いつでも僕の帰る場所

高穂もか

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第七章~おごりの盾~

四百六十三話【SIDE:陽平】

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 十分後、俺は近藤と大学周辺にあるうどん屋で顔を突き合わせていた。突然、割って入ってきた近藤に、引っ張ってこられたのだ。

「ここはいつ来ても混んでんなぁ」
「はぁ……」

 傷だらけのプラカップで水を飲み、近藤がふんぞり返るのに、俺は生返事に頷く。
 安い早いと評判の店で、狭い店内には講義を終えた学生や若い教員が詰め寄せている。一応テーブル席だが、昼休みを過ごす学生の騒ぐ声が、頭上を飛び交っていた。

 ――うっせぇな……つーか、何で俺は近藤なんかと飯を……?

 対面の席で、悠々とスマホを眺めている男を盗み見る。もう秋だってのに、まだ半袖のシャツを着ている。鍛えた筋肉を見せたいのが伝わってきて、あまりの近藤らしさにうんざりした。

「お待たせいたしました! きつねうどんに月見うどん、かつ丼になります!」
「あ、どうもねぇ」

 女の学生バイトに、近藤はにやりと笑いかけた。ご丁寧に、バイトが厨房に消えるまで見送るにやけ男を、ぼうっと眺めていると、くるりとその面が正面を向いた。

「城山、そんだけか?せっかく、先輩が奢ってやるっつってんのによ」
「はあ……」

 俺の目の前にも置かれた、安っぽい容器に入ったうどんを見下ろす。甘辛い合成調味料のにおいに、胸がむっとする。

「俺は十分なんで」
「はん。お坊ちゃんは、汚い食堂のうどんなんざ食えねえってか?」

 近藤は皮肉っぽい笑みを浮かべ、箸箱から取り出した箸を投げてよこす。まがった箸をキャッチし、俺は顔をしかめた。

 ――なら、連れてくんなっつうの。いちいち卑屈な勘ぐりしやがって……

 やっぱこいつ嫌いだ。苛々と濃い色の出汁に箸を突っ込んだ。すると、近藤がはんと笑う。

「こういう店、蓑崎は嫌いだろうが」
「……!」

 思わず目を上げると、近藤はうどんを箸で大きく手繰り、音を立てて啜っていた。まさか――この男なりの気遣いなのか? 意外に思いながら、俺も薄い揚げを箸で拾い、かじった。……ごわごわした紙を砂糖で煮たような味だったが、黙って咀嚼する。

「どうだ。疲れてるときは、やっぱ家庭料理だろ?」
「……っすね」

 余計に胃が疲れそうだと思いつつ、頷く。……うどんって、こんなにまずくなるんだな。これはどんぶりの底を見る作業だと思いながら、機械的に箸を動かしていると――近藤がふと呟いた。

「成己さんて、こんなんばっかだったよな」

 ぴた、と箸をとめる。

 ――は? 比べんのもおこがましいわ。
 
 どんぶりから目を上げると、近藤はカツを口に入れながら、もごもごと笑う。

「いや、味はレベチだけどよ。あの子のメシって、何作ってもばばくさいっつーか。家庭的なのはわかるけど、あそこまで行くと母ちゃんつーか、どこ狙いの路線なんだっつーか」
「でも美味いでしょ」

 思わず言い返していた。

「成己の飯は……たしかになんか薄いけど。美味かったすよ……何食っても」

 センターで健康のことばっか教え込まれて、育った成己。世間知らずかもしんねえし、なに作っても地味だったけど。
 あいつの飯は、なんでも美味かった。

「反応待ちの、食いたくもない料理出されるより、ずっと良いでしょ」

 俺は箸をトレイに置き、睨みつけた。

「は……」

 近藤は、呆気にとられた顔をしていた。キレて殴りかかってきやがったら、ぶっ飛ばしてやる。そう思って、椅子に浅く座り直していると、近藤はぷっとふき出した。

「ハハハ……!」

 腹を抱えて、ゲラゲラと笑いだす。

「……あの?」

 頭でもいかれたかと思っていると、近藤は笑い交じりに応えた。

「いや悪い。お前が、言い返すと思わなくて」
「え?」
「まあ、そうだよな……お前の言う通りだ。美味かったよ、成己さんのメシは」

 近藤は頷いて、いかつい顔の満面に笑みを浮かべる。

 ――なんだ?調子のいい野郎だな。

 憮然として黙っていると、近藤はくく、と喉を鳴らした。

「マジだって。ただ、俺のババアのメシ思い出して、照れくさくてよ。ほら、言ったろ?俺ん家すげぇ地方で、兄貴たちはもう働いてんだけど。俺だけ優秀過ぎて、大学に来てんだ」
「……はぁ。そうでしたね」

