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第八章 真なる聖剣
761 癒やしと祝福
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「おい、メイサー。どうした?」
俺は驚きながらも、メイサーに声を掛ける。
なんで泣いてるんだ? こいつ。
俺の知っているメイサーは、人前で感情に揺り動かされて泣くような女じゃない。
相手を騙すために泣いてみせるぐらいはするが、弱みになるようなものは決して見せなかった。
「遅いよ、どうして今頃……」
返って来た言葉に、さらに困惑が深まる。
どうしたんだ? こいつ。
そんな俺の困惑を他所に、まだ立ったままだった聖者さまが、スッとメイサーに近寄って、そのまま抱きしめた。
ど、どういうことだ?
「辛かったのですね。生きていることが、神の祝福には思えなかった。そうでしょう?」
「神さまなんて、信じない。だけど、信じないと、生きていけなかった。誰かに、ひと言でいい、神さまはちゃんといて、世界を見守っていると言って欲しかった。でも、それはずっと昔。子どもの頃のあたしと兄さんの気持ちだ。今は、もう遅い。今更もう遅いよ」
メイサーはとめどなく涙を流し、聖者さまに縋り付く。
その二人の姿は、ひどく神聖なものに思えて、声を掛けることも出来ない。
「お師匠さま」
そっと近づいて来た聖女が、ささやくような声で言った。
「ああいうことはよくあるのです。聖者さまと対面したときに、自分を罪深いと思っている人ほど、救いを聖者さまに求めるようなのです。メイサーさまは、きっと、ご自分が汚れていると思ってらっしゃるのだと思います。ですが、本当に魂が汚れている者は、聖者さまに近づこうとすらしません。メイサーさまの魂は純粋なのですわ」
正直、俺は神を信じるとか信じないとか、考えたこともないような人間だ。
自分の力だけで生きて来たと自負している。
ただ、大聖堂で、神の盟約と触れたときに、自分が世界によって生かされているんだということは感じた。
どんな生き物も、魔物ですら、一つの命だけで世界は巡らない。
世界が変化し、成長するには、多くの命の巡りが必要で、俺達は、その巡りを神と呼んでいるのだ。
「赦しは必要ですか?」
「そんなもの……いらない。ただ、道半ばで死んだ兄さんのために祈って欲しい」
「わかりました。ですが、あなたのお兄さんの一部は、未だ、あなたのなかにあります。だから、わたくしはあなたのためにも祈りましょう」
聖者が、そっと、メイサーの胸の中心に左手を触れる。
すると、そこに開いていく花の幻影が見えた。
固く閉ざされた蕾が、ふんわりとほぐれるように開いて、辺りに馥郁たる香りが漂う。
え? 幻想だよな?
「大丈夫。あなたの命はお兄さんの魂の一部を包み込んで守っていたけれど、そんなに頑なになる必要はないのです。あなた方は、それぞれにちゃんと花開いて、この世界に豊かさをもたらしていますよ」
「……ありがとう、ございます」
マジか! あのメイサーが素直に礼を言っているぞ。
それだけ、聖者さまの存在ってのはすごいもんなんだな。
あ、そう言えば、すっかり話が逸れてしまって、肝心な話をしていないぞ。
「あの……」
ちょっとそんな雰囲気ではないが、思い切って二人に声を掛けた。
すると、聖者さまが振り向いて微笑んでみせる。
「ごめんなさい。大切なお話なんでしょう? 伺いますわ」
まるで、親子か姉妹のように、聖者さまは、メイサーの隣に仲良く腰を下ろした。
メイサーは、それまで憑いていた悪いモノでも落ちたかのように、今は涙も収まって、妙にスッキリとした顔をしている。
俺は咳払いをして、空気を切り替えた。
「その、ですね。報告書にも記していたのですが、不帰の勇者の剣を取り戻した功労者として、このメイサーに、大聖堂のお墨付きをいただきたいのです」
メイサーを貴族に引き上げるために俺達が考えた方法がこれだった。
大公国は、大聖堂の影響を強く受ける国だ。
メイサーが大聖堂から、偉人として認められたら、その偉人を平民としておくことは出来ないだろう。
必ず爵位が与えられる。
そこで、その知らせを受けた大公陛下が、メイサーを叙爵するという流れだ。
つまり、ここで躓いたら、全てが詰んでしまうことになる。
とは言え、次善の策がない訳ではない。
もし、大聖堂側が認めないようなら、無理やり勇者の権限を持って、何らかの称号を与えるつもりではあった。
「わかりました。不帰の勇者の魂を地上に戻し、聖剣を蘇らせる。その最初の道を示してくださった、誇り高き魂に、『華下の光輝』の称号を贈りましょう」
「まぁ、素晴らしいですわ」
聖者さまの宣言を、聖女が手を打って称賛する。
「これはまた。……式典が楽しみだな」
勇者が意味ありげに笑った。
どういうことだ?
俺が理解していないと思ったのだろう。
聖女が再び、ひそひそとささやいて教えてくれた。
「華を冠する称号は、最高の栄誉なのですよ」
そう言って、ニコニコと笑う。
え? マジで?
最高って、普通王族に使うような称号ってことか?
