いつでも僕の帰る場所

高穂もか

文字の大きさ
81 / 505
第二章~プロポーズ~

八十話 

 頬を包まれたと思ったら、芳しい森の香りが近づいてきた。ふわ、とやわらかな感触が、額に落ちてくる。
 
「えっ」
 
 きょとんと目を瞬くと、宏兄の微笑みが間近にある。あ、と思ったときには、もう一度――今度は、頬に同じ感触が落ちる。
 そこで、ようやく唇が触れたんやって、気づいた。
 
 ――これって……キス……!?
 
 ぱあっ、と頬に血が上る。口をパクパクして、宏兄を凝視してしまう。すると不思議な色の瞳が、嬉しそうに細まった。
 
「可愛い。真っ赤だ」
「……!?」
 
 ぎゅう、とやわらかく抱き締められる。子犬にするみたいに頬ずりされて、ますます顔が熱くなった。
 
「ちょ、宏兄……!?」
「もっと可愛い顔見せて」
 
 甘い声で囁かれ、米神にもキスされる。頬や、首筋まで……ちゅ、ちゅって、愛しむみたいに、あちこちを啄まれてしまう。
 
 ――な、何これ……何これっ!?
 
 恥ずかしさに耐えかねて、ぼくは宏兄の肩を押した。
 
「ま、待って」
「ん? いやだ」
「いや!?」
 
 ぎょっと目を見開くと、宏兄は大まじめに言う。
 
「成に、俺のことを知って欲しいからな」
「え……?」
「まあ、色んなもんがあるが……今は、」
 
 ちゅ、と目じりにキスされる。
 
「俺がどれだけ、お前を可愛く思ってるか……とかな」
「!」
 
 宏兄の声に、悪戯っぽい響きが乗る。ぼくは、これ以上なく頬が熱るのがわかった。
 
「ぜ、絶対、ウソやもんっ……」

 動揺しすぎて、声がひっくり返る。

「嘘だったら、俺も苦労しないんだよなあ」

 宏兄の指が、ぼくの髪を梳く。――子猫を可愛がるような指先に、かあっと頭に血がのぼる。
 
「からかわんといてっ……!」
 
 そりゃ、ぼくだって。
 可愛いって、言われたことはあるよ。でも、いつも……子供とか、マスコットとかに言うニュアンスやし。

――オメガとして魅力的やなんて、いちども思われたことないんやもん!

