3 / 6
第三話
しおりを挟む
―――二十歳までに幽霊を見たことがない人は、一生見ないんだって。
高校生のころに聞いた話だ。教えてくれたのはクラスメートの清子。卒業以来会っていないけれど、機会があったら言ってやりたい。
―――二十歳過ぎても、見るときは見てしまうんだよ。
背後に憑いているのは幽霊か、亡霊か、神霊か。
私はパソコンを立ち上げ、インターネットで彼の祠について調べてみることにした。それが姫君捜索の鍵になるかといえば望み薄だ。けれど、手がかりになるのは今のところそれしかない。藁にもすがる思いで、ぽちぽちと検索をかけた。
肩越しに四郎さまが画面を覗き込んでくる。
もっさりとふくらんだ髪が私の顔にかかり――実体がないので当たりはしないけれど、とても邪魔だ。
「あのう、画面が見えないんですけど」
「おお、これはすまぬ」
四郎さまは立ち上がり、私の左側に座り直した。
そしてまた、興味津々、お尻を浮かせて食い入るように画面を見つめている。
「パソコン、見たことあるんですか」
ふと尋ねてみると、すぐに返事が返ってきた。
「あるぞ。遠見の鏡の類いであろう」
何ですか、それは。何かの神器ですか。
「それを使うと遠くにいる者の姿を見ることもできるし、話をすることもできるのだ。姫もちゃっとというものをなさっておられた」
パソコンへの理解はある意味間違ってはいない。が、それを使いこなしておられたのはお探しの姫君ではないような気がする。
この状態で本人の名前を検索にかけるのは憚られた。せいぜい地名と祠の位置くらいしかワードがない。あと付け加えるとしたら。
「そういえば、姫君のお名前はなんとおっしゃるんですか」
むっ、と四郎さまの頬がこわばる。その表情にびくっとした。なにか悪いことを聞いてしまったのだろうか。怒らせてしまったら怖いな。
「姫は――『なお』と呼ばれておいでだった」
なお、ですと?
ぽかんとする私に、四郎さまが由緒を解説してくれた。
「直くあれ、素直であれ。正しい道を歩み、人に愛され幸せな生を送れるようにとの願いがこめられたものと聞いておる」
なるほど。直姫、か。
来瀬町 コーポ鈴掛 祠 小さな石の祠 直姫
残念ながら、というか予想通りというか。祠に関する情報は出てこなかったが、心霊スポットでなかっただけよしとしよう。
さて、次はどうするか。
祠のある空き地のお隣には、塀で囲まれた立派な日本家屋がある。門や塀の上にも瓦屋根が乗っている豪邸だ。『北岡』という表札のかけられたあの家を訪ねてみるのが一番確実で手っ取り早いに決まっている。
(だけどなあ……)
私はこの地に越してきたばかりの新参者。見知らぬ方のお宅に、紹介もなく、いきなりアポなしで押しかける勇気はない。祠や直姫さまについて尋ねるにしても、理由を話さなくてはならないだろう。かと言ってありのままに事情を話すわけにもいかない。私は頭を抱えた。
(怪しすぎる……)
先方さまにどう思われることやら。そこから話が大家さんに伝わって、このアパートに居づらくなるのは困る。
お隣り訪問は最後の最後、行き詰まってどうしようもなくなったときの最終手段にしよう。
ネットでの収穫はなし。現地取材は難しい。他に情報を手に入れる手段は――。
(図書館はどうかな)
職場の近くにも市立図書館があったけれど、大きな図書館より地元の図書館の方がその地域に関する資料を多く所蔵していそうだ。
パソコンで検索してみると、私が通勤に使っている駅の向こうに町の図書館があった。
駅の向こう側には旧街道と宿場町の一部が残っていて、ささやかな観光地になっている。地図で見ると図書館は宿場町のはずれにあった。
徒歩で行くには少し距離があるし、落ち武者と一緒に散策、なんていう形になるのも気が進まない。
大家さんに電話をかけ、アパート共有の自転車を借りることにした。シェアサイクルというと聞こえはいいが、以前の住民が置いていった古いママチャリだ。
鍵のありかを聞き、備え付けのノートに日付と名前、時間を記入する。
現在の時刻、10:27。午前中に帰ってこれるだろうか。念のため長めに申請しておこう。
で、これはとても大事なことだけれど、自転車の二人乗りは道路交通法に違反する。
「若君はここに」
私は荷台を指差した。
霊は数に入らないはずだ。だって、守護霊や背後霊をいっぱい背負っている人だって、世の中にはいるはずなのだから。
四郎さまは素直に頷き、荷台に跨がった。
(視える人に会いませんように)
心の中で祈りつつ、落ち武者を乗せた自転車を走らせる。
図書館に向かう途中、彼は熱を込めて語り続けた。
「姫は本当に素晴らしい方なのだ。容姿もだが、なによりその心根の清らかで慈愛深きことといったら。それでいて芯は強く凜としておられる。あの方が月なら他の女子などみなスッポン。よくぞあのような方がこの濁世に生をうけたものよ、と」
そうですか、私はスッポンですか。あなた様は今、そのスッポンにすがっておいでなのですよ。
「よるべなき身の上でありながら、御名のとおり心健やかにお育ちで。才長けて、しかも決して驕らず……」
親バカ、兄バカ、従者バカ。単なるバカならいいけれど、今の時代、あまり姫君への賛辞を力説するとやばいヤツ認定されますよ。
