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第八章 真なる聖剣
931 吟遊詩人と勇者の師匠
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「おお、勇者さま! 伝説の本人を目にすることが出来るとは、感激の至りです!」
吟遊詩人のテンションは想像以上に高かった。
集まった人達にめちゃくちゃ飲まされたせいかもしれない。
「……ああ」
対する勇者のテンションは地を這うように低い。
ちょっとぐらい笑ってやれよ。
「あっ! そちらの法衣の美しい女性が聖女さまですね。聞きましたよ! こちらのご城主さまのお嬢さまであらせられるとか! 姫君なのに勇者さまと共に、人々を守る危険な旅をなさっていると……。感動です!」
そうこうしているうちに、吟遊詩人は今度は聖女へと腰をかがめて挨拶をした。
聖女の手を取り口づけをしようとしたところに、城主さまの咳払いが入って止める。
「そうでした。麗しの御手を私などの唇で汚してはなりませんね」
うんうん、こういうそつのなさが、世渡り上手な吟遊詩人だよな。
何しろ、剣を帯びず、楽器だけを手に世界を渡るのである。
他人の助けを受けながら生き抜く術に長けていなければ、出来ることではない。
「ありがとうございます」
自分を褒め称える相手に、聖女はにこりと微笑んでお礼を言った。
聖女は褒め称えられるのに慣れているので、遠慮したり照れたりしない。
実に堂々としたものだ。
いちいち感情が表に出る勇者にはぜひ見習ってもらいたい。
「そちらの麗しくも凛々しいお方は、大聖堂の法衣闘士さまですね。なかなか表に出て来られないので、実際に目にするのは初めてです。感激です!」
何にでも感激する吟遊詩人は、モンクに対しても憧れの目を向ける。
「え、ええ、まぁ……」
モンクはいつもはパーティ内で目立つことはないので、褒められ慣れていない。
ものすごく戸惑っている。
これはこれで新鮮だな。
そう言えば、大聖堂の武器を帯びない闘士であるモンクは、聖女や聖人の守り手として常にその周りにいて、あまり外には出ないものだ。
一般人は目にすることは少ないだろう。
そう考えると、吟遊詩人の言葉は決して過剰なものではない。
「ああ、そして、貴方は存じておりますよ! 魔力を持たずに産まれながら、自らの研鑽のみで勇者の聖騎士となった、生きた伝説のお一人! 貴方の詩は、ご婦人や武人の方々に人気なのです!」
「どうも」
ものすごい絶賛だが、言われた聖騎士のほうはそっけない対応だ。
そういう反応にもいちいち感動して見せるので、どれほど馴れ馴れしくされても、悪印象を抱きにくい。
さすがは貴族の館に滞在出来る程の吟遊詩人である。
その吟遊詩人が、次にくるりとこちらを向いた。
「ああ、まさか生きて森人と出会えるとは、ここが生きた伝説のなかであると感じさせてくれます。麗しいお方、お名前をお伺いしても?」
さすがにメルリルのことは知らなかったらしい。
吟遊詩人に迫られて、メルリルはビクッとして俺の後に隠れた。
「脅かしてしまったのなら申し訳ありません」
途端に吟遊詩人はしょんぼりとして肩を落とす。
「あ、あの、メルリル……です」
その様子を気の毒に思ったのか、メルリルはおずおずと答えた。
「おお、聞いたことがあります。音の重なった名を持つ森人は特別なのだとか、素晴らしい。そのような方が勇者さま方と同行なさっているとは、全く知らなかった無知なる私をお許しください」
言って、深々と頭を下げる。
「い、いえ、はい」
メルリルはまだ戸惑っているようだ。
こういうタイプの平野人に会ったことがなかったからなぁ。
そして、吟遊詩人はすっと視線をこちらに向けた。
しかし正面から見ると本当に独特な風貌をしているな。
もともとの顔立ちも柔和なのだろうが、内面が表に出て、子どもがそのまま大人になったような無邪気な表情だ。
他人の庇護欲を掻き立てる顔立ちと言っていいのだろうか?
「ああ、お会いしたかった。あなたこそが、今や風すら囁いてゆく、伝説の御方。叩き上げの冒険者にして、勇者のお師匠であるダスター殿ですね」
「そうだ! 俺の師匠だ、失礼は許さんぞ!」
おいおい、なんでメルリルは知らないで俺は知ってるんだ?
即座に勇者が肯定してしまったので、否定することも出来ないだろうが!
