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第八章 真なる聖剣

801 貴人のための部屋

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 飲み物とお菓子類をテーブルにセットした後、女官さんはパーニャ姫を置いて一度席を外した。
 姫君一人だけ残すとか、すごい信頼だな。
 まぁ、勇者の一行だし、そりゃあそうか。
 大公国の貴族らしく、海洋公も信仰に篤いようだし、そういう人間にとって勇者は神の代理人だ。
 この世に勇者以上に信じられる人間はいない、ぐらいの感覚なんだろうな。

 正直な話、歴代の勇者の活躍を聞くと、実際、勇者という存在がいかに人々の希望だったのかということがわかる。
 冒険者になるような人間は、ほぼ無法者みたいなもんだから、神を小馬鹿にする奴もいたが、逆に狂信者のように神を信じている奴もいた。
 人が生きる過程において、自分の力だけではどうにもならない現実に打ちのめされる機会は必ずある。
 そんなときに信じるものがあるのは強い。
 それは間違いない話だ。

 そんなことをつらつら考えながらルフとパーニャ姫の無邪気なやりとりに心を癒やされていると、再び女官さんが訪れて、部屋の用意が出来たと迎えに来てくれた。

「ならば、お部屋までの間、私がお城を案内します!」

 パーニャ姫がものすごく張り切って、お城の案内を買って出てくれた。
 ルフの片手をしっかり握っていて、仲がよくて大変よろしい。

「この廊下は、城の外周をぐるっと回り込んで続いているのです! 窓は外からの攻撃を受けないように、縦に細い造りとなっています。このように全部を開けているとなかなか明るいのです!」
「すごいですね!」

 パーニャ姫の説明にルフが感心するという繰り返しで、その裏のないやりとりが、とんでもない事件で疲れ果てた俺の心を和ませてくれた。

「このお城は、崖に沿って造られた関係で、お庭が少ないのが残念なところなのです。でも、空中庭園と呼ばれている、テラスをいくつも重ねたお庭があるのです。そこはお花の種類も豊富で、景色もよくて、とても美しいのですよ!」
「それは凄いですね。見てみたいです」

 何度目かの二人の会話の後に、初めて女官さんが付け足した。

「皆様のお部屋は、その空中庭園のあるテラスに面したところです。我が城自慢のお部屋なのですよ。州公さまやお身内のなかの上位の方、大公陛下や位の高い貴人の方用のお部屋なのです」

 うわあ。
 またとんでもない部屋を用意してくれたようだ。
 とは言え、勇者一行のための部屋と考えれば、全くおかしな話ではない。
 俺が慣れないだけの話だ。

 この城の廊下は、ゆるやかな螺旋階段のような構造で、高い場所に行くまでに急な階段は一つもなかった。
 逆に言えば、下から入って上に到達するまでに、かなりの時間を必要とする造りと言えるだろう。
 窓の仕様といい、隣接する領主に油断が出来ない、戦の絶えない大公国らしい城と言える。

 案内された部屋は、壁の少ない広々とした部屋で、独立した部屋として使える場所が、全部で八つあるらしい。
 そのため、男女で分けることもなく、この客室を俺達全員で使って欲しいということだった。

 今までで一番贅沢な部屋かもしれない。
 まぁ帝国の宿泊施設も大概だったが、あれはなんというか成金趣味っぽかったよな。

 海洋公の城の客室は、全体的に上品で落ち着いた色合いだった。
 調度品は全て間違いなく高級なんだろうなとは思えるが、長年使い込まれた歴史あるもので、人の暮らしに馴染んでいる感じがする。

「それでは失礼いたします。もし必要でしたら、身の回りのお世話をする者を寄越しますが」
「いらん。自分のことは自分で出来る。食事などもこの部屋に運んでくれればいい。外に連絡を取りたいときにどうすればいいかだけ教えてくれ」

 勇者がにべもなく、世話係を断る。
 
「それでしたらこちら……」

 女官さんが、入り口近くの飾り棚のようなところに置いてある、装飾された箱のようなものを示した。

「この花の絵柄のところに手を置いて呼びかけていただくと、使用人の部屋に通じます。直接命じるか、伝言をしていただくかしてくだされば、すぐにご用に対応いたします」
「これは、魔道具か?」
「はい。通信の魔道具で、声を伝えるものです。応答の声も聞こえますから、わざわざ呼ぶ必要もないご依頼なら、この魔道具だけで済ませることも可能です」

 さすが便利なものがあるな。
 普通の城なら、呼び出し紐とか、伝声管のようなものぐらいがせいぜいだろう。
 というか、魔獣公の城と比べても、海洋公の城は魔道具が豊富に使われているようだ。

「それでは、失礼いたします。姫さま、帰りますよ?」
「私はもうちょっと、ルフさんやフォルテさんと一緒にいます。ここからならお部屋も近いし、いいでしょう?」

 お、パーニャ姫、さきほどの応接室に続いて、ちょっとしたわがままを発動したようだ。
 それに対して、女官さんは少し考えたようだが、一礼した。
 いいってことかな?

「遅くなる前に、お側付きの侍女を寄越しますので、それまでパーニャ姫をお願いしてよろしいでしょうか?」
「俺は別に構わない」

 勇者はそう言うと、俺を見る。
 俺はうなずいて、全員の顔を見たが、反対の者はいないようだった。

「それでは責任を持ってお預かりします」
「私のことは私が責任を持ちます。ご迷惑はお掛けしません!」

 と、パーニャ姫。

「姫さま。お客人のお部屋に居座るのは、それだけで本来ご迷惑なのですよ。それは心得ておいてください」
「あ……ごめんなさい」

 最後にピシッと言って退室した。
 パーニャ姫はちょっともじもじしている。

「もしかして、ご、ご迷惑でしたか?」
「子どもが一人増えたところで気にならない」
「それって僕がそもそも迷惑ってことですよね」

 パーニャ姫と一緒にルフが落ち込んでしまった。
 勇者の物言いがこんななのは仕方がないので、俺がフォローする。

「子どもが元気な様子を見ると、心が癒やされると、勇者さまはおっしゃっているのですよ。さ、フォルテも貸しますので、一緒にご自慢の庭で遊んで来るといいですよ」
「ピャッ!」

 フォルテは特に嫌がる様子もなく、子ども達のところへと行った。
 さっきちょっと遊んでいたが、パーニャ姫もルフも無体を働くような子達ではないので、フォルテも安心なのだろう。

「はい! ありがとうございます!」
「わかりました!」

 うんうん、子どもは元気なほうがいいな。
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