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第七章 幻の都
715 勇者の威光
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ホルスが、教会への訪問やアイテムの有無の確認だけでなく、各所に迷宮探索のために必要なものを手配をかけると言ってくれたので、俺は後でリストを渡すことを約束して、とりあえず別れて部屋に戻った。
部屋では、聖女と勇者が、真剣な顔で何やら紙を並べている。
「今戻った。ミュリア、ちょっと確認したいことがあるんだが、今いいか?」
「あ、はい。大丈夫です」
聖女はにっこりと笑って立ち上がると、こちらへとやって来る。
勇者は尚も紙をいじっているようだ。
「さっきカーンの奴が、俺達の担当として外部との交渉役をつけてくれたんだが、そいつと、教会訪問の話をしたんだ。それで、ミュリアの言っていた、祝福の四種? か、それが普通に一般の教会に置いてあるようなものなのかということを聞かれた。どうなんだ?」
「祝福されし四種です。この聖具は、魔物による災害が起こる可能性が高い場所の教会に下賜されるものなので、こちらの迷宮都市にはあると思います」
「なるほど。そういうものか」
そういうものなら、確かに迷宮都市の教会にはあるだろう。
何しろ、街の内側に魔物を抱えているようなもんだからな。
聖女はニコニコ笑いながらうなずいている。
「ところで、あれは何をやっているんだ?」
先ほどから気になっていたので、勇者が紙を広げているのを指し示して聞いてみた。
聖女は振り向きながら「ああ」と言い。
「あれは、勇者さまの祝福を、仮初に付与するための準備です」
「勇者の祝福?」
「はい。以前、勇者さまの署名は大きな力を持つと申しましたが、勇者として祝福された者の名には、その祝福がこもっています。つまり、署名だけでも、わずかなりと、勇者さまの加護を得られるということです。普通の魔物相手なら、特に必要はないのですが、実態のない魔物の場合には、憑依の不安がありますから、皆様の装備に勇者さまの祝福を付与して、憑依を防ごうということになりました」
「憑依!」
俺はゾッと、全身が総毛立つような寒気に襲われた。
魔物に憑依されるということを、恐ろしいと思ったのだ。
だが、ふいに、フォルテとの融合の感覚を思い出し、あれも憑依みたいなもんじゃないのか? と、思ってしまった。
「ど、どうなされたのですか? 頭をお抱えになられて」
「いや、なんでもない」
なんとなく、頭上でスヤスヤ寝ているフォルテを指で弾く。
「ピャッ!」
「どうした? まだ寝てていいぞ」
「ギャッギャッギャッ!」
「なんか悪い夢でも見たんだろ?」
フォルテが何か怖いものが自分に噛みついたとか騒いだので、なだめてやる。
実際誰も噛みついてないからな。
「ダスター。フォルテをいじめて……」
メルリルがため息をついた。
「いじめてないぞ」
「クッ? ピャッピャ?」
「だから気にせずに寝てろ」
仕方ないだろ。
憑依というものを考えたら、なんだか嫌な気分になっちまったんだから。
いや、お前が俺の一部であるということはなんとなくわかるんだが、ほら、傍から見たら似たようなもんじゃないか。
「コホン。ええっと、そうそう、勇者の祝福の付与だったな」
「ダスターは、ときどき子どもっぽいことをします」
「あー、わかった。謝る。フォルテ、悪かったな」
「クルル……ピピッ……クルル……」
「あ、人が謝っているのに寝やがった」
メルリルが俺達の様子を見てクスクス笑っている。
なんとなくバツの悪い思いをしながら、勇者の手元を覗き込んだ。
紙には勇者の署名があり、それを魔宝石に翳している。
署名の部分が薄い炎を発するように揺らぎ、消失すると、魔宝石に勇者の紋章の一部が浮かんだ。
「なんだかすごいな」
「攻守共に効果は限定的なんだ。だが、意識侵食系統の魔法にはかなり効果が高い」
「あー、例の、嘘がつけなくなる魔法とかを、防げるってことか」
「あ、そうですね。そういう風にも使えます」
聖女は、その使い方は想定外だったのか、少し驚いたように言った。
しかしなるほどな。
むやみやたらに勇者の署名は残せない理由はこういうことか。
きっと他にも使いようによっては便利な効果があるんだろうな。
俺がじっと眺めていると、勇者がそのなかの一枚を差し出して来る。
「師匠が欲しいならやるぞ」
「いらん!」
「そんなきっぱり拒絶しなくても……」
勇者はちょっと落ち込んだようだ。
面倒事の臭いしかしないんだよ。
そんな風に準備を整えていると、扉をノックする音が聞こえた。
「誰だ?」
「ホルスです」
「ああ、だいぶ早かったな」
そう言いつつ、扉を開けると、そこには何人かの使用人と思しき者がいて、大きな箱を抱えていた。
「ご歓談中すみません。荷物を運び入れたいのですが、よろしいでしょうか?」
「なんだお前」
勇者がすかさずガンをつける。
どこぞの不良か?
