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第六章 その祈り、届かなくとも……

594 戦の平原を越えて

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 国境を通り抜ける前に三国それぞれの陣の様子を確認することにした。
 平野に展開しているアンデル軍の陣はいくつかの農園主の合同軍なので、場所によって掲げている旗や陣の組み方が違う。
 それがいいことなのか悪いことなのか判断はつかないが、フォルテの目で一瞥したところ、敵が強大だからと戦意を失っている様子はなかった。
 それどころか活き活きと陣のあちこちで地面を掘ったり、木枠を設置したりしていてやる気に満ちているようだ。
 なんとなく冒険者に似ているのは、統一感がないからか?

 大公国の影に隠れて存在が希薄になりがちなのが、アンデルと二翼と呼ばれながら今回大公国と共に攻め込んだタシテだ。
 大公国の陣から少し離れた丘に陣張りをしている。
 上空から見ると、あまり緊張感がない。
 戦いの準備をしてはいるんだが、勝利を目指すという覇気が全く感じられなかった。

 気になったのがちょくちょく神に祈りを捧げているっぽい兵がいることだ。
 タシテはどうもこの戦に乗り気じゃないんじゃなかろうか?

 さて、問題の大公国の陣だが、俺が出立した後も特に変化はない。
 騎士達は何か笑いながら話していたり、食事を取ったりしているようだ。
 今すぐ戦という感じではないな。

「よし、大公国は今のところ戦を積極的に仕掛ける感じじゃないぞ」
「師匠の策が当たったんだな。さすがだ」

 勇者があいさつ代わりに褒める。
 俺も勇者の誉め言葉はスルー出来るようになった。
 人間なんにでも慣れるものだ。

「じゃあ国境へ向かうか。ミュリア幻影を頼む」
「お任せください!」

 嬉しそうだ。
 聖女は自分が頼りにされていると感じると途端に嬉しそうにするのでわかりやすい。
 と言うか、このメンバーで普段一番頼りにされているのは紛れもなく聖女だと思うんだけどな。
 結界やらサポート魔法やら便利な魔法が多すぎる。
 サポートが苦手で攻撃魔法に全力の勇者は、戦いのときにしか役に立たないのにああも威張っているんだから、聖女ももっと威張っていいと思うぞ。

 俺達はアンデルの辺境砦にいた正規の兵らしからぬ兵士の幻影を被り、封鎖された大公国側の国境へと向かった。
 大公国側の国境には頑丈な壁と門がある。
 これは今回の戦のためではなく、もともとあったものだろう。
 以前も俺達はディスタス大公国には訪れているが、通常ルートであるタシテ側から入った。
 今回はアンデル側の国境を通過する。
 アンデルとディスタス大公国の国境手前の緩衝地帯が今戦場になっている平野なので、平野を越えた谷に砦を築いて国境の区切りとしているようだ。

 その国境の砦の入り口は封鎖されていて、そこを通るための人の姿もない。
 こっち側のルートは危険だから、商人や旅人はみんなタシテからのルートに切り替えたのだろう。
 巡礼はもともとタシテルートだしな。

「とまれ!」

 俺達が近づくと、砦の上から誰何の声が鋭く響いた。
 まぁこの集団は怪しいよな。でも本来はあんた達の潜入部隊なんだぞ?
 そこで俺はデーヘイリング家の旗を掲げる。
 指輪は返してくれなかったが、紋章旗は返してもらったのだ。
 取り上げられることがなかっただけだけどな。

「我らは本国への伝令隊だ。前線に照合してもらえればわかる」

 俺の呼びかけに、兵士はうなずき、一人が姿を消す。

「しばし待たれよ!」

 残った兵士が俺達にそう呼びかけた。
 わりとすぐに姿を消した兵士が戻って来て、残っていた一人に何事かを告げる。

「確認が取れた。進むがいい。門を開け!」

 ギギィと、重くきしみをあげながら巨大な門が開いて行く。
 えらく確認が早いな。
 もしかしてあの偉いさんが早々に手を回してくれたのか。
 次代の主である姫騎士殿の命だからか?
 本来は半日ぐらい待つだろうと覚悟して来ていたのだが、予想外の早さだった。

 開ききった門を特に何も言われることなく通り抜ける。
 砦の上に弓持ちの兵士がたくさんいるのでさすがに緊張してしまうが、出来るだけ堂々と進んだ。

「気を付けて戻れ! 館の皆をよい知らせで喜ばせてやってくれ」
「もちろんです」

 そう言われると騙している身としては申し訳なく思うが、平然と短く答える。
 俺の答えに満足したのか、うなずいた相手が礼をした。
 おっと、答礼をしなければ。うおっ、咄嗟に出ないぞ。
 俺が心中焦っていると、すかさず聖騎士が見事な答礼をした。
 ありがたく思いながらそれを真似する。
 そうして、俺達は無事国境を通り抜けたのだった。
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