聖者さまを見ると、聖女と同じようにニコニコと笑っていた。
そして、その隣にいるメイサーは、困惑したような、戸惑っているような様子だ。
「よかったですね。メイサーさん」
メルリルの言葉には、心からの祝福が籠もっていた。
「ああ、よかった……な?」
あれ? 最初予定していたよりもおおごとになってないか? 大丈夫か? これ。
祝福の言葉と拍手が飛び交うなか、俺は少し困惑しながらも、メイサーを祝福したのだった。
俺は驚きながらも、メイサーに声を掛ける。
なんで泣いてるんだ? こいつ。
俺の知っているメイサーは、人前で感情に揺り動かされて泣くような女じゃない。
相手を騙すために泣いてみせるぐらいはするが、弱みになるようなものは決して見せなかった。
「遅いよ、どうして今頃……」
返って来た言葉に、さらに困惑が深まる。
どうしたんだ? こいつ。
そんな俺の困惑を他所に、まだ立ったままだった聖者さまが、スッとメイサーに近寄って、そのまま抱きしめた。
ど、どういうことだ?
「辛かったのですね。生きていることが、神の祝福には思えなかった。そうでしょう?」
「神さまなんて、信じない。だけど、信じないと、生きていけなかった。誰かに、ひと言でいい、神さまはちゃんといて、世界を見守っていると言って欲しかった。でも、それはずっと昔。子どもの頃のあたしと兄さんの気持ちだ。今は、もう遅い。今更もう遅いよ」
メイサーはとめどなく涙を流し、聖者さまに縋り付く。
その二人の姿は、ひどく神聖なものに思えて、声を掛けることも出来ない。
「お師匠さま」
そっと近づいて来た聖女が、ささやくような声で言った。
「ああいうことはよくあるのです。聖者さまと対面したときに、自分を罪深いと思っている人ほど、救いを聖者さまに求めるようなのです。メイサーさまは、きっと、ご自分が汚れていると思ってらっしゃるのだと思います。ですが、本当に魂が汚れている者は、聖者さまに近づこうとすらしません。メイサーさまの魂は純粋なのですわ」
正直、俺は神を信じるとか信じないとか、考えたこともないような人間だ。
自分の力だけで生きて来たと自負している。
ただ、大聖堂で、神の盟約と触れたときに、自分が世界によって生かされているんだということは感じた。
どんな生き物も、魔物ですら、一つの命だけで世界は巡らない。
世界が変化し、成長するには、多くの命の巡りが必要で、俺達は、その巡りを神と呼んでいるのだ。
「赦しは必要ですか?」
「そんなもの……いらない。ただ、道半ばで死んだ兄さんのために祈って欲しい」
「わかりました。ですが、あなたのお兄さんの一部は、未だ、あなたのなかにあります。だから、わたくしはあなたのためにも祈りましょう」
聖者が、そっと、メイサーの胸の中心に左手を触れる。
すると、そこに開いていく花の幻影が見えた。
固く閉ざされた蕾が、ふんわりとほぐれるように開いて、辺りに馥郁たる香りが漂う。
え? 幻想だよな?
「大丈夫。あなたの命はお兄さんの魂の一部を包み込んで守っていたけれど、そんなに頑なになる必要はないのです。あなた方は、それぞれにちゃんと花開いて、この世界に豊かさをもたらしていますよ」
「……ありがとう、ございます」
マジか! あのメイサーが素直に礼を言っているぞ。
それだけ、聖者さまの存在ってのはすごいもんなんだな。
あ、そう言えば、すっかり話が逸れてしまって、肝心な話をしていないぞ。
「あの……」
ちょっとそんな雰囲気ではないが、思い切って二人に声を掛けた。
すると、聖者さまが振り向いて微笑んでみせる。
「ごめんなさい。大切なお話なんでしょう? 伺いますわ」
まるで、親子か姉妹のように、聖者さまは、メイサーの隣に仲良く腰を下ろした。
メイサーは、それまで憑いていた悪いモノでも落ちたかのように、今は涙も収まって、妙にスッキリとした顔をしている。
俺は咳払いをして、空気を切り替えた。
「その、ですね。報告書にも記していたのですが、不帰の勇者の剣を取り戻した功労者として、このメイサーに、大聖堂のお墨付きをいただきたいのです」
メイサーを貴族に引き上げるために俺達が考えた方法がこれだった。
大公国は、大聖堂の影響を強く受ける国だ。
メイサーが大聖堂から、偉人として認められたら、その偉人を平民としておくことは出来ないだろう。
必ず爵位が与えられる。
そこで、その知らせを受けた大公陛下が、メイサーを叙爵するという流れだ。
つまり、ここで躓いたら、全てが詰んでしまうことになる。
とは言え、次善の策がない訳ではない。
もし、大聖堂側が認めないようなら、無理やり勇者の権限を持って、何らかの称号を与えるつもりではあった。
「わかりました。不帰の勇者の魂を地上に戻し、聖剣を蘇らせる。その最初の道を示してくださった、誇り高き魂に、『華下の光輝』の称号を贈りましょう」
「まぁ、素晴らしいですわ」
聖者さまの宣言を、聖女が手を打って称賛する。
「これはまた。……式典が楽しみだな」
勇者が意味ありげに笑った。
どういうことだ?
俺が理解していないと思ったのだろう。
聖女が再び、ひそひそとささやいて教えてくれた。
「華を冠する称号は、最高の栄誉なのですよ」
そう言って、ニコニコと笑う。
え? マジで?
最高って、普通王族に使うような称号ってことか?
聖者さまを見ると、聖女と同じようにニコニコと笑っていた。
そして、その隣にいるメイサーは、困惑したような、戸惑っているような様子だ。
「よかったですね。メイサーさん」
メルリルの言葉には、心からの祝福が籠もっていた。
「ああ、よかった……な?」
あれ? 最初予定していたよりもおおごとになってないか? 大丈夫か? これ。
祝福の言葉と拍手が飛び交うなか、俺は少し困惑しながらも、メイサーを祝福したのだった。
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