「アルフ。彼がさっき言っていた、カーン……じゃなかった、領主さまがつけてくださった交渉担当者だ」
「ホルスと申します。何でもお申しつけください」
ホルスは、室内の全員に丁寧に礼をした。
「あ、そうだ。荷物だったな。それはなんだ?」
「こっそり外に出たいとおっしゃられたので、そのためのものです」
ニコニコと笑いながら、ホルスはそう、さらりと言ったのだった。
部屋では、聖女と勇者が、真剣な顔で何やら紙を並べている。
「今戻った。ミュリア、ちょっと確認したいことがあるんだが、今いいか?」
「あ、はい。大丈夫です」
聖女はにっこりと笑って立ち上がると、こちらへとやって来る。
勇者は尚も紙をいじっているようだ。
「さっきカーンの奴が、俺達の担当として外部との交渉役をつけてくれたんだが、そいつと、教会訪問の話をしたんだ。それで、ミュリアの言っていた、祝福の四種? か、それが普通に一般の教会に置いてあるようなものなのかということを聞かれた。どうなんだ?」
「祝福されし四種です。この聖具は、魔物による災害が起こる可能性が高い場所の教会に下賜されるものなので、こちらの迷宮都市にはあると思います」
「なるほど。そういうものか」
そういうものなら、確かに迷宮都市の教会にはあるだろう。
何しろ、街の内側に魔物を抱えているようなもんだからな。
聖女はニコニコ笑いながらうなずいている。
「ところで、あれは何をやっているんだ?」
先ほどから気になっていたので、勇者が紙を広げているのを指し示して聞いてみた。
聖女は振り向きながら「ああ」と言い。
「あれは、勇者さまの祝福を、仮初に付与するための準備です」
「勇者の祝福?」
「はい。以前、勇者さまの署名は大きな力を持つと申しましたが、勇者として祝福された者の名には、その祝福がこもっています。つまり、署名だけでも、わずかなりと、勇者さまの加護を得られるということです。普通の魔物相手なら、特に必要はないのですが、実態のない魔物の場合には、憑依の不安がありますから、皆様の装備に勇者さまの祝福を付与して、憑依を防ごうということになりました」
「憑依!」
俺はゾッと、全身が総毛立つような寒気に襲われた。
魔物に憑依されるということを、恐ろしいと思ったのだ。
だが、ふいに、フォルテとの融合の感覚を思い出し、あれも憑依みたいなもんじゃないのか? と、思ってしまった。
「ど、どうなされたのですか? 頭をお抱えになられて」
「いや、なんでもない」
なんとなく、頭上でスヤスヤ寝ているフォルテを指で弾く。
「ピャッ!」
「どうした? まだ寝てていいぞ」
「ギャッギャッギャッ!」
「なんか悪い夢でも見たんだろ?」
フォルテが何か怖いものが自分に噛みついたとか騒いだので、なだめてやる。
実際誰も噛みついてないからな。
「ダスター。フォルテをいじめて……」
メルリルがため息をついた。
「いじめてないぞ」
「クッ? ピャッピャ?」
「だから気にせずに寝てろ」
仕方ないだろ。
憑依というものを考えたら、なんだか嫌な気分になっちまったんだから。
いや、お前が俺の一部であるということはなんとなくわかるんだが、ほら、傍から見たら似たようなもんじゃないか。
「コホン。ええっと、そうそう、勇者の祝福の付与だったな」
「ダスターは、ときどき子どもっぽいことをします」
「あー、わかった。謝る。フォルテ、悪かったな」
「クルル……ピピッ……クルル……」
「あ、人が謝っているのに寝やがった」
メルリルが俺達の様子を見てクスクス笑っている。
なんとなくバツの悪い思いをしながら、勇者の手元を覗き込んだ。
紙には勇者の署名があり、それを魔宝石に翳している。
署名の部分が薄い炎を発するように揺らぎ、消失すると、魔宝石に勇者の紋章の一部が浮かんだ。
「なんだかすごいな」
「攻守共に効果は限定的なんだ。だが、意識侵食系統の魔法にはかなり効果が高い」
「あー、例の、嘘がつけなくなる魔法とかを、防げるってことか」
「あ、そうですね。そういう風にも使えます」
聖女は、その使い方は想定外だったのか、少し驚いたように言った。
しかしなるほどな。
むやみやたらに勇者の署名は残せない理由はこういうことか。
きっと他にも使いようによっては便利な効果があるんだろうな。
俺がじっと眺めていると、勇者がそのなかの一枚を差し出して来る。
「師匠が欲しいならやるぞ」
「いらん!」
「そんなきっぱり拒絶しなくても……」
勇者はちょっと落ち込んだようだ。
面倒事の臭いしかしないんだよ。
そんな風に準備を整えていると、扉をノックする音が聞こえた。
「誰だ?」
「ホルスです」
「ああ、だいぶ早かったな」
そう言いつつ、扉を開けると、そこには何人かの使用人と思しき者がいて、大きな箱を抱えていた。
「ご歓談中すみません。荷物を運び入れたいのですが、よろしいでしょうか?」
「なんだお前」
勇者がすかさずガンをつける。
どこぞの不良か?
「アルフ。彼がさっき言っていた、カーン……じゃなかった、領主さまがつけてくださった交渉担当者だ」
「ホルスと申します。何でもお申しつけください」
ホルスは、室内の全員に丁寧に礼をした。
「あ、そうだ。荷物だったな。それはなんだ?」
「こっそり外に出たいとおっしゃられたので、そのためのものです」
ニコニコと笑いながら、ホルスはそう、さらりと言ったのだった。
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