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第七章 幻の都
654 迷宮 幻の都4
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ヒュンという、先ほどより重い風を切る音と共に、ギャアッ! という獣の声が響く。
背後を見れば、どうやら聖騎士が短槍を投擲したらしい。
相変わらずの早業だ。
これで魔力がないんだから、とんでもないな。
「それなりの高さから落下したので、無事を確認しに行ったほうがいいでしょう」
聖騎士が丁寧な口調で、目前の男達に言った。
何かまごついていた男達だったが、集団のリーダー的な立場らしい男が目配せして、二人ほどが魔コウモリが落下したらしい場所へと向かう。
「あんたらは?」
残ったリーダー格の男は、油断なく武器を構えながら尋ねて来た。
ここは下手に隠し立てするよりも、堂々と名乗ったほうがいいだろう。
「この方達は勇者さま方だ。俺は従者をやっている冒険者でダスター」
「ゆ、勇者さまだとっ?」
相手は素っ頓狂な声を上げて俺の背後をジロジロと見た。
「へっ、別嬪さんを何人も連れて物見遊山かよ」
「しっ、あっちのお方は聖女さまだぞ。神の加護を失いたいのか?」
「けっ、この地からはとっくに神の加護なんざ失われてるぜ。だが、そうか、勇者と聖女が来てるとは聞いていたが……へえ」
男の顔に一瞬狡猾そうな表情が浮かぶ。情報が早いな。
何かに利用して自分が利益を得られないかと考えたのだろう。
いらん欲をかかないほうが自分のためだと思い出させるために、今の状況を指摘した。
「そんなことより、ここは光蛾の幼虫のコロニーの真下なんじゃないのか? 先に移動したらどうだ」
「ちっ、そんなことはわかってる。撤退のために加勢を呼んだところだったんだ」
「さっきのフクロウのような声はその合図か」
「……」
男は用心深く口をつぐんだ。
「仮にも勇者さまのパーティだぞ? お前達の競争相手じゃねえよ」
「ま、そりゃあそうか。うちの奴を助けてくれたのは感謝しておくぜ。だが、狩場を荒らさないようにして欲しいね。そっちの勇者さまとやらも」
「勇者さま方がこんな浅い場所で狩りをするとでも思うのか?」
俺が言うと相手は鼻で笑った。
「女連れで深部に降りるとでも言うつもりか? バカバカしい。恰好だけでも迷宮に潜ったという実績が欲しいだけだろ? 用が済んだらさっさと帰るんだな。じゃないと、都の亡霊共が目を覚ますぜ」
「亡霊だと? 悪霊のことか? 確かここには骸骨戦士は出るが、悪霊が出るとは初耳だな」
「けっ、呪いを恐れぬ者は足元を見ろ」
「おい、それはどういう意味だ?」
そのとき、男の仲間が足早に近づいて来て耳打ちをした。
男は小さくうなずき、こっちへ聖騎士の短槍を押し付けるように渡すと、きびすを返した。
「礼は言ったぜ」
それだけ言うと、さっさと撤退を開始する。
どうやら仲間が虫避けの香を持って来たようで、ひどく苦い黄色い煙を前後に掲げながら移動して行く。
俺はそれについて行くかどうか迷ったが、これ以上関わり合うと、トラブルになりそうだと感じたので、黙って見送ることにした。
「なんだあいつら、無礼にもほどがあるだろ」
勇者が吐き捨てるように言う。
「この迷宮のなかじゃ、仲間以外は信じることが出来ないんだ。いきなり戦闘にならなかっただけ、まぁ、マシなたぐいさ。アイツ等のためにもよかったよ」
「師匠はやさしいな」
「よせや、余計な恨みを買いたくないだけの話だ。それより今のうちならさっきの連中が使っていた虫避けで上の幼虫共も痺れているはずだ。急いで移動しよう」
「わかった」
俺達はさっきの連中が去ったほうとは別の横穴に入る。
そこも人の手が入っていて、壁に印が刻まれていた。
「師匠、この印は?」
「特定のギルドが使う位置を示す印だな。何を意味しているのかは、ギルドごとに違うんで、詳しいことはわからないが、ここら辺に人の手が入っている証拠ではある」
「へー」
「そういう印があるところは魔物が少ない。そっちの窪みで一度休憩を取るか」
「わかった」
俺達は、聖女に結界を張ってもらい、休憩を取ることにした。
こういうときに聖女の結界は便利だ。
「通常は迷宮内は常に気を張ってなきゃならんので、火を使ったりしないもんだが、結界があるんで安心して茶を飲めるな」
水の魔具もありがたい。
水を持ち運ぶのは大変なので、通常なら余分に水分補給などすることはないのだ。
茶を飲むという贅沢を味わえるのは、大聖堂でもらった水の魔具と、聖女の結界のおかげである。
この休憩の間に、地図をきっちりと整える。
最初の入り口からの移動距離と、魔物の生息域などを考えつつ、今の場所を探った。
