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二人と、ひとりの朝
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バタン!
玄関ドアの閉まる音を聞き、俺は肩を竦ませた。
やってしまった。そんな苦い思いで、胸がいっぱいになる。
「でも……渉が、悪いんやもん」
勝手なことばっか、言って。
俺の気持ち、まともに聞いてもくれんで!
悶々としつつ、がむしゃらに後片付けをする。でも、皿を泡まみれにしながら、渉が帰ってきやしないか、ドアの方をずっと気にしてた。
「……」
結局、もういちどドアが開くことはないまま、皿を洗い終えてまう。
――むなしい。
テーブルの上には、出しておいた麦茶のボトルが汗をかいて、水たまりを作ってた。俺は泣きたい気持ちを堪えて、テーブルを布巾で拭くと、ボトルを冷蔵庫に戻しに行く。
「……あ」
冷蔵庫を開けて、俺は固まった。
そこには、トロピカルマンゴ―プリンが二つ、並んどったん。
「ええ彼氏やろ」と笑った渉の顔が、ふっと蘇る。あのときは、これをふたりで食べられるってワクワクしてたのに。
そう思ったら、今ひとりぼっちなんが、わーって悲しくなってきた。
「……渉っ……」
冷蔵庫の冷気が、火照った瞼を冷やす。心のもやもやがくすぶって、ゆっくり沈下していくと――一気に寂しくなる。
俺が、良くなかったんやろうか。あいつなりに、歩み寄ろうとしてくれたのに……すぐかっとなってしもたから。ちゃんと話す機会やったのに、我慢できひんだのは、俺も同じやったんかも――。
『可愛ないなあ』
渉の苛立たしそうな声が、胸にぐさりと刺さる。
――渉のアホが、わからんちんやとは思う。でも……俺も、思うとるよりずっと意固地になってる。
背の高い渉の隣に並ぶ、硝子細工の人形みたいに、綺麗な沙也さん。俺にはぞんざいな渉が、あの人には騎士みたいに振舞うんが、しんどくて仕方ないんや。
自分の日焼けして、豆だらけの手をギュッと握りしめる。
「あほ……そんなことより、部活やろっ。大事な試合もあるのに、もうちょっと我慢したら……」
熱くなった瞼を、腕でごしごし擦る。唇をぎゅっと噛みしめて、上を向いた。
「……泣くな、俺っ」
エプロンをむしり取り、椅子に掛ける。鍵とタオルを引っ掴み、外に飛び出た。
――走ろう。
泣いても何も変わらんのやから、せめて体力でも作ったろうやんけ。走ってるうちに、きっと心のもやもやだって晴れるはずやから。
「頑張らな……!」
生ぬるい夜風のなかを、俺は一心不乱に駆けた。
*
翌朝はやく、俺は緊張気味に、渉の家の前に立っとったん。
――渉、怒ってるかな。怒っとるやろな……。
昨日のこと、ちゃんと謝ろうと思ったん。もちろん、俺だけが悪いわけやないとは思ってるし、部活のことは向こうがあかんと思ってるけど。話し合いをやめてしまったのは、俺にも責任があるから。
ちゃんと俺も非を認めて、向こうの話も聞こう。
「……はー」
ドキドキする胸を押さえて、息を吐く。
「おにぎりも持って来た。今日は、タオルのことも煩く言わん。……よし!」
意を決して、インターホンを押した。ピンポーン、と音が跳ねていくのを、息を詰めて待っとったら、玄関が開く。
「……あれぇー? つむちゃんやぁ」
「透くん!」
玄関ドアから、ひょっこり顔を出したんは、透くんやった。早朝の白い陽に照って、金髪がさらさらと光っとる。透くんは、大あくびを連発しながら、近づいて来る。
「おはよぉー、どないしたん?忘れもん?」
「おはよう、透くん。忘れもんっちゅうか……えと、お兄ちゃんおる?」
てっきり渉が出てくると思うとったから、ちょっと気恥ずかしい。平然を装って尋ねると、ポストから新聞を引っ張り出していた透くんは、へっと声を上げた。
「あれぇー? お兄ちゃんやったら、もう出て行ったで?」
「……えっ?」
その言葉に、俺は目を見ひらく。
――もう行ったって……ねぼすけの渉が?!
