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第40話:アリア専用調理器具
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カツ丼が職人たちの魂に火をつけてから数日後。
大鍛冶場の仕事効率は劇的に改善された。いや、改善という生易しいものではない。もはや革命だった。納期の遅れは瞬く間に解消され、それどころか、生み出される武具の品質そのものが目に見えて向上していたのだ。
職人たちの間では、私のカツ丼は『魂を燃やす神の飯』と呼ばれ、一種の伝説となっていた。
そんなある日の午後、私の厨房にあの鍛冶場の親方が、数人の屈強な職人たちを引き連れてやってきた。彼らは、何か巨大で分厚い布に包まれたものを、三人掛かりで慎重に運び込んでいる。
「姫様! 先日は本当にありがとうございました!」
親方は鍛冶場の時とは打って変わって、どこか照れくさそうに、しかし満面の笑みで私に頭を下げる。
「いえ、私の方こそ。皆様のお役に立てたのなら嬉しいです」
「役に立ったなんてもんじゃねえ! ありゃあ奇跡だ! おかげで俺たちの腕も鈍るどころか、冴え渡っちまってよぉ」
彼はそう言うと部下たちに目配せをした。彼らは「へい!」と威勢の良い返事をすると、布に包まれた巨大な荷物を厨房の中央にどすんと置いた。
「これは俺たち職人一同からの、ささやかなお礼の品だ。どうか受け取ってくだせえ」
親方が恭しく布を取り払うと、その下から現れたものに私は息を呑んだ。
そこに鎮座していたのは、私が今まで見たこともないほど美しく、そして機能的な真新しい調理台だった。天板は傷一つない滑らかな一枚岩を磨き上げたもので、ひんやりとした感触が心地よい。そして、その中央には魔石が埋め込まれた最新式の魔導熱源コンロが二つも備え付けられていた。
「こ、これは…!」
「へへ。ただの調理台じゃねえぜ、姫様。このコンロは姫様の魔力…いや、魂に反応して火力を自在に調整できる特別製だ。弱火から強火まで、姫様の思うがままよ」
魔力のない私に、魂で反応するコンロ。職人たちの粋な計らいに私の胸が熱くなる。
しかし、彼らの贈り物はそれだけではなかった。
「そして、こいつが本命だ」
親方が鞘に収められた一本の刃物を、恭しく私に差し出した。
それは、包丁だった。
私が鞘からゆっくりと引き抜くと、秋の澄んだ空気を映して妖しいほどに美しい刃紋が浮かび上がった。波打つような模様は、まるで水面のきらめきのよう。鋼を幾重にも折り重ねて鍛え上げた、最高級のダマスカス鋼だ。
「この包丁は、俺たち七人の『親方衆』が三日三晩不眠不休で打ち上げた、生涯最高の業物だ。どんな硬い食材も、まるで絹を裂くように断ち切る。そして、この切れ味は百年経っても決して鈍ることはねえ」
親方の声には、職人としての揺るぎない誇りが満ちていた。
私はその包丁を手に取った。ずしりとした重み。しかし、手に吸い付くように馴染む柄の感触。指先に伝わる、研ぎ澄まされた刃の鋭利な気配。
これは、ただの道具ではない。
職人たちの魂そのものが宿った、芸術品だ。
「こんな素晴らしいものを…! 私にはもったいないです…!」
「もったなくなんかねえ!」
親方は力強く私の言葉を遮った。
「あんたの料理が俺たちの魂に火をつけた。だから今度は俺たちの魂で、あんたの料理を支える番だ。最高の料理人には最高の道具が必要なのさ。こいつらを使って、もっともっと美味いもんを俺たちに食わせてくれよな!」
彼はにかっと太陽のように笑った。他の職人たちも皆、誇らしげな顔で頷いている。
涙がこぼれそうになった。
私はこの温かい人々の想いを、どうやって返せばいいのだろう。
「……ありがとうございます」
