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第4章 変わる世界と思い
第23話 マントの本意
しおりを挟むその夜、デイトナ一行は街中にある宿へと宿泊することになった。本来の予定では隠れ家へと帰る予定だったのだが、予定が変更されたのである。
『今日はゆっくり休むといい。明日忙しい一日になるからね』
先ほど、マントとアブゾーブにそう言い残していったのはデイトナである。デイトナはアヴァロンとルーシェの3人で、マントとアブゾーブは2人で、別々部屋での夜を明かすことになった。
今は丑三つ時、夜も更けた時間帯である。そんな真夜中、1人宿を出ようとする者がいたーーマントである。マントはアブゾーブが寝たのを確認すると、1人荷物を纏めては宿を出た。そうしつ街中を抜け、郊外へと差し掛かった、そんな時だった。
「こんな時間に散歩?」
マントの背後から女性の声が聞こえた。しかもそれはマントにとって聞き馴染みのある声であり、普段であるならば別段として驚く程のことではないのだろうが、この時ばかりはそうもいかないマントであった。
背後へと振り返ったマントの目にその女性は満面の笑みを浮かべて、お辞儀をした。また黒いコートを羽織り、深々とフードを被っては、その手に握られた剥き出しの小刀をクルクルと指で回して、ゆったりとした歩調で彼女ーーールーシェはマントへと歩み寄った。
「…やっぱり、そうなりますか?」
マントは鼻っから分かり切っていたかのような口振りで呟いた。
「ええ、もちろん」
「これはデイトナ王子の命令ですか?」
「いえ、デイトナ様は何も知らない…というより、知らないフリをしていたのだと思う」
「知らないフリ、ですか…ふふ、確かにデイトナ王子ならやり兼ねませんね」
マントはそう言って、以前の、革命軍とぶつかった時の日の出来事を思い出していた。デイトナが革命軍の亡骸をちゃんとした形では埋葬して欲しいとお願いした、あの日の出来事を。
「ずっと、僕はデイトナ王子とは薄情で冷徹な男だとばかり思っていました。実際に目の前でその残虐さを見せつけられて、『ああ、自分とは違うな』と、どうか一線を引いていたんですよ。なのに、彼の本質はどうやらそうではない。それが最近、よく分かるんですよ…」
「…へぇ、良い洞察力してるじゃない。デイトナ様が貴方を欲しがったのもよく分かるわ…ただ、それだけに残念ね」
ルーシェはそう言って、手に持った小刀を強く握り直した。
「脱走は許さない。その理由がいかなるものであっても、私は貴方を殺す」
「…デイトナ王子の意志に反しても、ですか?」
「ええ、もちろん。あの馬鹿王子に逆らっていいのは私だけなの。貴方にその権利はない」
「ふふ、好きなのですね…彼の事を」
「馬鹿言わないでよ。あんな糞餓鬼に殺意に湧いても好意はないわ」
「意地っ張りですね、貴女も」
マントは剣を抜いて、切っ先をルーシェへと向けた。また眼光鋭く、ルーシェを睨みつけていた。
「…ただ死を容易に受け入れる程僕はお人好しじゃありません」
「そう」
ルーシェは呟くようには言った。
「因みに、聞いていいかしら?」
「なんですか?」
「脱走の理由は、やはりデイトナ様の話を聞いたからなの?」
「…それも、一つの要因です。史上最悪の魔王、でしたよね?ふふ、まさか未来の私がそんな呼ばれ方をしているだなんてね…」
「そう。でもさっきも言ったでしょう?それはあったかもしれない未来の話であって、デイトナ様がこうして世界に介入してしまった以上ああはならない」
「絶対にね」と、ルーシェは念押しした。また続けて、
「…貴方を殺すのは簡単だけど、貴方の穴を埋めるのは実のところ簡単ではないの。だから、今ここでの出来事を見なかったことにしてあげてもいいのだけど…それでも、貴方は引かないのよね?」
それはルーシェは最後の忠告だった。ルーシェはマントの優秀さを知っているからこそ、マントを失うことの大変さをよく知っていた。[デイトナ戦線]に於いて、マントの代わりになる者など存在しないと、だから殺さなくても済むなら殺したくないと、それがルーシェの思いである
またその思いとは平行して、ルーシェの心に芽生えた別の思いがマントを殺すことに躊躇いを促していた。その思いを人の感情に置き換えるならば、言わばそれは愛着というものに近いかもしれない。
そう、ルーシェとは、いつしかマントに愛着を抱いていたのだ。ルーシェ自身はそこに気付いてはいなし、気付いたところで認めはしないだろうが、現状その愛着という感情がルーシェの殺意を鈍らせているのは確かであった。
しかも先にそんなルーシェの感情に気付いたのは、皮肉にもマントの方であった。ルーシェが自分に生きる道を示してくれるその意味を、またその裏に隠されたルーシェの本意を、マントは見抜いていたのだ。
