いつでも僕の帰る場所

高穂もか

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第二章~プロポーズ~

八十話 

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 頬を包まれたと思ったら、芳しい森の香りが近づいてきた。ふわ、とやわらかな感触が、額に落ちてくる。
 
「えっ」
 
 きょとんと目を瞬くと、宏兄の微笑みが間近にある。あ、と思ったときには、もう一度――今度は、頬に同じ感触が落ちる。
 そこで、ようやく唇が触れたんやって、気づいた。
 
 ――これって……キス……!?
 
 ぱあっ、と頬に血が上る。口をパクパクして、宏兄を凝視してしまう。すると不思議な色の瞳が、嬉しそうに細まった。
 
「可愛い。真っ赤だ」
「……!?」
 
 ぎゅう、とやわらかく抱き締められる。子犬にするみたいに頬ずりされて、ますます顔が熱くなった。
 
「ちょ、宏兄……!?」
「もっと可愛い顔見せて」
 
 甘い声で囁かれ、米神にもキスされる。頬や、首筋まで……ちゅ、ちゅって、愛しむみたいに、あちこちを啄まれてしまう。
 
 ――な、何これ……何これっ!?
 
 恥ずかしさに耐えかねて、ぼくは宏兄の肩を押した。
 
「ま、待って」
「ん? いやだ」
「いや!?」
 
 ぎょっと目を見開くと、宏兄は大まじめに言う。
 
「成に、俺のことを知って欲しいからな」
「え……?」
「まあ、色んなもんがあるが……今は、」
 
 ちゅ、と目じりにキスされる。
 
「俺がどれだけ、お前を可愛く思ってるか……とかな」
「!」
 
 宏兄の声に、悪戯っぽい響きが乗る。ぼくは、これ以上なく頬が熱るのがわかった。
 
「ぜ、絶対、ウソやもんっ……」

 動揺しすぎて、声がひっくり返る。

「嘘だったら、俺も苦労しないんだよなあ」

 宏兄の指が、ぼくの髪を梳く。――子猫を可愛がるような指先に、かあっと頭に血がのぼる。
 
「からかわんといてっ……!」
 
 そりゃ、ぼくだって。
 可愛いって、言われたことはあるよ。でも、いつも……子供とか、マスコットとかに言うニュアンスやし。

――オメガとして魅力的やなんて、いちども思われたことないんやもん!

 そっぽを向くぼくを、宏兄は笑いながら抱きしめてくる。

「疑り深いのも、可愛いぞ」
「なっ」

 頬を包んで、振り返らされて……どきりとした。

「成は自分を知らないだけだ」
「……!」

 宏兄の目が、ぼくを見つめてる。甘い甘い……蜂蜜を煮つめたように濃い眼差し。
 こんな目をする宏兄は、知らない。

「……ぁ……」
「……可愛いよ」

 宏兄の指が、ぼくの顎をくすぐる。芳しい木々の香りが鼻の奥に抜けて、頭がじんと痺れた。

――あ……キスされちゃう。

 じっと見つめられて、直感が察した。
 いままでの、じゃれるようなキスじゃなくて……唇にキスされちゃうって。

「……っ、ひろに……」
「……成」

 宏兄の指が、ぼくの唇を撫でた。熱い……しっとりした、感触がする。ふに、と二本の指で唇を挟まれた。

「……ひゃっ……!」

 恥ずかしくて、居てもたってもいられなくなって――ぼくは「やあっ」と叫んだ。

「だ、だめっ……!!」

 ぐるん、と万力で寝返りをうつ。ベッドをころころ転がって、壁におでこがぶつかった。

「いたいっ」
「成っ。大丈夫か?」
「あ……! ま、待って……ぼく……」
 
 宏兄の手から逃げるよう、ぼくは、小さく体を丸めた。
 ドキドキ、鼓動が膝にまで伝わってくる。――こうして抱えてないと、心臓が転げだしそう。

――も、もうわかんない……怖いよっ……

 じわ、と目に涙が滲む。不安と緊張で、心がおぼつかなかった。
 唇を、手で覆う。

――……陽平……っ。

 ふと浮かんだ顔に、泣きたくなる。
 なんで、思い出すんよ。陽平は――ぼくのこと、可愛いなんて一度も言ってくれなかったのに。

「ひっ……う……」

 自分が情けなくて、嗚咽がこぼれた。
 すると……ぎし、とベッドが軋む。大きな手に、頭を撫でられた。

「……っ」
「ごめんな。ちょっと、急ぎすぎたな」

 穏やかな声が、降ってくる。いつもの宏兄の……優しい、あたたかい声。

「ううっ」

 ぽろぽろと、熱い涙が頬を伝う。手で拭っていると、そっと抱きしめられる。

「よしよし……大丈夫だ」
「ごめ……なさっ」
「いいんだよ。おどかしてごめんな?」

 ぽんぽんと頭を撫でられた。宏兄は、すっかりお兄ちゃんモードに戻っていて……温かな抱擁は、安心だけをくれる。

「宏兄……」
「ゆっくりでいい。俺はずっと……お前の側にいるからな」

 優しい囁きに、ますます涙が溢れる。
 安心したぼくは、宏兄にしがみついて、わんわん泣いてしまった。

 
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