にわかに信じられんでいると、透くんも首を傾げて、言う。
「なんかなぁ、「練習するから早よ行く」とか言うてたんやわ。やから俺、てっきりつむちゃんとやろなぁ、て思っててんけどぉ……」
「……それ、どこでっ?!」
透くんの言葉に、何か嫌な予感がして、俺は訊ねた。
『いつもの、河川敷のとこやと思うで。ボールもっていったから』
透くんからの情報に、俺は息せき切って河川敷に向かった。
俺らの家から、走って二十分くらいのとこに、浅くて広い川があって。そこにかかった大きな橋の足元は、壁打ちにうってつけの大きい壁があるんよ。
「はぁ、はぁ……」
犬の散歩とすれ違いつつ、川沿いの道を走って、大きい橋が見えてきた。土手の下から、ぽかっ、ぽかっと球を打つ音が聞こえてくる。覗き込んで、目を見ひらく。
「ええ調子や! もっと膝使って」
「はいっ。――こうですか?」
「うまい!」
渉と沙也さんが、楽しそうにテニスをしとった。息の合ったボレーボレーで、黄色い球が途切れることなく、二人の間にゆるい放物線をかく。お揃いの白いテニスウェアが朝陽に照って、目が痛い。
――なんで、沙也さんと。
この場所で、渉とたくさん練習したことが思い浮かんで、胸に強い不快が湧き起った。俺は唇を噛みしめ、楽しそうな二人を睨み、怒鳴った。
「……渉っ!!」
土手を滑り降りるように走って、二人に近づいた。すると、沙也さんの打球が乱れ、明後日に飛んでいく。腕を伸ばし、軽いタッチでボールをとめた渉が、ため息を吐く。
「あーっ、惜しかった。百回いけそうやったのに」
「はぁ……気が散ってしまって」
沙也さんが悔しそうに、頬に伝う汗をリストバンドで拭った。
「急に、怒鳴り声がしたからやろ」
慰めるように言った渉が、こっちをチラと振り返る。
「何?」
「なに、て……」
沙也さんに向けたんと大違いの、ぞんざいな口調に狼狽える。
「家に迎えに行ったら、透くんに渉が練習に行ったって聞いてん。やから、来たんやけど……」
「ふうん。別にええのに」
渉はそっぽを向いて、ラケットで球を弄ぶ。白けた目も声も、「不機嫌です」とありありと俺に伝えていた。
――はあ?なんやこいつ……。
俺は、内心で目を剥いた。昨日の言い合いが、渉の中でどう処理されとるんか垣間見えてしもたから。
俺だって、たしかに百パーセント渉が悪いなんて言わん。俺も我慢なかったし、ちゃんと話し合いたいと思って来た――けど、全部を謝る気なんてないねんけど!?
「あのさあ、渉っ。昨日のことやけど――」
「練習の邪魔しないでもらえますか?」
声を張り上げたとき、涼しい声に遮られる。
「いきなりやってきてなんですか、あなた? 普通に邪魔なんで、どっか行ってほしいんですけど」
「なっ!?」
腰に手を当てた沙也さんが、鬱陶しそうに目を眇めている。あんまりな物言いに口をパクパクしとると、渉が「ぷっ」とふき出した。俺は、かっとなる。
「あのさ。チームメイト相手に、その言い方はなくない?」
「都合のいいときだけチームメイトですか? 僕のこと部員として待遇する気ないくせに」
「はぁ?」
つんと顎を突き上げる沙也さんに、眉を寄せる。な、何言うてんのこの人? 俺が頭からハテナ飛ばしとると、渉が沙也さんを庇うように前に出てきた。
「お前らが、新入部員の沙也のことを、ちゃんとしたらへんからさ。俺が早朝に練習見たることにしてん」
「……え」
つい聞き返した俺に、渉はどや顔で言う。
「それやったら、お前らも文句ないんやろ? 俺は練習時間をけずらんで済むし、球拾いかて、ちゃんとやったるからさあ」
「まあ僕は、渉の負担にならないか心配ではありますけど……」
「そんなん、大したこと違うって!気にしいで可愛いなあ、沙也は」
甘えるように袖を掴んだ沙也さんの肩を、渉は笑って抱いた。
『可愛い』
その言葉に息を飲む。はしゃぐ沙也さんの甲高い声が、いやに耳につきながら、俺は呆然とする。
――てか……あの朝の弱い渉が……沙也さんの為に?