それと勇者、こんな子どもみたいに細っこい男を脅すな。
しかし吟遊詩人のほうは、その勇者の態度に恐れるどころか、ますます感動をつのらせたようだ。
「なんと麗しい師弟愛。あ! 新しい詩を思いつきました! 素晴らしい!」
テンションがおかしい。
おそらく酒の飲みすぎだろう。
「あの、ダスター殿、後ほどお部屋にお伺いして、お話を聞かせていただいてもよろしいでしょうか?」
「え? いや、俺は忙しいから遠慮する」
「……そうなんですか」
俺が即座に断ると、吟遊詩人の男はひどく落ち込んだ。
なんというか、見ている者に哀れを誘うほどの落ち込み方である。
これは絶対演技だ。
俺の勘がそう告げている。
だが、そう思っていても、ひどく悪いことをしたような気持ちになってしまう。
さすが、他人の心を動かすプロだけはある。
「そうだ。明日の夕食後なら、空いている時間があるから、そのときに来てもらったら?」
「えっ?」
思わぬ伏兵、メルリルが吟遊詩人に助け舟を出した。
思わず変な声を出してしまう。
「お美しい上にお優しい森人の姫君。もしや、貴女は、ダスター殿の許婚者なのでは?」
「まぁ、どうしてそう思われたのですか?」
「ダスター殿が貴女を見る目には愛情が溢れていますからね。すぐにわかりました」
「そうだったんですね」
ものすごく嬉しそうな顔になったメルリルが俺を見る。
少し頬を染めて、上目遣いという、俺が一番弱い表情であった。
「う、うん、まぁ、夕食後の時間、少しの間だけなら……」
「ありがとうございます!」
さっきの落ち込みなどなかったように、吟遊詩人は大感激すると、俺の手を両手でがっしりと掴んだ。
こいつ意外と力があるぞ。
「待て、師匠の話なら俺にも出来る。師匠達の邪魔をするぐらいなら俺から話を聞け」
「おお、それは願ってもない話です。光栄にございます」
「……俺もその場に同席する。それなら一度に用は済むだろ」
「なるほど。素晴らしいアイディアですな。さすが知恵にてドラゴンすら退けると噂の勇者のお師匠殿です」
いや、それはどんな噂だ?
とりあえず、勇者だけで話をさせたら何を言い出すかわからない。
それぐらいなら俺も同席して、ある程度話の流れをコントロールしたほうがいいだろう。
俺は嫌な予感をひしひしと感じながらも、吟遊詩人と約束をしたのだった。
吟遊詩人のテンションは想像以上に高かった。
集まった人達にめちゃくちゃ飲まされたせいかもしれない。
「……ああ」
対する勇者のテンションは地を這うように低い。
ちょっとぐらい笑ってやれよ。
「あっ! そちらの法衣の美しい女性が聖女さまですね。聞きましたよ! こちらのご城主さまのお嬢さまであらせられるとか! 姫君なのに勇者さまと共に、人々を守る危険な旅をなさっていると……。感動です!」
そうこうしているうちに、吟遊詩人は今度は聖女へと腰をかがめて挨拶をした。
聖女の手を取り口づけをしようとしたところに、城主さまの咳払いが入って止める。
「そうでした。麗しの御手を私などの唇で汚してはなりませんね」
うんうん、こういうそつのなさが、世渡り上手な吟遊詩人だよな。
何しろ、剣を帯びず、楽器だけを手に世界を渡るのである。
他人の助けを受けながら生き抜く術に長けていなければ、出来ることではない。
「ありがとうございます」
自分を褒め称える相手に、聖女はにこりと微笑んでお礼を言った。
聖女は褒め称えられるのに慣れているので、遠慮したり照れたりしない。
実に堂々としたものだ。
いちいち感情が表に出る勇者にはぜひ見習ってもらいたい。
「そちらの麗しくも凛々しいお方は、大聖堂の法衣闘士さまですね。なかなか表に出て来られないので、実際に目にするのは初めてです。感激です!」
何にでも感激する吟遊詩人は、モンクに対しても憧れの目を向ける。
「え、ええ、まぁ……」
モンクはいつもはパーティ内で目立つことはないので、褒められ慣れていない。
ものすごく戸惑っている。
これはこれで新鮮だな。
そう言えば、大聖堂の武器を帯びない闘士であるモンクは、聖女や聖人の守り手として常にその周りにいて、あまり外には出ないものだ。
一般人は目にすることは少ないだろう。
そう考えると、吟遊詩人の言葉は決して過剰なものではない。
「ああ、そして、貴方は存じておりますよ! 魔力を持たずに産まれながら、自らの研鑽のみで勇者の聖騎士となった、生きた伝説のお一人! 貴方の詩は、ご婦人や武人の方々に人気なのです!」
