いつでも僕の帰る場所

高穂もか

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第六章~鳥籠の愛~

三百六十六話

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 ぼくと宏ちゃんは、たびたび宍倉さんをお見舞いした。最初に見つけた責任感もあったけれど……やっぱり心配やったん。
 今日も今日とて、二人でお部屋を訪ねると……宍倉さんのベッドの周りでささやかな笑い声がする。
 
「先客かな?」
 
 宏ちゃんと顔を見合わせ、出直そうとしたとき、宍倉さんの声がした。
 
「こんにちは。宏章さん、成己さん」
 
 宍倉さんは、ベッドに腰を掛けていた。
 びっくりなんやけど、病衣は脱いで、小ざっぱりしたシャツを身にまとってはる。包帯と湿布の減った顔が、穏やかな微笑を浮かべてた。
 
「こんにちは、宍倉さん」
 
 ぼく達が挨拶をして近づくと、無邪気な声が上がる。
 
「だれ~?」
 
 彼の側には小学生くらいの子が三人いて、不思議そうにこっちを見てたんよ。ベッドに凭れたり、折り紙を手に握りしめている、無邪気な様子がかわいらしい。

「こんにちはっ」

 ついニコッと笑いかけると、笑顔が返ってくる。
 
「みんな。お客さんが来たから、またね」
「はーい。お兄さん、お大事にね!」
 
 宍倉さんに促されて、子供たちはぼく達にペコリと会釈し、小走りに廊下へ出て行く。
 
「すみません、突然来てしまって。お見舞いの子たちだったんじゃ……」
 
 宏ちゃんがすまなそうに言うと、宍倉さんは笑って頭を振った。
 
「いえいえ、ここで知り合った子たちなんです。家族のお見舞いの付き添いに来て、退屈していたのかな――ときどき、私の遊びに付き合ってくれてたんですよ」
 
 そう言って、備え付けのテーブルの上の折り鶴を、ひょいひょいと手のひらの上にまとめてく。色とりどりの小さな鶴たちに、ぼくは「わあ」と小さく歓声を上げた。
 
「かわいいですねぇ」
「ええ。折り紙をしようと言ったら、私の怪我が早く治るようにと……」
「いい子たちですね」
「ええ、本当に」
 
 宍倉さんは、やわらかな声で頷き……傍らの鞄に折り鶴を仕舞わはる。大切そうな手つきに、見ているこっちも胸が温かくなるほどや。
 
 ――優しい人なんやなあ……
 
 知り合って数日やけれど、宍倉さんのお人柄を知れてきた気がする。
 
「ところで、その格好は……ひょっとして、退院されるんですか?」
 
 宏ちゃんが気になっていた事を訊く。宍倉さんは、穏やかに目を伏せて頷いた。
 
「おかげさまで、もうすっかり良くなりましたので……昨夜、先生にも退院できると太鼓判を押して頂いたんです」
「わあ……よかった! おめでとうございますっ」
 
 念のため行った精密検査の結果も異常が無かったそうで、ほっとする。宏ちゃんと笑みをかわしあっていると、宍倉さんが改まった様子で、頭を下げはった。
 
「お二人には、本当にお世話になりました。……ありがとうございます」
「いや、大したことはしていませんよ。それに、これもご縁じゃないですか」
 
 宏ちゃんが大らかな笑みを浮かべる。
 頼りがいでいっぱいの夫の姿に、ぼくは誇らしい気持ちになってしまう。
 
「本当に、よかったです。でも、まだご無理はなさらないで下さいね」
「ありがとうございます」
 
 宍倉さんは、にっこりと笑った。
 
 
 
 
 それからね。
 宍倉さんは退院の手続きへ行かはったから。宏ちゃんとぼくは、病棟に差し入れと院長先生へのお礼を言いに行ってきたん。
 
「無理をきいていただいて、ありがとうございました。また、改めてお礼に伺います」
 
 二人で頭を下げると、院長先生は「水くさいことを言うてくれるな」と磊落な笑みを浮かべはって、
 
「宏章くんには、昔っからさんざんうちの息子が世話になってる。これくらい、安いもんです」
 
 院長先生は、宏ちゃんの高校時代の友達のお父さんらしいんよ。
 宏ちゃんは、昔から面倒見が良くて、慕われるクラス委員長やったんやで。
 
「宏章さん、人望やねえ」
「はは。テストのヤマ勘が、今になって返って来たってところだ」
 
 エレベータの中で、そっと腕をつつくと宏ちゃんは照れたように言う。
 自分の優しいところが照れくさいみたい。
 
 ――かわいい。
 
 二人きりなのを良いことに、そっと腕に凭れる。すぐにやわらかな森の香りに包まれて、嬉しくなった。
 病院のロビーに降り立ち、宍倉さんの姿を探すと――正面玄関のところで、行き会うことができた。
 
「宍倉さん! 今からお帰りですか?」
「はい。本当にお世話になりました」
 
 宍倉さんは綺麗な礼をする。
 
「また、正式にお二人の元を伺います。――報恩謝徳の精神をもって、この御恩は必ずお返しいたしますから」
 
 きりりと糸を張ったような印象が、折られた背から上り……息を飲む。
 けれど、顔を上げた宍倉さんは穏やかに微笑していたん。
 宏ちゃんはにこりと笑い、手を差し出した。
 
「ありがとう。楽しみにお待ちしてます」
 
 宍倉さんも笑った。ふたりが握手を交わすのを、ぼくはぼうっと見守った。なんだか、二人の間で見えない会話がなされているような――不思議な感覚。
 
 ――まえに、友菜さんと宏ちゃんが話していた時とおなじ。……なにか、言外の言葉があるような……
 
 考え込んでいると、「成」と声がかかる。
 
「はいっ」
「宍倉さんが、お前に」
 
 宏ちゃんづてに渡されたのは、羽を仕舞った赤い折り鶴やった。両手で受けとめて、宍倉さんを見ると、にっこりと微笑まれる。
  
「それは、奥様への手付けです」
「……かわいいっ。ありがとうございます」
 
 優しいお礼に、頬がほころんだ。ぺこりと頭を下げると、宍倉さんは静かに目を伏せた。
 
「お気に召されたら、また持って参ります」
「ふふっ、はい」
 
 折り鶴を胸に当てて、ぼくはにっこりした。
 それから、送迎バスに乗っていく宍倉さんを、見送ったん。まだ怪我をしてるはずなんやけど、バスのステップを上っていく背は、お見舞の人よりもしゃんとしてるくらい。
 
「宍倉さん、大丈夫かな……」
 
 バスを見送って、ぼくは宏ちゃんに言う。――やっぱり、本調子じゃないわけやし……それに、誰もお見舞い来てへんかったみたいやから……
 宏ちゃんも、一瞬目を丸くし――すぐに頷いてくれる。
 
「大丈夫だよ。それに、訪ねて来てくれるって言ってたし」
「……うんっ」
 
 大きな手に頭を撫でられ、ホッと息を吐く。――宏ちゃんが大丈夫って言うと、本当にそう思えるから不思議や。
 
「じゃ、俺達も帰ろうか?」
「そうやね」
 
 笑って、差し出された大きな手を握り返す。
 ――もう一方の手に、折り鶴のひんやりした感触を握りしめて。
 
 
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