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第七章 幻の都
655 迷宮 幻の都5
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休憩を終えて洞窟状の通路を進む。
通路の壁には、どこぞのギルドの印以外に、花や動物を描いたと思われるものがあった。
「このきれいな絵もギルドの人達が描いたものなの?」
メルリルが不思議そうにその絵を見つめる。
「いや、それは遺跡の一部だ。古代人は塗料の扱いに長けていたみたいでな。ほとんど色あせない絵を一杯残しているんだ。そういう絵が多いのは、地上への憧れじゃないかと言われてるな」
「そうなんだ。……不思議、そんな昔の人の遺したものを見ているなんて」
「そうだな。学者先生が昔言っていたが、記録を残すのが人間の賢いところなんだそうだ。距離や時間が遠く離れた相手にも何かを伝えることが出来るから、と」
俺が説明すると、メルリルはちょっと落ち込んだようだった。
「それで言うなら私達森人は賢くないんだと思う。あまり文字や絵を使わないもの。ほとんどのことは口伝なの」
うおっ、まずい。
そうか、森人は口伝の文化なんだな。
「口伝だけであの火喰いの獣が復活したときの危険を伝えたなら、それはすごいことだと思うけどな。森人の共感の力のおかげで、逆に文字や絵は必要なかったんじゃないか?」
「そう、かな」
「自分達に合った方法を使っただけで、そこに優劣はないさ」
「うん」
焦った。
考えなしにものを言うとろくなことはないな。
「師匠、真面目にやれ、いちゃつくな!」
「何言ってんだお前」
勇者が妙な言いがかりをつけて来るが、無視だ。
通路は次の居住地跡に続いていた。
ギルドの印をいくつか通路で見たので、この辺の遺跡にはもうめぼしいものはないだろう。
魔鉱石も採り尽くしているだろうし、特殊な植物や、わざと養殖している魔物がいるかもしれないぐらいか。
とは言え、そのわざと狩り尽くさずに放置している魔物に、危険なものがいないとも限らないので用心が必要だ。
しかも倒してしまうと難癖付けられてしまう可能性がある。
捌き方が難しいんだよな。
「キュッキュー」
岩を適度に切り分けて、なかをくり抜いたような遺跡のそこかしこで、うごめくものを見つけた。
さっそくか。
「魔物か!」
「待て。そいつらは魔物だが、冒険者達がわざと残しているものだ。むやみに傷つけると賠償を迫られるぞ」
「わざと残す? 賠償?」
勇者が面食らったように聞き返した。
「まぁ、かわいい」
目ざとく姿を見つけたらしい聖女が、思わず触ろうと手を伸ばし、慌ててモンクが止める。
「ダメですよ、魔物なんですから」
「でも、かわいいですよ」
「た、確かにかわいいですけど」
彼女達の視線の先には、遺跡の窓らしき場所からチラッとこちらを窺っているようなモコモコな毛のかたまりがいた。
まぁ目はないんだが、魔力を放射して周囲を視ているらしい。
「あれはふわふわって呼ばれている奴だ」
「ふわふわ?」
「ものすごく安直な名前だな」
聖女がちょっと嬉しそうだ。
勇者がネーミングセンスに文句をつけて来た。
俺に言うな。
「まぁ学なんぞない冒険者のつけた名前だからな。わかりゃいいんだよ」
「あの、やっぱりかわいいから殺さないのですか?」
聖女、その理屈が冒険者に通用すると思っている辺り、不安しかないぞ。
冒険者にそんな女子どものような思考の持ち主はいないからな。
「冒険者が、何かを判断するときの動機は、金になるかどうかだな。そいつは毛質が特殊でな。高級な筆の材料になるんだ。教会とか、貴族が使うような絵筆に使われるやつだな。おそらく太古の昔にもこの辺にいたのかもな。ここの住人達が絵を描いた筆も、そいつらの毛を使ったのかもしれんぞ」
「まぁ、それじゃあ、定期的に毛を刈っているんですね」
「む……」
ちょっと迷う。
当然冒険者がそんな手間の掛かることをするはずもない。
一番毛質がいい時期に狩っているのだ。
狩り尽くさないように気を付けているだけの話だ。
しかし、ここで正直に聖女に教えることに何か意味があるのかという自問もある。
別に知らなくても困ることではない。
「さぁ、因縁をつけられる前にさっさとここを抜けよう」
結局ごまかしてしまった。
知らないほうが幸せなら、それでいいじゃないか。
ふわふわの群生地を抜けると、段差がある場所に出た。
崩落跡のような崖だ。
どうやら下の層に抜けている訳ではないように見える。
「先に下ってみる。みんなは上で待機していてくれ」
「はい」
メルリルが代表する形でうなずく。
勇者達はさっと周囲の警戒に移った。
なんだかんだと言って、だいぶ探索にも慣れて来たな。
俺は崖の上に上がU字に曲がった金属の杭を打ち込むと、そこにロープのフックを引っ掛け、ロープを自分に巻き付けて降りて行く。
少し踏ん張ると足元がガラガラと崩れる。
比較的最近崩れた場所か?