「…僕は、どうやらデイトナ王子だけじゃなく、貴女の事も誤解していたようですね」
「…どういう、意味?」
「いやね、貴女も案外優しいところあるんだなぁと思いまして。だってそうでしょう?僕を殺すだけならさっさと殺せばいい。だけどそうしないのは、やはり貴女の本質もまたデイトナ王子同様に優しいからと…僕はそう感じました」
「……都合の良い解釈は良してよ。気色が悪いわ?」
「あははは、そう言うと思いましたよ!」
マントは楽しそうには笑った。ただ、ルーシェに向けた剣を下げることはなく、マントの決意に揺るぎはなかった。
「ルーシェ様、貴女の好意…有難く思います。ですが、僕はもう決めたのです…やはりあなた方と僕の進むべき道は違うと、気付いたのです」
マントは覇気の篭った口調では言って、また続けて、
「僕はずっと、争いが嫌いでした。魔人として生まれ、争いばかりの生き方でしたが、その裏ではいつも争いを終わらせる手段をずっと模索していたのです。賢ければいいのか、強ければいいのか、またそのどちらでもないのか、結局はその答えは見つからずに…ただここにきて、そんな自問自問に答えを見つけました。違う未来で、僕に待ち受けていたとされる未来の話を聞いて、僕の心に変化が訪れたのです…」
「心に…変化?」
ルーシェは目を細めながらには尋ねた。
「…そうです。僕は先ほどデイトナ王子から、自身が違う未来で史上最悪の魔王になると聞いた時…恐ろしい事実に驚愕する傍ら、ある種、優越感というものを感じている自分に気づいたのです。戦争に全てを奪われた僕は戦争根絶の為にこの身を捧げてきたつもりで、それこそが僕の懇願する世界征服であると自身に言い聞かせてきたのですがね…はは、どうやらそうじゃなかったらしい。僕を戦闘へと駆り立てていたものの真の正体とは…世界の全てを絶望に堕としたいという残虐性、復讐心です」
マントは不敵な笑みを上げた。
「僕を不幸に陥れた全てのものを破壊したい。そして、僕の味った不幸を…より多くの者に体験して頂きたい。それこそが僕の本質であり、長らく心の奥底に封印してきた本意なのです。ルーシェ様、貴女は先ほど僕の未来の姿について『あったかもしれない未来の話である』と言われましたが、多分それは誤りです。僕は多分…いや確実に、この先の未来に於いて殺戮の限りを尽くすでしょう」
「…貴方にしては最高のジョークね」
「ジョーク?これは僕の本心ですよ?」
そう言ったマントに、冗談を言っている様子はなかった。
いつもと明らかに様子の異なってマントに、ルーシェは違和感を感じていた。何かがおかしい、ただその何かが分からない以上どうしていいかも分からずに、ルーシェの決断を鈍らせていた、次の瞬間である。
「殺り合いましょうルーシェ様。今の僕なら貴方に勝てる気がする…」
そんな台詞を皮切りに、マントが動いた。マントはルーシェに向けた剣先を勢いよく突き出して、ルーシェの眉間を貫こうとしていた。
ただそう易々と攻撃を許すルーシェではなく、ルーシェは即座に顔を後ろへ反らせ剣先を避けると、そのまま身を翻してマントを蹴り飛ばした。
マントは嗚咽を漏らし、一瞬、膝を崩しよろめいた。なれど倒れることはなく、ニヤニヤと口元を歪めては笑っていた。
「…やはり、ルーシェ様の一撃は重たいですね…」
ルーシェはマントを視界内に、最後の選択に迫った。
「どうしても、やるの?」
「…もちろん。もう、後戻りは出来ないのです…」
マントは剣を構えなおした。
「僕は…貴方たちに変わり、この世界を征服するッ!!」
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
睡眠中、突然の悪寒に目を覚ました。全身を奮い立てせるような、そんな悪寒である。また身体中からジトジトした冷や汗が吹き出し、何とも言い難い気持ち悪さを感じていた。
それが何を意味するのかを考えて、僕は部屋を見ました。
そして自ずとその答えを理解してしまっていたのは、ルーシェの姿がどこにも見えなかったからである。
僕は隣でぐっすりと寝ているアヴァロンの肩を揺すって、
「…アヴァロン、起きて」
「ん?」
「ルーシェがいない。知らないかい?」
「……分からない。けど、遠くからルーシェの反応が微かに伝わる…」
アヴァロンはそう言って、大きな欠伸をした。
「…しかも、誰かと戦ってる。これは……マント?」
「マント、だと……成る程、そういうことか…」
予想はしていた。というのもここ最近、マントの様子がおかしかったのだ。多分、それは僕に対する疑念心のようなものだったのかもしれない。だからこそ僕は今日、マントに僕の知っている真実を全て伝えた。史上最悪の魔王になり得る素質があるのだと、言ってやったのだ。