私は深々と、心の底から頭を下げた。
「この包丁と調理台は私の生涯の宝物です。必ずや、この素晴らしい道具にふさわしい最高の料理を作ってみせるとお約束します」
私の言葉に、職人たちは「おう!」と満足そうに頷き合い、嵐のように去っていった。
一人残された厨房で、私は改めて贈られたばかりの調理器具を眺めた。
滑らかな調理台。自在に操れる炎。そして、全てを断ち切る魂の包丁。
最高の舞台は整った。
私の心は感謝と、そしてこれから生み出す未知なる料理への期待で燃え上がっていた。
その日の夕方。私は早速、新しい相棒たちの切れ味を試してみることにした。
食材は、マルタが手に入れてきてくれた大きな猪の塊肉。硬い皮と筋の多い、調理が難しい部位だ。
私は新しいダマスカス包丁を手に取った。そして呼吸を整え、刃を肉に当てる。
スッ……。
信じられない光景だった。
今までなら力を込めて何度も刃を入れなければ切れなかった硬い皮が、何の抵抗もなく、まるで柔らかな豆腐でも切るかのように滑らかに断ち切られていく。
筋も骨さえも、この包行の前では無きに等しい。
「すごい……」
思わず感嘆の声が漏れた。
職人たちの言葉は真実だった。この包丁は私の腕を何倍にも引き上げてくれる。
私はその肉を使い、角煮を作ることにした。新しい魔導熱源コンロは、私のイメージ通りに完璧な火加減を維持してくれる。とろ火で何時間もじっくりと。
完成した角煮は、今までで最高の出来栄えだった。箸で触れただけでほろりと崩れるほど柔らかく、肉の旨味と醤油もどきの甘辛いタレが完璧に一体化している。
私はその角煮を大皿に盛り付けると、いつものようにレオン様が来るのを待った。いや、今日は彼が来る前に私の方から会いに行こう。
日頃の感謝とこの感動を、一刻も早く彼にも伝えたかったから。
私は湯気の立つ角煮の皿を手に、皇帝執務室へと向かった。夜食の差し入れだ。きっと喜んでくれるに違いない。
新しい調理器具がもたらしてくれた新たな可能性。それは、私の料理の世界を大きく広げるだけでなく、私とレオン様との関係にも新しい風を吹き込もうとしていた。
大鍛冶場の仕事効率は劇的に改善された。いや、改善という生易しいものではない。もはや革命だった。納期の遅れは瞬く間に解消され、それどころか、生み出される武具の品質そのものが目に見えて向上していたのだ。
職人たちの間では、私のカツ丼は『魂を燃やす神の飯』と呼ばれ、一種の伝説となっていた。
そんなある日の午後、私の厨房にあの鍛冶場の親方が、数人の屈強な職人たちを引き連れてやってきた。彼らは、何か巨大で分厚い布に包まれたものを、三人掛かりで慎重に運び込んでいる。
「姫様! 先日は本当にありがとうございました!」
親方は鍛冶場の時とは打って変わって、どこか照れくさそうに、しかし満面の笑みで私に頭を下げる。
「いえ、私の方こそ。皆様のお役に立てたのなら嬉しいです」
「役に立ったなんてもんじゃねえ! ありゃあ奇跡だ! おかげで俺たちの腕も鈍るどころか、冴え渡っちまってよぉ」
彼はそう言うと部下たちに目配せをした。彼らは「へい!」と威勢の良い返事をすると、布に包まれた巨大な荷物を厨房の中央にどすんと置いた。
「これは俺たち職人一同からの、ささやかなお礼の品だ。どうか受け取ってくだせえ」
親方が恭しく布を取り払うと、その下から現れたものに私は息を呑んだ。
そこに鎮座していたのは、私が今まで見たこともないほど美しく、そして機能的な真新しい調理台だった。天板は傷一つない滑らかな一枚岩を磨き上げたもので、ひんやりとした感触が心地よい。そして、その中央には魔石が埋め込まれた最新式の魔導熱源コンロが二つも備え付けられていた。
「こ、これは…!」