「なるほど。この辺は古代の一般家屋だな。中心部からは少し外れているが、農地のようなものがあったんじゃないかと言われている場所だ」
「地下に農地、ですか?」
聖女が不思議そうに尋ねる。
「ああ。どうやら地下都市は水には恵まれていたらしい。太陽光じゃなくても育つような植物や、転がり鳥のような生き物を育てていたんじゃないかという話だった。もしかしたら魔物を飼っていたのかもしれないとも言われていたな」
「魔物を飼うの?」
メルリルがびっくりしたように言う。
「実際、平野人の一部は家畜として魔物を育てていたりするぞ。魔物だって気性の荒いものばっかりじゃないからな。肉を食べなくても、労働力の一部としてとか、毛を使ったりとかする場合もあるし」
「おもしろそう」
メルリルは興味津々のようだ。
「森の里でもそういう風に共存出来る魔物がいればよかったのに」
「簡単じゃないってことだろ」
懐かしそうに言うメルリルに、俺は軽くそう答えた。
メルリルが自分から故郷の話をするのは珍しい。
話題として忌避しなくなったのはいい傾向と言えるだろう。
「それで師匠、一気に深層に潜るのか?」
「お前、打ち合わせのときに何を聞いてたんだ? 今日はこの迷宮に慣れるだけだ。あと、俺は安全なルートの確立もある。まぁ都の中心地をちらっと見るぐらいはしてもいいが」
「本当か! 楽しみだ」
勇者はあれだな、さっきの連中に物見遊山とか言われても反論出来ないな。
「しかし、気になりませんか? さきほどの都の亡霊とやら」
聖騎士が話を振って来た。
確かに気になる話だったな。
俺が昔ここで冒険者として潜っていたときにはそんな話はなかった気がする。
「亡霊……ね」
「もし迷える悪霊なら、わたくしが浄化して巡りの環に戻してさしあげます」
真剣な顔で聖女が言った。
「頼もしいな。よろしく頼むぞ」
「はいっ!」
うんうん、いい返事だ。
「しかし、骸骨戦士には浄化は効かないんだよなぁ」
「俺は実際に見たことはないが、骸骨戦士は魔物だろ?」
「それはそうなんだが、その辺の違いがどうも釈然としないんだよな」
「もう、そういう話はいいでしょ! 虫とか、霊とか、全部まとめて殴り飛ばしてしまえばいいのよ!」
ずっと静かだったモンクが猛然と噛みついて来た。
人面虫のところで真っ青になってずっと黙っていたが、ようやく復活したらしい。
青くなっているよりかは怒っていたほうが、気分的にはだいぶマシだろう。
背後を見れば、どうやら聖騎士が短槍を投擲したらしい。
相変わらずの早業だ。
これで魔力がないんだから、とんでもないな。
「それなりの高さから落下したので、無事を確認しに行ったほうがいいでしょう」
聖騎士が丁寧な口調で、目前の男達に言った。
何かまごついていた男達だったが、集団のリーダー的な立場らしい男が目配せして、二人ほどが魔コウモリが落下したらしい場所へと向かう。
「あんたらは?」
残ったリーダー格の男は、油断なく武器を構えながら尋ねて来た。
ここは下手に隠し立てするよりも、堂々と名乗ったほうがいいだろう。
「この方達は勇者さま方だ。俺は従者をやっている冒険者でダスター」
「ゆ、勇者さまだとっ?」
相手は素っ頓狂な声を上げて俺の背後をジロジロと見た。
「へっ、別嬪さんを何人も連れて物見遊山かよ」
「しっ、あっちのお方は聖女さまだぞ。神の加護を失いたいのか?」
「けっ、この地からはとっくに神の加護なんざ失われてるぜ。だが、そうか、勇者と聖女が来てるとは聞いていたが……へえ」
男の顔に一瞬狡猾そうな表情が浮かぶ。情報が早いな。
何かに利用して自分が利益を得られないかと考えたのだろう。
いらん欲をかかないほうが自分のためだと思い出させるために、今の状況を指摘した。
「そんなことより、ここは光蛾の幼虫のコロニーの真下なんじゃないのか? 先に移動したらどうだ」
「ちっ、そんなことはわかってる。撤退のために加勢を呼んだところだったんだ」
「さっきのフクロウのような声はその合図か」
「……」
男は用心深く口をつぐんだ。
「仮にも勇者さまのパーティだぞ? お前達の競争相手じゃねえよ」
「ま、そりゃあそうか。うちの奴を助けてくれたのは感謝しておくぜ。だが、狩場を荒らさないようにして欲しいね。そっちの勇者さまとやらも」
「勇者さま方がこんな浅い場所で狩りをするとでも思うのか?」
俺が言うと相手は鼻で笑った。
「女連れで深部に降りるとでも言うつもりか? バカバカしい。恰好だけでも迷宮に潜ったという実績が欲しいだけだろ? 用が済んだらさっさと帰るんだな。じゃないと、都の亡霊共が目を覚ますぜ」
「亡霊だと? 悪霊のことか? 確かここには骸骨戦士は出るが、悪霊が出るとは初耳だな」
