勇者パーティから追い出されたと思ったら、土下座で泣きながら謝ってきた!

蒼衣翼

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第六章 その祈り、届かなくとも……

598 勇者と英雄

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 メルリルには適度にごまかしつつ、モンクが不機嫌になり、聖女が真っ赤になりつつオドオドしているという、不審者丸出しの状態で英雄殿に続く。
 そりゃあ、確かに内緒の話をする場合に色街ほど適したところはないだろうけどな、もうちょっと考えてくれないかな。
 まぁ以前会ったときも思ったけど、勇者とは別の方向にこの人もちょっと常識が通じない人だよな。

「ここだ」

 案内された場所は、一見して普通の民家のように見えた。
 英雄殿が慣れた様子で玄関を開けると、そこには物騒な雰囲気の男たちが、いくつかあるテーブルに座って料理を食べたり酒を飲んだりしている。
 ちょっと見には隠し茶屋に客がいるようにしか見えないが、この客のような男達はこの店の用心棒だろう。
 見た目を崩しているが、到底ごろつきには見えない。
 
「奥を借りたい」

 英雄殿がそう言うと、奥のほうから四十前後ぐらいの恰幅のいい女が出て来た。

「あいよ。部屋代で一大銀貨カド、食事や飲み物は別料金だ」

 愛想のない対応だ。
 しかし英雄殿はムッとすることもなくあっさりと大銀貨を払った。
 おいおい部屋借りるのに大銀貨か。泊まるんじゃないんだよな?
 俺は師匠が色町通いをするせいでそういう界隈にはかなり詳しくなったが、普通こういう店は部屋代は取らないか安くしておいて、食べ物や飲み物をやたら高い値段で注文させるというシステムのところが多い。
 高額の飲み食いをした分だけサービスの格を上げるというやり方だ。

 だが最初に高額の部屋代を取るということは、最低限の保守が保証されているということになる。
 それなりに金がある貴族や訳ありの男女が密会場所として使うような店である可能性が高い。

「食事や飲み物は……」

 言いかけて、英雄殿は俺達を振り向く。

「人数分を適当に頼む。準備出来たら部屋の前に置いて合図をしてくれ」
「ああ。じゃ、これが鍵。部屋は白銀シロガネね」

 女は面白くもなさそうに英雄殿に鍵を渡して、また奥に引っ込んだ。

「こっちだ。ついて来い」

 おっと、勇者が今イラっとしたぞ。
 慌てて俺は勇者の足を踏んだ。
 
「イッ!」

 俺のほうを見て何か抗議をしそうになる勇者に、指を二本立てて沈黙の合図をしてみせる。
 勇者はハッとして慌てて口をつぐんだ。
 そうそれでいい。
 ここで騒ぎでも起こした日にはものすごく厄介なことになるからな。
 まぁ場所的に二度と来れなくなったとしても別に問題はないかもしれないが、今は目立つ訳にはいかない事情がある。

 薄暗い廊下を進み、やがて片側に分厚い壁、片側に扉が現れた。
 雰囲気としては帝国の辺境にあった隠し宿に似ている。
 もともとは同じ国だった大公国と帝国だから、基本的な文化は似通っているということなのだろう。

 どんどん奥に進んで、やがて突き当りの一つの扉に行き当たる。
 その扉には白銀でフクロウの絵が描かれていた。
 英雄殿は鍵を差し込むと扉を開き、ためらいなくなかへと入る。
 開け放たれた扉からなかを窺うと、意外なことに、かなり上品な造りの部屋だ。
 床には絨毯が、壁にはつづれ織りらしいタペストリーが掛けられていた。
 背の低い上品な造りの長イスが布とクッションに覆われている。
 織物が盛んな大公国らしい部屋と言えるだろう。

「適当に座れ。扉は閉めれば鍵がかかる仕組みだ。うっかり締め出されるなよ」

 俺達はぞろぞろと部屋に入った。
 聖騎士やモンクは油断なく部屋のなかを見回している。
 まだこの相手を信用していいのか計りかねているのだろうな。

 俺達は勇者を英雄殿の対面に座らせ、その両隣に俺と聖騎士、俺の隣にメルリルで、聖騎士の隣に聖女、次がモンクという順番で座った。
 正直勇者を対面に座らせるのは不安があったが、どう考えても勇者がこのメンバーの代表なのでこの形に落ち着いたのだ。

 英雄殿は足を組んで長イスに深く座っている。
 見ようによってはふんぞり返っているようにも見えた。
 勇者の苛立ちがまた高まっている。
 まさかと思うがわざと挑発していないよな?

「料理と酒が届く。しばし待て」

 英雄殿が言ってそう間を置かず、部屋の入り口近くで鈴の音が聞こえた。
 どうやら外から紐か何かを引っ張って音を鳴らすようだ。
 店の人間が部屋のなかまで運ばないなら、俺達の誰かが運ぶしかない。

「私が……」

 モンクが立ち上がって扉に向かう。

「あ、私も手伝う」

 メルリルも一緒に立った。
 俺も一応その後に続く。
 モンクがいるので万が一もないとは思うが、もしもがないとは限らない。
 そんな俺の気持ちを読んだように、モンクがチラッと俺を見て口の端で笑った。
 別に過保護じゃないからな! イスに座った順番で立っただけだろ!

 心のなかで誰に言い訳しているのか、自分でもわからないまま、英雄殿から放り投げられた鍵を受け取り、扉を開ける。
 気配でわかってはいたが、外には誰もいない。
 重ねられるように足がついた盆の上に料理が並んでいて、それが三つ重なって置いてあった。
 その脇にはガラス瓶に入った酒らしきものが二本ほど置いてある。
 上に重ねて被せてあるのは銀器のカップだ。
 よく見ると、食器類は全て銀で出来ているようだった。
 王侯貴族かよ。

 三人で料理と酒を運び込み、扉を閉め、鍵を英雄殿に戻そうとしたら「お前達が持っておけ」と言われた。
 信頼関係のためかな?

 料理も酒も見ただけで上物とわかる。
 これ、絶対貴族用の対応だよな。
 英雄殿も俺達も薄汚れた感じなのに、こんな対応ということは、ここは英雄殿の馴染みということだ。

「払いは全部俺が持つ。遠慮なく飲み食いしながら話をしよう」
「へえ、思ったより話がわかるじゃないか」

 勇者が英雄殿に軽口を叩いた。
 ……まぁこの程度は許容範囲だろう。
 喧嘩を吹っ掛けている訳じゃないからな。

「お前達の持っている情報を話してもらおう」
「は?」

 英雄殿の要求に、勇者が片眉を上げて剣呑な表情になる。
 おっと、俺の出番かな?

「それはお互いに情報交換しようということですよね?」
「当然だろう。そのためにここまで来たのだからな」

 俺の問いに、何をいまさら言っているという顔をする英雄殿。
 言葉が足りない。
 この人、前も思ったが、圧倒的に会話が下手だ。
 確かこの人各地を回って調査をして大公に報告するのが仕事だったはずだが、これで大丈夫なのか?
 他人事ながら不安になるぞ。
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