喉元まで出かかったあれやこれやをぐっと飲み込み、私は力いっぱい自転車を漕いだ。
高校生のころに聞いた話だ。教えてくれたのはクラスメートの清子。卒業以来会っていないけれど、機会があったら言ってやりたい。
―――二十歳過ぎても、見るときは見てしまうんだよ。
背後に憑いているのは幽霊か、亡霊か、神霊か。
私はパソコンを立ち上げ、インターネットで彼の祠について調べてみることにした。それが姫君捜索の鍵になるかといえば望み薄だ。けれど、手がかりになるのは今のところそれしかない。藁にもすがる思いで、ぽちぽちと検索をかけた。
肩越しに四郎さまが画面を覗き込んでくる。
もっさりとふくらんだ髪が私の顔にかかり――実体がないので当たりはしないけれど、とても邪魔だ。
「あのう、画面が見えないんですけど」
「おお、これはすまぬ」
四郎さまは立ち上がり、私の左側に座り直した。
そしてまた、興味津々、お尻を浮かせて食い入るように画面を見つめている。
「パソコン、見たことあるんですか」
ふと尋ねてみると、すぐに返事が返ってきた。
「あるぞ。遠見の鏡の類いであろう」
何ですか、それは。何かの神器ですか。
「それを使うと遠くにいる者の姿を見ることもできるし、話をすることもできるのだ。姫もちゃっとというものをなさっておられた」
パソコンへの理解はある意味間違ってはいない。が、それを使いこなしておられたのはお探しの姫君ではないような気がする。
この状態で本人の名前を検索にかけるのは憚られた。せいぜい地名と祠の位置くらいしかワードがない。あと付け加えるとしたら。
「そういえば、姫君のお名前はなんとおっしゃるんですか」
むっ、と四郎さまの頬がこわばる。その表情にびくっとした。なにか悪いことを聞いてしまったのだろうか。怒らせてしまったら怖いな。
「姫は――『なお』と呼ばれておいでだった」
なお、ですと?
ぽかんとする私に、四郎さまが由緒を解説してくれた。
「直くあれ、素直であれ。正しい道を歩み、人に愛され幸せな生を送れるようにとの願いがこめられたものと聞いておる」
なるほど。直姫、か。
来瀬町 コーポ鈴掛 祠 小さな石の祠 直姫
残念ながら、というか予想通りというか。祠に関する情報は出てこなかったが、心霊スポットでなかっただけよしとしよう。
さて、次はどうするか。
祠のある空き地のお隣には、塀で囲まれた立派な日本家屋がある。門や塀の上にも瓦屋根が乗っている豪邸だ。『北岡』という表札のかけられたあの家を訪ねてみるのが一番確実で手っ取り早いに決まっている。
(だけどなあ……)
私はこの地に越してきたばかりの新参者。見知らぬ方のお宅に、紹介もなく、いきなりアポなしで押しかける勇気はない。祠や直姫さまについて尋ねるにしても、理由を話さなくてはならないだろう。かと言ってありのままに事情を話すわけにもいかない。私は頭を抱えた。
(怪しすぎる……)
先方さまにどう思われることやら。そこから話が大家さんに伝わって、このアパートに居づらくなるのは困る。
お隣り訪問は最後の最後、行き詰まってどうしようもなくなったときの最終手段にしよう。
ネットでの収穫はなし。現地取材は難しい。他に情報を手に入れる手段は――。
(図書館はどうかな)
職場の近くにも市立図書館があったけれど、大きな図書館より地元の図書館の方がその地域に関する資料を多く所蔵していそうだ。
パソコンで検索してみると、私が通勤に使っている駅の向こうに町の図書館があった。
駅の向こう側には旧街道と宿場町の一部が残っていて、ささやかな観光地になっている。地図で見ると図書館は宿場町のはずれにあった。
徒歩で行くには少し距離があるし、落ち武者と一緒に散策、なんていう形になるのも気が進まない。
大家さんに電話をかけ、アパート共有の自転車を借りることにした。シェアサイクルというと聞こえはいいが、以前の住民が置いていった古いママチャリだ。
鍵のありかを聞き、備え付けのノートに日付と名前、時間を記入する。
現在の時刻、10:27。午前中に帰ってこれるだろうか。念のため長めに申請しておこう。
で、これはとても大事なことだけれど、自転車の二人乗りは道路交通法に違反する。
「若君はここに」
私は荷台を指差した。
霊は数に入らないはずだ。だって、守護霊や背後霊をいっぱい背負っている人だって、世の中にはいるはずなのだから。
四郎さまは素直に頷き、荷台に跨がった。
(視える人に会いませんように)
心の中で祈りつつ、落ち武者を乗せた自転車を走らせる。
図書館に向かう途中、彼は熱を込めて語り続けた。
「姫は本当に素晴らしい方なのだ。容姿もだが、なによりその心根の清らかで慈愛深きことといったら。それでいて芯は強く凜としておられる。あの方が月なら他の女子などみなスッポン。よくぞあのような方がこの濁世に生をうけたものよ、と」
そうですか、私はスッポンですか。あなた様は今、そのスッポンにすがっておいでなのですよ。
「よるべなき身の上でありながら、御名のとおり心健やかにお育ちで。才長けて、しかも決して驕らず……」
親バカ、兄バカ、従者バカ。単なるバカならいいけれど、今の時代、あまり姫君への賛辞を力説するとやばいヤツ認定されますよ。
喉元まで出かかったあれやこれやをぐっと飲み込み、私は力いっぱい自転車を漕いだ。
3
