六年目の恋、もう一度手をつなぐ

高穂もか

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くずしたい、くずせない

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「はー、暑かった~」
「渉、コンビニ寄って来たん?」
「そうそう、ちょっと買いたいもんあったから」

 でっかい手で顔を仰ぎながら、渉が靴を脱ぐ。俺はその耳を斜め下から見上げ、ちょっと緊張しとったん。
 
 ――おお。機嫌、そんなに悪くなさそうやな……?
 
 部活で言い合ったのに、意外や。更衣室でも、さっさと着替えて沙也さんを迎えに行きよったし、ぜったい怒ってると思ってたんやけど。

「ええ匂いやな。腹減ったぁ」
「どわあっ!」

 渉は俺をぐいと押しのけ、ふんふんと鼻歌を歌いながら、廊下を歩んでく。――押しのけんでもええやろ! むっとして後を追えば、勝手知ったる風情で、冷蔵庫をぱかっと開けとった。

「こら、手くらい洗わんかいっ」
「いてっ!」

 後ろから、びしっと尻を蹴る。

「ちょお。手土産、はよ入れたかったんやって」

 渉は大げさに痛がりながら、口を尖らせる。――肩越しに覗いた庫内には、プリンが二つならんどった。俺は、思わず身を乗り出した。

「あーっ、新発売のやん。夏限定、トロピカルマンゴー味!」

 透明のカップに入った眩しい黄色が、輝いとる!つい笑顔になってまうと、乗り上げた背がくっくと揺れた。

「偶然、コンビニで見つけたさかい。つむぎ、食いたい言うてたなーって」
「渉……」

 俺は、はっとする。

「ええ彼氏やろ?」

 悪戯っぽい笑みで振り返られて、俺はじわあっと頬が熱くなった。
 
 ――やば。だいぶ、嬉しい……かも。
 
 うっすら汗の染みたTシャツの背に乗りあげて、ちょっと泣きそうになる。プリンひとつでって、自分でも思うんやけど。でも、なんか――渉のなかにちゃんと俺がおるんやって、久々に感じられた気がしてん。

「つむちゃん、重いねんけど?」
「……うん。ありがとぉ」
「繋がってへんしさぁ」

 笑い交じりに言われ、広い背に頬を寄せた。汗混りのフェロモンと、夏の夕方の風の匂いがする。俺は、思いのほかやらかい渉の態度に、期待がふくらむのを感じた。
 
 ――渉……わかってくれるやろか?
 
 俺なあ、怒った顔の渉にくどくど文句言う事ばっか、想像してたねん。そんで、どうやってみんなの気持ちわからせたろかって……。
 でも、現実に渉は怒ってへんし。俺の好きなものまで買って来てくれたってことは、「悪かったな」って思ってくれてるってことやんな?
 渉のこと、信じてなさすぎやったかも。
 俺はちょっと反省しつつ、渉に尋ねた。

「渉。おばちゃんに、ごはん食べるて言うてきた?」
「電話した。つむぎに迷惑かけんなよー、やて」
「へへ。ちょっと待っててや、すぐメシ出すから!」

 俺は意気揚々と、カレーとサラダを山盛りよそって、テーブルに並べた。それから、キンキンに冷えた麦茶のボトルも用意する。

「……ごはんのときは、スマホやめてな?」

 スマホを取り出した渉に、ちょっと言うてみる。渉は「はいはい」と笑って、スマホをテーブルの端に伏せて置いた。
 それも嬉しかった。
 

 *

 
 数十分後――

「いやほんま、沙也は筋がええと思うねんかなあ。軟式やってたみたいやから、球感がええのはわかっとたけど。フットワークも軽いし」

 渉はカレーを大口で食べながら、興奮気味に話しとる。対面の俺は、握ったスプーンを動かせんまま、モヤついとった。
 笑顔をはりつけて、相槌する。

「はは……たしかに沙也さん、上手やんな」
「やろ!? あとはフォームの癖さえ直したら、ぐっと伸びると思うねんかなあ」
「そっか……」

 楽しそうな渉に、ついつい生返事を返してまう。そのことにすら気づかんと、渉はにこにこ喋って、カレーをバクバクと頬張っていた。
 ――どうして、こうなったん!? 絶対、上手くいく流れやったよな?!
 
