カミのアダゴト

葦元狐雪

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第二十幕

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 とかく宇宙船の代替を探さねばならなかった。
 いったいどんな形をしており、どのような手順で、どのようにして造られたのか皆目わからなかったが、しかし、総出で再び研究室を探してみても甲斐がなかった。

 設計図もなければ、それに関連した資料もない。
 抹消したのだろうか。だが、たとえあったとしても、宇宙船を作り上げるだけの技術力が私たちにはない。

 皆が意気沮喪に陥りつつあるなか、金髪の男がその沈鬱を排した。

「トラックだ」

「トラック?」

 私が訊いた。
 男は大きく肯いた。

「そうッス。俺、ここに来たときはトラックと一緒だったんスけど。俺、操作とかわかんないから、そのまま放っておいたんスよ。あれ、宇宙船の代わりになんないスかねえ」

 彼は『桃太郎』の文字が麗々しくプリントされた大型トラックを掛け替えにするという。 

「なるわけないでしょ!」

 と、アイネは呆れた風に言った。
 ザハク殿が「いや」と事問う。

「トキよ。それは、全員が乗る事ができるのか?」

「はい。乗ると思います。荷物を下ろせば、かなり余裕はあるかと」

「よし」

「待ってください。射出の仕方や大気圏の突破、宇宙空間を通って地球に到達するまでの計算などは如何するのでしょう」

 私が如上のごとくを案ずると、ザハク殿は「知らぬ。まあ、なんとかなるじゃろう」と言って、袂から取り出した果実を食った。
 なんて無責任な。嘆息していると、荒木鴇が鈴カステラを閻魔大王様に手渡しているのがふと、目に入った。彼女はたいそうご満悦の様子で、荒木鴇に地獄の招待状を渡している。
 ——鈴カステラ?
 
 どこから持ってきたのだろう。菓子の類は一切ないはずである。
 すると、荒木鴇が私の視線に気づいたらしく、こちらに歩み寄ってきた。そして私の手を取ると、その掌に彼が何かを握らせた。開いてみれば、パッケージされた飴玉がひとつ、ちょこんと乗っていた。

「飴、ですか」

 私は驚嘆して言う。荒木鴇は莞爾と笑って、

「創ったのです。味は確かですよ。どうぞ」

 と勧めた。
 口に含んでみる。甘い。人工的なイチゴの味がした。

「すごいですね。まさか、もうここまで出来るなんて」

「まだ、『覗き穴』は創れませんが」

 荒木鴇は握りこぶしを作り、そっと開いた。鉄の小さなネジが掌の上にあった。

「宇宙船くらいなら、なんとかしてみせます」

 彼の目は本気だった。


      $

 私は荒木鴇が己に慢じて増上慢になっているのではなかろうか、と須臾に思ったのだが、どうもそうではないらしい。彼の才覚は予想をはるかに越えて卓抜しており、およそ人が百年かけて出来得ることが一刻のうちに為されはじめていた。不意に湧いた鈴カステラの想像を形にせんとして、なにかなしに掌を握りしめてみたところ、それが如実に現れたそうな。

 驚きである。ひょっとすると、彼ならば可能かもしれない。本気でそう思った。
 閻魔大王様とシャルメラとアイネを残し、私たちは研究所を出た。
 トラックは叢林の中に木叢に埋もれるようにしてあった。車体のほとんどを羊歯や蔓が蔽っている。ロゴである『桃太郎』の『桃』のみがかろうじて窺える。なんだか映画のセットの一部みたいだ。突然に肉食恐竜の巨大な足が降ってきて、トラックを押しつぶしてしまおうとも不思議ではない。
 荒木鴇はサイドパネルを指でなぞると、言った。

「うちの会社のトラックです。こんなところにあったなんて」

「スンマセン、荒木さん」

 金髪の男が申し訳なさそうに一揖する。

「こんなところに置いたまんまで」

「いえ、あなたのせいではないのですから、お気になさらず。——とりあえず、動かしてみましょうか」

 皆でまとわりついている蔓草を剥がしにかかる。骸骨たちを使っても良かったのだが、細やかな作業には不適当な彼らなので、今回はあえて呼び出さぬことにした。
 やがてあらかた取り除かれたところで、チカが多量の水をかけることにより車体は綺麗になった。

 荒木鴇はエンジンの調子をたしかめるべく、運転席に乗り込んだ。鍵はさしたままになっていたそうだ。エンジンの惰弱な唸りの幾度目かに、確然たる機関の荒らかな咆哮が下草をわななかせた。荒木鴇が降りてくる。

「大丈夫そうです。あとは、これを研究所まで運びたいのですが」

「それなら、私の眷属にやらせましょう。みんなは先に戻ってて」

 私は言った。


      $

 穏やかな昼下がりだった。
 青空には一片の雲もなく、そこに亭々燦然とする太陽が、地に散じたガラス片が光を受けて輝くごとく、むれのいただきにあまねく白皙を、ひとしお鮮麗ならしめていた。

 屹立する塔には入り口がないため、私が手頃な入り口をしつらえた。既に中には完成した宇宙船が鼻先を天に向けて立っている。小型のスペースシャトルのような趣である。

 完成には二日ほどかかった。荒木鴇はその間、不眠不休で事にあたった。いくら休めと言っても聞かないので、見かねたヴォルトラが様々な手を弄したけれど、験がなかった。ヴォルトラはちょっとばかり落ち込んだ。一方、ザハク殿は体が重いと言ってすぐに休んだ。これは彼女に人間の羸弱(るいじゃく)さが宿しているからだと知れた。意外にも、ザハク殿を介錯したのはユリエルとルリエルであった。

 ——懐からノートを取り出す。
 パラパラとページをめくり、例のページを開いた。

<神、人間、動物のそれぞれを地球に送る。彼らならきっと、平和で、美しい世界を成し得てくれるだろう。どうか、その安寧が終わらぬことを切に願う>

 ......私はノートを閉じると、振り返った。
 シャルメラが若い姿で立っていた。彼女は笑顔であるが、しかしそこはかとない哀惜の感じが、眉間のあたりにふと見られた。

「とうとう行くのね」

 シャルメラは言った。

「はい。お世話になりました」

 私は言うと、低頭した。

「また会えるかしら」

「確約はできませんが、きっと、会えると思います。そんな気がするのです」

「あら。じゃあ、もう会えないわね」

「なぜです」

 私が訊くと、シャルメラは悪戯っぽく笑った。

「だって、あなたの勘はひどくあてにならないのでしょ?」

「いえ、それは......」

 私は気恥ずかしさから、一寸下を向いて黙ってしまった。
 ややあって、シャルメラは「冗談よ」と言って私の手を握った。

「あなたたちと過ごした時間は、とても楽しかったわ。ありがとう。どうか、あなたの民が救われることを、心から願っているわ」

「ええ、必ず」

 折しもその時、ヴォルトラが私を催促する声が聞こえた。
 私は今一度シャルメラに深謝し、抱擁をした後、宇宙船のハッチから顔を出すヴォルトラの元へ急いだ。
 
 かくして、私たちは地球への帰途に着いた。
 

 
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