と、耳が微かな音を捉えた。
「チキ……チキチキ……」
ち、この音、ワームか。
まだ近くにいるな。
俺はぴたりと降りるのを止め、周囲を探る。
ワームは地中に潜むのが得意な魔物で、気配が土と同化していてわかりにくい。
なにせ体のなかにはたっぷりと土を呑み込んでいるのだ。
ワームは雑食で、動くものはなんでも土ごと呑み込んでしまう性質を持っていた。
こうなったら我慢比べになるが、上の連中がまずいな。
『フォルテ、起きろ』
「ピャッ?」
『シッ、静かにしろ。頭のなかで話せ』
ズッ……と、かすかな振動が伝わる。
くそ、どこだ?
『む? なんかいるのか?』
フォルテの意思が言葉として伝わって来る。
久々の感覚だな。
『ワームだ。動くと食われる。お前ちょっと上まで飛んで動かないように注意して来てくれ』
『我が食われるではないか』
『奴は地面の振動で獲物を見分けるっぽいから、飛んでるものは襲わない。ちゃんと言葉で伝えろよ!』
『むう、面倒くさいが、メルリルが心配だから伝えてやろう』
『お前、俺の相棒だろうが、グダグダ言うな』
『おお、そうだった、相棒だったな。最近はどうも雑に扱われているような気がしていたので、すっかり忘れていたぞ』
こいつめ、嫌味を言いやがって。
何やら文句を言いつつも、フォルテはふわりと俺の肩から飛び上がると、上へと向かった。
大丈夫か不安だが、とりあえず俺は自分の面倒を見ないとな。
土のなかでは魔力を辿ることも出来ない。
そのまま去ってくれるのならいいが、長期戦になったらこの体勢はキツイぞ。
通路の壁には、どこぞのギルドの印以外に、花や動物を描いたと思われるものがあった。
「このきれいな絵もギルドの人達が描いたものなの?」
メルリルが不思議そうにその絵を見つめる。
「いや、それは遺跡の一部だ。古代人は塗料の扱いに長けていたみたいでな。ほとんど色あせない絵を一杯残しているんだ。そういう絵が多いのは、地上への憧れじゃないかと言われてるな」
「そうなんだ。……不思議、そんな昔の人の遺したものを見ているなんて」
「そうだな。学者先生が昔言っていたが、記録を残すのが人間の賢いところなんだそうだ。距離や時間が遠く離れた相手にも何かを伝えることが出来るから、と」
俺が説明すると、メルリルはちょっと落ち込んだようだった。
「それで言うなら私達森人は賢くないんだと思う。あまり文字や絵を使わないもの。ほとんどのことは口伝なの」
うおっ、まずい。
そうか、森人は口伝の文化なんだな。
「口伝だけであの火喰いの獣が復活したときの危険を伝えたなら、それはすごいことだと思うけどな。森人の共感の力のおかげで、逆に文字や絵は必要なかったんじゃないか?」
「そう、かな」
「自分達に合った方法を使っただけで、そこに優劣はないさ」
「うん」
焦った。
考えなしにものを言うとろくなことはないな。
「師匠、真面目にやれ、いちゃつくな!」
「何言ってんだお前」
勇者が妙な言いがかりをつけて来るが、無視だ。
通路は次の居住地跡に続いていた。
ギルドの印をいくつか通路で見たので、この辺の遺跡にはもうめぼしいものはないだろう。
魔鉱石も採り尽くしているだろうし、特殊な植物や、わざと養殖している魔物がいるかもしれないぐらいか。
とは言え、そのわざと狩り尽くさずに放置している魔物に、危険なものがいないとも限らないので用心が必要だ。
しかも倒してしまうと難癖付けられてしまう可能性がある。
捌き方が難しいんだよな。
「キュッキュー」
岩を適度に切り分けて、なかをくり抜いたような遺跡のそこかしこで、うごめくものを見つけた。
さっそくか。
「魔物か!」
「待て。そいつらは魔物だが、冒険者達がわざと残しているものだ。むやみに傷つけると賠償を迫られるぞ」
「わざと残す? 賠償?」
勇者が面食らったように聞き返した。
「まぁ、かわいい」
目ざとく姿を見つけたらしい聖女が、思わず触ろうと手を伸ばし、慌ててモンクが止める。