「へへ。ただの調理台じゃねえぜ、姫様。このコンロは姫様の魔力…いや、魂に反応して火力を自在に調整できる特別製だ。弱火から強火まで、姫様の思うがままよ」
魔力のない私に、魂で反応するコンロ。職人たちの粋な計らいに私の胸が熱くなる。
しかし、彼らの贈り物はそれだけではなかった。
「そして、こいつが本命だ」
親方が鞘に収められた一本の刃物を、恭しく私に差し出した。
それは、包丁だった。
私が鞘からゆっくりと引き抜くと、秋の澄んだ空気を映して妖しいほどに美しい刃紋が浮かび上がった。波打つような模様は、まるで水面のきらめきのよう。鋼を幾重にも折り重ねて鍛え上げた、最高級のダマスカス鋼だ。
「この包丁は、俺たち七人の『親方衆』が三日三晩不眠不休で打ち上げた、生涯最高の業物だ。どんな硬い食材も、まるで絹を裂くように断ち切る。そして、この切れ味は百年経っても決して鈍ることはねえ」
親方の声には、職人としての揺るぎない誇りが満ちていた。
私はその包丁を手に取った。ずしりとした重み。しかし、手に吸い付くように馴染む柄の感触。指先に伝わる、研ぎ澄まされた刃の鋭利な気配。
これは、ただの道具ではない。
職人たちの魂そのものが宿った、芸術品だ。
「こんな素晴らしいものを…! 私にはもったいないです…!」
「もったなくなんかねえ!」
親方は力強く私の言葉を遮った。
「あんたの料理が俺たちの魂に火をつけた。だから今度は俺たちの魂で、あんたの料理を支える番だ。最高の料理人には最高の道具が必要なのさ。こいつらを使って、もっともっと美味いもんを俺たちに食わせてくれよな!」
彼はにかっと太陽のように笑った。他の職人たちも皆、誇らしげな顔で頷いている。
涙がこぼれそうになった。
私はこの温かい人々の想いを、どうやって返せばいいのだろう。
「……ありがとうございます」
私は深々と、心の底から頭を下げた。
「この包丁と調理台は私の生涯の宝物です。必ずや、この素晴らしい道具にふさわしい最高の料理を作ってみせるとお約束します」
私の言葉に、職人たちは「おう!」と満足そうに頷き合い、嵐のように去っていった。
一人残された厨房で、私は改めて贈られたばかりの調理器具を眺めた。
滑らかな調理台。自在に操れる炎。そして、全てを断ち切る魂の包丁。
最高の舞台は整った。
私の心は感謝と、そしてこれから生み出す未知なる料理への期待で燃え上がっていた。
その日の夕方。私は早速、新しい相棒たちの切れ味を試してみることにした。
食材は、マルタが手に入れてきてくれた大きな猪の塊肉。硬い皮と筋の多い、調理が難しい部位だ。
私は新しいダマスカス包丁を手に取った。そして呼吸を整え、刃を肉に当てる。
スッ……。
信じられない光景だった。
今までなら力を込めて何度も刃を入れなければ切れなかった硬い皮が、何の抵抗もなく、まるで柔らかな豆腐でも切るかのように滑らかに断ち切られていく。
筋も骨さえも、この包行の前では無きに等しい。
「すごい……」
思わず感嘆の声が漏れた。
職人たちの言葉は真実だった。この包丁は私の腕を何倍にも引き上げてくれる。
私はその肉を使い、角煮を作ることにした。新しい魔導熱源コンロは、私のイメージ通りに完璧な火加減を維持してくれる。とろ火で何時間もじっくりと。
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私はその角煮を大皿に盛り付けると、いつものようにレオン様が来るのを待った。いや、今日は彼が来る前に私の方から会いに行こう。
日頃の感謝とこの感動を、一刻も早く彼にも伝えたかったから。
私は湯気の立つ角煮の皿を手に、皇帝執務室へと向かった。夜食の差し入れだ。きっと喜んでくれるに違いない。
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