 そっぽを向くぼくを、宏兄は笑いながら抱きしめてくる。

「疑り深いのも、可愛いぞ」
「なっ」

 頬を包んで、振り返らされて……どきりとした。

「成は自分を知らないだけだ」
「……!」

 宏兄の目が、ぼくを見つめてる。甘い甘い……蜂蜜を煮つめたように濃い眼差し。
 こんな目をする宏兄は、知らない。

「……ぁ……」
「……可愛いよ」

 宏兄の指が、ぼくの顎をくすぐる。芳しい木々の香りが鼻の奥に抜けて、頭がじんと痺れた。

――あ……キスされちゃう。

 じっと見つめられて、直感が察した。
 いままでの、じゃれるようなキスじゃなくて……唇にキスされちゃうって。

「……っ、ひろに……」
「……成」

 宏兄の指が、ぼくの唇を撫でた。熱い……しっとりした、感触がする。ふに、と二本の指で唇を挟まれた。

「……ひゃっ……!」

 恥ずかしくて、居てもたってもいられなくなって――ぼくは「やあっ」と叫んだ。

「だ、だめっ……!!」

 ぐるん、と万力で寝返りをうつ。ベッドをころころ転がって、壁におでこがぶつかった。

「いたいっ」
「成っ。大丈夫か?」
「あ……! ま、待って……ぼく……」
 
 宏兄の手から逃げるよう、ぼくは、小さく体を丸めた。
 ドキドキ、鼓動が膝にまで伝わってくる。――こうして抱えてないと、心臓が転げだしそう。

――も、もうわかんない……怖いよっ……

 じわ、と目に涙が滲む。不安と緊張で、心がおぼつかなかった。
 唇を、手で覆う。

――……陽平……っ。

 ふと浮かんだ顔に、泣きたくなる。
 なんで、思い出すんよ。陽平は――ぼくのこと、可愛いなんて一度も言ってくれなかったのに。

「ひっ……う……」

 自分が情けなくて、嗚咽がこぼれた。
 すると……ぎし、とベッドが軋む。大きな手に、頭を撫でられた。

「……っ」
「ごめんな。ちょっと、急ぎすぎたな」

 穏やかな声が、降ってくる。いつもの宏兄の……優しい、あたたかい声。

「ううっ」

 ぽろぽろと、熱い涙が頬を伝う。手で拭っていると、そっと抱きしめられる。

「よしよし……大丈夫だ」
「ごめ……なさっ」
「いいんだよ。おどかしてごめんな?」

 ぽんぽんと頭を撫でられた。宏兄は、すっかりお兄ちゃんモードに戻っていて……温かな抱擁は、安心だけをくれる。

「宏兄……」
「ゆっくりでいい。俺はずっと……お前の側にいるからな」

 優しい囁きに、ますます涙が溢れる。
 安心したぼくは、宏兄にしがみついて、わんわん泣いてしまった。

 
感想 280

あなたにおすすめの小説

運命の番は僕に振り向かない

ゆうに
BL
大好きだったアルファの恋人が旅先で運命の番と出会ってしまい、泣く泣く別れた経験があるオメガの千遥。 それ以来、ずっと自分の前にも運命の番があらわれることを切に願っていた。 オメガひとりの生活は苦しく、千遥は仕方なく身体を売って稼ぐことを決心する。 ネットで知り合った相手と待ち合わせ、雑踏の中を歩いている時、千遥は自分の運命の番を見つけた。 ところが視線が確かに合ったのに運命の番は千遥を避けるように去っていく。彼の隣には美しいオメガがいた。 ベータのような平凡な見た目のオメガが主人公です。 ふんわり現代、ふんわりオメガバース、設定がふんわりしてます。 完結しました!ありがとうございました。

文句を言わない婚約者は、俺の愛する幼馴染みを許していなかった【完結保証】

星森 永羽(ほしもりとわ)
恋愛
幼馴染を優先しても、婚約者アウローラは何も言わない。だから、これからも幼馴染みとイチャイチャできる── 侯爵令息トリスタンは、そんな甘い幻想を信じていた。 だが婿入りした瞬間、彼の“軽んじた態度”はすべて清算される。 アウローラは冷徹に、トリスタンの傲慢と欲望を1つずつ暴き、労働と屈辱を与える。 そして最後に残ったのは、誰にも必要とされない現実だけ。 「どうして……俺は、こんなにも愚かだったんだ」 これは愛を勘違いし、身分を過信し、自分の価値を見誤った男の終焉を描くダークドラマ。 ⚠️ 本作は AI の生成した文章を一部に使っています。 4/1「エステルに対する殺意」の内容を一部変更しました。

私と子供より、夫は幼馴染とその子供のほうが大切でした。

小野 まい
恋愛
結婚記念日のディナーに夫のオスカーは現れない。 「マリアが熱を出したらしい」 駆けつけた先で、オスカーがマリアと息子カイルと楽しげに食事をする姿を妻のエリザが目撃する。 「また裏切られた……」 いつも幼馴染を優先するオスカーに、エリザの不満は限界に達していた。 「あなたは家族よりも幼馴染のほうが大事なのね」 離婚する気持ちが固まっていく。

番に見つからない街で、子供を育てている

はちも
BL
目を覚ますと、腕の中には赤ん坊がいた。 異世界の青年ロアンとして目覚めた「俺」は、希少な男性オメガであり、子を産んだ母親だった。 現世の記憶は失われているが、 この子を守らなければならない、という想いだけははっきりと残っている。 街の人々に助けられ、魔石への魔力注入で生計を立てながら、 ロアンと息子カイルは、番のいない街で慎ましく暮らしていく。 だが、行方不明の番を探す噂が、静かに近づいていた。 再会は望まない。 今はただ、この子との生活を守りたい。 これは、番から逃げたオメガが、 選び直すまでの物語。 *本編完結しました

幼馴染がいじめるのは俺だ!

むすめっすめ
BL
幼馴染が俺の事いじめてたのは、好きな子いじめちゃうやつだと思ってたのに... 「好きな奴に言われたんだ...幼馴染いじめるのとかガキみてーだって...」 「はっ...ぁ??」 好きな奴って俺じゃないの___!? ただのいじめっ子×勘違いいじめられっ子 ーーーーーー 主人公 いじめられっ子 小鳥遊洸人 タカナシ ヒロト 小学生の頃から幼馴染の神宮寺 千透星にいじめられている。 姉の助言(?)から千透星が自分のこといじめるのは小学生特有の“好きな子いじめちゃうヤツ“だと思い込むようになり、そんな千透星を、可愛いじゃん...?と思っていた。 高校で初めて千透星に好きな人が出来たことを知ったことから、 脳破壊。 千透星への恋心を自覚する。 幼馴染 いじめっ子 神宮寺 千透星 ジングウジ チトセ 小学生の頃から幼馴染の小鳥遊 洸人をいじめている。 美形であり、陰キャの洸人とは違い周りに人が集まりやすい。(洸人は千透星がわざと自分の周りに集まらないように牽制していると勘違いしている) 転校生の須藤千尋が初恋である

愛され方を教えて

あちゃーた
BL
主人公リハルトは自分を愛さなかった元婚約と家族のために無惨に死んだ…はずだった。 次に目が覚めた時、リハルトは過去に戻っていた。 そこは過去のはずなのにどこかおかしくて…

世継ぎは他の妃が産めばいい——子を産めない私ですが、帝の寵愛を独占して皇后になりました

由香
恋愛
後宮に入る女の価値は、ただ一つ。 ——皇子を産めるかどうか。 けれど私は、産めない。 ならば—— 「世継ぎは他の妃に任せます。私は、陛下に愛される女になります」 そう言い放ったその日から、すべてが狂い始めた。 毒を盛られても、捨てられず。 皇子が生まれても、選ばれたのは私だった。 「お前は、ここにいろ」 これは、子を産めない女が ただ一つの武器“寵愛”だけで頂点に立つ物語。 そして—— その寵愛は、やがて狂気に変わる。