「ダメですよ、魔物なんですから」
「でも、かわいいですよ」
「た、確かにかわいいですけど」
彼女達の視線の先には、遺跡の窓らしき場所からチラッとこちらを窺っているようなモコモコな毛のかたまりがいた。
まぁ目はないんだが、魔力を放射して周囲を視ているらしい。
「あれはふわふわって呼ばれている奴だ」
「ふわふわ?」
「ものすごく安直な名前だな」
聖女がちょっと嬉しそうだ。
勇者がネーミングセンスに文句をつけて来た。
俺に言うな。
「まぁ学なんぞない冒険者のつけた名前だからな。わかりゃいいんだよ」
「あの、やっぱりかわいいから殺さないのですか?」
聖女、その理屈が冒険者に通用すると思っている辺り、不安しかないぞ。
冒険者にそんな女子どものような思考の持ち主はいないからな。
「冒険者が、何かを判断するときの動機は、金になるかどうかだな。そいつは毛質が特殊でな。高級な筆の材料になるんだ。教会とか、貴族が使うような絵筆に使われるやつだな。おそらく太古の昔にもこの辺にいたのかもな。ここの住人達が絵を描いた筆も、そいつらの毛を使ったのかもしれんぞ」
「まぁ、それじゃあ、定期的に毛を刈っているんですね」
「む……」
ちょっと迷う。
当然冒険者がそんな手間の掛かることをするはずもない。
一番毛質がいい時期に狩っているのだ。
狩り尽くさないように気を付けているだけの話だ。
しかし、ここで正直に聖女に教えることに何か意味があるのかという自問もある。
別に知らなくても困ることではない。
「さぁ、因縁をつけられる前にさっさとここを抜けよう」
結局ごまかしてしまった。
知らないほうが幸せなら、それでいいじゃないか。
ふわふわの群生地を抜けると、段差がある場所に出た。
崩落跡のような崖だ。
どうやら下の層に抜けている訳ではないように見える。
「先に下ってみる。みんなは上で待機していてくれ」
「はい」
メルリルが代表する形でうなずく。
勇者達はさっと周囲の警戒に移った。
なんだかんだと言って、だいぶ探索にも慣れて来たな。
俺は崖の上に上がU字に曲がった金属の杭を打ち込むと、そこにロープのフックを引っ掛け、ロープを自分に巻き付けて降りて行く。
少し踏ん張ると足元がガラガラと崩れる。
比較的最近崩れた場所か?
と、耳が微かな音を捉えた。
「チキ……チキチキ……」
ち、この音、ワームか。
まだ近くにいるな。
俺はぴたりと降りるのを止め、周囲を探る。
ワームは地中に潜むのが得意な魔物で、気配が土と同化していてわかりにくい。
なにせ体のなかにはたっぷりと土を呑み込んでいるのだ。
ワームは雑食で、動くものはなんでも土ごと呑み込んでしまう性質を持っていた。
こうなったら我慢比べになるが、上の連中がまずいな。
『フォルテ、起きろ』
「ピャッ?」
『シッ、静かにしろ。頭のなかで話せ』
ズッ……と、かすかな振動が伝わる。
くそ、どこだ?
『む? なんかいるのか?』
フォルテの意思が言葉として伝わって来る。
久々の感覚だな。
『ワームだ。動くと食われる。お前ちょっと上まで飛んで動かないように注意して来てくれ』
『我が食われるではないか』
『奴は地面の振動で獲物を見分けるっぽいから、飛んでるものは襲わない。ちゃんと言葉で伝えろよ!』
『むう、面倒くさいが、メルリルが心配だから伝えてやろう』
『お前、俺の相棒だろうが、グダグダ言うな』
『おお、そうだった、相棒だったな。最近はどうも雑に扱われているような気がしていたので、すっかり忘れていたぞ』
こいつめ、嫌味を言いやがって。
何やら文句を言いつつも、フォルテはふわりと俺の肩から飛び上がると、上へと向かった。
大丈夫か不安だが、とりあえず俺は自分の面倒を見ないとな。
土のなかでは魔力を辿ることも出来ない。
そのまま去ってくれるのならいいが、長期戦になったらこの体勢はキツイぞ。
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