めら、と嫉妬の炎が燃える。言いようのない不快さを堪え、何とか口にした。
「渉は……それでええん」
「ええって言うてるやん。ああ、そう言うわけやから、明日から家に来んでもええよ? べつに俺、自分で起きれるしさあ~」
ふんと鼻を鳴らし、渉が笑う。すると、沙也さんが渉を頼もしそうに見上げた。
「今日だって、僕を迎えに来てくれましたもんね。なんで一緒に登校してあげてたんですか?」
「やろ。つむぎが来たがるから、仕方なく」
「な……な……」
ボールをラケットのリムに伝わせて格好をつけるアホに、俺はわなわなと震えた。――この恩知らず!と怒りの言葉が脳内に吹き荒れる。なにが仕方なくや。受験も試合だって、いつも俺が迎えに行ってあげたのに……。
怒りで何も言えないでいると、沙也さんは勝ち誇った様子で、手を振った。
「わかったら、行ったらどうですか? 僕達の貴重な練習時間、邪魔しないで下さい」
「……っ!」
ガチで、ぶん殴ったろかと思った。
なんで、同級生のチームメイトに、こんななめた態度とられなあかんねん。沙也さんの肩に手を置いてニヤケとるボケも、ほんまに川に蹴り込んでやったら、どんだけすっとするやろう――。
「……すぅーっ、はぁーっ」
思いながら、俺は深呼吸を繰りかえす。俺はテニス部のレギュラーで、親の庇護下の高校生で……人を殴るなんて、絶対にできひんかった。
怪訝そうな二人に、にっこりと笑顔を向ける。
「そういうことやったら、わかったわ。ふたりとも、ここ学校と逆やから。朝練には遅れへんようにな」
きっぱり言って、踵を返す。
それから、ことさらゆっくり土手を上り歩いた。背後ですぐに、ボールの音がし始めたけど、ぐっと堪えて平常心。
「……」
うしろを振り返っても、橋が見えんくなって――やっと、俺は思いきり走りだした。ダダダ、と地面を叩くように蹴って、むちゃくちゃに走った。
「うぅ……渉のアホ! ボケ! ナスッ……もう、泣きついてきても、知らんねんからなぁ……!!」
堪えてた涙が、わっと溢れ出す。鼻がツンと痛んで、呼吸が苦しい。
何やねん。
せっかく、話し合おうと思ったのに。
全部、向こうでぱっぱと決めてしもて……。
なにが、気にしいで可愛いねん!
ずびっ、と鼻を啜った。
「渉のアホンダラーッ!」
雄たけびを上げると、通りすがるどっかのお父さんが、綺麗な二度見をきめる。
俺は、学校まで全速力で走り続けた……。
玄関ドアの閉まる音を聞き、俺は肩を竦ませた。
やってしまった。そんな苦い思いで、胸がいっぱいになる。
「でも……渉が、悪いんやもん」
勝手なことばっか、言って。
俺の気持ち、まともに聞いてもくれんで!
悶々としつつ、がむしゃらに後片付けをする。でも、皿を泡まみれにしながら、渉が帰ってきやしないか、ドアの方をずっと気にしてた。
「……」
結局、もういちどドアが開くことはないまま、皿を洗い終えてまう。
――むなしい。
テーブルの上には、出しておいた麦茶のボトルが汗をかいて、水たまりを作ってた。俺は泣きたい気持ちを堪えて、テーブルを布巾で拭くと、ボトルを冷蔵庫に戻しに行く。
「……あ」
冷蔵庫を開けて、俺は固まった。
そこには、トロピカルマンゴ―プリンが二つ、並んどったん。
「ええ彼氏やろ」と笑った渉の顔が、ふっと蘇る。あのときは、これをふたりで食べられるってワクワクしてたのに。
そう思ったら、今ひとりぼっちなんが、わーって悲しくなってきた。
「……渉っ……」
冷蔵庫の冷気が、火照った瞼を冷やす。心のもやもやがくすぶって、ゆっくり沈下していくと――一気に寂しくなる。
俺が、良くなかったんやろうか。あいつなりに、歩み寄ろうとしてくれたのに……すぐかっとなってしもたから。ちゃんと話す機会やったのに、我慢できひんだのは、俺も同じやったんかも――。
『可愛ないなあ』
渉の苛立たしそうな声が、胸にぐさりと刺さる。
――渉のアホが、わからんちんやとは思う。でも……俺も、思うとるよりずっと意固地になってる。
背の高い渉の隣に並ぶ、硝子細工の人形みたいに、綺麗な沙也さん。俺にはぞんざいな渉が、あの人には騎士みたいに振舞うんが、しんどくて仕方ないんや。
自分の日焼けして、豆だらけの手をギュッと握りしめる。
「あほ……そんなことより、部活やろっ。大事な試合もあるのに、もうちょっと我慢したら……」