あなたにおすすめの小説
同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。
ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。
真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。
引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。
偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。
ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。
優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。
大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜
来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、
疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。
無愛想で冷静な上司・東條崇雅。
その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、
仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。
けれど――
そこから、彼の態度は変わり始めた。
苦手な仕事から外され、
負担を減らされ、
静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。
「辞めるのは認めない」
そんな言葉すらないのに、
無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。
これは愛?
それともただの執着?
じれじれと、甘く、不器用に。
二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。
無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。
※この物語はフィクションです。
登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
三十年後に届いた白い手紙
RyuChoukan
ファンタジー
三十年前、帝国は一人の少年を裏切り者として処刑した。
彼は最後まで、何も語らなかった。
その罪の真相を知る者は、ただ一人の女性だけだった。
戴冠舞踏会の夜。
公爵令嬢は、一通の白い手紙を手に、皇帝の前に立つ。
それは復讐でも、告発でもない。
三十年間、辺境の郵便局で待ち続けられていた、
「渡されなかった約束」のための手紙だった。
沈黙のまま命を捨てた男と、
三十年、ただ待ち続けた女。
そして、すべてを知った上で扉を開く、次の世代。
これは、
遅れて届いた手紙が、
人生と運命を静かに書き換えていく物語。
つまらない妃と呼ばれた日
柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢リーシャは政略結婚で王妃に迎えられる。だが国王レオニスの隣には、幼馴染のセレスが“当然”のように立っていた。祝宴の夜、リーシャは国王が「つまらない妃だ」と語る声を聞いてしまい、心を閉ざす。
舞踏会で差し出された手を取らず、王弟アドリアンの助けで踊ったことで、噂は一気に燃え上がる――「王妃は王弟と」「国王の本命は幼馴染」と。
さらに宰相は儀礼と世論を操り、王妃を孤立させる策略を進める。監視の影、届かない贈り物、すり替えられた言葉、そして“白薔薇の香”が事件現場に残る冤罪の罠。
リーシャは微笑を鎧に「今日から、王の隣に立たない」と決めるが、距離を取るほど誤解は確定し、王宮は二人を引き裂いていく。
――つまらない妃とは、いったい誰が作ったのか。真実が露わになった時、失われた“隣”は戻るのか。
拾った年上侯爵が甘え上手すぎて、よしよししてたら婚約することになりました
星乃和花
恋愛
⭐︎火木土21:00更新ー本編8話・後日談8話⭐︎
王都の市場で花屋をしているリナは、ある朝――
路地裏で倒れている“美形の年上男性”を拾ってしまう。
熱で弱っているだけ……のはずが、彼はなぜか距離が近い。
「行かないで」「撫でて」「君がいると回復する」
甘えが上手すぎるうえに、褒め方までずるい。
よしよし看病してあげていたら、いつの間にか毎日市場に現れるようになり、
気づけば花屋は貴族の面会所(?)になっていて――
しかも彼の正体は、王都を支える侯爵家の当主だった!?
「君は国のために必要だ(※僕が倒れるから)」
年上当主の“甘え策略”に、花屋の心臓は今日ももたない。
ほのぼの王都日常コメディ×甘やかし捕獲ラブ、開幕です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる