20 / 60
第20話 怒る
しおりを挟む
事務所で伊月さんに会ってから一週間ほど。
俺は、伊月さんの家のベッドに寝ていた。
「アオくん。俺はちょっと怒っているんだよ」
「ごめんなさい……」
「アオくんにだけじゃないよ。自分に。あと、アオくんの事務所にも」
「いえ、俺が悪いです。ごめんなさい」
俺がベッドに寝て、伊月さんはベッドに腰掛けて、ため息をついていた。
このベッドで寝ている時はだいたい二人とも裸なので、俺がスウェットで伊月さんがスーツ姿なのはちょっと新鮮だ。
「うん。アオくんもね、流石に悪い。俺の大好きなアオくんを傷つけるのはアオくん本人でも悪い」
「沢山の人に迷惑と心配をかけて、反省しています」
傷つけるというと大げさな気はする。
簡単に言えば「過労で倒れた」だ。
犯人役のために、外見が「やつれる」ように食事を制限して体力が落ちている時期に、多めに仕事を請けて、スペシャルドラマは体力のいるダンサー役でダンスレッスンなんかもあって、無理をしすぎてしまった。
深夜二時までかかった撮影を終えてスタジオを出た時に、少し気が抜けたのか眩暈がして地面に膝をつくと、しばらく立ち上がれなくて……救急車を呼ばれてしまった。
診断としては、寝不足と疲労と栄養不足による自律神経の乱れ。
点滴を打って、寝て、半日の入院でかなり元気にはなったけど、医者と事務所の協議の結果、三日間の安静が言い渡され、スケジュールに少しだけ余裕を作ることが決まってしまった。
でも、請けた仕事はやり切りたいし、今回はたまたま食事制限やハードなレッスンが重なる時期で、タイミングが悪かっただけ。
病室にやってきた遠野さんと社長には「今後は食事や体調に気を付けるので、仕事は減らさなくて大丈夫です!」とは言ったけど……どうなるかな……
「迷惑をかけられるのも心配するのも、恋人だから嫌ではないよ。俺はアオくんがなによりも大事だから」
伊月さんは、誰も連絡していないのに俺が病院に運ばれて十分後には駆けつけてくれたらしい。
位置情報共有アプリで確認したにしても早すぎて怖いけど、すぐに来てくれたうえに、三日間の看病もかって出てくれた。
一瞬「この人と一緒で気が休まるのか?」とは思ったけど、遠野さんや社長が「伊月さんが一緒なら安心だ」と言うし、体調が悪いからかな……一人になることを妙に寂しく感じてしまって、頼らせてもらうことにした。
「でもアオくん。仕事量、減らせない? 自分で言うのもなんだけど、質のいい仕事をあげているよね?」
伊月さんの言うことは正しい。
もらった仕事はどれも大きな仕事で、トップレベルの俳優がもらう仕事ばかり。やりがいがあるし、沢山の人に見てもらえるし、沢山の人が「波崎アオ、売れているな」と感じると思う。
これだけで充分かもしれない。
でも……
「……減らしたくないです」
「なんで?」
「……イケメンで、人気がとれる若いうちに俳優としての地位を築いておきたいんです。一生、人気俳優でいるために」
「なんで?」
伊月さんには見透かされていそうだから、雑誌のインタビューで答える「演じている時間が楽しいので」とか「俳優としてスキルアップのための経験を」とは違った、「本音」を言ったつもりなのに、伊月さんがまだ不思議そうに首を傾げる。
「なんでって……俳優として、成功するため……」
「なんで? なんで成功したいの?」
また?
そんなこと言われても……
「……成功している方が、価値があるから……」
成功したら、人気俳優なら、両親が求める俺でいられる。
両親に「自慢の息子」と言ってもらえる。
だから、俳優として成功していないといけない、人気俳優じゃないと俺には価値がない。
「アオくん」
伊月さんがそっと俺の頭を撫でてくれる。
「俺は、アオくんが人気俳優じゃなくても大好きだよ」
「……?」
「アオくんは、俳優じゃなくても、アオくんがアオくんであるだけで、俺の宝物だよ」
「……?」
俳優じゃなくても? 人気俳優という肩書が無くなった、別に頭もよくない、特技も無い、ただちょっと顔が良いだけの俺でも?
宝物……?
「頑張り屋さんなところは素敵だけど、頑張りすぎなくていいんだよ」
頑張らなくていい?