 俺は、部活での態度を注意しようとしたはずやねん。せやのに、どうして沙也さんを褒める方向になってるん。
 
 ――これじゃ、いつも通りやんか……
 
 悶々として、細切りにした大根を摘まむ俺の前で、渉はスマホをいそいそと引き寄せた。

「ほら見てや。こういうの考えてんけど」
「……っ」

 ずい、とメモアプリに書き込んだ練習メニューを、楽しそうに見せられる。几帳面に考えられたメニューから、沙也さんのことを真剣に思ってるんが伝わってきて――胸焼けがした。
 俺は、さりげなく画面を押しのけて言う。

「ふーん、ええんちゃうの。それもええけどさ、俺の話も……」
「せやろ、やっぱええと思うやろ」

 渉は、得意そうにスマホを眺めとる。聞けや。

「さっそく、沙也に教えたるわ。あいつ、今のレギュラー外のメンツやったら、すぐ抜いてまうかもなあ」

 さすがに皆のことなめすぎやろ、とむっとする。
 
 ――沙也さん、たしかに上手いけど……みんな、もっと真剣にやってるんやからな!
 
 少なくとも、部活の間にきゃっきゃフザケたりしたときないわい。
 俺は、浮かれっぱなしの恋人を、睨みつけた。
 
 ――もお! 何を話しに来たねん、こいつ。
 
 さっきまで抱いてた期待が、みるみる萎んでく。「うまくいくかも」とか、俺アホみたいやんか。むしろ、この話をしたくて機嫌をとったのか、って捻くれた思いさえ湧いてきとるんやけど。

「……はぁ」

 にこにこする気も失せて、スプーン握って押し黙る。そしたら、渉がやっと異変に気付いた。

「どうしてん、黙って」
「……っ」

 きょとんとした顔に、イラッとする。
 
 ――ほんまに、わからへんの? 俺が今日、何話したかったか、ちっとも?!
 
 ……それでも、喧嘩はしたくなくて。余計なことを言いそうな口に、もりもり大根を詰め込んだ。
 そんな俺を眺めて、渉はにやりと笑う。

「……はーん、わかったわかった。ほんまにお前は」
「……何よ?」

 呆れたように肩を竦める渉に、俺は眉を寄せた。すると、あいつはしたり顔で頬杖をついた。

「俺もお前に言いたいねん。あーいうのは、部活中は勘弁してな」

 
 

「へ?」

 今度は俺が、目を丸くする番や。渉は、ふふんと笑って続けた。

「部活のときに、公私混同はせんとこって話。――今日、いきなり怒鳴って来たやんか? さっきまでの話で分かったやろうけど、俺も沙也も真剣にテニスしとるだけやから! つむぎが嫉妬する様な事、なんもないんやで」
「はい!?」

 俺はかっとなった。

「そう言う理由で、怒鳴ったんと違うよ! あれは、沙也さんと渉がきちんと球拾いしてくれへんかったからやろ? 部長とか、先輩らめっちゃぴりぴりしてたん、気づかへんかった?」

 単純に、俺の嫉妬で終わらんといてほしい――。一年ズの鬱憤と、その中に込められた心配を背負って、俺は訴える。
 けど、渉は余裕の体で麦茶を飲み、言い返してくる。

「いや、その理由は沙也が言うてくれたやん。俺も、練習中はさすがに沙也に構ってやれへんもんな。やから、休憩時間に沙也の指導してるんやって。あんだけはっきり言うたから、理由解ってくれたやろ、先輩らかて」
「は……?」

 なぜか得意げな渉に、俺は顎が外れそうになる。

「いやいやいや、そうはならんよ! 休憩中に遊んでるんがあかんってハナシであってさ。他のメンバーにも迷惑掛かるから……」
「なんでさ。あのなあ、沙也は新入部員やねんで!面倒見たるんは当然やん。それを放っておくのって、ひどない? 俺やったら、そんな部活どうかと思う」

 俺の言い分を、渉はズバズバ跳ねのける。そういう正論はずるい。俺らだって、新入部員を大事にしたいと思ってるから、聞く耳持たざるをえん。

「ううっ……せやけど! レギュラーの渉やないと嫌って言うのは、沙也さんの問題と違うかな……!? 他の皆やったら、ちゃんと」
「だーーかーーら。沙也はオメガやから、怖いって言うてるやろ? つむぎは自分がガサツやからって、他の子もそうと思わんほうがええよ。怖い子は、怖いねん。わからん?」
「……っ」

 呆れたように言われ、ぐっと言葉に詰まった。
 
 ――そんなん、わかってる。わかってても、言うてんのに……!!
 