「けっ、呪いを恐れぬ者は足元を見ろ」
「おい、それはどういう意味だ?」
そのとき、男の仲間が足早に近づいて来て耳打ちをした。
男は小さくうなずき、こっちへ聖騎士の短槍を押し付けるように渡すと、きびすを返した。
「礼は言ったぜ」
それだけ言うと、さっさと撤退を開始する。
どうやら仲間が虫避けの香を持って来たようで、ひどく苦い黄色い煙を前後に掲げながら移動して行く。
俺はそれについて行くかどうか迷ったが、これ以上関わり合うと、トラブルになりそうだと感じたので、黙って見送ることにした。
「なんだあいつら、無礼にもほどがあるだろ」
勇者が吐き捨てるように言う。
「この迷宮のなかじゃ、仲間以外は信じることが出来ないんだ。いきなり戦闘にならなかっただけ、まぁ、マシなたぐいさ。アイツ等のためにもよかったよ」
「師匠はやさしいな」
「よせや、余計な恨みを買いたくないだけの話だ。それより今のうちならさっきの連中が使っていた虫避けで上の幼虫共も痺れているはずだ。急いで移動しよう」
「わかった」
俺達はさっきの連中が去ったほうとは別の横穴に入る。
そこも人の手が入っていて、壁に印が刻まれていた。
「師匠、この印は?」
「特定のギルドが使う位置を示す印だな。何を意味しているのかは、ギルドごとに違うんで、詳しいことはわからないが、ここら辺に人の手が入っている証拠ではある」
「へー」
「そういう印があるところは魔物が少ない。そっちの窪みで一度休憩を取るか」
「わかった」
俺達は、聖女に結界を張ってもらい、休憩を取ることにした。
こういうときに聖女の結界は便利だ。
「通常は迷宮内は常に気を張ってなきゃならんので、火を使ったりしないもんだが、結界があるんで安心して茶を飲めるな」
水の魔具もありがたい。
水を持ち運ぶのは大変なので、通常なら余分に水分補給などすることはないのだ。
茶を飲むという贅沢を味わえるのは、大聖堂でもらった水の魔具と、聖女の結界のおかげである。
この休憩の間に、地図をきっちりと整える。
最初の入り口からの移動距離と、魔物の生息域などを考えつつ、今の場所を探った。
「なるほど。この辺は古代の一般家屋だな。中心部からは少し外れているが、農地のようなものがあったんじゃないかと言われている場所だ」
「地下に農地、ですか?」
聖女が不思議そうに尋ねる。
「ああ。どうやら地下都市は水には恵まれていたらしい。太陽光じゃなくても育つような植物や、転がり鳥のような生き物を育てていたんじゃないかという話だった。もしかしたら魔物を飼っていたのかもしれないとも言われていたな」
「魔物を飼うの?」
メルリルがびっくりしたように言う。
「実際、平野人の一部は家畜として魔物を育てていたりするぞ。魔物だって気性の荒いものばっかりじゃないからな。肉を食べなくても、労働力の一部としてとか、毛を使ったりとかする場合もあるし」
「おもしろそう」
メルリルは興味津々のようだ。
「森の里でもそういう風に共存出来る魔物がいればよかったのに」
「簡単じゃないってことだろ」
懐かしそうに言うメルリルに、俺は軽くそう答えた。
メルリルが自分から故郷の話をするのは珍しい。
話題として忌避しなくなったのはいい傾向と言えるだろう。
「それで師匠、一気に深層に潜るのか?」
「お前、打ち合わせのときに何を聞いてたんだ? 今日はこの迷宮に慣れるだけだ。あと、俺は安全なルートの確立もある。まぁ都の中心地をちらっと見るぐらいはしてもいいが」
「本当か! 楽しみだ」
勇者はあれだな、さっきの連中に物見遊山とか言われても反論出来ないな。
「しかし、気になりませんか? さきほどの都の亡霊とやら」
聖騎士が話を振って来た。
確かに気になる話だったな。
俺が昔ここで冒険者として潜っていたときにはそんな話はなかった気がする。
「亡霊……ね」
「もし迷える悪霊なら、わたくしが浄化して巡りの環に戻してさしあげます」
真剣な顔で聖女が言った。
「頼もしいな。よろしく頼むぞ」
「はいっ!」
うんうん、いい返事だ。
「しかし、骸骨戦士には浄化は効かないんだよなぁ」
「俺は実際に見たことはないが、骸骨戦士は魔物だろ?」
「それはそうなんだが、その辺の違いがどうも釈然としないんだよな」
「もう、そういう話はいいでしょ! 虫とか、霊とか、全部まとめて殴り飛ばしてしまえばいいのよ!」
ずっと静かだったモンクが猛然と噛みついて来た。
人面虫のところで真っ青になってずっと黙っていたが、ようやく復活したらしい。
青くなっているよりかは怒っていたほうが、気分的にはだいぶマシだろう。
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