カクリヨ美容室の奇譚

泥水すする

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第四章 誰そ彼とき

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 明かりのついていない室内。閉ざされたカーテンの隙間から、眩い閃光が迸る──直後、激しい雷鳴が轟く。雨は、一晩中ずっと降り続くそうだ。

 深夜0時。わたしは布団の中に潜り込み、スマホの液晶画面を指でスクロール。まさかそんなことはないと、否定し続ける。体がガタガタと震え始めてくる。指が止まる。

 そしてついに、その記事を見つけてしまった。日付けは2年前の、時期はちょうど今頃だ。

「ホスト殺人事件/痴情のもつれか?
7月6日、神奈川県川崎市の某ホストクラブで働いていた黄昏 薫(かおる)さん=当時(24)が、刃物で腹部を刺され死亡。犯人はまだ捕まっていない。
犯行は鎌倉市湘南町屋の路上にて、胸を刃物で刺されたかおるさんを地元住人が発見。病院に搬送されたが、同日午後8時ごろ、かおるさんの死亡を確認。
かおるさんは兼ねてより警察へ女性トラブルを相談していた。警察はその女性が事件になんらかの関与をしているとして、行方を追っている」

 その話は本日の帰り道、紅麗亜ちゃんの口から聞かされた。天童さんのことを知っていたことについては、ほだか先生から聞いたと適当に誤魔化した。紅麗亜ちゃんは、暗い顔を作り、ゆっくりと語り始めた。

 ──二人のご両親ははやくに亡くなって、その後にもほだかさんは母方のお爺さんに引き取られて、薫さんは父方の姉夫婦の元へ。その辺のことはよく聞いてないんですけど、金銭的な問題とは言ってました。ただ別々に暮らし始めたあとも、薫さんはよくほだかさんのいるあの美容室へ遊びに行っていたそうです。優しい薫さんのことだから、心配だったんでしょうね……それにほだかさん、生まれつき体が弱かったみたいですし。

 しばらくは、そんな関係を続けていたそうなんですが……当時ほだかさんが15歳、薫さんが18歳のとき、お爺さんが突然亡くなったみたいなんです。あの美容室が、もともとそのお爺さんが経営してたのは知ってますよね? ほだかさんは、美容師の資格を取ってその跡を引き継ぐつもりだったそうです。でも、お爺さんが突然亡くなったものだから、そうもいかなくなった。

 当時、ほだかさんが美容の資格が取れる高校へ通いはじめようとしていた直後のことみたいですけど……ほだかさんは高校に行くのをやめて、働きながら美容師を目指すと言い出したらしいです。お金のこととか、お店のこととか、いろいろあったんだと思います。薫さんは、それが許せなかったんでしょうね。薫さんが川崎にあるホストクラブで働き始めたのは、その頃から。ほだかさんの生活費とか、学校に通わせるためにとか、全部一人でお金を工面したみたいですよ。ほんと、頭が下がります……。

 その後にも、ほだかさんは無事に学校を卒業して、美容国家資格も受かって、お爺さんの知り合いがやっているって美容室で2年間働いて、今の「カクリヨ美容室」を経営し始めた。なんでも、美容室を経営するには管理美容師免許ってのがいるらしくて、美容室でいくらか実習経験を積まないといけないとか。その資格がないと、従業員を雇えないそうです。その一方で、薫さんは通信制の専門学校に通いながらホストクラブで働き続けていた。事件が起きたのは、もうあと数ヶ月で、薫さんが専門学校を卒業する頃にも、でした。

 もともと、しつこく薫さんに言い寄ってくる女の人がいたらしくて……しかも彼女はホストクラブの常連で、相当羽振りが良くてオーナーさんにも気に入られていたそうです。だから、無碍にはできなかった。そのホストクラブも、辞めるつもりでいたくらい悩んでいたと……これは、亡くなったあとに知りました。犯人は、今もまだ見つかっていません。薫さんを刺したのが、その女性なのかは分かりませんけど……私は、きっとその人が犯人だと思っています。私、本当に悔しくて……もしもその人を見つけてしまったら、きっと自分を抑えられないと思います……。

 と、それが事の真相である。
 理解ができない。それは天童さんが亡くなっていた事実にしても、ほだか先生にしてもそうだった。仮にもわたしが接していた天童さんが別人だとしたら、どうしてそんなことを? あれは、誰? それに、ほだか先生は……どうして、その事実をわたしに隠していたの?

 わたしは枕に顔を埋め、目を瞑る。そのときだ。また、室内に雷光が走った。その光を受けて、脳裏にそれがフラッシュバックした。

 先刻の、ほだか先生の苦悶な表情。そして。

 ──結衣くんが僕のことをどう見ているかは知りませんが……僕は決して、人に褒められるような人間ではありません。
 あれは、どういう意味だったんだろうか。知りたい。でも明日の日曜日は、確か店を閉めると聞いている。諸用があるのだと──そんな明日は、黄昏薫が亡くなったとされる、7月6日である。

 思考がぐるぐると旋回、感情苦の谷底へと墜落していく。その晩は結局、一睡もできなかった。

 そうして訪れた日曜日の朝とは、昨晩の雨が冗談だったみたく、カラッとしたお天気模様。その光温もりに誘われて、わたしは遅れた睡眠を取り戻すことに──そして、わたしは誰かに追われていた。また一方で、誰かを探していた。探していた誰かの薄らぼんやりとした姿を見つける。ほっとひと息を吐き、その誰かの肩を掴み振り向かせようとした。刹那のこと。

 ──追われていた誰かに、わたしは肩を掴まれていた。
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