 好きな奴に、気遣いがない奴みたいに思われんのは、こたえる。唇をぎゅっと結んでいると……勝利を確信した渉が、にやっとした。

「てか、部長に怒られとったんつむぎやん。はよせえ! てさあ。人のことより、自分のことしたら?」

 してやったりの響きに、頬にかあと熱が上る。

「……もうええ!渉のアホッ!」

 お皿を持って、たちあがった。カレーで汚れた皿を、お手入れヘラでわしわし拭う。悔し涙がこみ上げ、瞼が熱かった。
 
 ――なんやねん、もう……! 渉が、負かさな気がすまんやつなんは、知ってるけど! 知ってるけどさ……!
 
 なんで、ちゃんと部活してっていうだけのことで、こんな惨めな気持ちにならなあかんの?
 言いたいことも、きちんと言えんで……泣きそうになるとか、俺もメンタル弱すぎやんか。すると、足音が近づいてきた。
 
 

「つーむぎ」

 妙に明るく名を呼ばれ、後ろから抱きつかれる。ぎょっとして、皿を取り落としそうになった。

「ちょっ!?」

 振り返れば、間近に渉の顔がある。咄嗟に顔を背けると、頬に唇が当たった。

「何、すんねんっ」
「なんでや。彼氏が泣きそうやから、励ましたろと思ったんやろ?」
「わ……っ」

 ぎゅっ、と甘やかすように抱きつかれた。爽やかで、スパイシーな香りが漂う。腹立ってても、いい匂いと感じる自分が憎い。フェロモンにあてられ、力の抜けた体をぬいぐるみのように渉は抱いた。

「つーむちゃん。仲直りのキスしよ、な?」
「や……っ」

 つむじに顎を乗せて懐く渉は、可愛こぶってて……あからさまに俺の機嫌をとろうとしてた。
 
 ――こういう風にしたら、俺がほだされると思ってるんや。
 
 それくらい、わかっとる。
 六年も付き合ってる分、長年の積み重ねってもんが、俺らにはあって。俺の必敗パターンは、むこうの必勝パターンなんやって、渉もきちんと解ってんねんて。

「つむぎ……こっち見て」
「んんっ」

 甘えた声で呼ばれ、キスされる。俺と喋りたない時だけ、キスしてるんやないやろな――。そんなふうに思っても、ぎゅっと抱きしめられて、こんな風に構われたら嬉しくなってまう。
 
 ――ああ、アホすぎる。俺は、駄目なやつ過ぎる……!
 
 自分に呆れる。甘いキスに、こんなときでも「許してやれ」って、俺のなかの実績が囁いてる。ここで許せば、また機嫌よく笑って、喧嘩は終わりや。意地をはるだけ無駄やって――。

「……やめてっ!」

 けど、Tシャツに潜り込んできた手を、俺はがしっと握りしめた。

「え?」

 渉は、びっくりしてる。必勝パターンが効かへんかったんやもんな。けど俺かて、今回はただ負けるわけにはいかへんねん。

「……こういうんは、いやや。俺、部活のことはちゃんと話したいねん」

 今回のことは、俺らだけの問題と違うねんもん。みんな、渉のこと怒ってる。俺がなあなあには出来ひん。

「はあ? なんやそれ」

 渉は、一気に不機嫌になった。

「話してたのにさあ。席立って、泣き出したんお前やんけ」
「……それは、ごめんけど。でも、そもそも試合も近いし、こういうのは控えても良くない?」

 最近の渉は乱暴やから、足腰を痛めそうで怖いし。モゴモゴ言うと、渉は片眉を上げた。

「なんやねん、可愛ないなあ……せっかく来たったのに、意味ないやん」
「――!」

 渉からしたら、何気なくぼやいたやろう言葉が、胸にブッ刺さった。

「なにそれ……」

 渉は負けず嫌いやからやろうけど、そういうこと簡単に言う。喧嘩のときに――それ目当てみたいに言われたら、めっちゃ傷つくのに。

「それやったら、もう帰ったら!? 渉の、ドアホッ!!」

 俺の怒鳴り声が、キッチンを震わせた。
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