺のことなど頭の片隅にもないという改まった表情を勇者に向けた。
「これは勇者殿、先日はお世話になりもうした。教会に話を通していただいたおかげで多くの避難民も助かりました。皆、勇者殿に感謝しておりましたぞ」
「……そうか」
「ほほう、なかなか立派なお顔になって来られた。よい戦いを経験されたのでしょう。うらやましいことです」
「っ、……戦いがうらやましいとはどういうことだ?」
いかん、こいつまた揉めそうになっているぞ。
「勇者様……」
「む? し……」
「勇者様、約束をなさったのでしょう? 学者先生を無事にお送りすると。失礼ですが、俺は勇者様の従者として差し出口をさせていただきますよ?」
忘れてないだろうな? 偉い奴の前では俺を従者として扱うという約束を。
「う、ぬ……そうだった。……ザクト師。その、申し訳ない」
「いえいえ。気になどしていませんよ。勇者殿はお若く理想をお持ちだ。しかし理想というものは他者にはなかなか理解されないものです。砦主殿もそういった経験はございますでしょう?」
「うむ。確かに若い頃は理想を抱く。柔軟性に欠けてはいたが、それはそれで大事なものだ。……さすがは知者と評されるザクト師、おっしゃられることが深いですな」
「いや、私などまだまだです。さて、もし問題がなければ王都のほうへ出立をしたいのですが?」
「おお、申し訳ない。……どうだ、確認は終わったのか?」
「はっ、問題ありません」
確認係の兵士の報告を受けて砦の主がうなずく。
というか、確認が終わったから最後の挨拶に砦の主が呼ばれて出て来たのだから当たり前の話なんだけどな。
「うむ。それでは、陛下によしなに」
「おおもちろん。このような重要な砦を任されている方らしい立派な対応をしていただいたと伝えさせていただきます」
「いやいや、そのような功名を望んだようにおっしゃられると困ります。きっちりと仕事をしていたとお伝えいただけば十分です」
「ではそのように」
やれやれ、学者先生がそつなく対応してくれたおかげでうまく収まったな。
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