それこそマントに対する揺さぶりであり、マントの本質を引き出す為のアクションに過ぎない。
「でもまさかこんなにも早く行動を起こすなんてビックリだ。マント、お前はそういう男なんだね…」
マントの目標ーーそれは武力制圧による世界統一。それこそがマントが考える世界平和であり、彼の目標であった。ただ僕はその目標を僕は挫き、アブゾーブ共々に引き入れた。マントが忠誠を誓うアブゾーブの命を理由に、僕はマントを利用しようとした。
もしかしたら、僕ならマントを上手く扱えるかと思っていたのだが…実際はそうもいかなかったようである。マントは僕に反旗を翻し、逃亡した。
「ルーシェはいち早くその事を予期していたようだね…」
「……デイトナ、どうするの?」
「もちろん行くさ。嫌な予感がしてならないからね…」
「…嫌な、予感?」
アヴァロンは不思議そうには尋ねた。
「そうさ。あのマントのことだ、何の対策もなしに逃げ出したりするもんかい」
そう、というのもマントは僕らの実力をよく理解しているはずなのだ。僕とアヴァロン、そしてルーシェにはそれぞれ三大竜王の血が流れている事実と、その圧倒的力量さも把握できないような男ではないはず。
では一体何を企んでいるのかーーー結局はそこに行き着く。
底の見えないマントという男であるからこそ、様々な悪い予想がつくのだ。
「敵に回すと、やはり恐ろしいやつだよ全く…」
「…デイトナ、困ってるね」
「ああ、すごくね」
「…だったら、私の出番だよね?」
「え?」
どうしてそうなるのか、と考えていると、
「…身体、まだ治ってない、違う?」
アヴァロンは僕の胸に手を当てては言った。
「分かるのかい?」
「…うん、デイトナ、もう体ボロボロなんでしょ?」
「ボロボロって程じゃないさ」
「嘘」
アヴァロンは僕の頰に手を当てて、
「…デイトナの事なら、何でも知ってるの。だから…嘘ついても無駄だよ?」
はにかんだ笑顔を見せて、そう言った。
アヴァロンはつまり、僕の体の殆どは竜細胞に乗っ取られつつあったことを理解していたのだろう。
「君には隠しごとはできないな…」
「…当然だよ。だって、デイトナは私の一番なんだから」
「一番?」
「…そう、一番。私の大切な、一番なの」
「アヴァロン…」
「…デイトナは、ここにいて。私が、行くから」
「いいや、ダメだ」
僕は即座に言った。
「…どうして?」
「君には君の使命がある。分かってるだろ?」
今ここでみすみす危険な目にあわせるわけにもいかない。
「…うん」
「だったらーー」
僕がそう言いかけた、次の瞬間。
「なっ…」
額に、仄かな温もりを感じた。一瞬、何が起こったのか理解もできず呆然として、すぐ後にも、その温もりがアヴァロンの唇である事を悟った。
「…大切な人には、こうするんでしょ?」
アヴァロンは恥ずかしそうには笑った。
「…私には私の使命があること、分かってる。でもね、デイトナ…私は使命よりもずっと、デイトナのことが大切なの。大切で、大切で大切で大切だから、だからキスをするの…」
「……」
「…デイトナが困ってるなら、私は力を貸したい。それって、いけないこと?」
僕は言葉を失っていた。何も言えばいいのか分からずに、ただただアヴァロンの突拍子もない行動に驚いていた。
人間らしさをアヴァロンに求めたことはないのにも関わらず、アヴァロンは自ずと人間という存在を理解していた。
僕はいつも、どこかアヴァロンを自分の子供のようには接していた。実際にアヴァロンは無邪気な子供のようには僕を求めていた。それが当たり前だと思っていた。そんな関係が、ずっとずっと続くものだと思っていた。
それがどうだ。アヴァロンは僕の知らない内に、勝手には成長していた。僕がそれを望んだわけでもないのにも関わらず、今アヴァロンが自分で考え、自分の意思では行動しようとしているのだ。
「…デイトナ、どうして、黙るの?」
「……どうして、何だろうな…」
素直に感動しているとは言えなかった。
「…私のこと、嫌いになった?」
「違う!」
「…じゃあ、どうして?」
「アヴァロン…君が、愛おしくて仕方がないからだ」
「?」
「あ、いや…うん、すまない。何を言っているんだろうな、僕は…」
「…よく、分かんないけど…私のこと、好きっていうこと?」
「……うん」
「…ふふ」
「どうして笑う?」
「…だって、デイトナが、私の事、初めて好きだって、言ってくれたから」
「そ、そうだっけ?」
「…そうだよ。デイトナ、素直じゃないから。あとね、辛い時は辛いって、言ってもいいんだよ?」
「……まさか君にそんな事を言われる日が来るんだなんて想像もしていなかったよ」
「…ふふ、でしょ?」
アヴァロンは屈託のない笑顔を浮かべ、部屋を後にした。
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