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第八章 真なる聖剣

936 神力の宿る剣

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「しかし、アルフがコントロール出来ないということは、いかに優れた聖剣だとしても、問題があるのでは?」
「うむ、少々はしゃぎすぎだの」

 それは剣の話ですか?
 まるで我が子を評価するような、アドミニス殿のどこか微笑ましげな表情に困惑してしまう。
 それとも、たやすく使い魔を作るアドミニス殿のことだ、まさかと思うが、本当に聖剣に意思を宿したのだろうか?

「まさか、聖剣が意思を持っている、とか言いませんよね?」
「ふむ……その質問は思索的な話かの?」
「いえ、現実的な話として、です。例えば使い魔達みたいな感じで」
「なるほど、そういう心配か。いや、さっきも言ったが、剣が自分で考えたりはせんよ。あくまでも剣は剣でしかない。ただし、剣には個性や相性がある……それはわかるか?」
「それは……わかります」

 俺は長年【断ち切り】という山刀のような剣を使い続けたが、あの剣は俺と相性がよかった。
 俺は普通のショートソードなどの両刃の剣とは相性があまりよくなかったのだ。
 今の愛剣である【星降りの剣】も、片刃の大きなナタに近い形である。

「勇者の使う聖剣の特徴の一つとして、魔法を通しやすいというものがある。そういう意味ではこの剣は最高だ」
「そいつ、勝手に魔力を吸い上げるんだぞ!」

 アドミニス殿の言葉に抗議する勇者。
 なるほど、水に対するスポンジのようなものか。
 触れた瞬間から魔力を吸い上げられれば、さしもの勇者とてコントロールが難しいだろう。
 何しろ勇者は放出型の魔力タイプだ。
 何も意思を乗せないまま剣に宿った分の魔力は、自分から切り離されて、操作出来なくなってしまう。

「この剣は、聖なる魔力に強く反応するように作られておるのだ。瞬間的に勇者殿の魔力と接続されるので、抜いてすぐに攻撃に移れる。攻撃に隙がなくなるという訳だ」
「どんなに速くても、俺の操作を受け付けないんじゃ意味がないだろうが!」

 いかん、また口論が始まってしまった。

「アルフ、吸い上げられた魔力と繋がったままには出来ないのか?」
「う、むう……」

 俺の言葉に勇者は押し黙る。

「試さなかった?」
「……その、驚いて、剣から離れたいと……」

 なるほど。
 急に魔力を吸い上げられた勇者は、身の危険を感じて剣から離れようとした。
 しかし、剣のほうは勇者と魔力的に繋がっている状態なので、簡単には離れない。
 そのために暴走した、ということか。

「いいかアルフ。どれほどに強力な剣であっても、剣を握り使うのはお前自身なんだ。剣に振り回されるような使い手になるな。お前は自分の魔力にすら振り回されているところがある。腹を据えろ。お前が御さなければ、ほかの誰にもお前の魔力は御せないんだぞ?」
「う……はい」

 勇者も薄々自覚してはいたのだろう、おとなしくうなずいた。
 うーん。
 素直になるのはいいが、今回はもうちょっと反抗的になってもらったほうがいいかもしれない。
 剣に呑まれている状態なのだから、逆に呑み込んでやる! ぐらいの気概が必要だろう。

「そう言えば、さっきの聖剣は二種類の光を発したみたいだが、あれは?」

 俺は改めてアドミニス殿に訊ねる。

「片方は勇者の魔力、だな。片方は、わしも驚いたが、おそらくは神力だ」
「神力? まさか、神の力、ですか?」

 俺は驚いて聞き返す。
 すると、話を静かに聞いていた聖女がうなずいて言った。

「確かに、さきほどの光から聖なる鼓動を感じました。あれは、神の盟約からお力を分けていただいた、この神璽みしるしの力と同じものです」

 聖女の手が、水晶のようなもので形作られた花の神璽みしるしに触れる。
 聖女や聖人は、それぞれを象徴する神璽みしるしを携えて、その力を借りて奇跡を起こす。
 神璽みしるしは、神の盟約と強く繋がっているものなのだ。

「俺は神璽みしるしなど持っていないし、ここは大聖堂からは遠いぞ」

 勇者がいぶかしげに言った。
 勇者の使う魔法には、神罰魔法というものがあるが、あれは勇者に施された魔法紋によるものだ。
 魔法というものは、そもそもが神の盟約から読み解かれた術式であり、文様化することで魔法という奇跡を起こす。
 だが、その元となる魔力は、あくまでも本人のもので、神の力とは別のはずだ。
 聖女や聖人の奇跡も、本人の魔力を使ったものなので、聖女の言っているのは、神璽みしるしそのものに宿る力ということだろう。
 神璽みしるしに触れると神を感じるという意味だ。

「お前達は神と言うと盟約の話を始めるが、そんなものに触れなくとも神を感じることは可能だ。なぜなら神とはこの世界そのものだからだ。ただし、神の力そのものを取り出すことは難しい。それは命を取り出して見せてみろということに等しい」
「神学者が唱える屁理屈か? バカバカしい」

 アドミニス殿の話に勇者が反論する。
 とりあえず勇者はアドミニス殿に反抗しなければ気がすまないようだ。
 一度とことん話し合えばなんとかなるか、と思ったが、先日ずっと聖剣について話し合ったものの、和解には至らなかったようなので、望みは薄いだろう。
 おそらくは、間に誰かがいてそれぞれの言い分を公平に捌いてやらなければ話が進まない相性の悪さと見た。

「だが、あの片方の光は魔力ではなかった。それはお前も感じているんだろう?」

 俺は勇者にそう問いかける。
 渋々うなずく勇者。

「アドミニス殿も、あまり観念的はお話をされてもちょっと俺達には理解が出来ないので、もっと具体的に話していただけると助かります」
「ふむ」

 俺の言葉にしばし考えたアドミニス殿は、再び口を開く。

「わしは使い魔を生み出すときに、命そのものに触れた。それは深い深い井戸の底の光のようなものだ。どれほど長いロープを垂らしても底から汲み上げることはかなわない。では、新しい命を生み出すためにはどうすればいいのか? その答えは、生命あるものの可能性のなかにあると思ったわしは、可能性を術式を使って読み込むことにしたのだ。そのときに現れたのが、光で出来た生命の樹だ」
「生命の樹?」
「可能性を枝葉にして未来へと広がりゆかんとする生命の選択が、目に見える光となって立ち昇ったのだ。さきほどの聖剣の片方の光は、その生命の樹の光と同じだ。つまり神の力そのものが見せた、可能性の光なのだ」

 アドミニス殿はわかりやすく語ってくれたつもりのようだが、まだ難しい。
 だが、俺はかつて神の盟約そのものに触れたことがある。
 だからこそ、アドミニス殿の言っていることがなんとなくわかった。
 神とは、つまり可能性なのだ。
 世界の全てに可能性はあり、それが光の道として茂っている。
 俺はあのとき、東方から訪れた災いによって閉ざされる可能性を、闇として認識した。
 つまりこの聖剣は、使いこなせれば、ものごとの可能性を選択出来るのかもしれない。
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