「どうも」
ものすごい絶賛だが、言われた聖騎士のほうはそっけない対応だ。
そういう反応にもいちいち感動して見せるので、どれほど馴れ馴れしくされても、悪印象を抱きにくい。
さすがは貴族の館に滞在出来る程の吟遊詩人である。
その吟遊詩人が、次にくるりとこちらを向いた。
「ああ、まさか生きて森人と出会えるとは、ここが生きた伝説のなかであると感じさせてくれます。麗しいお方、お名前をお伺いしても?」
さすがにメルリルのことは知らなかったらしい。
吟遊詩人に迫られて、メルリルはビクッとして俺の後に隠れた。
「脅かしてしまったのなら申し訳ありません」
途端に吟遊詩人はしょんぼりとして肩を落とす。
「あ、あの、メルリル……です」
その様子を気の毒に思ったのか、メルリルはおずおずと答えた。
「おお、聞いたことがあります。音の重なった名を持つ森人は特別なのだとか、素晴らしい。そのような方が勇者さま方と同行なさっているとは、全く知らなかった無知なる私をお許しください」
言って、深々と頭を下げる。
「い、いえ、はい」
メルリルはまだ戸惑っているようだ。
こういうタイプの平野人に会ったことがなかったからなぁ。
そして、吟遊詩人はすっと視線をこちらに向けた。
しかし正面から見ると本当に独特な風貌をしているな。
もともとの顔立ちも柔和なのだろうが、内面が表に出て、子どもがそのまま大人になったような無邪気な表情だ。
他人の庇護欲を掻き立てる顔立ちと言っていいのだろうか?
「ああ、お会いしたかった。あなたこそが、今や風すら囁いてゆく、伝説の御方。叩き上げの冒険者にして、勇者のお師匠であるダスター殿ですね」
「そうだ! 俺の師匠だ、失礼は許さんぞ!」
おいおい、なんでメルリルは知らないで俺は知ってるんだ?
即座に勇者が肯定してしまったので、否定することも出来ないだろうが!
それと勇者、こんな子どもみたいに細っこい男を脅すな。
しかし吟遊詩人のほうは、その勇者の態度に恐れるどころか、ますます感動をつのらせたようだ。
「なんと麗しい師弟愛。あ! 新しい詩を思いつきました! 素晴らしい!」
テンションがおかしい。
おそらく酒の飲みすぎだろう。
「あの、ダスター殿、後ほどお部屋にお伺いして、お話を聞かせていただいてもよろしいでしょうか?」
「え? いや、俺は忙しいから遠慮する」
「……そうなんですか」
俺が即座に断ると、吟遊詩人の男はひどく落ち込んだ。
なんというか、見ている者に哀れを誘うほどの落ち込み方である。
これは絶対演技だ。
俺の勘がそう告げている。
だが、そう思っていても、ひどく悪いことをしたような気持ちになってしまう。
さすが、他人の心を動かすプロだけはある。
「そうだ。明日の夕食後なら、空いている時間があるから、そのときに来てもらったら?」
「えっ?」
思わぬ伏兵、メルリルが吟遊詩人に助け舟を出した。
思わず変な声を出してしまう。
「お美しい上にお優しい森人の姫君。もしや、貴女は、ダスター殿の許婚者なのでは?」
「まぁ、どうしてそう思われたのですか?」
「ダスター殿が貴女を見る目には愛情が溢れていますからね。すぐにわかりました」
「そうだったんですね」
ものすごく嬉しそうな顔になったメルリルが俺を見る。
少し頬を染めて、上目遣いという、俺が一番弱い表情であった。
「う、うん、まぁ、夕食後の時間、少しの間だけなら……」
「ありがとうございます!」
さっきの落ち込みなどなかったように、吟遊詩人は大感激すると、俺の手を両手でがっしりと掴んだ。
こいつ意外と力があるぞ。
「待て、師匠の話なら俺にも出来る。師匠達の邪魔をするぐらいなら俺から話を聞け」
「おお、それは願ってもない話です。光栄にございます」
「……俺もその場に同席する。それなら一度に用は済むだろ」
「なるほど。素晴らしいアイディアですな。さすが知恵にてドラゴンすら退けると噂の勇者のお師匠殿です」
いや、それはどんな噂だ?
とりあえず、勇者だけで話をさせたら何を言い出すかわからない。
それぐらいなら俺も同席して、ある程度話の流れをコントロールしたほうがいいだろう。
俺は嫌な予感をひしひしと感じながらも、吟遊詩人と約束をしたのだった。
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