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第七章 幻の都

637 不帰の勇者

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「幻の都ですか! さすが勇者さまです!」

 大公陛下自身は俺達にほとんど干渉しないのだが、その子ども達はちょくちょく気軽に顔を出していた。
 今日は勉強の時間がやっと終わったとかで次男が顔出ししている。
 この大公家次男は、まだ役職を持っていないとかで、それなりに気ままに過ごしているようだ。
 三女のファラリア嬢より二つほど年下で、大公家の末っ子にあたる。甘やかされてるのかもしれないが、なんというか、実に要領がいい少年のようだ。

 俺達の部屋にやって来る際には、厨房でもらったという食料を携えて来て、一緒にお茶の時間を過ごすのである。
 この持ち込みの食材が、なかなかいいもの揃いで、俺達もつい歓迎ムードになってしまう。
 この日はピリッと辛いハーブを使った腸詰を、チーズと一緒に持ち込んで来た。
 ついでになんとエールの小樽まである。

「腸詰とチーズと来たらエールだよね」

 若いのにわかってるな。
 だが十四でエールはちょっと早いと思うぞ?

「若いうちに刺激の強いものを多く口にすると背が伸びないといいますよ」
「えっ! それは困るな。じゃあエールは勇者殿方に譲る」

 聖騎士に言われて、あっけらかんとエールを諦めるところなど、俺のようにひねた大人からするとまぶしいぐらいだ。
 この素直さというか、裏のない性格はそのままで育って欲しいものである。
 勇者に憧れているというが、あんな風になっちゃダメだぞ。

 腸詰を軽く焼いて、チーズを被せてさっと火をくぐらせる。

「うまい! ダスター殿はすごいな!」
「そうだろう、師匠は凄いぞ」

 勇者はこの少年が遊びに来た初日に、俺が自分の師匠であるということを思いっきりバラした。
 いや、わからなくもない。
 この少年の前だと、つい素が出るのだ。
 仕方ないので、ほかの人、大公陛下にも出来れば黙っていて欲しいとお願いしたら「はい! 勇者殿方と僕だけの秘密ですね!」と、目をキラキラさせて言っていた。
 なんかこう、大して理由もないのに嘘をつかせてしまうのが申し訳なくなる素直さだ。

「とは言え、大公陛下は父君であると同時にご主君でもあるのでしょう? 話せと言われたときにまで隠し通す必要はありませんよ。単なる俺の我がままなので」
「おお、ダスター殿は奥ゆかしいのですね」

 いや、それは主にご婦人に使う言葉だから。
 別に俺は奥ゆかしくはない。単に目立ちたくないだけだ。面倒が嫌なんだ。

 まぁそれはともかくとして、そんな風にちょくちょく出入りしているので、それなりに打ち解ける間柄となっていた。
 特に勇者や聖女とは歳も近いので気が合うようだ。
 そこで例の迷宮の話題が出た。
 そう、アドミニス殿が作った武具があるのではないかと言われる幻の都だ。

「あの迷宮はいろいろな伝説がある場所なんですけど。確かに勇者さまが最奥に挑み、そこに自らの武具を残したとか、二度と戻らなかったとかいう伝説もあったと思います」
「もう成長は止まっている迷宮なんだよな」
「ええ。魔鉱石の採掘も、魔物の間引きも行われています。特に魔鉱石の採掘が進むと、迷宮は力を失うと言われていますからね」

 そう、迷宮というのはそもそもが魔力過多となった土地がその力によって陥没し始めることで生成される。
 陥没した場所に魔力溜まりが出来、さらに陥没して迷宮は深くなっていく。
 そこに迷い込んだ生き物や植物などが魔物化して、横に広がりが生まれ、弱い魔物を強い魔物が食べることで魔力が強い魔物に集まり、その強い魔物が死ぬと、死骸と周囲の地面が結晶化して魔鉱石が出来るのだ。
 魔鉱石は魔力を吸収する性質を持つ。そのため魔力が増えてまた陥没が起こる。
 この全ての作用で迷宮が成長していく。

 魔鉱石の採掘が始まると、迷宮の成長が止まるのはそのためだ。
 それと魔物の討伐によっても魔力は減らせるので、その影響もあるな。

 幻の都の特徴は、迷宮化が古代の遺跡のなかで発生したことだ。
 大公国がある場所は、最古の人類の都があった場所とされていて、昔は人間は地下に家を作っていたので、その都は地下都市となっていた。

「そう言えば、アルフ、お前三代目の勇者のことを帰らずの勇者とかなんとか言ってなかったか?」
「不帰の勇者だな。意味は同じだけど」
「じゃあ、幻の都の最奥に降りたまま戻らなかったという伝説が本当ということか?」
「それは、よくわからない」
「よくわからないのか?」
「ああ。幻の都は今は管理された迷宮で、なかに入るのに許可が必要だが、三代目の勇者の頃は単なる天然の迷宮で、誰にも管理されていなかった。本当に三代目勇者がそこに入ったのかどうかわからないんだ。この国ではそういう伝説になっているらしいがな」
「じゃあなんで不帰の勇者なんて言われてるんだ? 俺が聞いたのは魔物殺しの勇者って称号だが」

 勇者はちょっと難しい顔をしてちらりと大公家の次男を見た。
 どうやら彼に聞かれたくないようだ。

「あ。僕そろそろ剣の修行があるので、戻りますね。ごちそうさまでした」
「いや、悪いな」

 俺達の様子を察した大公家次男は自分から退去を宣言した。
 いい子だなぁ。

「えへへ。また何か持って来ますので、美味しいものを作ってくださいね」
「厨房に無理を言わないようにしてくださいよ」
「大丈夫です。余ったものしかもらって来ていないので」

 これはあれだな、厨房係もあの次男坊を喜ばせようと、取り置きしているんじゃないか?
 元気よく、庭から去っていくのを見送る。
 その様子に自然と笑顔が浮かぶ。

「気が利くし、察しがいいし、愛されているんだろうな」
「……俺もあんなだったら……」

 ぽつりと勇者が言いかけて言葉を引っ込める。
 もしかしたらうらやましいのだろうか?
 
「っと、不帰の勇者の話だったな。三代目が行方不明になったのは事実だ。ただ、三代目は魔物狩りに夢中で、居場所を知らせないまま飛び回っていたんだ。一説には、南の島に強敵を探しに赴き、帰らなかったという説もある。それで、迷宮に潜ったままだったかどうか断言出来ないってことだ。ただし、公式には三代目は永遠に魔物を討伐する旅を続けているということになっている」
「は? 無理があるだろ」
「大聖堂としては、仮にも勇者が旅の途上で倒れたとか認める訳にはいかないんだ。だから不帰、永遠に戻らない勇者なんだ」
「じゃあもし、幻の都で三代目勇者の遺品が見つかったら?」
「大聖堂は認めないだろ。だから発見者が勝手に自分のものにしても大聖堂は文句を言えない」

 勇者はニヤリと笑う。
 ほうほう、なるほど、大聖堂の建前を盾にして、お宝を自分のものにしようっていうんだな。
 お前もだいぶ冒険者らしくなって来たなぁ。
 ……俺の影響じゃないよな?
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