 飲みに行きゃ、毎度聞かされる自慢話で、もう耳にタコだ。気のない返事もどうでもいいのか、近藤はベラベラ話し続ける。

「近藤は盤石のお前んとこと違って、じいちゃんの代は借金まみれでなぁ。おかげさんで、親はいっつも忙しくて、ババアが俺の面倒見てくれたのよ。毎日、ババくせぇメシだされて、ムカついて暴れたもんだ……でも、当のババアは俺にぞっこんでな。レンジは立派になる、ってずっと言ってたんだぜ」
「そうなんですか」

 胸を張る近藤を胡乱な目で見てると、奴は鼻を鳴らした。

「まあ、ババア、とっくに死んでんだけど」
「え」

 目をしばたたく。

「高三の春によ……田舎もんだから、田舎くさい飯しか作れねえ、すまねえってよく言ってたな。だから、俺が立派になったら、洒落たメシのひとつも食わしてやろうと思ってたのに……」
「そう、だったんですか」

 そう言って、しんみりとカツ丼をかきこむ近藤を、俺は複雑な気持ちで見た。色ボケたゴリラだと思っていた男に、そんな情緒があったなんて意外だった。
 神妙に黙っていると、近藤はどんぶりを置き、おしぼりで乱暴に口を拭った。

「だから、おめえに腹が立ってたんだよ。当たり前に大事にされて、ボケ面してやがる」
 

 

「な……」

 唐突な罵倒に、俺は息を飲む。近藤は、ふっと気の抜けた笑いを溢す。

「驚いてんのか。心底ぼっちゃんだよ、てめえは。あんなでっけえマンションに住んで、かわいいオメガ買ってもらって、当たり前みたいな面しやがって。へっ、苦労知らずで、物の価値もわかんねえ馬鹿だから、なんでも適当に扱うんだろーなって思ってたよ」

 拳を膝の上で握りしめる。屈辱で、今にも殴りかかりそうだった。

 ――なんで、てめえなんぞに言われなきゃ……どれほど立派だってんだ?! 自分だって、家族に送り出して貰った大学で遊んでばっかのくせに。浮気して、西野さんに散々怒られてるくせに……!

 くだらない男に痛罵された屈辱に頭が痛む。
 けど、こんな安っぽい店で、近藤なんかに殴りかかりたくなくて、必死に堪えた。すると近藤はため息を吐く。

「俺もよ。成己さんにゃ、悪いことしたと思ってんだぜ。お前があんまりムカつくから、「お前の幸せなんざ、大したことねえ」って貶してやりたくてな。実際、成己さんは可愛いし、いい子だし……そんなに堪えねえと思ったんだよ」
「は……?」

 目をむくと、近藤はばつが悪そうに頭をかいた。

「友菜にも散々叱られたよ。でも、お前だって悪いんだぜ? 自分の恋人が貶されて、庇いもしねえでよ……そりゃ酒も入ってるし、俺もエスカレートすんだろうが」
「……っざけんな!」

 胸倉を掴むと、ざわと店内がどよめいた。ぼろいコップが倒れて、テーブルを濡らす。

 ――こいつ、そんな下らねえ理由で、あいつのことを……!

 ぎりぎりとシャツを締め付けていると、近藤は苦しそうに喘いだ。

「ぐッ……いまさら、怒るようになりやがって。好きな奴にふられて、男になったのかっ……?」
「……ッ!?」

 図星を射抜かれ、ぎくりとする。
 脳裏に、しょんぼりと背を丸め、飲み会の片づけをしていた成己の姿が浮かんだ。初めての飲み会で、抜き打ちに大人数をもてなすことになって。懸命に、整えてくれた晩飯は貶すだけ貶されて、残されていた。
 
『成己……』

 俺は突っ立って、小さい背に何を言ってやるべきか迷ってた。料理上手の成己は、それなりに自信があったはずだ。近藤たちに散々いじられて、ショックだったろう。

 『ごめんね、陽平。ぼく、次はちゃんとするからねっ』

 それでも成己は、そう言って笑った。何も悪くないのに。俺はあいつの笑顔が見られずに、ただ胸がふさがって、悔しくてたまらなくて――。

 ――今なら解る。あのときは、俺の好きな奴が貶されて、俺自身を貶されたみてえで、傷ついてたんだ。

 だから、優しい成己に苛立ちをぶつけた。俺のために、頑張ってくれたのに……俺が庇ってやらないといけなかったって、今なら解るのに。

「……」

 胸倉を掴んでいた手から、力がぬける。咳き込む近藤を前に、俺は呆然と立ち尽くしていた。
 俺は、馬鹿だ。
 悔しいが、この男の言う通りに。
 大切なものを、ただ大切にしてやることさえ、出来なかった……。
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