熱くなった瞼を、腕でごしごし擦る。唇をぎゅっと噛みしめて、上を向いた。
「……泣くな、俺っ」
エプロンをむしり取り、椅子に掛ける。鍵とタオルを引っ掴み、外に飛び出た。
――走ろう。
泣いても何も変わらんのやから、せめて体力でも作ったろうやんけ。走ってるうちに、きっと心のもやもやだって晴れるはずやから。
「頑張らな……!」
生ぬるい夜風のなかを、俺は一心不乱に駆けた。
*
翌朝はやく、俺は緊張気味に、渉の家の前に立っとったん。
――渉、怒ってるかな。怒っとるやろな……。
昨日のこと、ちゃんと謝ろうと思ったん。もちろん、俺だけが悪いわけやないとは思ってるし、部活のことは向こうがあかんと思ってるけど。話し合いをやめてしまったのは、俺にも責任があるから。
ちゃんと俺も非を認めて、向こうの話も聞こう。
「……はー」
ドキドキする胸を押さえて、息を吐く。
「おにぎりも持って来た。今日は、タオルのことも煩く言わん。……よし!」
意を決して、インターホンを押した。ピンポーン、と音が跳ねていくのを、息を詰めて待っとったら、玄関が開く。
「……あれぇー? つむちゃんやぁ」
「透くん!」
玄関ドアから、ひょっこり顔を出したんは、透くんやった。早朝の白い陽に照って、金髪がさらさらと光っとる。透くんは、大あくびを連発しながら、近づいて来る。
「おはよぉー、どないしたん?忘れもん?」
「おはよう、透くん。忘れもんっちゅうか……えと、お兄ちゃんおる?」
てっきり渉が出てくると思うとったから、ちょっと気恥ずかしい。平然を装って尋ねると、ポストから新聞を引っ張り出していた透くんは、へっと声を上げた。
「あれぇー? お兄ちゃんやったら、もう出て行ったで?」
「……えっ?」
その言葉に、俺は目を見ひらく。
――もう行ったって……ねぼすけの渉が?!
にわかに信じられんでいると、透くんも首を傾げて、言う。
「なんかなぁ、「練習するから早よ行く」とか言うてたんやわ。やから俺、てっきりつむちゃんとやろなぁ、て思っててんけどぉ……」
「……それ、どこでっ?!」
透くんの言葉に、何か嫌な予感がして、俺は訊ねた。
『いつもの、河川敷のとこやと思うで。ボールもっていったから』
透くんからの情報に、俺は息せき切って河川敷に向かった。
俺らの家から、走って二十分くらいのとこに、浅くて広い川があって。そこにかかった大きな橋の足元は、壁打ちにうってつけの大きい壁があるんよ。
「はぁ、はぁ……」
犬の散歩とすれ違いつつ、川沿いの道を走って、大きい橋が見えてきた。土手の下から、ぽかっ、ぽかっと球を打つ音が聞こえてくる。覗き込んで、目を見ひらく。
「ええ調子や! もっと膝使って」
「はいっ。――こうですか?」
「うまい!」
渉と沙也さんが、楽しそうにテニスをしとった。息の合ったボレーボレーで、黄色い球が途切れることなく、二人の間にゆるい放物線をかく。お揃いの白いテニスウェアが朝陽に照って、目が痛い。
――なんで、沙也さんと。
この場所で、渉とたくさん練習したことが思い浮かんで、胸に強い不快が湧き起った。俺は唇を噛みしめ、楽しそうな二人を睨み、怒鳴った。
「……渉っ!!」
土手を滑り降りるように走って、二人に近づいた。すると、沙也さんの打球が乱れ、明後日に飛んでいく。腕を伸ばし、軽いタッチでボールをとめた渉が、ため息を吐く。
「あーっ、惜しかった。百回いけそうやったのに」
「はぁ……気が散ってしまって」
沙也さんが悔しそうに、頬に伝う汗をリストバンドで拭った。
「急に、怒鳴り声がしたからやろ」
慰めるように言った渉が、こっちをチラと振り返る。
「何?」
「なに、て……」
沙也さんに向けたんと大違いの、ぞんざいな口調に狼狽える。
「家に迎えに行ったら、透くんに渉が練習に行ったって聞いてん。やから、来たんやけど……」
「ふうん。別にええのに」
渉はそっぽを向いて、ラケットで球を弄ぶ。白けた目も声も、「不機嫌です」とありありと俺に伝えていた。
――はあ?なんやこいつ……。
俺は、内心で目を剥いた。昨日の言い合いが、渉の中でどう処理されとるんか垣間見えてしもたから。
俺だって、たしかに百パーセント渉が悪いなんて言わん。俺も我慢なかったし、ちゃんと話し合いたいと思って来た――けど、全部を謝る気なんてないねんけど!?
「あのさあ、渉っ。昨日のことやけど――」
「練習の邪魔しないでもらえますか?」
声を張り上げたとき、涼しい声に遮られる。
「いきなりやってきてなんですか、あなた? 普通に邪魔なんで、どっか行ってほしいんですけど」
「なっ!?」
腰に手を当てた沙也さんが、鬱陶しそうに目を眇めている。あんまりな物言いに口をパクパクしとると、渉が「ぷっ」とふき出した。俺は、かっとなる。
「あのさ。チームメイト相手に、その言い方はなくない?」
「都合のいいときだけチームメイトですか? 僕のこと部員として待遇する気ないくせに」
「はぁ?」
つんと顎を突き上げる沙也さんに、眉を寄せる。な、何言うてんのこの人? 俺が頭からハテナ飛ばしとると、渉が沙也さんを庇うように前に出てきた。
「お前らが、新入部員の沙也のことを、ちゃんとしたらへんからさ。俺が早朝に練習見たることにしてん」
「……え」
つい聞き返した俺に、渉はどや顔で言う。
「それやったら、お前らも文句ないんやろ? 俺は練習時間をけずらんで済むし、球拾いかて、ちゃんとやったるからさあ」
「まあ僕は、渉の負担にならないか心配ではありますけど……」
「そんなん、大したこと違うって!気にしいで可愛いなあ、沙也は」
甘えるように袖を掴んだ沙也さんの肩を、渉は笑って抱いた。
『可愛い』
その言葉に息を飲む。はしゃぐ沙也さんの甲高い声が、いやに耳につきながら、俺は呆然とする。
――てか……あの朝の弱い渉が……沙也さんの為に?
めら、と嫉妬の炎が燃える。言いようのない不快さを堪え、何とか口にした。
「渉は……それでええん」
「ええって言うてるやん。ああ、そう言うわけやから、明日から家に来んでもええよ? べつに俺、自分で起きれるしさあ~」
ふんと鼻を鳴らし、渉が笑う。すると、沙也さんが渉を頼もしそうに見上げた。
「今日だって、僕を迎えに来てくれましたもんね。なんで一緒に登校してあげてたんですか?」
「やろ。つむぎが来たがるから、仕方なく」
「な……な……」
ボールをラケットのリムに伝わせて格好をつけるアホに、俺はわなわなと震えた。――この恩知らず!と怒りの言葉が脳内に吹き荒れる。なにが仕方なくや。受験も試合だって、いつも俺が迎えに行ってあげたのに……。
怒りで何も言えないでいると、沙也さんは勝ち誇った様子で、手を振った。
「わかったら、行ったらどうですか? 僕達の貴重な練習時間、邪魔しないで下さい」
「……っ!」
ガチで、ぶん殴ったろかと思った。
なんで、同級生のチームメイトに、こんななめた態度とられなあかんねん。沙也さんの肩に手を置いてニヤケとるボケも、ほんまに川に蹴り込んでやったら、どんだけすっとするやろう――。
「……すぅーっ、はぁーっ」
思いながら、俺は深呼吸を繰りかえす。俺はテニス部のレギュラーで、親の庇護下の高校生で……人を殴るなんて、絶対にできひんかった。
怪訝そうな二人に、にっこりと笑顔を向ける。
「そういうことやったら、わかったわ。ふたりとも、ここ学校と逆やから。朝練には遅れへんようにな」
きっぱり言って、踵を返す。
それから、ことさらゆっくり土手を上り歩いた。背後ですぐに、ボールの音がし始めたけど、ぐっと堪えて平常心。
「……」
うしろを振り返っても、橋が見えんくなって――やっと、俺は思いきり走りだした。ダダダ、と地面を叩くように蹴って、むちゃくちゃに走った。
「うぅ……渉のアホ! ボケ! ナスッ……もう、泣きついてきても、知らんねんからなぁ……!!」
堪えてた涙が、わっと溢れ出す。鼻がツンと痛んで、呼吸が苦しい。
何やねん。
せっかく、話し合おうと思ったのに。
全部、向こうでぱっぱと決めてしもて……。
なにが、気にしいで可愛いねん!
ずびっ、と鼻を啜った。
「渉のアホンダラーッ!」
雄たけびを上げると、通りすがるどっかのお父さんが、綺麗な二度見をきめる。
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