今まで、親にも、ファンにも、「頑張って」としか言われてこなかった。
俺が常に頑張っているからみんなに応援してもらえる、みんなに観てもらえるんだと思っていた。
「ごめん。混乱させたね。休ませてあげないといけないのに」
伊月さんが撫でてくれていた手を止めて、俺の頬に軽くキスをした。
「とにかく、今はしっかり休んで元気になろう」
「あ……はい」
「夕食に元気の出るご飯作るから。ゆっくり寝ていて」
伊月さんは笑顔のまま寝室を出て行った。
伊月さんに言われたことはよくわからないし、仕事を休んでしまった申し訳なさや迷惑をかけたことで今後の仕事に影響が出るんじゃないかという恐怖。その先の……両親に見てもらえなくなるんじゃないかという恐怖。
寝られる気がしない。
気がしない……けど……
「宝物……」
俺が、俺でいるだけで、宝物なんて……
そのたった一言がずっと頭の中にあって、嬉しくて、ふわふわして……伊月さんの匂いのするベッドの中で、いつの間にか寝てしまっていた。
今日から三日間、俺……大丈夫かな……
俺は、伊月さんの家のベッドに寝ていた。
「アオくん。俺はちょっと怒っているんだよ」
「ごめんなさい……」
「アオくんにだけじゃないよ。自分に。あと、アオくんの事務所にも」
「いえ、俺が悪いです。ごめんなさい」
俺がベッドに寝て、伊月さんはベッドに腰掛けて、ため息をついていた。
このベッドで寝ている時はだいたい二人とも裸なので、俺がスウェットで伊月さんがスーツ姿なのはちょっと新鮮だ。
「うん。アオくんもね、流石に悪い。俺の大好きなアオくんを傷つけるのはアオくん本人でも悪い」
「沢山の人に迷惑と心配をかけて、反省しています」
傷つけるというと大げさな気はする。
簡単に言えば「過労で倒れた」だ。
犯人役のために、外見が「やつれる」ように食事を制限して体力が落ちている時期に、多めに仕事を請けて、スペシャルドラマは体力のいるダンサー役でダンスレッスンなんかもあって、無理をしすぎてしまった。
深夜二時までかかった撮影を終えてスタジオを出た時に、少し気が抜けたのか眩暈がして地面に膝をつくと、しばらく立ち上がれなくて……救急車を呼ばれてしまった。
診断としては、寝不足と疲労と栄養不足による自律神経の乱れ。
点滴を打って、寝て、半日の入院でかなり元気にはなったけど、医者と事務所の協議の結果、三日間の安静が言い渡され、スケジュールに少しだけ余裕を作ることが決まってしまった。
でも、請けた仕事はやり切りたいし、今回はたまたま食事制限やハードなレッスンが重なる時期で、タイミングが悪かっただけ。
病室にやってきた遠野さんと社長には「今後は食事や体調に気を付けるので、仕事は減らさなくて大丈夫です!」とは言ったけど……どうなるかな……
「迷惑をかけられるのも心配するのも、恋人だから嫌ではないよ。俺はアオくんがなによりも大事だから」
伊月さんは、誰も連絡していないのに俺が病院に運ばれて十分後には駆けつけてくれたらしい。
位置情報共有アプリで確認したにしても早すぎて怖いけど、すぐに来てくれたうえに、三日間の看病もかって出てくれた。
一瞬「この人と一緒で気が休まるのか?」とは思ったけど、遠野さんや社長が「伊月さんが一緒なら安心だ」と言うし、体調が悪いからかな……一人になることを妙に寂しく感じてしまって、頼らせてもらうことにした。
「でもアオくん。仕事量、減らせない? 自分で言うのもなんだけど、質のいい仕事をあげているよね?」
伊月さんの言うことは正しい。
もらった仕事はどれも大きな仕事で、トップレベルの俳優がもらう仕事ばかり。やりがいがあるし、沢山の人に見てもらえるし、沢山の人が「波崎アオ、売れているな」と感じると思う。
これだけで充分かもしれない。
でも……
「……減らしたくないです」
「なんで?」
「……イケメンで、人気がとれる若いうちに俳優としての地位を築いておきたいんです。一生、人気俳優でいるために」
「なんで?」
伊月さんには見透かされていそうだから、雑誌のインタビューで答える「演じている時間が楽しいので」とか「俳優としてスキルアップのための経験を」とは違った、「本音」を言ったつもりなのに、伊月さんがまだ不思議そうに首を傾げる。
「なんでって……俳優として、成功するため……」
「なんで? なんで成功したいの?」
また?
そんなこと言われても……
「……成功している方が、価値があるから……」
成功したら、人気俳優なら、両親が求める俺でいられる。
両親に「自慢の息子」と言ってもらえる。
だから、俳優として成功していないといけない、人気俳優じゃないと俺には価値がない。
「アオくん」
伊月さんがそっと俺の頭を撫でてくれる。
「俺は、アオくんが人気俳優じゃなくても大好きだよ」
「……?」
「アオくんは、俳優じゃなくても、アオくんがアオくんであるだけで、俺の宝物だよ」
「……?」
俳優じゃなくても? 人気俳優という肩書が無くなった、別に頭もよくない、特技も無い、ただちょっと顔が良いだけの俺でも?
宝物……?
「頑張り屋さんなところは素敵だけど、頑張りすぎなくていいんだよ」
頑張らなくていい?
今まで、親にも、ファンにも、「頑張って」としか言われてこなかった。
俺が常に頑張っているからみんなに応援してもらえる、みんなに観てもらえるんだと思っていた。
「ごめん。混乱させたね。休ませてあげないといけないのに」
伊月さんが撫でてくれていた手を止めて、俺の頬に軽くキスをした。
「とにかく、今はしっかり休んで元気になろう」
「あ……はい」
「夕食に元気の出るご飯作るから。ゆっくり寝ていて」
伊月さんは笑顔のまま寝室を出て行った。
伊月さんに言われたことはよくわからないし、仕事を休んでしまった申し訳なさや迷惑をかけたことで今後の仕事に影響が出るんじゃないかという恐怖。その先の……両親に見てもらえなくなるんじゃないかという恐怖。
寝られる気がしない。
気がしない……けど……
「宝物……」
俺が、俺でいるだけで、宝物なんて……
そのたった一言がずっと頭の中にあって、嬉しくて、ふわふわして……伊月さんの匂いのするベッドの中で、いつの間にか寝てしまっていた。
今日から三日間、俺……大丈夫かな……
応援ありがとうございます!
610
お気に入りに追加
1,321
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる